~本記事は全5話からなるシリーズです~
その1後編より続く;
灰白くん白黄くんは"自然時計"だから夏場は早い。ご飯をあげてもまずおかわり催促があるので寝直しもままならず、結局朝はボーッとした状態で日課をこなしていた。その日は家の猫どものお世話の前に2階でパソコン仕事をしていると、下からキーの声がやけにうるさい。何だか籠もったような響くような。確認に下りていくと、その声は風呂場からだった。よくあるのです、うっかり風呂場に閉じ込めちゃうことが。でも、あんなに騒いでたのに気付かないなんて、と思いながら風呂場を覗くと、換気用の小窓にキーのおしりが見えた。
「えっ?」と思う間もなく、キーが外に向かって飛び降りた。「また脱走だ!」
風呂場の出窓は上下2段になっていて、上部の換気用の小窓は常時半開だが網戸を固定していなかった。とは言えその小窓から出るには、まず飛びついて片手の爪をかけてぶら下がって、その状態でもう片方の手で網戸を開ける必要がある。これまでかつての3匹もニャーも何度か風呂場に閉じ込めたが、そすがにそこまではしなかった。身体能力が違うのだ。
妻が風呂を洗った後、興味を持って入り込んできたキーに気付かなかった。「キーが外に出た!」と叫びながら玄関から飛び出した。キーはまだ隣家の庭にいた。と、その少し先にクウがいたのです。脱走したのは2匹だったのだ。なるほど、身軽なクウだったらやりかねない、などと感心している場合じゃなかった。
姿勢を低くして何度も2匹を呼び止めたが、ほどなくクウは消えていった。キーは少しこちらに近づいてきた。しかしそのうち、呼びかける自分の声にも反応しなくなって、他のことに興味を持ち始めた。このままじゃまずい。いつまで待っても出てこない妻に見切りをつけて、一旦家に戻ってキーの好物を手に飛び出した。しかし、キーはもういなかった。
脱走したキー(隣地にて)
大変なことになった。よりによって一番人馴れしてない2匹の脱走だ。ひと月前の3匹、その直後のみうに続いての脱走だった。何ということだろう。思い返せば、大事には至らなかったがニャーにも随分脱走された。(「ニャー脱走の軌跡」参照) ご近所に迷惑をかけるばかりで、結局当のニャンコたちも幸せにできないじゃないか。我々夫婦の保護者としての能力、いや資格が問われているのだと思った。
ただ、前2回のときよりは落ち着いていた。あのときはクウもみうも、結局みな帰って来たからです。妻のように彼らを信じよう。実際こちらから保護できない以上、それ以外に方法はなかった。自分はその日店を休んで、テンちゃんの世話を妻に頼んだ。そして支度を整えて午後からの"ドア開け作戦"に備えた。
しかし、ひと月前とは決定的に違うことがあったのです。
その日の午前中は近所見回りの他、頻繁に勝手口の外を確認した。3時間ほど経った頃、扉を開けるとキーが来た。しかしキーは家裏にいた灰白くんに威嚇され、逃げていった。昼頃にもキーが顔を出したが、今度は白黄くんに追いかけられた。キーの甲高い声が公園の方まで尾を引き、その後はどうなったかわからない・・。そうなんです。ひと月前と違って、今は灰白くん白黄くんが家裏近辺に棲息していたのです。この2匹にとって、キー(とクウ)はまさに招かれざるよそ者でした。
それで意を決して、灰白くんと白黄くんを家裏から追い払うことにした。だが追い払っても隣地に移動するだけでまた戻って来る。2匹の姿が見えないときは、ニャーたちを部屋に閉じ込めて勝手口を少し開放した。でもいつの間にか灰白くんか白黄くんが戻っている。もどかしさを覚えながらも、そんなことを繰り返した。
脱走前のキー(右)とクウ
夕方になって、リビングの網戸の内側で寝ていたちび太が何かに反応した。クククッと鳴いて外を見つめる。見ると、窓の外にキーがいた。キーも網戸にしがみついてちび太と鼻ツンツンし始めた。中と外で寄り添う2匹。自分がおやつを持って外に出たときはキーはいなかった。が、それから1時間ほどして同じ場所にまたキーが現れた。外に出て、おやつを見せて名前を何度も呼んだが、キーは迷ったような表情になって、やがて消えていった。
でも、これは大きなヒントになった。灰白くんと白黄くんを避けてリビング側から誘導する手があったのです。夜になって遅く帰って来た妻が早速ご近所見回りに行って、戻って来るなり「道路の真ん中にクウがいた。」 すかさず確認に行くと、公園の前の道路にクウが座っていた。が、自分が近づくと同じ距離を保つように離れていく。しばらく見詰め合った後、クウは傍のお宅の敷地へと消えていった。でも、あれはクウだったのか、それとも灰白くんだったのか。
その夜はニャーたちを閉じ込めて、勝手口、リビング、和室(保護部屋)の3ヵ所に隙間を開けて2匹の帰還を待った。夫婦揃ってリビングに待機し、自分は30分毎くらいに灰白くんと白黄くんの動きをチェックしたので、うたた寝すらしなかった。しかしキーもクウも、気配すらなかった。
4時を回って辺りが白けてきたとき、このときとばかりに本格的な捜索を行った。見つけても保護することはできないが、所在が確認できれば心強い。それぞれのお宅の車の下や物陰を重点的に捜したが、時間だけが空しく過ぎた。徐々に不安が大きくなる。40分ほどしてとりあえず白黄くんたちの様子を見ようと家に戻り、玄関を開けると、廊下にキーがいた。
キー(下)とちび太;もちろん超甘噛みです
家は3ヵ所が開いている。「キーだ、廊下にいる!」 うたた寝をしている妻に伝え、どうしたものか思案しているとキーがキッチンの方に移動した。勝手口の扉は開いている。祈る気持ちでキーを追いながらまず和室への入口を閉め、勝手口を閉めてリビングに向かうと、妻がリビングの窓を閉めていた。「キーは?」「ここから出ようとして、諦めて2階に行ったわよ。」 その瞬間、全身の力が抜けるほど安堵したのでした。
2階の部屋は全て閉まっていた。自分が上がっていくと、キーは廊下の隅で怯えていたが、近づくとこっちの足元をすり抜けてダッシュで1階へと向かった。各部屋を開放すると気配でわかるのだろう、4匹ともキーを追った。そしてキーはリビングで4匹にクンクンされ、手厚いお出迎え受けた。そのクンクンはかなり長く、やがてキーはバタンと横になって、目を細めて爆弾のようなゴロゴロを始めたのです。よほど不安だったのだろう。キーのゴロゴロはその日昼近くまで続いたのでした。
キーはリビングから入ったのだ。だから逃げようとしたとき、他の隙間には頭が回らなかった。今にして思えばまったく紙一重の結果オーライでした。さて、次はクウの番だ。キーと違って気配すらまったく感じさせなかったが、昨夜見た路上の陰がクウだと信じて、必ず近所にいると信じて、必ず帰ってくると信じて、それまでドア解放作戦を継続することとしたのです。
野性味溢れるクウ
その3 「ノラへの道・前編」へと続きます。
シリーズ「ノラと家猫と」
その1・灰白くん、白黄くんと地域問題(前編) 2018.6.13
その1・灰白くん、白黄くんと地域問題(後編) 2018.6.15