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古典の季節表現 春 蹴鞠

2013年03月10日 | 日本古典文学-春

 (略)大将も督君も、皆下りたまひて、えならぬ花の蔭にさまよひたまふ夕ばえ、いときよげなり。をさをささまよく静かならぬ、乱れごとなめれど、所から人からなりけり。
 ゆゑある庭の木立のいたく霞みこめたるに、色々紐ときわたる花の木ども、わづかなる萌黄の蔭に、かくはかなきことなれど、善き悪しきけぢめあるを挑みつつ、われも劣らじと思ひ顔なる中に、衛門督のかりそめに立ち混じりたまへる足もとに、並ぶ人なかりけり。
 容貌いときよげに、なまめきたるさましたる人の、用意いたくして、さすがに乱りがはしき、をかしく見ゆ。
 御階の間にあたれる桜の蔭に寄りて、人々、花の上も忘れて心に入れたるを、大殿も宮も、隅の高欄に出でて御覧ず。
 いと労ある心ばへども見えて、数多くなりゆくに、上臈も乱れて、冠の額すこしくつろぎたり。大将の君も、御位のほど思ふこそ、例ならぬ乱りがはしさかなとおぼゆれ、見る目は、人よりけに若くをかしげにて、桜の直衣のやや萎えたるに、指貫の裾つ方、すこしふくみて、けしきばかり引き上げたまへり。
 軽々しうも見えず、ものきよげなるうちとけ姿に、花の雪のやうに降りかかれば、うち見上げて、しをれたる枝すこし押し折りて、御階の中のしなのほどにゐたまひぬ。(略)
(源氏物語・若菜上~バージニア大学HPより)

太皇太后宮、賀茂のいつきときこえ給ける時、人々まいりてまりつかうまつりけるに、すゝりのはこのふたに、雪をいれていたされたりけるしきかみに、かきつけ侍ける 摂津
桜花ちりしく庭をはらはねはきえせぬゆきと成にける哉
(詞花和歌集~国文学研究資料館HP)

治承二年三月ばかりにや、少将隆房、内よりまかりいでて、夕つけて内大臣の小松殿へまうでたれば、一家の君達、花の陰に立ちやすらひて、色々の直衣姿、さまざまの衣着こぼしつつ、鞠もて遊びたまふ程なりけり。大臣、烏帽子直衣にて、高欄におしかかりて、見興じ給ふ。夕ばえの形ども、かたほなるもなく、とりどりにきよらなり。(略)
(平家公達草紙~岩波文庫・建礼門院右京大夫集)

三月廿九日、御まりなり。冷泉大納言・萬里小路大納言・權大納言・左衞門督・右衞門督・源宰相・頭中將・爲教・資平・公忠・時經。はなちりすぎ、こずゑなかなかおもしろきに、人々のよういことがら、とりどりにぞみえし。くれかゝるほど、院の御所より御隨身頼峯御使にて、御葉松のえだにぞ御鞠はつけられたる。頭中將とりてまゐらす。しろき薄樣むすびつけられたり。あけて御覽ぜらるれば、
吹くかぜもをさまりにける君が代の千歳の數は今日ぞ數ふる
御返し、辨内侍、
かぎりなきちよの餘りのあり數はけふ數ふとも盡きじとぞ思ふ
(弁内侍日記~群書類從)

鳥羽殿には、いと久しくおはします折のみあり。春の頃、御幸ありしには、御門も御鞠に立たせ給へり。二条の関白良実上鞠し給ひき。内の女房など召して、池の御船に乗せて、物の音ども吹きあはせ、様々の風流の破子・引出物など、こちたき事どももしげかりき。
(増鏡~和田英松編「校註増鏡」)

