Round Rock日記

テキサスの田舎でのんびり暮らし。
カロリー消費を目指して、オースティン近郊を今日も走る!

3M Half Marathon

2017-01-30 01:08:00 | マラソン
3M Half Marathon当日です、彼のボランティアは6:15集合。
気温はさほど低くないものの、強風が吹きまくったお陰で、体感的にはとっても寒く感じました
でも、ジャケット着ている私(ついでにカイロも貼った)の隣には、同じような厚着の人やランシャツの人が混在、
アメリカの人の体感は、差があり過ぎますね。
もっとも、自分がどうこうより周りに合わせるのを優先する日本とは違い、
アメリカの人は、他人のことあまり気にしないので、それだけの話なのかも
 

見慣れた仮設トイレの隣にあったのは、なななんと電気付きトイレ
朝早いレースだと、トイレの中が暗いのですよ、でも、これなら安心。
と思って、使った彼に聞いたところ、なななんと水洗だそうですおぉぉぉ仮設トイレの革命児
 
彼は、Race Guardのメンバーと合流。
専用シャツを着て、応急処置グッズの入ったウエストポーチを装着(けっこう重い)、準備完了です
尚、このRace Guardとして走るボランティアのランナーは、80%がお医者さんだそうです。

夜が明けて明るくなりました、
ずっと遠くまで、すし詰め状態のランナー、参加者数7,000~8,000名とのこと。
  

国歌が終わったら、スタート
全てのランナーがスタートし終わるまで、15分くらいかかりました。
  

ランナーを見送った後、私は車でゴール地点に向かいました
このハーフマラソンは、スタートとゴールが異なるコースで、1番の特徴は、コースのほとんどが下り坂
よって、タイムを出したいランナーはもちろん、初心者にもオススメなコースです。
ゴールは、State Capitol(州議事堂)の裏側。
    

ランナーがゴールするまで時間があるので、ゴールから逆走して沿道で応援することに。
歩いたり走ったり適度なエクササイズ。
と思ったら、UT Austinのキャンパス内(ゴールまで残り1マイルくらい)で、
早くも先頭ランナーがやってきたっ
 

その後も、逆走を続けていると、パラパラと速いランナーがやってきます
歩幅が広いのと、地面の接地時間が短いので、飛ぶような走り
  

バンドがいました“コンドルが飛んでゆく”的な、南米っぽい音楽。


1.5マイルくらい直線が続く、11マイル地点。
続々とランナーがやってきます残り2マイルのキツい場所なので、
ペースを守る人&落とす人との差が、ジワジワ出ている場所です。
     

さらに逆走して10.5マイル地点。
この辺りにくると、歩く人&走る人が半々になります。
   
ここで彼に会うことができました
軽い症状(靴ずれ、筋肉痛、足がつった)の人が結構いるのと、
処置後は、ケータイのアプリで報告しなくてはいけないため、そこそこ忙しいらしい
ということは、このRace Guardが役立っているということだから、ボランティアし甲斐ある、ということ
また、こういう症状は、そう速くない人&トレーニング不足の人に多く起こりそうな気がするから、
Race Guardのペースは、より後ろの方に合わせた方が、良いと思われます。

ゴールから2.5マイルほど逆走したところで折り返し、来た道を2.5マイル戻ります。
一生懸命に走るランナーを見たら、私も走りたくなって、帰りの2.5マイルは、ほとんど走って帰りました
日差しが出て暖かくなったのと、厚着&貼るカイロしていたので、走っているうちに暑くなってきた。
    

その後、ゴール手前で応援していたら、
強風が、ものすごい強風になって、鉄柵が倒れそうな気配これは危ない
とっさに、目の前の鉄柵をしっかり掴んだら、誰もいない隣の鉄柵が、コース側に倒れちゃった
置いてあったゴミ箱もコース上に飛ばされて、もしランナーがいたら、怪我をしていたかも誰もいなかったのが不幸中の幸いでした。
また、そのとき、ちょうど彼が走ってきたので、ゴミ箱を脇に戻してくれて、
ランナーには影響が及ばず、ほっとしました
その後、倒れた鉄柵を脇に寄せるお手伝いして、そのとき凝視したら、鉄柵がグニャっと曲がっていました
強風って、鉄を曲げちゃう位ものすごいパワーを持っているのね、びっくり。
 

