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何がきっかけでエディアカラ紀の生物は複雑化・大型化したのか? 地磁気が弱くなったことによる酸素濃度の上昇が生物を進化させた

2024年06月09日 | 地球の観測
約6億年前の“エディアカラ紀(エディアカラン)”は、目に見える大きさの多細胞生物が発見されている最も古い時代として注目されています。
でも、なぜエディアカラ紀に生物の身体が複雑化・大型化したのか、その理由はよく分かっていません。

今回の研究では、エディアカラ紀の“地磁気”の強さに注目。
調査の結果、エディアカラ紀の約2600万年の間、地磁気の強さは現在の10分の1以下、最小で約30分の1というかなり低い水準だったことが判明しました。

最終的にこの出来事が、海水中の酸素濃度を増加させ、生物の進化を促した可能性があるようです。
この研究は、ロチェスター大学のWentao Huangさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回の研究により、エディアカラ紀の地球は地磁気が極端に弱かった可能性が示された。当時の生物にとって、オーロラは極地以外でも見られる、日常的な現象だったのかもしれない。(Credit: University of Rochester / Illustration: Michael Osadciw)
図1.今回の研究により、エディアカラ紀の地球は地磁気が極端に弱かった可能性が示された。当時の生物にとって、オーロラは極地以外でも見られる、日常的な現象だったのかもしれない。(Credit: University of Rochester / Illustration: Michael Osadciw)


明確な生物化石が発見されている最古の時代

地球の歴史上、明確な生物化石が発見されている最古の時代は、約6億年前の“エディアカラ紀”(※1)になります。
※1.より正確には約6億3500万年前~5億3880万±200万年前となる。
エディアカラ紀の地層から発見されているのは、目に見える大きさの生物化石が数センチから数メートルを超えるものまで数多くあります。
ただ、それ以前の間接的な証拠しか残っていない時代とは明確に異なっているんですねー

さらに、エディアカラ紀の生物は、現生の生物は無論のこと、次の時代であるカンブリア紀の生物とも似ていない独特な身体をしています。
参考となる生物がいないので、動物なのか植物なのか、あるいは菌類なのか、極めて基本的な分類すら決定されていない生物も数多く存在しています。
図2.エディアカラ紀の代表的な生物“ディッキンソニア”の化石。最大で直径1.4メートルのものも見つかっている。動物と考えられているが、決定的な証拠がないので異論も存在する。(Credit: Shuhai Xiao(Virginia Tech))
図2.エディアカラ紀の代表的な生物“ディッキンソニア”の化石。最大で直径1.4メートルのものも見つかっている。動物と考えられているが、決定的な証拠がないので異論も存在する。(Credit: Shuhai Xiao(Virginia Tech))


何がきっかけで生物は複雑化・大型化したのか

化石記録を調べる限りでは、エディアカラ紀以前の時代の生物が単細胞生物だったのに対し、エディアカラ紀にはより複雑かつ大型の多細胞生物へと進化したように見えます。
でも、何がきっかけで進化が促されたのかは判明しておらず、生命の進化における大きな謎の一つとなっています。

でも、最近になって、地球の固有の磁場“地磁気”が、エディアカラ紀には弱くなっていた可能性があるとする研究が発表されます。
これにより、地磁気の強度と生命の進化に関連があるのではないか、とする説が主張されるようになりました。

ただ、エディアカラ紀やそれ以前の時代の地磁気については、測定そのものや測定値の解釈が難しく、研究を進めることが困難とでした。

2024年4月のこと、研究史上最古となる37億年前の地磁気の強さの測定結果が発表されましたが、ごく最近の発表であることが示すように、この種の研究は本質的に困難を抱えています。

また、地磁気を巡る仮設とは別に、エディアカラ紀には海水中の酸素が豊富だったのではないかとする説もあります。
ただ、その証拠となるデータの解釈には複数の方法があり、逆に酸素が不足していたとする見方もできるので、この説には大きな論争があります。


長期にわたって地磁気が極端に弱かった時代

今回の研究では、手掛かりがほとんどないエディアカラ紀の地磁気の強さについて調査を行っています。

古い時代の地磁気の強さを測るには、岩石に含まれている地磁気に反応する鉱物を調べる必要があります。
ただ、エディアカラ紀やそれ以前のような極端に古い時代の岩石の場合、鉱物自体が風化や変質を起こしている可能性があるんですねー
なので、測定データの信憑性の程度が分からないという問題がありました。

