宇宙のはなしと、ときどきツーリング

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宇宙はいかにして理論的に期待される複雑な姿ではなく、観測から明らかになった単純な姿を獲得したのか

2024年06月03日 | 宇宙 space
東京大学宇宙線研究所の渡慶次孝気特任研究員は、パリ高等師範学校物理学部門のVincent Vennin主任研究員との共同研究において、初期宇宙の急激な加速膨張(インフレーション)(※1)の過程で、揺らぎ(※2)の量子的な振る舞いが私たちの宇宙を稀な確率で実現した結果、現在のような単純な姿が観測されるに至ったことを明らかにしています。

このことは、初期宇宙の高エネルギー環境から理論的に期待される複雑な姿と、実際に観測されているその単純な姿、という両者の隔たりを自然な理論で解消する重要な成果と言えます。

逆に、将来的な観測が宇宙の複雑な姿の痕跡をとらえた場合に、インフレーションの理論モデルを同定する大きな手掛かりを与えるものです。
※1.インフレーションとは、宇宙が生まれた直後、1000兆分の1000兆分の1秒よりももっと短い時間に起こった急激な加速膨張のこと。インフレーションが終わると、場(※3)のエネルギーが他の粒子の熱エネルギーに変換され、高温・高密度の熱い“ビッグバン”宇宙に接続される。論文や書物によっては、宇宙の本当の始まりのことをビッグバンと呼ぶこともあるので、都度確認が必要。

※2.宇宙がまだ小さかった頃は、全ての物理量は波の性質を持ち量子力学の効果も考える必要があった。このため平均値からのズレが常に存在する。このズレのことを揺らぎと呼ぶ。この揺らぎが元となり、ダークマターの密度の空間的な揺らぎが重力によって成長していく。そのダークマターの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、星や銀河が作られ、網の目状に広がる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられている。

本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letter)”のオンライン版へ、“Why Does Inflation Look Single Field to Us?”として掲載(6月初旬の予定)されることが決定しています。
また、特に重要な研究成果を6分の1の割合で取り上げる“Editor's suggestion”に選出されました。
“稀で単純”な私たちの宇宙。真ん中から始まった小さな宇宙は、揺らぎの影響によって赤線に沿って時計回りに進化する。青線に沿って進化するよりも長時間のインフレーション=大きな宇宙を実現し、極めて単純な様相を獲得する。(Credit: Koki Tokeshi, Vincent Vennin)
“稀で単純”な私たちの宇宙。真ん中から始まった小さな宇宙は、揺らぎの影響によって赤線に沿って時計回りに進化する。青線に沿って進化するよりも長時間のインフレーション=大きな宇宙を実現し、極めて単純な様相を獲得する。(Credit: Koki Tokeshi, Vincent Vennin)


宇宙が生まれた直後に急激な加速膨張

私たちの宇宙は、局所的にみると星・銀河・銀河団といった豊かな構造がある一方で、大域的にみると一様かつ等方であることが知られています。

現代宇宙論は、今日の宇宙がこのようである理由を“宇宙が生まれた直後に急激な加速膨張(インフレーション期)があったからだ”と説明しています。

初期宇宙は現代の加速器をもってしても到達不能なほどの高エネルギー環境を提供していて、これゆえ様々な素粒子の“場”(※3)が存在し、複雑な様相を呈していたことが期待されます。
※3.時空間の各点で値を持つ物理量のことを場と呼ぶ。例えば、温度は測る場所や時刻に応じて値が決まるので、身近な場の例となる。素粒子の性質を扱う場の量子論によると、全ての素粒子は対応する場によって記述される。本記事図中では、インフレーションが一つの場で実現される場合に“単一場”と言い、これと対比して複数の場が寄与する状況を“複数場”と呼んでいる。
一方、インフレーション中に生成された量子揺らぎは、宇宙マイクロ波背景放射(※4)の観測によって、その痕跡が精力的に調べられています。
でも、観測の結果は、極めて単純な物理モデルで説明されています。
※4.宇宙マイクロ波背景放射は、ビッグバン後に発せられた“宇宙最初の光”の残光。宇宙膨張の影響を受けて波長が伸び、現在は電波の波長(マイクロ波)で観測される。どの方角からもほぼ同じ強さで到来している。宇宙マイクロ波背景放射の観測はビッグバン宇宙論の根拠として、また、その強度分布や偏光分布の観測は、標準宇宙モデルの確立に大きく貢献した。
理論的に期待される宇宙の複雑な姿と、観測から明らかになった実際の宇宙の単純な姿との間にある、このような不整合に対して、これまで自然な理解を与えることができずにいた訳です。
これは、現代物理学が抱える原理的な困難の一つと言えます。


