のびたとブレイク

生き生きと第三の人生を歩んでいます
うたごえ ウォーキング 川柳 ベランダ栽培など楽しんでいます

祈り 山中教授の研究で全ての病から救って下さい

2012年12月31日 10時19分49秒 | ボランティア

夏の暑い日が照りつける中 青森の二戸の天台寺に1万人が押し寄せていた
大祭など恒例の法話を聴く為に 全国からこの片田舎に集ってくる
瀬戸内寂聴さん 普段は京都に在住しているがこの寺の名誉住職でもある

私は心のツアーの添乗員で仕事の傍ら 法話を聴いていた
その中でも 今でも心に残る言葉がある
他人のために祈りなさい 多くは自分のことばかりだが それは次に祈るように



バラエティでは 神社などで祈る時は 住所氏名も言ってからお願いをと言う
新年のあの混雑の中で そんなに長いお願い 祈りは出来ない
せめて心の中では 常にこう有りたいと思うのである

施設のボランティアに良く行く時 認知症の方を多く見かける
波乱の人生を歩んでも 老後は穏かに暮らし天寿を全うしたいと誰でもが願う
しかし 記憶も人格も失い 家族 周辺の人も哀しみの日々を送る

音楽に多少の認知症改善の効果はあるとされている
それを信じて何年も通うが 一助にはなっても ごく僅かなことしか出来ない
心を癒し 笑顔の時を作るのみ せめて尊厳ある最期を迎えて欲しいと願う

 

今年 一番の明るいニュースは山中教授のノーベル賞受賞だった
それも私たちにもある程度理解が出来 即 社会に貢献できるiPS細胞だった
人間の臓器もこれによって作ることが可能性もある

更に進化すれば 身体の望む所 すべてが再生できるとしたら素晴らしい
何も不老不死でなくても良い 若い身体を保つことが夢ではない
今 この時も 病に闘う人の 痛み苦しみ嘆きを 家族の苦しみを聴く

腎臓が出来れば全国にいる多くの透析患者も救われる
癌に侵される臓器なども 苦しみ痛みから解放できる
脳だって良化し認知症も改善する 耳鳴り脳鳴りの方も救える

苦しみは本人や家族しか分らない
こうした実現性ある研究を財政援助しても 医療支出が抑えられる
神様 仏様 そして同じくらいに山中教授に祈りの気持ちを覚える

私はおかげさまで健康で充実した日々を送っている
更に うたごえとボランティアを続けられれば幸せである
皆様の今年があまり良い年でなかったら きっと来年は良くなりますように

いつも読んで下さる皆様 コメントを頂く皆様
お付き合いを頂き感謝をしております
来年もどうぞよろしくお願いします

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父ちゃんのためならエンヤコラ ヨイトマケの歌

2012年12月30日 10時16分53秒 | うたごえ

もう一つおまけにエンヤコラ 母ちゃんのためにもエンヤコラ~
紅白に出場する美輪明宏さんの ヨイトマケの唄である
あまり紅白も見なくなった昨今 この唄にだけは共鳴を受ける

6分にも及ぶ歌 一部には短縮を要望されたようだがカット無しに歌う
歌詞に出て来る土方が差別用語とされ 長く放送禁止にもなった
どこに差別と見るのか分らない むしろ情の深い歌である

http://youtu.be/sxHf7xW12xg ヨイトマケの唄

ある炭鉱でいつもはシャンソンを歌う当時の名前 丸山明宏は戸惑った
華やかな衣装で歌う機会ばかりにあり 炭鉱の場所という違和感が強くなった
しかし この労働者が自分のコンサートのチケットを買ってくれて売り切れた

彼は ここで自分の子供時代の厳しい想い出を唄にしたのである
母ちゃんが日雇い労働者 汚い子供といじめられているある日 母の働く姿を見た
ほおかぶりをして男達に混じって エンヤコラと道路工事の現場にいる母だった

懸命に働き 子供たちを育ててくれた
そんな母も苦労ばかりで あの世に旅立った
息子は立派にエンジニアになり この姿を母に見せて上げたいと思う日が続く

ヨイトマケ 昭和20年代の後半 まだ道路工事は機械化が進んでいない
路面を固めるには サンマタと呼ぶ三本の柱を組み 頂点から滑車で錘を落とす
数人で引き揚げるタイミングに 母ちゃんの為ならエンヤコラと掛け声を描けていた

