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ヴァージン・ギャラクティックが宇宙船スペースシップ2による最後の宇宙飛行に成功! 2026年からは新型宇宙船デルタ・クラスへ

2024年06月15日 | 宇宙へ!(民間企業の挑戦)
日本時間2024年6月9日未明のこと、
アメリカの民間宇宙企業ヴァージン・ギャラクティック社(Virgin Galactic)は、宇宙船スペースシップ2の2号機“VSSユニティ(VSS Unity)”による、同社7回目の商業宇宙飛行ミッション“Galactic 07”を実施しました。

6名のクルーを載せた“VSSユニティ”は、高度80キロ以上の宇宙空間(※1)へ到達した後に、無事地上へ帰還したことが同社から発表されています。
※1.国際的には高度100キロ以上が宇宙と定義されているが、米空軍は高度80キロ以上と定義している。
図1.“Galactic 07”ミッションでロケット・モーターを点火して上昇する“VSSユニティ”。(Credit: Virgin Galactic)
図1.“Galactic 07”ミッションでロケット・モーターを点火して上昇する“VSSユニティ”。(Credit: Virgin Galactic)
ヴァージン・ギャラクティック社によると、空中発射母機ホワイトナイト2の“VMSイブ”に吊り下げられた“VSSユニティ”は、日本時間2024年6月8日23時31分にアメリカ・ニューメキシコ州のスペースポート・アメリカを離陸。
高度約1万3580メートル(4万4562フィート)で“VMSイブ”から切り離された“VSSユニティ”は、ロケット・モータを点火し最大速度マッハ2.96まで加速・上昇していきます。

地球を回る軌道には乗らないサブオービタル軌道を飛行した後に、日本時間6月9日0時41分にスペースポート・アメリカに着陸。
最高到達高度は約87.5キロ(54.4マイル)とされています。

今回の“Galactic 07”は、ヴァージン・ギャラクティック社にとって2024年1月に実施された“Galactic 06”に続く12回目、商業宇宙飛行としては7回目の宇宙飛行ミッションでした。

また、今回は2023年11月の“Galactic 05”以来3回目となる“準軌道科学実験室”としてのミッションでもあり、推進剤の挙動を研究するための装置(パデュー大学)と微小重力環境下における新しい3D印刷技術をテストするための装置(カリフォルニア大学バークレー校)が搭載されていました。
図2.“Galactic 07”ミッションでサブオービタル軌道を飛行中の“VSSユニティ”のキャビンの様子。(Credit: Virgin Galactic)
図2.“Galactic 07”ミッションでサブオービタル軌道を飛行中の“VSSユニティ”のキャビンの様子。(Credit: Virgin Galactic)
本ミッションのクルーは6名。
1名は研究者で3名は民間宇宙飛行士でした。

このうち研究者として搭乗したトルコ宇宙機関(TUA)のTuva Ataseverさんは、アメリカの民間企業アクシオム・スペース社(Axiom Space)による民間主導の国際宇宙ステーション滞在ミッション“Ax-3”でバックアップクルーを務めた人物。
有人宇宙飛行に関連した生理学的データとして、脳の活動をモニタリングするための装置など3つの実験装置を携えて登場していました。

なお、ヴァージン・ギャラクティック社は新たな宇宙船“デルタ・クラス(Delta Class)”の開発を進めていて、“VSSユニティ”による商業宇宙飛行は今回が最後となります。
同社によると、“デルタ・クラス”は毎月8回のミッションを実施可能とし、最初の商業宇宙飛行は2026年に予定されているそうです。


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スタートレックに登場するバルカン星は実在しない? 検出した波長は恒星表面が脈動や振動することで生じるドップラー効果だった

2024年06月14日 | 系外惑星
地球から約16.2光年に位置する恒星“エリダヌス座40番星A”(※1)
この恒星は、2018年に太陽系外惑星“エリダヌス座40番星Ab”の発見が報告されたことで、SF作品“スタートレック”シリーズのファンの間で話題となりました。

その理由は、主要なキャラクターを排出した異性種族“バルカン人”の出身惑星“バルカン星”が設定された星系だからでした。
※1.異称として“HD 26965”、“エリダヌス座オミクロン2星A(ο2 Eri A)”、“ケイドA(Keid A)などがある。”
今回の研究では、“エリダヌス座40番星Ab”の存在について、新しい装置で得られた観測データを元に分析。
その結果、惑星の存在を示すとされたシグナルは、実際には恒星活動によって発生したものであることを突き止めています。