そこで、今回研究チームが測定しているのは、鉱物の“SCP”という値です。
SCPとは“単結晶古強度(Single Crystal Paleointensity)”の略。
これは鉱物の結晶中に刻まれている、その時代の地磁気の値を直接読み取る“絶対古地磁気強測定度法”という手法を指します。

SCPには、鉱物の風化や変質の影響を受けにくいという利点があります。

にもかかわらず、1000分の1ミリ(1μm)に満たない小さな鉱物結晶を多数測定しなければならないという理由から、最近まであまり利用されてきませんでした。

でも、技術革新によって短時間で小さな資料を数多く測定できるようになったので、今回のような研究が行えるようになりました。

本研究では、ブラジルのパッソ・ダ・ファビアナ(Passo da Fabiana)で採取された約5億9100万年前のエディアカラ紀の岩石と、南アフリカ共和国のブッシュフェルト複合岩体で採取された約20億5400万年前(※2)の岩石に含まれる鉱物のSCPを測定。
さらに、SCPの測定値が妥当かどうかを、岩石の他の性質と合わせて検証しています。
※2.古原生代リィアキアンの末期。
その結果分かったのは、約20億5400万年前の地磁気は、現在とほぼ同じ程度の強さであったこと。
これに対し、約5億9100万年前の地磁気は、最小で現在の約30分の1という極端に弱い状態となっていました。

過去の研究と併せて検討すると、地磁気の強さが現在の10分の1以下であった時代は、約2600万年も続いていたことを意味していました。
これほど長期にわたって、地磁気が極端に弱かった時代があったことは、予想外の発見でした。
図3.地磁気の長期的な強度変化。横軸は時間(左側が現在)、縦軸は地磁気の強度(上に行くほど強い)を表す。エディアカラ紀(点線の枠内にある赤い六角形の付近)で強度が最低値を記録していることが分かる。(Credit: Wentao Huang, et al.)
図3.地磁気の長期的な強度変化。横軸は時間(左側が現在)、縦軸は地磁気の強度(上に行くほど強い)を表す。エディアカラ紀(点線の枠内にある赤い六角形の付近)で強度が最低値を記録していることが分かる。(Credit: Wentao Huang, et al.)


地磁気と酸素濃度の関係

研究チームが考えているのは、エディアカラ紀に地磁気が弱かった時代が長期間続いたことが、生命の進化を促したのではないかということです。
ただ、その理由はやや複雑です。

太陽を公転している地球には、太陽光だけでなく太陽風のような高エネルギーの荷電粒子(電気を帯びた粒子)もやってきます。
地球の大気に衝突する荷電粒子は分子に運動エネルギーを与えることで、分子が地球の重力を振り切って宇宙へと逃げていく原因となります。

一方、荷電粒子は磁場と反応するので、地磁気は荷電粒子と大気の衝突を防ぐバリアーの働きをすることに。
このため、一般的に荷電粒子と大気の衝突は、地磁気が弱い極地に限られることになります。

荷電粒子と大気分子との衝突は光を発生させます。
先日発生した大規模な太陽フレアのような例外を除くと、オーロラを見られる場所が高緯度地域に限られるのは、このことが理由になっています。

エディアカラ紀の地磁気が極端に弱かったとすれば、現在と比較して多くの荷電粒子が大気に衝突していたことが考えられます

この衝突で真っ先に逃げ出すのは、水素のような軽い分子です。
水素は酸素と反応して水になる物質なので、大気中の水素が多ければそれだけ大気中の酸素が豊富になるのを防げます。
反対に大気中の水素が少なくなれば、相対的に酸素が残りやすくなります。

このような水素と酸素の量の関係は、大気と接している海水でも同じ状況となります。

このため、地磁気が弱かったエディアカラ紀に大気中から水素が逃げ出せば、海水中の酸素が豊富になる訳です。
酸素を使う呼吸(好気呼吸)は酸素を使わない呼吸(嫌気呼吸)よりもずっとエネルギー効率が良いので、生物が複雑化・大型化するきっかけとなったはずです。

これらのことから、エディアカラ紀に地磁気が弱くなったことは、エディアカラ紀に生物が進化する原因となった可能性があります。

今回の研究によって、エディアカラ紀の地磁気の強さが判明したことで、論争となっている当時の海水中の酸素濃度については、豊富だったことを支持する証拠が見つかったことになります。

エディアカラ紀の謎は多いので、研究はまだまだ続くことになります。
それでも、今回の研究により生命の歴史における大きな謎についての大きな手掛かりが得られたのかもしれません。


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天の川銀河で高度な文明が作るダイソン球の候補を7個発見!? 恒星から放たれるエネルギーを無駄なく活用する構造物は実在するのか

