毎日、目をとおしている人生のことば365日での9月17日は「心のうずき」でした。
人は心の底に うずくものをもっている
そのうずきこそ 人がみながもっている 潜在能力の声である
育ちたい 伸びたい 使われたい 役立ちたいとの声である
この欲求がみたされるとき 心のうずきがとまる
それは自分で生きがいを発見し
まことの幸福をつかむからである
心のうずきに耳をかたむけ
そのうずきをとめてやるのが まことの教育である
・・・・
いろいろを人生訓の言葉がありますが、全てが自分に納得するものでは無いような気もいたします。
今回も、育ちたい 伸びたい 使われたい・・・。は過去のものになっている自分です。
強いて言えば、役立ちたいはあるかも知れません。
昨日もダッジオーブンで焼き芋を作っていました。
旅愁(りょしゅう)の唱歌(由紀さおりさんも歌っていたかな?)で「ふけゆく秋の夜 旅の空の」♪ があります。
替え歌で「ふけゆくサツマイモ」なんて口ずさんでいました。
今では「ボケ行く秋の日」と言いたいくらいです。
「この欲求がみたされるとき 心のうずきがとまる」なんて過去の話であり、さほど欲求などもありません。
完全退職すると、あと何年かを過ごす(生きている)ことになる間の「生きがいの発見」が大切かも知れません。
父が他界したのは83歳の10月でした。
23回忌を迎えます。
父と同じだとすれば、あと10年間の「生きがい」時間なのでしょう。
今の私の生きがい?は、道志暮らしかも知れません。(あと5年くらい希望)
道志ではやること、やりたいことがたくさんあるからです。
自宅では、特にこれと言った予定などはありません。
ダンスの練習くらいですかね。
ここで、私の好きな場所をご紹介します。
美術館でも図書館でもありません。
都留市の中心部から少し道志よりに「小俣製材場」があります。
現在では木材加工などが少なくなり、事業も縮小しているようです。
輸入品の木材は加工済みですので、大工さんがノミやカンナを使うことが少なくなったからだそうです。
山の木も製材することが少なくなったと言っていました。
しかし、私にとっては宝の山で、いろいろな発想が生まれ場所です。
まさに「生きがい発見」の場になっています。
木材を加工している途中でしょうか?
この日は全て止まっていました。
その切り落とした木片が欲しかったので、息子さんに携帯しました。
持って行って良いよ!とのことです。
これはいただきませんが、杭を作る時の木端などは少しいただいて来ました。
薪ストーブの助燃にもなります。
かんなクズは、畑や通路に撒いたりしています。
これらをいただき、活用しています。
これが私の「心のうずき」かも知れません。
育ちたい 伸びたい 使われたいの気持ちは失せています。
日々どうやって暮らすかです。
ご紹介されている、いろいろな人生訓も納得するものもあれば、立場や環境、そして年齢によっても異なるのでしょう。
火曜日には道志に入ろうかと思っています。
14号台風の影響も少なかったとか・・・?
道志の家で野良作業やテーブルづくりをする予定です。
つまらない内容で、スミマセン!
Hiro