どうして宇宙はこんなにも単純な姿をしているのか

インフレーションが実現される理論モデルを考える上では、たった一つの“場”によってインフレーションが起こる“単一場”モデルに限らず、より一般にたくさんの“場”が寄与する“複数場”モデルの可能性もあるはずです。
でも、驚くべきことに、これまでの観測結果は、複雑な要素を必要としない“単一場”モデルで華麗に説明できてしまいます。

では、どうして私たちの宇宙は、こんなにも単純な姿をしているのでしょうか?
この疑問が本研究の主題となっています。

インフレーションは、生まれて間もない小さな宇宙を、現在ほどのサイズにまで急激に大きくしてしまう仕組みです。

宇宙がまだ小さかった頃の現象なので、アインシュタインの一般相対性理論で記述される重力と並んで、量子力学も重要な役割を演じています。

相対性理論では光よりも速く情報が伝わることを禁止し、量子的な揺らぎは宇宙の進化を場所ごとに揺さぶるので、ある点と遠く離れた別の点では、インフレーションの終わるタイミングが揃わなくなってしまいます。


インフレーションが長く続けば続くほど極めて単純な姿に行き着く

ところで、昨今の物価高が私たちの家計を圧迫して久しいですが、わが国が宇宙論的な意味でのインフレーションにさらされると、どうなるのでしょうか。

日本の領土がどんどん大きくなっていく中で、よく見ると、揺らぎの影響で都道府県ごとに拡大の割合が異なっていきます。
例えば、沖縄県が最も大きくなったら、上空からランダムに飛んできた鳥は、他のどの都道府県よりも沖縄県に着地する可能性が高いことが想像できます。

この時、面積拡大のために沖縄県の生態密度(面積当たりの個体数)は、極めて小さくなっていて、もともとあった生態系の多様性は失われているはずです。

図1は、本研究成果を要約するものの一つですが、ちょっとだけ先取りして今のたとえ話を当てはめてみます。

横軸を生態系の多様性と読み替えてみると、短時間しかインフレーションが起こらなかったほとんどの県が右側の黒線に対応し、逆に最も拡大した沖縄県が左側の曲線に対応します。

インフレーションが長く続けば続くほど、つまり県が拡大すればするほど、多様性の分布を表す曲線は左へとズレていき、“単純な”県となっていきます。

本研究では、このような“もっとも膨張して、宇宙の中で最大の体積を占める領域”における場の振る舞いを、確率的な手法を用いて解析しています。

確率的というのは、インフレーション中の場は揺らぎにさらされているので、ちょうど忘年会の帰り道のように揺れ動いているからです(このような運動は、ブラウン運動と呼ばれます)。

その結果、たとえ宇宙が“複数場”の状態から始まったとしても、長時間のインフレーションの過程でほとんどの場が消失し、私たちが観測している局所的な宇宙に至る頃には“単一場”の状態へ…
すなわち、極めて単純な姿に行き着くことを示しました。(図1)

これは、インフレーションが短時間しか起こらなかった場合(図2左)に比べ、揺らぎが場を“回り道”させて(図2右)、インフレーションの期間が延ばされることによって、時間を稼ぐうえで有利な場だけが生き残るためです。
図1.揺らぎの影響でインフレーションが長く続けば続くほど、私たちの宇宙は“単純”になる。(Credit: Koki Tokeshi, Vincent Vennin)
図1.揺らぎの影響でインフレーションが長く続けば続くほど、私たちの宇宙は“単純”になる。(Credit: Koki Tokeshi, Vincent Vennin)
図2.揺らぎによってインフレーションの時間が延ばされ、場が“回り道”をする。時間を稼ぐうえで不利な場がすべて焼失し、私たちが観測する局所的な宇宙は“単純な宇宙”(青い領域)の一部となる。(Credit: Koki Tokeshi, Vincent Vennin)
図2.揺らぎによってインフレーションの時間が延ばされ、場が“回り道”をする。時間を稼ぐうえで不利な場がすべて焼失し、私たちが観測する局所的な宇宙は“単純な宇宙”(青い領域)の一部となる。(Credit: Koki Tokeshi, Vincent Vennin)
本研究の成果は、理論と観測との隔たりが、揺らぎをカギとして解消されることを意味するものです。