2024年06月08日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
宇宙において、非常に高度な文明が建造すると予測されているもの。
その一つに、恒星から放出される全てのエネルギーを利用するための巨大な構造物“ダイソン球(Dyson sphere)”があります。

今回の研究では、地球から比較的近い距離にある恒星約500万個を対象にダイソン球の探索を実施。
その結果、ダイソン球の可能性を否定できない天体を7個見つけています。

もちろん、現段階では単なる自然な天体である可能性の方がずっと高く、ダイソン球を実際に見つけた可能性は低いようです。
それでも、この7個の天体はかなり変わった性質を持っているので、興味深い発見と言えます。
この研究は、ウプサラ大学のErik Zackrissonさんをリーダーとする“プロジェクト・ヘーパイストス(Project Hephaistos)”が進めています。
図1.完成したダイソン球のイメージ図。力学的な制約により、ダイソン球は完全な球殻ではなく、連結されていない小さなパーツが無数に恒星を取り囲む構造をしていると予想される。(Credit: Віщун)
図1.完成したダイソン球のイメージ図。力学的な制約により、ダイソン球は完全な球殻ではなく、連結されていない小さなパーツが無数に恒星を取り囲む構造をしていると予想される。(Credit: Віщун)


恒星から放たれるエネルギーを無駄なく活用する構造物

文明は発達すればするほど、必要とするエネルギーが多くなります。
このため、地球の文明よりもはるかに高度に発達した文明は、やがて恒星から放出されるエネルギーをフル活用しなければならなくなるはずです。

恒星から放たれるエネルギーを無駄なく受けるには、恒星の大部分を覆うような巨大な構造物を作る必要があります。
このような巨大構造物は、提唱者のフリーマン・ダイソンに因んで“ダイソン球”と呼ばれています。(※1)
ただ、フリーマン・ダイソンが1960年に提唱した概念では、今日イメージされる球殻構造(sphere)の構造物ではなく、連結されていない小さなパーツが無数に恒星を周回しているようなイメージだったことに注意が必要。オリジナルの論文での“恒星を包む人工生物園(biosphere)”という表現が、いつからかbiosphereからsphereと勘違いされて生じた誤り。
では、仮に地球外の高度な文明がダイソン球を構築していたとして、それを地球からの観測で知ることはできるのでしょうか?

例えば、完全にひとつながりの球殻構造や帯状構造のダイソン球は、力学的に不安定になります。
なので、ダイソン球には隙間があると予測されています。

このため、周囲にダイソン球が構築された恒星は、隙間から不規則に光が漏れることに…
これにより、異常な変光周期を持つ恒星として観測されるはずです。

そのような恒星は、タビーの星“KIC 8462852”などいくつか見つかっていますが、砕けた天体の破片によるものなど、もっと普通の自然現象として説明できることが分かっています。


高度な文明が作るダイソン球の探索

ダイソン球は、原理的には他の方法でも発見することができます。

ウプサラ大学のErik Zackrissonさんをリーダーとする“プロジェクト・ヘーパイストス”は、いくつかのダイソン球を見つけるための方法を使って天文観測のデータを分析し、ダイソン球の探索を進めています。

ヘーパイストス(ヘパイストス)は、ギリシャ神話において神々の武具などを作った炎と鍛冶の神のこと。
プロジェクト・ヘーパイストスは、分析方法および対象とする天体の違いによって、以下の3つに分類されています。

1.銀河に属する大半の恒星がダイソン球で囲まれている銀河の探索
2.天の川銀河の中で、ほぼ完全にダイソン球で覆われた恒星の探索
3.天の川銀河の中で、部分的にダイソン球で覆われている恒星の探索

このうち1と3については、すでにある程度の探索成果が発表されています。

1の対象である“大半の恒星がダイソン球で覆われている銀河”は、銀河330個当たり1個未満。
3の対象である“部分的にダイソン球で覆われている恒星”は、全体の90%程度を覆っているダイソン球の場合だと、存在数は恒星5万個当たり1個未満になるようです。

このように該当する銀河や恒星が存在する確率は低く、残念ながら今のところダイソン球の発見には至っていません。


赤外線の波長でのみ異常に明るく見える天体

今回の研究では、“ガイア”、2μm全天サーベイ“2MASS”(※2)、“WISE”といった、いずれも多数の天体を観測しカタログ化するプロジェクトの観測データを分析。
プロジェクト・ヘーパイストスは、2の対象である“ほぼ完全にダイソン球で覆われた恒星”について、新たな観測結果を発表しています。
※2.1997~2000年にかけてアメリカ・アリゾナ州のホプキンス山天文台と、南米チリのセロトロロ汎米天文台の望遠鏡を使った近赤外線波長域における初の全天サーベイ観測プロジェクト。
恒星の周囲を、ほぼまんべんなく覆うダイソン球が存在した場合、ダイソン球は恒星の放射をほとんど完全に遮断してしまうことになります。