私、沿道でランナーの姿を見るのが大好き
レベルの差はあれ、一生懸命に走る姿を見ると、うれしくなるから。
ゴールをした後の、みなさんの笑顔がこれまた良いんだよね
ランナーのみなさん、応援やボランティアのみなさん、お疲れさまでした。


あ、そうそう、エイドステーションで初めて見たのが、これ。
取り外し可能な枠にカップをセットすると、カップを倒すことなく注ぐことができる(と予想)みたい。




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走らないとEXPOがもっと楽しい

2017-01-27 00:01:00 | マラソン
今朝のソーシャルランは、13マイル
走り始めのコースは、2月に行われるAustin Marathonと同じ。
こうして改めて走ると、ダラダラ&ジリジリ上っている(坂)のを実感
練習嫌いのナマケモノ(私)が言うのも何ですが、焦ります←だったら、とっとと練習しろってか。

走り終わった後、トレイルを歩いて、Austin Convention Centerに向かいます
  

橋から見るState Capitol(州議事堂)も美しいですね。
 

着きました、開場まで椅子に座ってひと休み。
今日は、3M Half MarathonのExpoが行われます。
  
さほど大規模なExpoではありませんが、Expo好きな私にはうれしいイベント。
まして、自分が走らないとあれば、その楽しさは倍増しますなんてったって気楽だもんね。

というのも、今回、彼がRace Guardsの一員として走るのです(ボランティア)。
役割としては、彼らがランナーの中に混じって走り、ランナーの求めに応じて対応、
深刻な状況下では心臓マッサージを施したり、救急車を呼んだりするし、AED持参で走っています。
ただ、多くは、靴摺れ、足がつった、足が痛い(筋肉痛)、という軽微な症状なので、
持参しているもので応急処置をします

うろうろしながらゆっくりブースを見て回りました。
  

CLIFのブースで、サンプルをつまみ食い13マイル走った後だから、美味しく感じる。
    

エイドのスポーツドリンクはnuun
こんなに種類があることに、ビックリしました(Expoの試飲だけで20種類弱あった)。
でもね、やっぱり薄いのですよこの薄さは耐えられん、特に、走っている最中では・・・
2倍濃度くらいにしないと、気が済まない気がするのは、私だけだろうか
いや、濃い味に慣れているアメリカの人には、この味の薄さは、驚異的に薄いと思う


ExpoでゲットしたTシャツ、冠スポンサー“3M”グッズあれこれ・・・
3Mの自社製品は、実用的すぎて、おもしろい
ポストイット、スポンジ、耳栓、接着剤、紙やすり、フック、テープ、ほこり取り。
 

Expoの後、Amy's Ice Creamに寄りました。
まだ1月だと言うのにポッカポカ真夏の格好(キャミソールやサンダル)の人もチラホラ←いや、そこまで暑くはないよ。
こんな日はアイスクリームで決まりちびっこが喜びそうな、かわいい店内です。
 

彼はコーヒーアイスにチョコチップを混ぜ、
私はキャラメルアイスにピーナツバターカップを混ぜました。
美味し~~~い幸せだ。



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パンケーキ食べ放題から始まる1年

2017-01-25 00:05:00 | グルメ
旅行記がやっと終わって、さすがに疲れました・・・ちょっと休憩
日本&日本人にとって、新しい年を迎える=お正月は大切なものですが、
ここアメリカでは何の意味も持たないので、なんだかさみしい。
その代わり、我が家では年が明けると=IHOPであります。
毎年恒例のAll You Can Eat Pancakesそう、パンケーキの食べ放題

今年は、1/2~2/12、時間はいつでもOK。
  

15:00過ぎ、中途半端な時間なので、空いています。
ボックス席が落ち着きますね、周りにはAll You Can Eat目当てと思われる若者グループがちらほら、仲間だ、仲間
  