また、逆に将来的な観測により宇宙の複雑な姿の痕跡、すなわち“複数場”の状況に限って現れる揺らぎの特徴をとらえることができれば、インフレーションの理論モデルを同定する大きな手掛かりとなるはずです。

なぜなら、それは観測可能な領域においても、単一場に向かうことのない例外的な理論モデルが必要とされるからです。


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原始ブラックホールの形成は実現するのか? より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えていく必要があるようです

2024年06月02日 | ブラックホール
今回の研究では、原始ブラックホール生成に関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が、量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいて、初めて詳細に計算しています。

その結果、小スケールに生成した大きなゆらぎが、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)で観測されるような大スケールの揺らぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました。

太陽の数十倍の質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を、原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルにおいては、宇宙マイクロ波背景放射の観測結果と矛盾するほど影響が大きいことから、大きな質量の原始ブラックホール生成のためには、より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えなければならないことを示したことになります。
この研究は、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)機構長で、理学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センター長を兼ねる横山順一教授と理学系研究科のジェイソン・クリスティアーノ大学院生が進めています。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letter)”と“フィジカル・レビューD(Physical Review D)”のオンライン版に2編の論文としてアメリカ時間2024年5月29日付で掲載されました。


太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの正体

近年の重力波観測により、私たちの宇宙には太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールが、多数存在していることが明らかになっています。
その正体として、原始ブラックホールが候補の一つとして注目されています。

また、宇宙のエネルギーの3割近くを占めるダークマターの候補としても注目されています。

原始ブラックホールは、熱放射時代の初期宇宙にエネルギー密度の大きなゆらぎがあると生成されます。
このエネルギー密度のゆらぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。

インフレーションが起こるのは、宇宙の大きさが水素原子よりもまだずっと小さかった頃なので、ミクロな世界で働く量子論(※1)が重要なはたらきをするからです。
※1.量子論とは、素粒子とその相互作用など、ミクロの世界の物質の振る舞いを記述する理論。量子論の世界では粒子も波として振る舞い、位置と速度を波長以下の精度で指定することはできないので、ゆらぎ(ムラ)が生成する。宇宙も最小は水素原子よりもずっと小さかったと考えられるので、初期宇宙を考える上で量子論で記述できるレベルでの研究が欠かせない。
初期宇宙にどのようなゆらぎができていたかは、宇宙マイクロ波背景放射の観測によってかなりよく分かっています。

その観測にかかるような長波長ゆらぎは非常に小さく、一様密度からのズレが10万分の1程度にとどまっていることが観測されています。

この観測事例は、スローロールインフレーションと呼ばれる、インフレーションを起こす素粒子の場(インフラトンと呼ばれる)が、ポテンシャルの坂道をゆっくりと転がりながらインフレーションを起こすモデルによって、見事に説明されています。

でも、通常のスローロールモデルでは、短波長の揺らぎが小さく、原始ブラックホールになるような大密度領域を作ることはできません。
このため、大きなゆらぎを実現するモデルの構築が、多くの研究者によって進められてきました。


原始ブラックホールの形成を実現するには

現在、最も盛んに研究されているモデルは、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)機構長で、理学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センター長を兼ねる横山順一教授を、その提案者の一人とする超急減速(ウルトラスローロール)モデルと呼ばれる一連のモデルです。