三月の末つ方、持明院殿の花盛りに、新院渡り給ふ。鞠のかかり御覧ぜんとなりければ、御前の花は木末も庭も盛りなるに、外の桜をさへ召して、散らし添へられたり。いと深う積りたる花の白雪、跡つけがたう見ゆ。上達部・殿上人、いと多く参り集まり、御随身・北面の下臈など、いみじうきらめきて候ひあへり。わざとならぬ袖口共押し出だされて、心異に引きつくろはる。(略)むべむべしき御物語は少しにて、花の興に移りぬ。御土器など良き程の後、春宮〈 伏見院 〉御座しまして、かかりの下に皆立ち出で給ふ。両院・春宮立たせ給ふ。半ば過る程に、客人の院上り給ひて、御襪など直さるる程に、女房別当の君、又上臈だつ久我の太政大臣の孫とかや、樺桜の七・紅のうち衣・山吹の表着・赤色の唐衣・すずしの袴にて、銀の盃、柳箱にすゑて、同じひさげにて、柿ひたし参らすれば、はかなき御たはぶれなど宣ふ。暮れかかる程、風少しうち吹きて、花も乱りがはしく散りまがふに、御鞠数多く上がる。人々の心地いと艶なり。故ある木蔭に立ち休らひ給へる院の御かたち、いと清らにめでたし。春宮もいと若う美しげにて、濃き紫の浮き織物の御指貫、なよびかに、気色ばかり引き上げ給へれば、花のいと白く散りかかりて、文のやうに見えたるもをかし。御覧じ上げて、一枝押し折り給へる程、絵にかかまほしき夕ばえ共なり。其の後も、御酒など、らうがはしきまで聞こし召しさうどきつつ、夜深けて帰らせ給ふ。
(増鏡~和田英松編「校註増鏡」)

其の後、東向の鞠のかかりある方へ渡らせ給ふ。(略)後鳥羽院建仁の例とて、新院御上鞠三足ばかり立たせ給ひて、落とされぬ。内の上、御直衣・紺地の御袴、始めは御草鞋を奉りけれど、後には御沓、片足がはりの御襪、藍白地竹・紫白地桐の文、紫革の御結緒也。春宮、御直衣・紫の御指貫・同じ色革の御襪、新院、織物の御直衣・御指貫・文無き紫の御襪、関白殿文無きふすべ革、内の大臣紫革に菊をぬいたり。藤大納言為氏無文のふすべ革、其の外色々の錦革・藍革・藍白地、各けぢめわかるべし。為兼紫革、為道は藍白地なりけり。(略)内の上は、白骨の御扇、左の御手に持たせ給ひて、花のいみじく面白き木蔭に立ち休らひ給へる御かたち、いとゆゆしきまで清らに見え給ふ。
(増鏡~和田英松編「校註増鏡」)

参議雅経うへをきて侍けるまりのかゝりの桜を思やりてよみ侍ける 藤原教定朝臣
ふる郷にのこる桜やくちぬらん見しより後も年はへにけり
(続後撰和歌集~国文学研究資料館HP)
参議雅経はやう住侍ける家に、まりのかゝりの柳、二もと残りて侍けるを見て読侍ける 侍従雅有
故郷のくち木の柳いにしへの名残は我もあるかひそなき
(続拾遺和歌集~国文学研究資料館HP)

(略)かくて御鞠は彌生のしもの七日のこと也けり。花はみな散はてゝ。四方の木ずゑもあをみわたりて。かすみの色鳥のこゑのみ。春のなごりをおしみがほなり。拾遺納言(成通)の三十ヶ條の式にも。この月を時節にさだめ侍るも。げにことはりとおぼえ侍り。いはんや又けふはきのえさるの日なり。しうきくのあそびにうへなき日なるべし。(略)まさちか卿あげまりのことをつとむ。そのさはうありて。一足にてこれをおとす。そのゝち日野大納言まりをあげて帥卿にゆづらる。次第にこれをけ給ふ。しばらくありて上八人立かはりて。徳大寺大納言(公有)以下のこりの人々次第に又たちくはゝる。主上も中ほどに御座にかへらせ給ひ。日くれかたにをよびて又たたせ給。このたびはたつみの木の北のかたに立給。式部卿宮大納言殿なども又たち給。(略)ほどなく西の山のはちかくかたぶく入日の影。魯陽がほこもてまねく事も。李白が なはもてつなぐこともありがたき事成ければ。長楽の鐘のこゑもうらめしげに聞わたされて。あかずくちおしと おもへる人々のけしきども也。(略)
(享徳二年晴之御鞠記~群書類従19)

(安貞元年)○三月大
一日(庚戌。彼岸始め)。朝天快晴。朔日無為。風静かに陽春の気有り。(略)天曙の後、俄に蹴鞠(宣経相加はる。往事の近臣四人)。忽ち宮の御方の大盤所の妻戸を開かれ、殿下、御直盧より昇らしめ給ふ。存外の晴か。地湿り、鞠極めて以て狼藉。(略)
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)