のびたとブレイク

生き生きと第三の人生を歩んでいます
うたごえ ウォーキング ボランティア 時々花と金魚

ジングルベル 流れる街に お釈迦様  平和な日本の象徴かな

2019年12月09日 09時07分43秒 | うたごえ

文化センターの来年6月分 施設利用料を納付してきた 抽選で当たってもこれで決定となる

明治通りも日曜日は 亀戸部分は歩行者天国となる

時には 大道芸なども出ているが この日は お釈迦様の出番である

 

 

亀戸の名前の通り 私の街のキャラクターは カメ である

カメイダーも居るし お釈迦様は シャカメ 

昨日 12月8日は お釈迦様が 悟りを開いた日 成道会(じょうどうえ)である 

 

涅槃会(ねはんえ)3月15日  仏生会(ぶっしょうえ)4月8日 と共に釈迦に関する三大法要の日だった

ブッダガヤの菩提樹の下で瞑想を続けていたブッダは この日の明けの明星が輝くころ 遂に悟りを開く

広く知って欲しい願いか 通りに小さな仏壇をまつり 道行く人が御焼香をして行く

 

 

多くの人が御焼香とはいかないが 済ませた方には 果物とミルクティが振る舞われていた

街は クリスマスソングが流れている 店頭にはセール品が華やかでもある

仏教もキリスト教も他の宗教も 等しく認めて平和な姿 日本人の寛容さが誇れる

 

一時代は 仏教と神道とで争ったり 廃仏毀釈もあった 

世界では 宗教戦争も悲惨 併せて民族紛争が後を絶たない

クリスマスを祝い 神社に初詣 お寺さんにお参り 結婚式は教会 そんな日本が私には好ましい

 

 

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ようやっと ズボラ小掃除 小断捨離  

2019年12月08日 09時31分11秒 | うたごえ

年末の大掃除 小掃除と女性の皆さんのブログは伝えている

遊び ウォーキングが第一で いつも年末だからと大掃除も小掃除もしない

それでも そろそろ小掃除もしなくてはと ズボラな私が健気なことを思い立つ

 

掃除をするためには 乱雑 整理もつかずに積んだり放り込んであるものの始末が先だ

断捨離とはいかぬが 大掃除に対して小掃除があるなら 断捨離も小断捨離!があって良いね

これが いざ実行しようとすると なかなか進まぬ 簡単にはいかぬものもある

 

私が思う断捨離 いつか来るこの世の別れのとき 部屋もベランダも ゴミ同然が山の様だ

これでは 娘たちに処分するだけでもかなりの費用が掛かるため 迷惑をかける これだけである

私にとっては思い出の品も 残されたものにとってはゴミでしかない

 

2.3日前 テレビで 実家の部屋のゴミ同然のもの 断捨離を勧めるか討論?していた

カンニング竹山さん ゴミ同然でも親にとっては 人生が凝縮されたようなもの

生きているうちに棄てなくても良いじゃないか 亡くなってから子どもが処理でも構わないだろうと言う

 

それも一理だ ただ私には 掃除も整理整頓もしなかったから 不要物もかなりある

自分に言い聞かせなくては進まない とりあえず夏ころから ほんの少し 処分した

レコードは済んだ 本も観光の分は寄贈した まだ残りが有る 楽譜類は棄てられない

 

3年前の踊りのグループと・・現在は引退 模造紙の歌詞も使うことが無いので100枚ほど処分した

 

レーザーディスクは需要も無いから 一部棄てた まだ200枚くらい残る

ボランティアのうたごえで使用した 模造紙に書いた歌詞 これは100枚以上 これもようやく処分

ビデオテープ類が一箱 半分は棄てた コーラスの発表会 ほんの少しずつの観光の記録

 

もう10年以上見ても居ないのに棄てられない いつか棄てよう(笑)

 

ビデオデッキも今は無いのに 持っていた まだ捨てきれない半分

いつか気分が変わったら捨てよう ちょっと優柔不断になる

まだまだ 部屋全体で見れば5パーセントにも満たない

 

 

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馬小屋で 暮らした私 イエス様(笑)  サーカスの唄って知っていますか?