これは、球の転がる坂道の一部に平坦な場所を用意し、インフラトンがそこに差し掛かると急減速して、ハッブル時間(※2)当たりの変化が一時的に小さくなるので、その時できたゆらぎは相対的に大きな値を持つことになり、特定のスケールに大きなゆらぎを生成するというものです。
その結果、対応した質量の原始ブラックホールを生成することができます。(図1)
※2.ハッブル時間は、宇宙の膨張率を示すハッブルパラメータの逆数で示される数値で、その時の宇宙年齢の目安となる指標。
図1.インフレーションを引き起こす位置エネルギーの模式図。右側から坂を下り始め途中の平らなところでゆらぎが増幅されて原始ブラックホールができ、最後に原点付近を振動すると位置エネルギーが摩擦熱に変わり、熱いビッグバン宇宙になる。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)
図1.インフレーションを引き起こす位置エネルギーの模式図。右側から坂を下り始め途中の平らなところでゆらぎが増幅されて原始ブラックホールができ、最後に原点付近を振動すると位置エネルギーが摩擦熱に変わり、熱いビッグバン宇宙になる。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)
これまでは、このような小さなスケールで起こる現象は、宇宙マイクロ波背景放射で観測できる大スケールの現象には、一切影響しないと考えられてきました。

今回の研究では、このような原始ブラックホールの形成を実現するようなインフレーションモデルにおいて、原始ブラックホールに関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいて、初めて詳細に計算しています。

その結果、これまでの常識を覆し、このような小スケールに生成した大きなゆらぎが、宇宙マイクロ波背景放射で観測されるような大スケールの揺らぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました。(図2)

特に、重力波観測で示唆されている太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を、原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルは、大スケールにおいて宇宙マイクロ波背景放射で観測されている以上に温度ゆらぎをもたらしてしまうことになり、観測結果と矛盾してしまうことが分かりました。
図2.小スケールのゆらぎが量子論的にぶつかり合う様子を示した模式図。原始ブラックホールを作るような大きなゆらぎが小スケールにあると、それが量子論的にぶつかり合って大スケールの揺らぎを大きくしてしまう。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)
図2.小スケールのゆらぎが量子論的にぶつかり合う様子を示した模式図。原始ブラックホールを作るような大きなゆらぎが小スケールにあると、それが量子論的にぶつかり合って大スケールの揺らぎを大きくしてしまう。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)
今回の計算は特定のモデルに基づいたものです。
でも、インフラトンがすべての波長のゆらぎの起源になっているモデルで、原始ブラックホールの形成を実現するような既知のモデルのほとんどに当てはめることのできる結論のため、単一場インフレーションモデルで観測的に意義のあるような原始ブラックホールを生成するのは極めて困難なことが分かったと言えます。

なので、原始ブラックホールを生成するためには、より複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えていく必要があるようです。


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中間質量ブラックホールは球状星団の中で超大質量星から形成されている!? 最先端のシミュレーションによって明らかになった形成過程

2024年06月01日 | ブラックホール
今回の研究では、球状星団(※1)の形成過程で、星の合体から超大質量星(※2)を経て中間質量ブラックホールが形成され得ることを、数値シミュレーションにより明らかにしています。
※1.星団のうち数百万個以上の恒星が重力で集合し、概ね球状の形をとったもの。数百光年以内に数万個以上の恒星が密集している。
※2.超大質量星は、太陽の数百倍から1万倍もの質量を持つ恒星。まだ、その存在について観測的な証拠はない。
本研究では、新たに開発した計算手法により、世界で初めて球状星団の形成過程を、星一つ一つまで数値シミュレーションで再現。
その結果、形成中の球状星団の中で星が次々と合体することによって、太陽の数千倍の質量を持つ超大質量星が形成され得ることが分かりました。

さらに、星の進化の理論に基づいた計算によって、この超大質量星は後に太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールへと進化することも確かめています。
これまでの観測から、長年論争となっていた球状星団における中間質量ブラックホールの存在を、理論的に強く支持する結果でした。