その一方で、エネルギーを変換する過程では排熱が必ず生じるはずです。
排熱は、熱力学の法則によって発生するもので、どんなに高度な文明であっても排熱をゼロにすることはできません。
なので、ダイソン球を遠くから観測すると、他の波長では暗いのに赤外線の波長でのみ異常に明るく輝く天体として見えるはずです。

ただ、自然にダイソン球のような環境が形成されることもあります。
たとえば、恒星を取り囲むチリや小惑星帯は、ダイソン球のように恒星からのエネルギーの一部を遮断し、受けたエネルギーの一部を赤外線として放出します。

また、銀河やクエーサーなど、無関係な天体が恒星の後ろ側に重なってしまうと、そこから放出される強力な赤外線が混ざってしまうこともあります。
図2.今回の研究では、まず約500万個の恒星から368個をフィルタリング。その後、一つずつ手作業で精査を行った結果、最終的に7個が候補として残っている。(Credit: Matías Suazo, et al.)
図2.今回の研究では、まず約500万個の恒星から368個をフィルタリング。その後、一つずつ手作業で精査を行った結果、最終的に7個が候補として残っている。(Credit: Matías Suazo, et al.)
ダイソン球の探索におけるこうしたノイズは、光のスペクトルを厳密に分析したり、恒星までの距離を測定することで、自然要因を特定して排除することができます。

今回の研究では、最初に約500万個の恒星に対し、いくつかの基準で自動的にフィルタリングを行うことで、候補を368個まで絞り込んでいます。
続いて、フィルタリングをすり抜けてしまった自然要因で説明可能な恒星が含まれていないかを、368個の候補を手作業で一つずつ精査。
その結果、ダイソン球の可能性がある天体の候補として、最終的に7個の恒星が残りました。

本研究で見つかった地球に最も近い候補は、地球から約466光年彼方に位置する“Gaia DR3 3496509309189181184”という恒星でした。
図3.今回見つかった7個の候補のうちの2つの観測結果。左側グラフは、他の波長の放射から予測される量と比べて、赤外線放射量が異常に多いことを示している。(Credit: Matías Suazo, et al.)
図3.今回見つかった7個の候補のうちの2つの観測結果。左側グラフは、他の波長の放射から予測される量と比べて、赤外線放射量が異常に多いことを示している。(Credit: Matías Suazo, et al.)


破片に囲まれた赤色矮星という可能性

(写真03)
もちろん、今回の研究だけでは7個の候補がダイソン球であるかどうかを判断することはできません。
むしろ、7個ともダイソン球ではない可能性の方がずっと高いでしょう。

とはいえ、仮にこの7個がダイソン球ではなかったとしても、それはそれで面白い発見と言えます。

今回見つかった7個のダイソン球候補は、いずれも太陽よりもずっと軽くて暗い赤色矮星(※2)でした。

ダイソン球ではないと否定するもっともらしい説明は、恒星の周りを大小さまざまな岩石の破片が周回しているというものです。
でも、そのような実例はいまだに1個も見つかっていません。
なぜ、実例が見つかっていないのか、詳しい理由は判明していません。

今回の研究を通じて見つかった天体は、今まで見つかっていなかった“破片に囲まれた赤色矮星”の可能性があります。
なので、この発見をきっかけに詳細な観測を行えば、見つかってこなかった理由を解明する研究を進めることになるはずです。

いずれにしても、7個の候補がダイソン球であることを確定させるには、追加の観測が必須となります。
その過程でダイソン球では無いと判明する可能性が高いとはいえ、天文学的に興味深い天体である可能性は残されています。


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スペースXの新型ロケット“スターシップ”が打ち上げ成功! 多数のタイル消失やフラップ損傷でも大気圏再突入・軟着水を成功

2024年06月07日 | 宇宙へ!(民間企業の挑戦)
日本時間2024年6月6日、アメリカの民間宇宙企業スペースX(SpaceX)社は、開発中の新型ロケット“スターシップ(Starship)”による第4回飛行試験を実施しました。