話題となったバルカン星かもしれない惑星は、幻の存在だったのでしょうか。
この研究は、ダートマス大学のAbigail Burrowsさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回の研究で存在自体が否定された惑星“エリダヌス座40番星Ab”のイメージ図。(Credit: JPL-Caltech)
図1.今回の研究で存在自体が否定された惑星“エリダヌス座40番星Ab”のイメージ図。(Credit: JPL-Caltech)


作品の設定と同じ恒星で見つかった惑星

SF作品に登場する異星人の出身地が、実在する恒星の周りを公転する惑星として設定されることは珍しいことではありません。
そのため、偶然にもその恒星の周りで実際に太陽系外惑星(系外惑星)が発見されると、その作品のファンの関心を引くことがあります。

“エリダヌス座40番星A”は、まさにその一例でした。
地球から約16.2光年に位置するこの恒星には、“スタートレック”の主要なキャラクターの一人“スポック”の出身惑星“バルカン星”があると設定されています。(※2)
※2.スポックはバルカン星の生まれで、バルカン人と地球人のハーフという設定だった。
2018年のこと、フロリダ大学のBo Maさんたちの研究チームは、この恒星に惑星が存在するかもしれないことを報告し、注目を集めました。

命名規則に従えば“エリダヌス座40番星Ab”と呼称されるこの惑星は、地球の約8.5倍の質量を持ち、主星の周りを約42日周期で公転しています。
残念ながら、“エリダヌス座40番星Ab”の公転軌道はハビタブルゾーン(※3)よりも内側。
水星よりも高温の惑星である可能性が高いと推定されたので、たとえ実在したとしても高度な文明を持つバルカン人はおろか、単純な生命も生存ができないはずです。
※3.恒星からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域。この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられている。太陽系の場合は地球から火星軌道が“ハビタブルゾーン”にあたる。
図2.“エリダヌス座40番星”は、2個の恒星と1個の白色矮星で構成された三重連星。最も明るい恒星が“エリダヌス座40番星A”になる。(Credit: Azhikerdude)
図2.“エリダヌス座40番星”は、2個の恒星と1個の白色矮星で構成された三重連星。最も明るい恒星が“エリダヌス座40番星A”になる。(Credit: Azhikerdude)
また、“エリダヌス座40番星”は白色矮星を含む三重連星なので、過去に赤色巨星からの強烈な放射を経験したことも、生命の存在を難しくさせています。
それでも、作品の設定と同じ恒星で、実際に惑星が見つかったことは、当時大きな話題となりました。


光のドップラー効果によって惑星の存在を検出する手法

ただ、“エリダヌス座40番星Ab”が実在するかどうかには疑問もありました。
その疑問は、この星の発見手法“ドップラーシフト法”の性質からきていました。

ドップラーシフト法は、恒星の周りを回っている惑星の重力で、恒星が引っ張られることによる速度の変化を、光の波長の変化から読み取ることで惑星の存在を検出する手法です。

分光器により光の波長ごとの強度分布“スペクトル”を得ることができます。
この“スペクトル”は、光のドップラー効果によって私たちの方へ動いている時には短い波長(色で言えば青い方)へ、遠ざかっている時には長い波長(色で言えば赤い方)へズレてしまいます(シフトする)。

この周波数の変化量を測定することで、天体の動きやその速度を知ることができます。
ドップラーシフト法の観測データからは、系外惑星の公転周期や最小質量を知ることもできます。

ドップラーシフト法だけでは原理的に求められるのが惑星質量の下限値。
トランジット法(※4)でも観測ができる惑星系の場合だと、その結果と組み合わせて正確に惑星質量を求めることができます。
※4.トランジット法は、地球から見て惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探る手法。


検出した波長は“恒星の活動”と“惑星による影響”どっちなのか

ドップラーシフト法の特徴として、木星の数倍の質量を持つ惑星は顕著なシグナルとして現れるというものがあります。

一方で、“エリダヌス座40番星Ab”のような小さい質量の惑星では、主星に対する影響が相対的に小さくなるので、測定することが困難になってしまうんですねー
また、恒星自身の活動も周期的に変化するので、区別することが困難になります。