2019年12月07日 10時23分21秒 | うたごえ

街にクリスマスソングが流れる頃になると 私の終戦時に暮らした日々を思い出す

戦時中に 茨城・荒川沖に疎開 予科練の近くで空襲や機関銃の狙撃の音も聞いた

東京・浅草からである 東京大空襲は そこで母と見た 遠く激しい夕焼け 東京が燃えている

 

数え6歳? そのセリフだけ覚えている

次いで 信州・岡谷 親戚を頼ったのか分からないが 半年だけ住んでいたと思う

更には 親戚の居た 信州・高遠の山奥に家族は疎開した

 

 

世話になったのは 馬小屋である 小屋の半分は馬が入る 屋根は有るが仕切りの壁が無い

物置になって居るその半分に 私たち家族が暮らした 姉たちは既に岡谷の紡績工場に勤めていた

それこそ 馬の寝息どころか 動く音 おしっこの音 匂いに包まれた過酷な環境だった

 

多分 半年くらいで なだらかな山を借地に 樹々を切り倒し開墾して僅かな地に農作物

山の土だから栄養も無い 育ちも悪い そんな地に父が小屋を建てた 藁で屋根を作る

冬には 部屋の隅に雪が積もる 食べ物は極度に無い ダイコン飯なんて食べられない

 

大根の葉っぱに醤油 秋に採ったきのこを甕に漬けてある

何も無い空腹に耐えられず 雪に醤油をかけて食う

草も花も生きている虫たちも何でも食べた 学校の健康診断で いつも栄養失調と言われた

 

出稼ぎに出る父は 痩せ衰えた私を見て 今度戻るときには こいつは生きていないだろうと思ったそうだ

遠足では 弁当を持って行かれない みんなと離れて川を見ていると 先生が来て弁当を分けてくれた

亡き妹と 飢餓状態で幻影を見るようになって  母がほとほと疲れたようである

 

  

 

小学校5年の後半 東京に出てきて 暮らしは同じ 父は鉄くず拾って売って生活を補う

学校に行かず 父について行き どぶさらいをしている父も見た 今でも賤しいとは思わない

早朝起きて 納豆売りに出て学校の遅刻も常習 売れ残って寒さを凌ぐ姿は マッチ売りの少女(笑)

 

中学を出て すぐに定時制高校に通い 昼間は町工場に勤めた

別に苦しいとも 悲しい気持ちなんてない 貧しさは心身浸みこんで 何とも思わない

その頃になって 母も冗談で 馬小屋の暮らしを思い出して笑ったものだ

 

 

酒乱の父も 兄の教会通いから 影響を受けてクリスチャンになる

好きな煙草も酒も絶った これはかなりの努力が居ることで 晩年の父は良い親父であった

私たちは 馬小屋で暮らしたイエス様と同じようだね そんな母の言葉が 今でも残っている

 

 

 

うたごえでも 全容は語らないが 笑い話で私が話す サーカスの唄の解説である

そして 松尾芭蕉の詠んだ句も紹介する 乞食同然の姿に宿泊も断られ 馬小屋に泊った時である

『蚤 しらみ 馬のしとする 枕元』 しととは おしっこのことである 鳴子の手前 尿前の関 (しとまえの関

 

 

サーカスの唄の2番に 馬の寝息で眠られぬ・・・

このくだりになると そして 今の時期 こんな昔を思い出す

今では懐かしい そして笑って話せる私の過去である 

 

サーカスの唄 西條八十作詞 古賀政男作曲 参加者の半分くらいしか知らなかった

歌手は 松平 晃 さんであるが YouTubeで石原裕次郎さんが歌うのもあり これを載せます

 

https://youtu.be/gtfCs7Qq3qc サーカスの唄

 

旅の燕(つばくら)寂しかないか おれもさみしいサーカス暮らし

とんぼかえりで 今年も暮れて 知らぬ他国の花を見た

 

あの娘住む町 恋しい町を 遠く離れてテントとで暮らしゃ

月も冴えます 心も冴える 馬の寝息で眠られぬ

 

 

リクエスト32曲

とうだいもり 月の沙漠 たきび 冬の星座 あざみの歌 山小屋の灯 

ラブユー東京 公園の手品師 レット・キス 君の名は 二輪草 奥飛騨慕情

夜霧のブルース 島のブルース 北の旅人 寒い朝 みだれ髪 ああ上野駅

 