第1段の“スーパーヘビー(Super Heavy)”は海上への軟着水に成功。
第2弾の宇宙船“スターシップ(Starship)”本体は宇宙空間を飛行後、機体が一部破損しながらの大気圏再突入を経て海上への軟着水に成功しました。
図1.スターシップは第4回飛行試験のため、アメリカ・テキサス州ボカチカにあるスペースX社の施設“スターベース(Starbase)”を離床。第1段に搭載された33基のラプターエンジンのうち1基が停止したが、スターシップは無事宇宙へ向かった。(Credit: SpaceX)
図1.スターシップは第4回飛行試験のため、アメリカ・テキサス州ボカチカにあるスペースX社の施設“スターベース(Starbase)”を離床。第1段に搭載された33基のラプターエンジンのうち1基が停止したが、スターシップは無事宇宙へ向かった。(Credit: SpaceX)
“スターシップ”は、第1段の大型ロケット“スーパーヘビー”と第2段の大型宇宙船“スターシップ”で構成された、全長121メートルの再利用型の新型ロケット。
打ち上げシステムとしても“スターシップ”の名称で呼ばれています。

今回の無人飛行試験は、2023年4月、2023年11月、2024年3月に続く4回目のもの。
計画では、スターシップ宇宙船は最終的にインド洋へ発射約1時間5分後に着水することになっていました。

スターシップ宇宙船は、日本時間2024年6月6日21時50分(※1)にアメリカ・テキサス州ボカチカにあるスペースX社の施設“スターベース(Starbase)”を離床。
スーパーヘビーは33基搭載するラプターエンジンの1基が早々に停止したが、他のエンジンには波及せず順調に高度と速度を上げています。
※1.発射からの時刻などの情報はスペースX社のライブ配信を参照している。
打ち上げの約2分50秒後には、第1段のスーパーヘビーを分離。
第2段を点火しながら第1段を切り離すことで、推力の損失を抑える“ホットステージング”に成功しています。

その後、スーパーヘビーはブーストバック燃焼(飛行経路に対する逆噴射)を行って落下へ。
高度を下げて行き海上スレスレでエンジンの着陸噴射を実施し、打ち上げの約7分30秒後に計画通りメキシコ湾への軟着水に成功しています。
“スターシップ”は第1段と第2段の両方を再使用する計画で、一連の軌道打ち上げ試験では初の軟着水成功となりました。
図2.第1段のスーパーヘビーは、おなじみの“垂直着陸”により海上への軟着水を成功させた。(Credit: SpaceX)
図2.第1段のスーパーヘビーは、おなじみの“垂直着陸”により海上への軟着水を成功させた。(Credit: SpaceX)
一方、上昇を続けるスターシップ宇宙船は、打ち上げの8分30秒後に高度約150キロでエンジン燃焼を停止。
慣性飛行に移行したスターシップ宇宙船は順調に飛行し、高度約190キロの宇宙空間を巡行しています。
図3.宇宙空間を巡行するスターシップ。(Credit: SpaceX)
図3.宇宙空間を巡行するスターシップ。(Credit: SpaceX)
打ち上げの約45分後、スターシップ宇宙船の高度が100キロを下回り大気圏への再突入が始まります。
時速2万6000キロという猛スピードでの降下により、機体が前方の大気を圧縮することで生じるプラズマに包まれていました。
図4.猛スピードの機体に前方の大気が圧縮されて超高温になることで生じるプラズマ。(Credit: SpaceX)
図4.猛スピードの機体に前方の大気が圧縮されて超高温になることで生じるプラズマ。(Credit: SpaceX)
前回の試験では、機体がすぐに不安定化しましたが、今回はしばらく安定していました。
でも、大気が濃くなる高度60キロ付近から機体の一部が破損し始めることに…
ライブ映像に映し出されていたのは、フラップの一つが高熱によって損傷していく様子でした。

それでもスターシップ宇宙船は、姿勢制御を失うことなく大気を利用した減速を継続。
海面付近で機体を水平姿勢から垂直姿勢に起こして着陸噴射を行い、打ち上げの約1時間5分後にインド洋へ着水しました。
図5.機体の一部(おそらくフラップ)が破損されている様子。(Credit: SpaceX)
図5.機体の一部(おそらくフラップ)が破損されている様子。(Credit: SpaceX)
スペースXは公式X(旧Twitter)アカウントで、「着水が確認された。4回目の飛行テストを達成したチーム全員に祝福を」とコメント。
イーロン・マスク氏は「多くのタイルが失われ、フラップが損傷したにもかかわらず、スターシップは海に軟着陸した」と投稿しています。


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少ない燃料と短時間で月に到達できる軌道設計に成功! カオス軌道だと探査機の軌道が予想不可能になってしまうはずだけど…