イラストはお借りしました

私には父の姿がここにある
日雇いで道路工事や工場や建設現場に居た
仕事が無いときは 鉄くず拾いをするため どぶ川の中にいた

小学生の私も ドブ川さらいに付いて行ったことがある
ヘドロの川の中を懸命に鉄くずを探す 誰かが捨てて行ったものがある
別に哀しくも無かったし 今でも恥ずかしいとは思わない

家族を守る為に必死に仕事をしていることに貴賎は無い
母は一心不乱に内職をしていた
修学旅行や進学は 私の意志で諦めたし 納豆売りもした

青年になって ある日道を歩いていたら 小さな封筒の半分を見つけた
上が閉じてあって 開けたらお金が入っていた
私には見覚えがある封筒の姿 それは父が日雇いで貰ってくるのと同じだった

名前が無いが 給付した会社の名前がある
さぞ落胆しているだろうし 生活費がここにあり困っているだろう
すぐ交番に届けた 私の名前も一応聞かれる

夜遅く 落とし主が菓子折りを持って御礼に来た
気持ちは嬉しいが 菓子折りは受け取らなかった
ぜひ 家族で食べて欲しいと言って帰ってもらった

現在の私は お金はないが 健康で何も心配することは無い
せめて 私がピアノを弾けるようになったよと 母に聴かせたい
時折 ボランティアで見る高齢者の姿が両親とダブルことがある

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火の用心 さっしゃりやしょう

2012年12月29日 09時37分15秒 | その他

火の用心 ~マンションの見回り隊が グループで呼びかけながら歩く
年末恒例の防火の行事である
特に下町は この意識も高く 各町会でも取り組んでいる

夜間の寒気の中 ご苦労なことである
これによって本当に効果があるか等の 安易な批評家も居る
確かに実効のほどは分らないが 少しは意識の向上に役立つだろう

私は こたつに入って テレビを見ながら見回り隊の声を聞く
自治会が主催しているが 役員に任せて参加したことは無い
以前 隣の区の都営住宅に居たが そこでは必ず順番で参加を促される

中層の住宅だから 周辺と各階の廊下 踊り場を見回り詰め所に戻る
お茶を飲みながら あるいはコップ酒を飲みながら談笑する
地域の消防や警察が この詰め所を激励しながら廻る

何年も順番だから参加したが 大晦日まで廻ることがあった
紅白歌合戦ものんびり見たいのにと思いながら多少 心の中でぶつぶつ
さすがに 大晦日は何年かしてやめることになった



火の用心 さっしゃりやしょう~
テレビドラマの大奥の中で こう掛け声をかけていたのを思い出す
古文には詳しくないが 火の用心 お願いしますの意味らしい

ある風の強い日 殿様は家老を呼んで 防火を徹底するように指示した
家老は かしこまりましたと応え重臣に伝えた 重臣は部下に部下はまた下へ
一番下の者に火の用心が伝わる頃 城は火事で焼け落ちた

これは 土光敏夫さんの著書にある
要は 案件を噛み砕き咀嚼もせずに ただ部下に伝えても それはただの伝言だ
現代に生きるリーダーのあり方の解釈である

一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ
日本一短い手紙 簡潔明瞭の模範とされる一節
家康の家臣 本多重次が長篠の合戦陣地から浜松城内り妻に宛てた手紙である

日本で初めて 火の用心 と言う言葉が用いられたものとされる
その後 街中の者は交替で夜番をするようになる
江戸を始め 当時の家は木造で 火事と喧嘩は江戸の華とも言われた

昭和30年代まで 私たちの家は木造で アパートなど密集していた
団地が出来始めた頃は みんなの憧れの集合住宅だった
火事も少なくなったが 火の用心の見回りも少なくなっている