二人でお酒を 君恋し おもちゃのチャチャチャ 古城 おまえに 夕焼け雲

悲しき口笛 贈る言葉 恋の街札幌 ローレライ 遠くへ行きたい

長良川艶歌 南の花嫁さん サーカスの唄

 

 

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歴史とは 過去と現在 今も刻む  刻々と過ぎて行く時間は歴史になって行く

2019年12月06日 09時20分28秒 | うたごえ

歴史とは 太古の昔から近代史 現代史となって行くが 今 この時も 歴史が作られているのだ

今日12月6日は 100年 1000年も経てば歴史として語られる その断面には私たちも含まれている

そう考えれば面白いものだ ましてや教科書やマスコミで語られて居ない地方の歴史も興味深い

 

 

日本地図を拡げて ある地域へぐんぐんズームアップ 鹿児島県へ 更にズーム 伊敷という街になる

どこかで聴いたような地名 それはFMぎんが てんがらもんラジオでお馴染みの街だ

更にはパーソナリティ 村永さんや 伊敷歴史研究会の池田さんたちが住む地でもある

 

 

現在の地名 伊敷は伊敷村として明治22年 周辺の8地域  永吉村 小野村 犬迫村 小山 田村

比志島村 皆房村を併せて成立した その中の比志島は鎌倉期から 皆房は室町期から地名が見える

比志島は戦国期までは比志島氏 戦国期以後は島津氏直轄領となった

 

信濃国守護 志田頼重は源頼朝によって薩摩へ流され 島津忠久の庇護を受け比志島に住んだ

頼重はこの地の満家院(みついえいん)郡司 孫太夫永平娘と結婚 子の重賢があとを継ぎ満家氏を名乗る

寛元年間1243年~1247年 比志島城を築城した その子 祐範は 比志島氏を名乗り初代となる

 

伊集院 現在も地名に残るが 島津と確執があり 重臣でありながら 内乱を起こす 庄内の乱である

伊集院忠棟は島津の筆頭家老であるが 豊臣秀吉の信頼厚く 次第に力を付けて行った

島津の存在を脅かす位置にもなっていく 結果としては島津忠常が計略的に伊集院忠棟を斬殺をする

 

忠棟の嫡子伊集院忠真は父の死を知り 島津氏に反旗を翻す

都城に籠城 最終的には 家康の仲介などもあって降伏 忠真は その後 暗殺 伊集院氏は滅亡した

比志島出身の有名人としては 西南戦争後 日本初の大警視=今の警視総監 川路利良が居る

 

禁門の変などでは 西郷隆盛 大久保利通の信頼も厚かったが 西南戦争前後では警察の立場にある

一説に寄れば 24人の西郷暗殺指示部隊が鹿児島に潜入 これは捕えられ過酷な拷問の末 聴きだした

今でも 鹿児島県人にとって 最終的に西郷を裏切った 大久保利通 川路利良はあまり歓迎されない

今では 川路の銅像が立つ そして 大警視のバス停があるのも珍しい

この他 桜島安永年間大爆発で 移住をさせて勧農させた記録なども話された 歴史は面白い

なお 写真はネットからの借用です

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春を呼ぶ 花のベランダ 芽が育つ

2019年12月05日 08時56分44秒 | うたごえ

陽当たりの良いベランダ 目の前に 濃いピンクのブーゲンビリアが咲き 私の楽しみ 癒しである

この花があるだけで リッチな気分 南国への夢を誘う

花は 趣味として安く長く楽しめる タネなんて1袋50円か100円程度 これで芽が出て咲くまで楽しめる

 

正月明けてから すぐ楽しめるのが 菜の花 ブログの背景にあるように いっぱい咲かせたい

菜の花畑 一面に咲く姿も憧れだが せめてベランダで咲くのを楽しみたい

タネを蒔いたらいっぱい芽を出した 多少伸びてきたところで間引きも兼ねて 他に移植した

 

誰かが そろそろ つまみ菜 食べごろよと言うかな でも食べませんよ(笑)

美女なでしこ パンジー スイートピーも順調に芽を出して植え替え 春早く咲くかな

これに 今までの カランコエ ベゴニアなどもある これ以上安価で長く楽しめる趣味は無い

 

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