2024年06月06日 | 宇宙 space
5月30日のこと、三体問題に由来する“カオス軌道”をいくつも渡り歩いていく手法を考案し、地球-月の“円制限三体問題”の最小モデルである“ヒル方程式系”において、地球周回軌道から月周回軌道へ探査機が向かう場合、従来の軌道を上回る、高効率で短時間、なおかつ頑健な軌道を設計することに成功したことを、北海道大学と九州大学が共同で発表しました。

本研究の成果は、北海道大学 電子科学研究所の佐藤讓准教授、九州大学大学院 工学研究院 航空宇宙工学部門の坂東麻衣教授、同・大学 工学部 航空宇宙工学専攻の平岩尚樹大学院生、ブラジル・リオデジャネイロ連邦大学 数学研究所のイザイア・ニゾリ博士たちの国際共同研究チームによるもの。
詳細は、アメリカ物理学会が刊行する物理とその関連分野を扱う学際的な学術誌“Physical Review Research”に掲載されました。
図1.今回設計された、地球から月までのカオス軌道を渡り歩いていく探査機の軌道。従来よりも高効率、短時間、頑健な軌道であることが特徴。(出所: 共同プレスリリースPDF)
図1.今回設計された、地球から月までのカオス軌道を渡り歩いていく探査機の軌道。従来よりも高効率、短時間、頑健な軌道であることが特徴。(出所: 共同プレスリリースPDF)


地球、月、探査機との相互作用

地球、月、太陽のように、3天体の相互作用により生じる運動は複雑な軌道を持つことがあり、古典力学の未解決問題“三体問題”として知られています。

それに対し、3天体のうちの1つが非常に小さな天体で、その重力の影響が他の2天体に対して無視できる場合、他の2天体の軌道は、解を得られる“二体問題”として扱えます。
このような状況では、周期運動する大きな2天体と相互作用する小天体の軌道だけを考えればよく、“制限三体問題”と呼ばれています。

さらに、2天体の軌道が円であると仮定すると、この問題は円軌道を周回する天体から重力の影響を受ける小天体の軌道に関する問題となり、円制限三体問題と呼ばれ、地球、月、探査機の相互作用系がそれにあたります。

でも、円制限三体問題は単純化されているにもかかわらず、それでもまだ解を得ることはできません。

その理由は、探査機の初期位置や初速度によって“カオス”(不規則運動)が生じてしまうからです。

カオス軌道は完全に解けない上に、探査機の初期位置や初速度の極めてわずかな誤差が、長時間後の軌道の大きな解離を引き起こす“初期値鋭敏性”を持ちます。
誤差は実際に必ず生じるので、結果として探査機の軌道は予想不可能になってしまいます。

これだと、人類は月に探査機を送り込むことは不可能なように思えますが、実際には50年以上前から幾度となく着陸機や周回機が送り込まれてきました。

その理由は、円制限三体問題の解にはカオス軌道だけでなく、実は単純な周期軌道も含まれているからです。
“ハロー軌道”のような三体問題の周期軌道がいくつも発見されているので、手に負えないカオス軌道を避け、これまでは主に周期軌道を使った軌道設計がされてきた訳です。


少ない燃料と短時間で月に到達できる軌道

このように、これまでは避けられてきたカオス軌道ですが、今回研究チームは発想を転換。
逆にカオス軌道を活用することで、今よりも燃料を節約したり、月に早く到着できたりするような軌道を設計できる可能性を考察し、力学系理論の立場から軌道設計に取り組んでいます。

今回の研究で扱われているのは、地球-月円制限三体問題の最小モデルであるヒル方程式系における、地球周回軌道から月周回軌道への旅程。
まず、同系においてカオス軌道が集積している領域(カオスの海)の周期軌道を一つ選び、この周期軌道に常に近づいていく状態の集合(安定多様体)と、常に離れていく状態の集合(不安定多様体)を、二体が最も近づく状態(近点)の切断面上で計算しています。

その切断面上で、安定多様体と不安定多様体に囲まれる領域は“ローブ”と呼ばれます。
ある近点に到達してから、次の近点に到達するまでに、あるローブは別のローブに遷移し、カオス的な動力学により変形を受けて複雑に変形していきます。
ただ、ローブに囲まれている軌道はローブの外に出ることはありません。
図2.(左)安定多様体(緑)と不安定多様体(赤)に囲まれたローブとその系列(黄、青)。(右)出発点(▲)から目標点(★)までローブ系列(赤、紫)の間をジャンプ(d1、d2、d3)させる軌道設計法。(出所: 共同プレスリリースPDF)
図2.(左)安定多様体(緑)と不安定多様体(赤)に囲まれたローブとその系列(黄、青)。(右)出発点(▲)から目標点(★)までローブ系列(赤、紫)の間をジャンプ(d1、d2、d3)させる軌道設計法。(出所: 共同プレスリリースPDF)
このようなローブの系列は、出発地点の地球周回軌道と目的地点の月周回軌道の間にあるカオスの海に無数に存在しています。