“エリダヌス座40番星Ab”の場合に問題となったのは、公転周期が約42日と測定されたことでした。
その理由は、恒星自身の自転周期も約42日のため、恒星の自転によって現れる周期的な変化を、惑星の公転周期と誤認している可能性が否定できなかったからです。

実際、チリ大学のMatias R. Diazさんたちの研究チームは、恒星の活動と惑星の影響のどちらなのかを決定することはできない、という研究結果を発表しています。
この研究の論文が公開されたのは、Maさんたちが“エリダヌス座40番星Ab”の発見を主張する論文を公開した日の約5か月前のことでした。

また、2023年のこと、オハイオ州立大学のKatherine Laliotisさんたちの研究チームは、将来的な実現を目指している太陽系外惑星の直接撮像の準備の一つとして、太陽系の近くにある恒星のデータを精査。
太陽系外惑星の発見を示すシグナルが妥当かどうかを検証しています。

その結果、“エリダヌス座40番星Ab”の存在を示すシグナルは、恒星の自転に由来する可能性が高く、実在しないのではないかという疑問符が付けられることになります。


恒星表面が脈動や振動することで生じるドップラー効果

今回の研究では、2023年の研究とは異なる手法で“エリダヌス座40番星A”の調査を行っています。

アリゾナ州のキットピーク国立天文台のWIYN望遠鏡に設置された装置“NEID”は、恒星からの光を非常に精密にとらえることでドップラー効果を分析できます。
研究では、2021年10月16日から2022年3月12日の期間に、“NEID”によって収集された63回分のスペクトルデータを対象に分析を実施。
恒星の光に現れるドップラー効果について、特定の波長を見た時と、全ての波長を組み合わせた時とを比較してみると、変化に数日のタイムラグがあることが分かりました。
図3.全ての波長を組み合わせた際のドップラー効果(上側)を、個々の波長の1つ(下側)と比較したグラフ。横方向は時間を表す。本来なら2つのグラフの波は重なるはずだが、明らかなズレがある。(Credit: Abigail Burrows, et al.)
図3.全ての波長を組み合わせた際のドップラー効果(上側)を、個々の波長の1つ(下側)と比較したグラフ。横方向は時間を表す。本来なら2つのグラフの波は重なるはずだが、明らかなズレがある。(Credit: Abigail Burrows, et al.)
ドップラー効果が惑星による影響で生じた場合、このようなタイムラグは発生しません。

むしろ、この結果は恒星の表面に何らかの揺らぎがあって、その影響で波長ごとに異なるドップラー効果が発生している、と考えれば説明がつきます。
また、変化の周期が恒星の自転周期と一致することも同様に説明が付きました。

研究チームでは、内部と表層を行き来する対流や活動的な明るい斑点が組み合わさり、恒星表面が脈動や振動することによってドップラー効果が生じると考えています。

論文のタイトルに“The Death of Vulcan(バルカン星の死)”と付けることで、研究チームは“エリダヌス座40番星Ab”という惑星は存在しないという結論を出しています。


新しい“エリダヌス座40番星Ab”が見つかる可能性

今回の研究結果は、バルカン星の実在を喜んでいた人たちにとっては悪いニュースとなるはずです。

2009年公開の映画“スタートレック(監督:J・J・エイブラムス)”では、バルカン星が人工的に形成されたブラックホールによって消滅する描写があります。

仮に“エリダヌス座40番星A”を周回している天体がブラックホールであったとしても、惑星と同様にドップラー効果を通じて発見することは可能です。

SF的には、バルカン星(=“エリダヌス座40番星Ab”)は何らかの手段で消滅したのかもしれませんが、科学的には“初めから存在しない”という結論の方が論理的と言えます。

今回の研究で使用された“NEID”は、2021年秋という比較的最近に設置され運用を開始したばかりの装置です。
なので、今後行われる精密なドップラー効果の測定によって、今回のように存在が否定される惑星も出てくるはずです。

でも、その一方で、これまでの観測で見逃されていた新たな惑星の発見に繋がることもあるでしょう。
そのような惑星は、恒星から適度に離れた位置にある軽い惑星になるので、“エリダヌス座40番星Ab”よりも生命に適した環境を持つ可能性があります。

バルカン人との2063年のファーストコンタクトの可能性は、まだ完全に消えたわけでは無いようですよ。


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“いつ”、“どこで”発生するか分からない恒星フレア現象の観測に成功! 2つのX線観測装置“MAXI”と“NICER”による全天監視と詳細観測