住民が防災 防火に その意義を忘れることなく取り組む
こうした年末の恒例行事も 住民の交流も含めて良い風習であろう

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来たぁっ メジロがベランダに現れた 

2012年12月28日 10時51分24秒 | その他

すずめが何羽もベランダで チュチュチュと騒いでいる
えさを食べる時くらい 大人しくしていなさい
そんなことを思いながら こたつからベランダを見ている

思いがけない小鳥が飛んできた
あっ メジロが2羽
すずめを気にせずに なでしこの花蜜を吸っている

 
メジロの写真はお借りしました    このなでしこの蜜吸っていた

ここへ住んで13年 メジロが来たのは初めてだ
桜の頃は どこから現れるのか 沢山のメジロが公園の桜に群がる
普段は どこに居るのだろうと思っていた

どこか カナリヤにも似て 緑色の羽毛 眼の周りの独特の輪
きれいな色は 幸せの鳥にも見える
しばし ついばんで飛び立ってしまった

カメラを構える暇も無く 僅か1分くらいだった
それでもメジロの出現は 何か良いことがありそうな余韻が残る
今朝は ひよどりも止まっている これは少し大きすぎる

 
季節外れのトマトの花 いつのまにか生えて来た?

テレビで何回も紹介されている パラパラ漫画を見た
今年 話題の そして私たちも昔 パラパラを試してみたことがある
学校で授業が面白くない時 ノートの端にコマ割り動画をつくり密かに遊んだ

お笑いの 鉄拳 という作者 正直言って 本芸はあまり面白くない
それでも これを極めて新しい分野で 発想の豊かさ 見事さを見せた
このパラパラ動画は 世界でも感動を呼び 243万回以上見られている

まだ見ていない方は 暇な時にごらん下さい
一人の男の人生模様が 妻の死まで 時計とともに描かれる
振り子 そして もう一遍 つながる 私も感動した

http://youtu.be/gyq2DsCBXPA 振り子  

http://youtu.be/EqSeGQwmDd8 つながる



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健康で有ればこそ出来た150日のピアノ

2012年12月27日 10時18分45秒 | ボランティア

一日遅れのクリスマス 昨日は江戸川区の介護施設へ行った
私の背ほどある クリスマスツリーの飾りつけが会場にあった
スタッフの方に これを残しておいてねと先月 約束したのである

街はあっという間に クリスマスモードから年末・年始モードに切り替わっている
ある意味 その変わり身の早いことにも感心させられる
時間の流れは ゆっくりでも良さそうなのに 心が追いかけていく様でもある

キーボードの横にこのツリーを置いてもらって さあ始めましょう
歌を普通に歌える方は数人程度 後の方は高齢で小さな声で歌っている
歌には付いて来れないけれど 心の耳で聴いている人も居る

ジングルベル 赤鼻のトナカイ そして きよしこのよる
前日の盛り上がりとは 大きな落差があるが ここでは普通
それでも きよしこのよる では 幾分歌う声が大きく聴こえた

はい クリスマスの気分は出ましたか?
それでは これから このツリーを引っ込めてお正月を迎える準備です
入所の方が多いから 季節の歌を盛り込んで感じて欲しいと頼まれている

お正月の歌を歌いましょう

もう幾つ寝るとお正月~
私はすぐ頭に浮かばないから さっき指を折って数えましたよ 
今日を入れて 6つですね 皆さんの笑顔がほころぶ

ひと昔 ふた昔まえ 正月には羽根突き 男の子は凧揚げ
すごろく かるた取り そこには 家族と言うものがあった
じいちゃん ばあちゃんと慕う 孫の姿もあった

遠い遠い過去の微かな想い出が私にも 施設の皆さんにも浮かぶだろう
今は こうして 歌の時間で 笑顔が出来ることが喜ばれている
不自由な手で私の手を握り 有難うと言ってくれる



私には老後を心配する貯蓄もゼロ 病気には絶対なれない
しかし 健康と言う大きな財産がある
これは 意義があることに使わねば 健康と両親と神様に申し訳ない

昨日で 今年の予定が全て終わった
ボランティアに毎月数箇所を廻る
童謡唱歌うたう会では 終わってから うたごえの時間をつくり皆が歌う

墨田のうたごえでは 先生 先生と愛されて? 8年もうたごえを続けている
そして 下町のうたごえ 月に2.3回 開催して 多くの方が楽しいって集る
数えてみたら 年間約150日 私と歌との付き合いである

病気と闘っている皆さんが居る
施設で毎日 リハビリの生活を続けている人が居る
申し訳ないほどの私の健康

来年も ずっと続けたい
笑顔と元気の配達人に 終わり・休み・病気と言う字はどこかに置いてある
1月4日 墨田のうたごえが初始動 ちょっと ここで一息を入れる

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