あら、今年はAl You Can Eatの専用メニューがあるよ。
彼は、ブレックファストコンボ(+パンケーキのAll You Can Eat)、私はパンケーキのAll You Can Eatのみにしました。
ところが、今こうしてメニューを見ると、
パンケーキのみでなく、コンボのメニューにした方がお得な場合もあるという逆転現象。
真相は、お会計の明細レシートを見忘れたので、今となっては確認できないけど、まぁ、どっちでも良いや。
   

Never Empty Coffee Pot(ホットコーヒー)、Cold-Brew Iced CoffeeのMochaを頼みました、
どちらもお代わり可です。
IHOPに来るたび思う、コーヒーマグが可愛いなぁ
 

彼は、コンボ(2 Eggs、Ham、Golden Hash Browns)+パンケーキ2枚。
コンボにすると、最初のパンケーキは2枚です←どうせお代わりするから、何枚でも関係ない。
 

パンケーキのみの私は、最初のパンケーキが5枚
お代わりのパンケーキは、2枚ずつ来ます。
 
シロップをたっぷりかけて食べるよ美味し~い
でもね、美味しいのは最初の1皿目だけ・・・あとは戦い・・・毎年、私も彼も同じこと感じるので確かです

味も食感も単調だから飽きちゃう、
後半は、シロップではなく(甘味)ケチャップをかけたら(塩気)、意外にイケました←満腹すぎて味覚崩壊
結果は、彼は6枚、私は9枚でした・・・昨年、私は10枚食べたから、記録更新どころか、記録悪化
1年でパンケーキ1枚減ると考えると、やはり胃袋年齢が衰えていること実感。
私も彼も、その夜はもちろん何も食べられず、私にいたっては翌日も体調不良、ダメージが大き過ぎます。

パンケーキ好きなみなさんへの予告
今年のNational Pancake Dayは、3/7(木)7:00~19:00です。
パンケーキ(3枚)が無料です、その代わり寄付しましょう



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南部を巡る(ヒューストンのラーメンで〆編)

2017-01-23 02:53:00 | 旅行
最後になりました
書いている自分が、どうでも良いけど長いな、と思う同時に、書き終わってひと安心。
さておき、進みます。

Houstonのビル群が見えてきました。
車も車線も多くて、都会ですなぁ・・・私、こんな都会には住みたくありません


でも、都会だからこそあるのが、日本のスーパーマーケット“Seiwa Market”。

日本人(らしき人)が、いっぱいお買いものしていました、
そう大ききはない店舗で、品ぞろえも店内の様子も、まるで日本のスーパーそのもの
お刺身にできるお魚も売っているお弁当も売っている
日本酒も売っている食品から、ちょっとした雑貨や生活消耗品など、ひと通り揃っています。
しばらく日本的なモノに触れていなかったので、新鮮でした~。
納豆(安い)やお米、その他ちょろちょろ買い物しました。

旅を締めくくる最後のごはんはラーメン。
Seiwa Market横にある、Ramen Bar Ichiに行こうと思いましたが、
ソフトオープン中の短縮営業で時間が合わず、Ramen Jinにしました。
店内は、ほぼRamen Tatsuyaのパクリですもろバレですよ。


注文&お会計をしたら、番号札を立ててテーブルへ。
餃子は可もなく不可もなくフツーでした、まぁ、アメリカのラーメン屋ですから、こんなもんでしょう。
 

彼はスパイシー味噌、私は豚骨。
 
アメリカだから仕方ないけど、かなりぬるい
あっさりした豚骨、脂がギトギトしていないし、食べた後に喉が乾かなくて、私はコレで良いけど、
多分、アメリカ的には、塩気が少ないし、もっと脂入れてドロドロにしないと、かなりの確率で物足りないと思われるのでは
焼き目を付けてあるチャーシュウ、半熟の味玉子は美味しかったです