2024年06月13日 | 宇宙 space
りょうけん座RS星に代表されるフレア星で、公転周期が比較的短い、分離型の近接連星系“RS CVn型連星”。
このRS CVn型連星が起こすフレア(※1)現象は、太陽フレアより桁違いに大きいことが知られていて、巨大フレアの発生メカニズムや周辺環境への影響を調べる上で重要な対象と言えます。
※1.フレアは、恒星の外層大気で磁場に蓄積されたエネルギーが、突発的に解放される爆発現象。
今回の研究では、国際宇宙ステーションに搭載された広範囲観測を得意とする全天X線監視装置“MAXI”(※2)と、詳細観測を得意とする高精度X線望遠鏡“NICER”(※3)を使用。
この2つのX線観測装置を組み合わせることで、全天の“いつ”、“どこで”発生するか分からないフレア現象を、初期段階で発見し、詳細な観測を開始することに成功しています。

※2.全天X線監視装置“MAXI(Monitor of All-sky X-ray Image)”は、日本が開発し国際宇宙ステーションの“希望”モジュールに搭載されている観測装置。2009年8月から運用され、現在もおよそ90分に一度全天X線画像を更新することができるので、突発天体現象発見に大きく貢献している。

※3.高精度X線望遠鏡“NICER(Neutron Star Interior Composition Explorer)”は、“MAXI”と同様に国際宇宙ステーションに搭載されているアメリカが開発したX線観測装置。観測の開始は2017年6月。その有効面積の広さを生かして、中性子星をはじめとする多くのX線天体を観測している。

図1.国際宇宙ステーション搭載の“MAXI”と“NICER”。“MAXI”は、これまでたくさんの恒星のフレアをとらえ、RS CVn型恒星に限っても110を超える検出実績がある。(Credit: JAXA/NASA)
図1.国際宇宙ステーション搭載の“MAXI”と“NICER”。“MAXI”は、これまでたくさんの恒星のフレアをとらえ、RS CVn型恒星に限っても110を超える検出実績がある。(Credit: JAXA/NASA)
フレアが減衰するまでの5日間ほどを“NICER”で観測した結果、フレアの規模は過去最大の太陽フレアの100万倍にも達していたことが明らかになりました。

得られたフレア初期のデータから、電荷を持った粒子“プラズマ”の温度、電子密度、フレア磁気ループ(※4)などを導き出しています。
※4.フレア磁気ループは、フレアの際に見られる磁力線が恒星表面からアーチ状に立ち上がった形状。
また、太陽以外の恒星のフレアでは初となる、衝突電磁平衡(※5)に達していない(電離非平衡)プラズマの観測的証拠を調査し、フレア初期に電離非平衡モデルでも説明可能な答えを示しました。
※5.恒星外層大気での原子の電離状態を変化させる主な素過程として、束縛電子を持つイオンや原子が運動する電子と衝突、束縛電子が引きはがされて価数が減る“電離”と、イオンや原子が周辺の電子を捕まえることで価数が増える“再結合”がある。衝突電離平衡とは、単位時間当たりにこの電離と再結合が生じる割合が釣り合っている状態を指す。
電離非平衡は、プラズマで急激な温度変化が生じた際に一時的に生じますが、フレアもその例外ではありません。
このことは、X線プラズマの分光観測でフレアのより正確な物理メカニズムを理解する際に重要な観点でありながら、これまで恒星フレアの初期段階における好条件の観測がありませんでした。

今回は電離平衡モデルの答えの棄却には至らず、いずれのモデルでも説明できるという結論でしたが、今後の展望として、電離状態により強い制限をかける観測について提案しています。
この研究は、東京大学大学院理学研究科 天文学専攻/宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系の栗原明稀さんを中心とする研究グループが進めています。
本研究の成果は、2024年4月16日発行のアメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に、“Investigation of non-equilibrium ionization plasma during a giant flare of UX Arietis triggered with MAXI and observed with NICER”として掲載されました。


恒星フレア現象の観測

恒星フレアは、恒星の外層大気で磁場に蓄積されたエネルギーが突発的に解放される爆発現象です。
私たちの身近にある太陽も恒星なので、しばしばフレアを起こしています。

解放された磁場エネルギーは、熱エネルギーとしてプラズマの過熱に使われたり、運動エネルギーとして粒子の加速に使われたりと、周辺環境に与える影響は甚大なものと言えます。
過去には太陽の大規模なフレア発生に伴って地球上で停電が発生し、私たちの生活に支障をきたした例があります。