本研究で、星一つ一つを再現した球状星団の形成シミュレーションは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイII”を用いたことで実現しています。
この研究は、東京大学大学院理学系研究科の藤井通子准教授をはじめとする研究グループが進めています。
本研究の成果は、5月30日付の科学誌“サイエンス”のオンライン版に、“Simulations predict intermediate-mass black hole formation in globular clusters”として掲載されました。
図1.シミュレーションで再現された形成中の球状星団。左下の青白い点一つ一つが星団の星を表し、その周りの“もや”は星間ガスを表す。色は温度を表していて、暗い部分が温度の低い星間ガス(分子雲)、明るい部分が温度の高い星間ガスを表す。可視化:武田隆顕(ヴェイサエンターテイメント株式会社)。(Credit: 藤井通子、武田隆顕)
図1.シミュレーションで再現された形成中の球状星団。左下の青白い点一つ一つが星団の星を表し、その周りの“もや”は星間ガスを表す。色は温度を表していて、暗い部分が温度の低い星間ガス(分子雲)、明るい部分が温度の高い星間ガスを表す。可視化:武田隆顕(ヴェイサエンターテイメント株式会社)。(Credit: 藤井通子、武田隆顕)


確実な発見例がほとんど無いブラックホール

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”が存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

また、大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つ“恒星質量ブラックホール”も宇宙には多数存在しています。

一方で、存在は予測されていても、確実な発見例がほとんど無いブラックホールもあります。
それが、太陽質量の100倍~10万倍という“中間質量ブラックホール”です。

超大質量ブラックホールは、恒星質量ブラックホールが合体を繰り返すことで形成されたとも考えられています。
なので、この2つのブラックホールの中間くらいの質量を持つ中間質量ブラックホールもあるはずなんですねー


中間質量ブラックホールは球状星団の中で形成される

それでは、中間質量ブラックホールは、宇宙のどこでどのように形成されているのでしょうか?

太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールが存在する場所の候補とされている天体に“球状星団”があります。

球状星団は数百万個の星が球状に分布する天体で、その中心に太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールの存在を示唆する観測が、これまでに報告されています。
図2.中間質量ブラックホールの存在が観測から示唆されている球状星団の一つ、ケンタウルス座オメガ星団。(Credit: ESO)
図2.中間質量ブラックホールの存在が観測から示唆されている球状星団の一つ、ケンタウルス座オメガ星団。(Credit: ESO)
球状星団の中での中間質量ブラックホールの形成仮説は、天体同士の衝突合体になります。

これまでの数値シミュレーションを用いた研究で分かっていたのは、以下の2つの結果でした。

1.星団内では、ブラックホール同士の合体が繰り返し起こっている。
でも、500太陽質量を超える前に、合体時の非等方な重力波放出によって星団外へ飛び去ってしまう。

2.星同士が合体するが、最初から存在した大質量の星が合体した後は、強い星風(※3)によって星は質量を失い恒星質量ブラックホールになってしまう。
※3.星風は、星から噴き出すガスの流れ。質量が大きいほど、星風が強く質量損失率が高い傾向がある。
ただ、これらのシミュレーションは、すでに出来上がった星団に対して行われたものでした。
これに対し今回の研究では、星々の母体となる分子雲(※4)内で星が次々と生まれ星団となる過程を、星同士の衝突合体も含めてシミュレーションしています。
※4.星間空間に撒き散らされた原子やチリが集まって雲のようになった際、周囲からの紫外線(星間紫外線)が内部まで届かなくなると、紫外線によって分子が壊されなくなるので、原子から分子が作られ始める。そのような雲を“分子雲”と呼ぶ。数光年~数十光年と様々な大きさのものがある。分子雲の中で、自己重力でガスやチリが集まってできた高密度な場所を分子雲コアと呼び、いわゆる星の卵に相当する。分子雲コアがさらに収縮することによって、太陽のような恒星や、それよりもさらに重い星(大質量星)その連星が誕生する。
その結果、明らかになったのは、形成途中の星団の中で星が次々と合体し、最終的に太陽の1万倍程度の質量を持つ超大質量星が形成されることでした。(図3左)

星の進化の理論に基づいて計算を行うと、このような超大質量星は最終的に太陽の3~4千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールになると予測されます。(図3右)

