昭和38年 愛と死を見つめて の本が発売され 瞬く間にヒットして映画にもなった
兵庫県・西脇市の病院に居た ミコ (大島道子)と浪人生 マコ (河野実) の物語
ミコは既に顔に軟骨肉腫が出来る難病に冒されていた この二人が文通を始める
彼女が同志社大学 彼は中央大学へ進学しても 文通は続いた
だがミコは再発して再入院 その後もマコは アルバイトをして長距離電話で励ます
ミコの闘病生活の大きな励ましになるが 実際には顔の半分を失い 常に死を思う
マコの故郷は信州である 闘病中のミコに 信州の山に一緒に登ろうと励ます
絶対にできない夢 二人で登っている姿を空想し合う 実際にも切なかっただろう
その山は 3千メートル級の駒ヶ岳 今ではロープウェイで頂上近くまで上がれる
旅費もままならないため そんなに会えない 二人で屋上で歌い合ったりする
もう死も直前に迫った頃 マコが必死でギターを弾く それを電話で苦痛に耐えて聴く
もう涙が止まらない 何度も死を考えながら思いとどまったが 21歳の若さで逝った
3年と1か月の 二人の書簡集をまとめて のちに出版をされた
映画は 吉永小百合さん 浜田光夫さんが演じた
二人で歌い合っているのが いつでも夢を 寒い朝 川は流れる などであった
ギターで必死に奏でるのが 禁じられた遊び この時代にはギターで弾くのが憧れだ
後に青山和子が歌った 愛と死を見つめて この曲は主題歌ではないが大ヒットした
下町のうたごえでは いつでも夢を 以下 良くリクエストされる抒情歌でもある
この主人公の河野実 さんは実在して現在もジャーナリストとして活躍 著書もある
本の印税が大きく入り 羨望のパッシングもあったようだが 強く生き抜いていた
映画は昭和39年度作品 昨日放映されていた 涙が溢れて止まらない
愛と死を見つめて ギターの禁じられた遊びに載せて 映画のシーン
歌 愛と死を見つめて
最後までお読みくだ-さいまして有難うございました m(_ _)m
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ノンフィクションですか・・。
すごいです。
女性が顔を手術するのは
とてもとてもつらいことと
思います、実話と思うと悲しいです。
歌声でリクエストされるのがよくわかる
抒情ですね。
懐かしいです
映像も・歌も・ギターを弾くマコと黒電話で聞きながら涙するミコの姿が記憶に深く残っています
ギターで禁じられた遊びを弾く若い男性が増えましたね
まこ あまえてばかりでごめんね
みこはとっても幸せなの
はかない命と知った日に
意地悪いって泣いた日に
なみだをふいてくれたまこ
まこ わがままいってごめんね
みこはとっても嬉しかったの
たとえこの瞳は見えずとも
二人の夢見た信濃路を
背おって歩くといったまこ
まこ げんきになれずにごめんね
みこはもっと生きたかったの
たとえこの身は召されても
二人の愛はとわに咲く
みこのいのちを生きてまこ ♫
私がまだ20代前半でした。
同年代の二人の実話だから、余計共感泣けて
胸が締め付けられたものですね。
感動、衝撃・・映像の如く 脳裏に焼き付いていますね。
のびた様のご文と 写真、音楽で 鮮やかに蘇ってきました。
有難うございます。
私が、この本を読みました。映画も見ました
歌も聞きました。
若い頃 青春の思い出です。
あの頃の自分も若かったが、その若さという
財産の大切さを・・今の十分の一も感じていなかった
自分が・・悔しい。
話題作映画もテレビも結局観ていませんが話題作ですね
純情物語悲しすぎます
でもお二人は一生分純粋に愛しあったかもしれないです
話は別ですが
何時の場合もあえば必ず別れが来ることも悲しいです
そしてだれにも必ず死がやって来ることも
悲しいですね
若い二人の純愛 それだけに結末が哀しすぎますね
顔の半分が無くっても ボクは愛していくよ それを言い続ける愛情に胸を打たれます
彼女は一度は別れを告げるのですが それを乗り超えての3年でした
吉永小百合さん この映画の時から 現在も女優 素晴らしい方ですね
無いのかな~、青山和子さんの歌も流行りましたね、
涙して映画を観たものです。
昔 見たような記憶があるのですが 覚えていませんでした 懸命にギターを聴かせようと受話器をそばに置いての演奏 苦痛に耐えながら聴く彼女 涙が溢れるものでした
この頃 若い男性は みんなギター弾きたい 禁じられた遊びを弾きたいと憧れたものですね
cihidoriさんは若いころから音楽に目覚めていたので 想い出もあるでしょう
吉永小百合さんの迫真の演技がすごいです
東京オリンピックの年の製作ですね