このような巨大フレアは規模が大きくなればなるほど発生頻度が低くなるので、太陽の観測のみでリスクを定量化するのはあまり現実的とは言えません。
そこで、宇宙に数多くある恒星の観測の出番となる訳です。


恒星フレアの全天監視と詳細観測

フレアが発生する現場は、数百万度以上の高温プラズマが存在するので、X線で明るく輝いて見えます。
でも、X線で宇宙の“いつ”、“どこで”起こるか分からない恒星フレア現象を見つけ、詳細な観測を行うことは簡単なことではないんですねー

現在稼働しているX線観測衛星単一では、多数の天体の常時監視と個別天体の詳細観測を両立することが難しく、これまでの観測は長期モニターで受動的にフレアの発生を待つという、効率面で劣る方法が主流でした。

この状況を改善するため、研究グループが考えたのは、地上約400キロの地球低軌道を周回している国際宇宙ステーションに搭載されている2つの相補的なX線観測装置“MAXI”と“NICER”(図1)を活用することでした。
この2つの観測装置を連携させることで、恒星フレアなどの突発的なX線増光を起こした天体を素早く補足するシステム“MANGA(MAXI and NICER Ground Alert)”を開発しています。

“MANGA”システムにより、RS CVn型連星であるおひつじ座UXのフレア初期の増光を“MAXI”にて検知し、そのわずか88分後に“NICER”による詳細追観測に成功しました。(図2)
図2.観測されたフレアX線光度の時間変化(Kurihara+2024を改変)。“MAXI”、“NICER”でそれぞれスケールは調整されている。(Credit: Kurihara)
図2.観測されたフレアX線光度の時間変化(Kurihara+2024を改変)。“MAXI”、“NICER”でそれぞれスケールは調整されている。(Credit: Kurihara)


過去最大の太陽フレアと比較して約100万倍大きい恒星フレア現象

フレアの規模は、過去最大の太陽フレアと比較しても100万倍近く大きいものでした。

解析として行ったのは、フレアによるエネルギー解放直後のX線エネルギースペクトル(図3)(※6)のモデリング(熱制動放射(※7)による連続成分と脱励起(※8)による輝線成分の分析)です。
※6.X線エネルギースペクトルは、あるエネルギーを持ったX線光子がどのくらい観測されたかを表すデータ。
※7.熱制動放射は、プラズマ中を熱運動する電子がイオンとのクーロン相互作用で減速する際に放出される電磁波。
※8.ここでは励起準位にいた電子が下の準位に遷移すること。その際のエネルギー差分が電磁波として放射されることがある。
連続成分の情報から、プラズマ温度とX線光度の変化には時間差が生じていることが分り、フレアループ内のプラズマ形成の時期をとらえていることが示唆されました。
図3.“NICER”で取得されたX線エネルギースペクトル(Kurihara+2024を改変)。スケールを調整し、上から下へ時間変化を示すように描画している。観測エネルギーバンド全体にわたる連続放射性分と、局所的な輝線放射性分で特徴づけられていることが分かる。(Credit: Kurihara)
図3.“NICER”で取得されたX線エネルギースペクトル(Kurihara+2024を改変)。スケールを調整し、上から下へ時間変化を示すように描画している。観測エネルギーバンド全体にわたる連続放射性分と、局所的な輝線放射性分で特徴づけられていることが分かる。(Credit: Kurihara)
また、反ループ長を太陽半径の約4倍(太陽フレア典型スケールの約100倍)と見積もり、規模の大きさを裏付けています。

輝線成分の情報では、太陽以外の恒星フレア現象で初となる衝突電離平衡から乖離したプラズマの観測的証拠を探しています。

鉄の24階電離イオン、25階電離イオン(※9)からの輝線放射強度比の時間的進化を求めて理論予測と比較することで、フレア発生直後のプラズマは電離非平衡状態で説明可能であることを示しました。