今回のシミュレーションで得られた、星団とその中で形成されるブラックホールの質量の関係は、観測から推定されている球状星団の質量とブラックホールの質量の関係と一致していました。
この結果は、球状星団中に中間質量ブラックホールが存在することを、理論的に強く示唆するものと言えます。
図3.星団の中で最も重い星の質量の時間変化。(左)シミュレーション中で繰り返し起こった星の合体による星団内で最も重い星の質量の増加。(右)恒星進化の理論に基づく超大質量星の質量の時間変化。この超大質量星は最終的に中間質量ブラックホールへと進化した。(Credit: 藤井通子)
図3.星団の中で最も重い星の質量の時間変化。(左)シミュレーション中で繰り返し起こった星の合体による星団内で最も重い星の質量の増加。(右)恒星進化の理論に基づく超大質量星の質量の時間変化。この超大質量星は最終的に中間質量ブラックホールへと進化した。(Credit: 藤井通子)
図4.球状星団の質量とブラックホールの質量の関係。星印はシミュレーションで形成された球状星団の質量と、その中で形成されたブラックホールの質量の関係を示している。色は、それぞれ星ができる元となった星間ガスの重元素量(水素、ヘリウム以外の元素の量)の違いを表す。破線は、中間質量ブラックホールの質量が星団の質量の3%を示す。縦線は、観測から中間質量ブラックホールの存在が示唆されている球状星団の質量と、ブラックホールの質量の関係を示す(線の長さは誤差の範囲、矢印は上限値を示す)。シミュレーションで形成された球状星団とブラックホールの質量のうち、最も大質量のもの(黄色の丸で囲まれた赤い星印)は、天の川銀河の球状星団の質量と観測から推定されているブラックホールの質量と同程度だと分かる。薄い赤と青で塗られた領域は、星の進化の理論計算とシミュレーションの結果から予測される、各重元素の場合の球状星団の質量と、ブラックホールの質量の関係。天の川銀河の球状星団の質量と、推定されるブラックホールの質量の関係を説明できている。(Credit: 藤井通子)
図4.球状星団の質量とブラックホールの質量の関係。星印はシミュレーションで形成された球状星団の質量と、その中で形成されたブラックホールの質量の関係を示している。色は、それぞれ星ができる元となった星間ガスの重元素量(水素、ヘリウム以外の元素の量)の違いを表す。破線は、中間質量ブラックホールの質量が星団の質量の3%を示す。縦線は、観測から中間質量ブラックホールの存在が示唆されている球状星団の質量と、ブラックホールの質量の関係を示す(線の長さは誤差の範囲、矢印は上限値を示す)。シミュレーションで形成された球状星団とブラックホールの質量のうち、最も大質量のもの(黄色の丸で囲まれた赤い星印)は、天の川銀河の球状星団の質量と観測から推定されているブラックホールの質量と同程度だと分かる。薄い赤と青で塗られた領域は、星の進化の理論計算とシミュレーションの結果から予測される、各重元素の場合の球状星団の質量と、ブラックホールの質量の関係。天の川銀河の球状星団の質量と、推定されるブラックホールの質量の関係を説明できている。(Credit: 藤井通子)
本研究によって、太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールが、標準的な仮定を置いた数値シミュレーション中で形成されることが確かめられました。

中間質量ブラックホールは、恒星質量ブラックホールと超大質量ブラックホールを結ぶミッシングリングと言えます。
なので、中間質量ブラックホールの一つの形成過程を示せたことは、超大質量ブラックホールの形成過程を理解する上で重要な意義があります。

また、本研究で星一つ一つを再現した球状星団の形成シミュレーションは、本研究チームによって2020年に開発された新しいシミュレーションコードと、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイII”を用いることで、世界で初めて実現したものです。


国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ

本研究の数値シミュレーションには、国立天文台のスーパーコンピュータ“アテルイⅡ”が使用されました。
理論演算値は3.087ペタフトップスで、天文学の数値計算専用機としては世界最速です。
1ペタは10の15乗、フロップスはコンピュータが1秒間に処理可能な演算回数を示す単位。
岩手県奥州にある国立天文台水沢キャンパスに設置されていて、平安時代に活躍したこの土地の英雄アテルイにあやかり命名。
「勇猛果敢に宇宙の謎に挑んでほしい」という願いが込められています。
国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”(Credit: 国立天文台)
国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”(Credit: 国立天文台)


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