厨房で、中国人らしき店主が、メキシコ人に教えていました。
でも、メキシコ人2人のうち1人は英語が分からないから、店主がメキシコ人に英語で説明し、メキシコ人がスペイン語で説明。
店主以外は、ラーメンを良く知らないメキシコ人しかいないから、今後のオペレーションに不安あり。
ちょっと派手め&長身のスラっとした女性(店主の彼女もしくは奥さん)が、店内の端っこに座って、店主と中国語で話していました。
ただ、暇だからと言って、店主がお客さんのいる店内で、おしゃべりしながら休憩しているのは、どうかと思います、
公私の区別なしという意味でテーブルを回ってお客さんと話すなら別ですが。

ラーメン屋さんから3時間かけて、自宅に戻りました
5泊6日の旅は、走行距離2,105マイル(約3,388km)事故やトラブルもなく、充実した旅でした
彼の楽しんでいる顔を見ると、私も頭を悩ませて計画した甲斐があったというものがんばったぞ、私
これにて、長らく続いた旅行記を終了いたします。。。


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南部を巡る(使用人との心暖まるエピソード編)

2017-01-20 01:17:00 | 旅行
Beaumontに到着。
ルイジアナ州境に近いBeaumontは、オイルブームに沸いた町
この場所で、油田が発見されたのは1901年1月
その後の変化は劇的で、1901年1月に9,000人だった人口が、2ヶ月後の3月は激増して30,000人
オイルビジネスを求めて、短期間にドカンと人が流入したのだから、
小さな町の活気たるや、さぞかしスゴかったことでしょう

そんな華やかな時代に建てられたThe McFaddin-Ward House(1906年)
元々、様々なビジネスをしていた一家ですが、
彼らの土地から石油が出たこともあり、更に繁栄、地元の建築家によってこの邸宅が建設されました。
私たちはツアーに参加手荷物はロッカーに入れるという厳しさ(当然、写真撮不可)。
 

よって、内部はおろか外部の写真はありません
一家の住んでいたMcFaddin-Ward House、
使用人の住まい&馬小屋を兼ねたCarriage Houseを見学しました。
今まで、何らかのビジネスで財をなした人の豪邸を、何度も見たことがありますが、
このお家の重厚さには圧倒されました、成金って感じでもないし、とにかく素晴らしかったです←相変わらず、陳腐な表現でごめんなさい

そして、素晴らしいのは、この家族と使用人(南部という場所&時代から、そのほとんどが黒人)の関係です。
McFaddin家のために、それこそ朝から晩まで懸命に働いていた使用人に対して、
一家は、道路1本を隔てたCarriage House内に住まいを提供、
その住まいには、当時としてはさほど当たり前ではなかった電気、ガス、水道(温水含む)が完備されていました。
また、使用人の子供も学校に行かせたりとても良い関係を築いていたことが伺えます。
そのため、数十年と長きにわたって働く人、代々(親子)で働く人もいたようです。

当初のMcFaddin家は、両親&子供3人の5人暮らし、
3人の子供が大人になった後、1人娘Mamie&その夫が両親と同居していました。
両親が亡くなり、1人娘Mamieの夫が亡くなったのが1961年。
1人残されたMamieは、この大きな家に1人ぼっちで住むことになってしまいましたが
そんなとき、彼女は、長年この家で働いていた使用人Ceceliaを、Carriage Houseから自分の隣の部屋に住まわせました。
彼女たちは、年齢が5歳しか違わなかったので、小さな頃から仲良しだったのです。
とは言え、家主と使用人の間柄ですからね、このエピソードからも、彼らの関係が良好だったことが分かります
1982年、Mamieが亡くなり、Ceceliaも元の住まいであったCarriage Houseに戻りました。

1986年に開館したThe McFaddin-Ward Houseは、2016年で30周年
開館の際は、当時の様子を良く知るCeceliaの記憶や話が、大いに役立ったそうです
お家自体が素晴らしいのはもちろんのこと、展示物に関する説明も分かりやすく、
更に、心暖まるエピソードをいっぱい知ることができて、なかなか興味深いツアーでした、オススメです



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