今回の観測データでは、電離平衡状態の解を棄却するまでは至りませんでしたが、今後、X線天文衛星“XRISM”(※10)など他のX線天文衛星と同時観測を行うことで、電離非平衡プラズマの初検出を目指すそうです。
※9.N回電離イオンは、ある元素が中性からN個の電子を失った状態のイオン。
※10.“XRISM(X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission)”は、NASAやヨーロッパ宇宙機関の協力のもと2018年に開始され、2023年9月打ち上げ・2024年1月運用を開始した、JAXAの7番目のX線天文衛星計画。星や銀河、そしてその間を吹き渡る高温ガス“プラズマ”に含まれる元素やその速さを図ることで、星や銀河、銀河の集団が作る大規模構造の成り立ちを、これまでにない詳しさで明らかにする。“XRISM”に搭載されるのは、広い視野を持つX線撮像器と極超低温に冷やされたX線分光器。これらを使って、プラズマに含まれる元素やプラズマの速さを、画期的な精度で測定する。


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金星は火山が活発に活動している3つ目の天体になる!? 30年前の探査機がとらえたレーダー画像の比較で溶岩流の痕跡を発見

2024年06月11日 | 金星の探査
現役で噴火を起こしている活火山は、太陽系内では非常に珍しい存在です。
地球以外で活火山が見つかっているのは木星の衛星イオのみ。
兄弟星と呼ばれるほど地球と似ている金星では、直近の噴火に関する予備的な証拠が挙がっていたものの、決定的なものではありませんでした。

今回の研究では、NASAが30年前以上に運用していた金星探査機“マゼラン”のレーダー画像を分析。
噴火で生じた溶岩流の証拠を探索しています。
その結果、1990年から1992年にかけて流出した溶岩流の可能性が高い地形の変化を、2つのエリアで発見しました。

本研究は、直前に発表された別の研究と合わせて、金星の火山が直近でも活発に活動していて、それも1990年代という人間のタイムスパンでも、つい最近に噴火した可能性が高いことを示しています。
この結果が正しければ、金星は現役の熱い活火山を持つ、太陽系で3例目の天体となります。
この研究は、ダンヌツィオ大学のDavide SulcaneseさんとGiuseppe Mitriさん、そしてローマ・ラ・サピエンツァ大学のMarco Mastrogiuseppeさんの研究チームが進めています。
図1.噴火している金星の火山のイメージ図。(Credit: ESA & AOES)
図1.噴火している金星の火山のイメージ図。(Credit: ESA & AOES)


活火山が見つかっている天体

地下から地上へと高温のマグマを噴出する火山は、私たちにとって身近な存在といえますが、地球以外にも多数の天体で見つかっています。

たとえば、地球と同じ岩石が主体の天体“金星”や“火星”、“水星”、“月”でも、火山のような地形や溶岩流の痕跡が見つかっています。

でも、現役で噴火をしている活火山に限ると、そのような例は非常に珍しくなってしまいます。(※1)
特に、高温で融けた岩石を噴出する“熱い火山”に限ってみると、活火山は地球を除けば木星の衛星“イオ”にしか発見されていません。(※2)
※1.地球の活火山は“過去1万年以内に噴火したことがある火山”と定義されている。地球以外の天体に対する定義はないが、概ね同程度のタイムスケールで考えられているケースが大半となる。
※2.水やそれ以外の温度の液体を噴出する“氷火山(Cryovolcano)”を含めると、噴火の瞬間が観測された天体には、水を噴出する木星の衛星エウロパと土星の衛星エンケラドス、液体窒素を噴出する海王星の衛星トリトンが追加される。ただ、エウロパとエンケラドスは地下海(内部海)からの噴出物なので、氷火山というよりは間欠泉(水柱)として表現されることが多い。また、火山のような地形があったり、薄い大気の維持に氷火山が関与していると考えられている氷天体は、他にもたくさん存在する。
他の天体で活火山が見つかっていないのは、天体の体積が小さすぎることや、潮汐力や水の不存在などの複合的な理由が合わさり、溶けた岩石が現在まで維持されなかったためだと考えられています。


金星における最も新しい噴火

地球との類似性から“兄弟星”とも呼ばれる金星も、これまで活火山が見つかっていない天体の一つでした。

金星では、火山と見られる山そのものは8万5000を超える数が見つかっています。(※3)
でも、いずれも数億年以上も前に活動を停止していると、つい最近まで考えられていました。
※3.比較として、地球には100万以上の火山があると見積もられている。でも、その大半が海底火山で、かつ活動を停止している。活火山は地上や比較的浅い海底に約1500、海嶺や深海底に約5000あると推定されている。
地球よりやや小さいだけの金星で、これほど火山活動が乏しい理由はよく分かっていません。
でも、最大の理由は、水が存在しないことではないかと考えられています。