そこで考えられるのが、いくつかのローブ系列を選んで、あるローブが大幅に変形する前に、次のローブへとジャンプさせていく制御です。
つまり、地球周回軌道から出発した探査機は、選ばれたローブ系列を順に渡り歩くことで、月周回軌道に到達できることになります。

このジャンプで生じる誤差もカオスで増幅されます。
ただ、探査機がローブ内に収まっていれば、次のジャンプの制御に支障をきたすことはないようです。
つまり、不安定なのに、頑健な軌道ということです。
図3.地球-月系における探査機の軌道。地球周回軌道から2つのカオス軌道(赤、緑)を経て月周回軌道へ到達する。地球は青い点、月は黄色の点で示されている。(出所: 共同プレスリリースPDF)
図3.地球-月系における探査機の軌道。地球周回軌道から2つのカオス軌道(赤、緑)を経て月周回軌道へ到達する。地球は青い点、月は黄色の点で示されている。(出所: 共同プレスリリースPDF)
そして、可能なローブ系列の組み合わせを最適化した結果、ヒル方程式系において、既知の旅程よりも少ない燃料で、しかもより短時間で月に到達できる軌道が設計できました。
ローブの動力学を使って、カオス軌道を探査機の軌道設計に役立たせることに成功した訳です。

今回の研究で提案された解析法と制御法は、様々な力学系における高効率な軌道設計に対する一般的かつ有力な方法です。
特に、月周回有人拠点への貨物輸送や、惑星探査機の軌道設計などへの応用が期待できます。


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連星系“VFTS 243”のブラックホールは超新星爆発を伴わずに誕生していた!? 太陽の約10倍の質量を持つ恒星が完全崩壊を起こす可能性

2024年06月04日 | ブラックホール
太陽よりも数十倍重い星は、その一生の最期に超新星爆発(II型超新星爆発)を起こし、強大な重力を持つ中性子星やブラックホールなどのコンパクトな天体を残すと考えられています。

でも、実際には、全く超新星爆発を起こさずにブラックホールへと崩壊する“完全崩壊(Complete collapse)”を起こす恒星もあると考えられています。

今回の研究では、片方の恒星が完全崩壊に至った可能性が高いと言われている連星系“VFTS 243”について、観測記録とモデル計算を照らし合わせることで、完全崩壊を起こしたという仮説が妥当かどうかを検証。
その結果、“VFTS 243”のブラックホールは超新星爆発の影響を受けていない、つまり完全崩壊を経験していると考えて妥当だとする結果が得られています。

本研究結果は、実態がよく分かっていない超新星爆発の内部を探る上で、“VFTS 243”がモデルケースとして役立つことを示しているそうです。
この研究は、マックス・プランク天体物理学研究所のAlejandro Vigna-Gómezさんたちの研究チームが進めています。
図1.恒星とブラックホールの連星である“VFTS 243”のイメージ図。(Credit: ESO & L. Calçada)
図1.恒星とブラックホールの連星である“VFTS 243”のイメージ図。(Credit: ESO & L. Calçada)


非対称で偏った爆発によって蹴りだされる天体

太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギー(外向きの圧力)を生成することで、重力(内向きの圧力)によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“II型超新星爆発”を起こすと考えられています。

そして、爆発の後に残されるのがコンパクトな天体です。
重力崩壊に対抗できる力が存在せず、無限に潰れてしまった天体はブラックホールとなり、ブラックホールになる手前で重力崩壊が停止した天体は中性子星となります。

その他に、時々、秒速100~1000キロという猛烈な速度で移動するものが生じます。

それでは、太陽の数倍の質量を持つ天体が、これほどの高速で動く理由は何でしょうか?
それは、非対称で偏った爆発に蹴りだされるようにして、運動エネルギーを得るからだと考えられています。
この現象を“ネイタルキック(Natal kick)”と呼びます。