高温の水には岩石の主成分であるケイ酸塩の強力な化学結合を切断して、融点を下げて溶けやすくする作用があります。
マグマは水が無くても生成されるものの、水がある場合と比べて高温が必要となるので、水が無いとマグマの生成や噴火活動はより難しくなります。

これに加えて、金星には分厚い地殻が存在していて、プレートテクトニクスは欠如していることから、表面の火山活動だけでなく内部活動もそこまで激しくないという観測結果が得られています。(※4)
※4.衛星が存在しないことによる潮汐力の欠如も理由の1つとして挙げられる。ただ、潮汐力は非常に巨大な天体が複数あり、公転軌道の間隔が狭い場合に最大化されるので、金星に巨大な衛星が存在したとしても、それほど火山活動は激しくならなかったかもしれない。参考として、地球が月から受ける潮汐エネルギーは地熱エネルギーの約6%。地球の火山活動の主なエネルギー源として、放射性同位体の崩壊熱と地球形成時に変換された重力エネルギーが挙げられる。
これまでの研究では、金星における最も新しい噴火は、約250万年前が最後だと考えられていました。

この噴火は惑星科学的には、現役と言って差し支えないほど最近の出来事と言えます。
ただ、人間のタイムスケールで直近と言える噴火の証拠は、まだ見つかっていませんでした。
火星では、約5万3000年前に火山が噴火したらしいという観測的証拠があるので、それと比べればまだ古い時代と言えます。

一方、大気に含まれる微量成分の分析結果から、さらに新しい時代にも火山活動があったことを示唆する研究がありました。
また、2023年には、レーダー画像の比較によって、1981年中の数か月の間に火口の形が変化した火山があるという、研究結果が発表されています。

これらが正しい場合、金星では1991年に噴火が起きた可能性があることになりますが、決定的とは言えない状況でした。


30年前の探査機がとらえたレーダー画像を使用

今回の研究では、1990年代に金星の火山が噴火した可能性を示す新たな証拠を示しています。
本研究と2023年に発表された研究が用いているのは、どちらもNASAが打ち上げた金星探査機“マゼラン”のレーダー画像でした。
図2.スペースシャトル“アトランティス”によるSTS-30ミッションで放出される金星探査機“マゼラン”(Credit: NASA)
図2.スペースシャトル“アトランティス”によるSTS-30ミッションで放出される金星探査機“マゼラン”(Credit: NASA)
金星の分厚い大気と雲は、様々な波長の光を吸収・反射するので、ほとんど地表を見ることができません。

でも、電波は大気を通過して地面で反射される(後方散乱される)ので、レーダーを使用すれば地表の様子を撮影することが可能です。
また、電波の反射強度からは、岩石の組成といった物質の構成をある程度知ることができます。

ただ、“マゼラン”の運用から30年以上経ってようやく研究が行われたことからも分かるように、この種の研究は難しさを伴います。

まず、単純にレーダー画像は他の電磁波と比べると画質が荒く、得られる情報が少ないことです。
このため、解像度の高い画像を用いた研究は行えません。
さらに、30年前の探査機に搭載されたレーダーは、現代のレーダーと比べると、どうしても性能が低くなってしまいます。

また、同じ地域を撮影したデータでも、電波が照射された角度は撮影したタイミングによって異なることがあります。
すると、反射される電波の性質も変化してしまうので、仮に全く同じ地形を撮影したとしても、見た目には異なるレーダー画像として映ってしまうことになります。

このため、比較研究を行うには、これらの違いを無くすための補正が必要です。
ただ、この補正を膨大な観測データに対して行うのは、時間がかかる作業となります。


レーダー画像の比較により溶岩流の痕跡を発見

それでも、研究チームは活火山があるかもしれない地域を探索していきます。

そして、1990年と1992年に撮影されたレーダー画像を比較することで見つけたのが、電波の強度が上昇している場所です。
1990年から1992年の間に電波の強度を高める物質といえば、噴火して固まった溶岩流に由来する、新鮮な岩石の存在が考えられました。
ついに有力な候補の発見に成功したわけです。