超新星爆発を伴わずに誕生するブラックホール

一方で重い恒星が必ず超新星爆発を起こすとは限らず、爆発を発生せずに直接崩壊する恒星もあるのではないかという仮説があります。

“完全崩壊”(※1)と呼ばれるこのシナリオでは、恒星はほとんど爆発を起こさずに潰れてブラックホールになると考えられています。
この場合に考えられるのが、ネイタルキックもほとんど発生しないことです。
※1.このような現象について“直接崩壊(Direct collapse)”や“失敗した超新星(Failed supernova)”の語を充てる場合もある。ただ、これらの用語は違う現象を意味する場合もあるので、文脈的に注意が必要。
ただ、実際に恒星が完全崩壊を起こすかどうかは、天文学における大きな論争の一つとなっている状態です。

完全崩壊で誕生したブラックホールの候補は、いくつかあります。
その中でも、特に注目されているのは2022年に発見された“VFTS 243”と呼ばれる連星系です。

この連星系が位置しているのは、地球から約16万光年彼方の大マゼラン雲の中。
片方は太陽の約25倍の質量を持つ恒星で、もう片方が太陽の約10.1倍の質量を持つブラックホールから構成されている連星系だと考えられています。

観測結果から分かったのは、ブラックホールの公転軌道がほぼ円形(軌道離心率0.017±0.012)で、公転軌道の半径もかなり小さいこと。
このことから、“VFTS 243”のブラックホールは完全崩壊によって誕生したという説が提唱されました。

連星系で超新星爆発が起きると、ネイタルキックによってブラックホールが蹴りだされるだけでなく、爆発の衝撃によって恒星も動かされます。

つまり、普通の超新星爆発で誕生したブラックホールの場合、観測されたような“ほぼ円形”で“小さな半径”の公転軌道を持つ確率はかなり低くなるはずです。


ネイタルキックにはニュートリノが関与していた

今回の研究では、“VFTS 243”のブラックホールが本当に完全崩壊によって誕生したのかを確かめるために、シミュレーションを実施しています。

研究チームは、爆発が起こる前の連星系の公転軌道のパラメータ、爆発によって生じるネイタルキックの強さ、エネルギーに変換されて失われる質量について様々な値を仮定。
予想される爆発後の公転軌道と実際の観測値が、最も近いシナリオを探しました。

その結果、超新星爆発が発生せず、ネイタルキックもほとんど生じなかった場合が、“VFTS 243”の公転軌道を説明できる最も妥当なシナリオというシミュレーション結果を得ることができました。
図2.今回の研究のシミュレーション結果。ネイタルキックで得られた速度が非常に低速であるパターン(左下のグラフの下側)に点が集中している。(Credit: Alejandro Vigna-Gómez, et al.)
図2.今回の研究のシミュレーション結果。ネイタルキックで得られた速度が非常に低速であるパターン(左下のグラフの下側)に点が集中している。(Credit: Alejandro Vigna-Gómez, et al.)
本研究では、“VFTS 243”のブラックホールが受けたネイタルキックは、最高でも秒速4キロと考えられます。
これは、通常のネイタルキックと比べて数桁も低い速度でした。

“VFTS 243”の場合、超新星爆発のエネルギーのほとんどすべてが、“ニュートリノ”と呼ばれる素粒子の形で逃げ出したと考えられます。

もし、ニュートリノ以外の物質(陽子や中性子などの“普通の物質”)が関与したとすると、ネイタルキックが大きくなり過ぎてしまうんですねー
一方、“幽霊粒子”とも呼ばれるニュートリノは他の物質とほとんど相互作用をしない素粒子なので、極めて小さなネイタルキックを説明することができます。


太陽の約10倍の質量を持つ恒星が完全崩壊を起こす可能性

今回の研究では、“VFTS 243”のブラックホールが超新星爆発を伴わない完全崩壊で生じたことを、強く裏付けるものとなりました。
一方、重い恒星の最期に関する一側面を、ほんのわずかながら明らかにしたにすぎません。

超新星爆発で放出されるエネルギーの大半を占めるのは、爆発直前のニュートリノ放出ということが知られています。

“幽霊粒子”であるニュートリノも、爆発直前の恒星中心部のような極端に高密度な環境では頻繁に物質と衝突し、その際に生じた衝撃波が爆発のエネルギーに加わっていることも考えられています。

ただ、これほど極端な環境をシミュレーションするような環境は整っていないんですねー
このため、ニュートリノの発生量や物質との衝突については、多くの謎が残っています。

いずれにしても本研究は、“VFTS 243”のブラックホールが完全崩壊で誕生した可能性が高いこと、太陽の約10倍の質量を持つ恒星は完全崩壊を起こす可能性があることを示した点で、天体物理学の研究における大きな成果と言えます。
さらなる研究により、条件面が絞り込まれれば、完全崩壊に限らず、超新星爆発全般の謎を解く手がかりが得られるかもしれません。


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