その場所は、高さが2200メートルある火山“シフ山(Sif Mons)”の西側斜面と、多数の火山が見られる“ニオベ平原(Niobe Planitia)”の西部地域でした。
図3.“マゼラン”のレーダー画像から再現されたシフ山の地形。地形を見やすくするため、高さ方向が水平方向よりも強調されている。(Credit: NASA & JPL-Caltech)
図3.“マゼラン”のレーダー画像から再現されたシフ山の地形。地形を見やすくするため、高さ方向が水平方向よりも強調されている。(Credit: NASA & JPL-Caltech)
ただ、風の影響で新たに堆積した砂丘や、電波に干渉する大気の影響なども電波の強度を高める要因として考えられるので、これだけでは火山の噴火の証拠とは言えませんでした。

そこで、研究チームが行ったのは、地形データを元に斜面の配置や角度をモデル化すること。
これにより、溶岩流であることと矛盾しないかどうかの調査を行っています。
その結果、新たに発生した地形は、斜面を下る溶岩流で形成された可能性が高く、他の理由である可能性は低いことが分かりました。
図4.シフ山の西側斜面のレーダー画像を比較したもの。画像dで赤く塗られた場所が、噴火によって放出された後に固まった溶岩流の可能性が高い。(Credit: Davide Sulcanese, Giuseppe Mitri & Marco Mastrogiuseppe.)
図4.シフ山の西側斜面のレーダー画像を比較したもの。画像dで赤く塗られた場所が、噴火によって放出された後に固まった溶岩流の可能性が高い。(Credit: Davide Sulcanese, Giuseppe Mitri & Marco Mastrogiuseppe.)
新たな溶岩流は、平均3~20メートルの厚さで地面を覆ったと考えられています。
また、噴出したマグマの合計量は、シフ山で0.09~0.6立方キロ(9000万~6億立方メートル)、ニオベ平原で0.135~0.9立方キロ(1億3500万~9億立方メートル)と見積もられています。(※5)
※5.比較として、西之島の2013年から2015年にかけての噴火では、総量0.16立方キロ(1億6000立方メートル)のマグマが噴出したと見積もられている。


熱い活火山を持つ3つ目の天体

今回の研究では、2023年発表の研究と合わせて、金星には現役で活動している活火山が存在する可能性が極めて高いことを示しました。

どうやら、金星は地球とイオに次いで、3例目の熱い活火山を持つ天体となりそうです。
もし、噴火の瞬間をとらえることができれば、さらに多くのことが分かるはずです。

現在NASAでは、金星のより正確な地図の作成を主目的とする探査機“ベリタス(VERITAS; Venus Emissivity, Radio Science, InSAR, Topography and Spectroscope)”の打ち上げを目指しています。

“ベリタス”で得られる“マゼラン”よりもずっと高精細な地形データは、今回の研究で推定された活火山の痕跡が正しいかどうかを評価するだけでなく、“マゼラン”のデータからは発見できなかった新たな活火山の痕跡を検出することにもつながるかもしれません。

ただ、“ベリタス”は2024年の予算案で停止状態(ディープフリーズ)になっていて、打ち上げ遅延によるリスクが発生しているのが気になりますね。


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天の川銀河の円盤部を高速で通過した天体の痕跡を発見! 初めて確認された見える天体を伴わない暗黒物質サブハロー

2024年06月10日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、天の川銀河の比較的静穏な領域で、異常に広い速度幅(※1)(約40km s-1)を持った分子雲(CO 16.134-0.553)を発見しています。
※1.速度幅とは、天体を構成するガスの運動に起因する、スペクトル線の周波数幅のこと。
この分子雲は膨大な力学的パワーを有し、過去に強い衝撃波を受けた痕跡が見られました。
にもかかわらず、明確なエネルギー供給源が付随していないんですねー

過去の広域データを精査してみると、CO 16.134-0.553がやや大きな分子ガスの膨張球殻状構造(シェル)の一部を構成すること、天の川銀河の当該領域には巨大な原子ガスの“空洞”が存在し、天の川銀河下方には長大な直線状“フィラメント(※2)”が存在していることが分かりました。
※2.フィラメントは細長い空間構造のこと。
これらの空間構造が意味しているのは、天の川銀河のハロー部から降ってきた何らかの天体が、天の川銀河円盤部を高速で通過したこと。
フィラメントの先端に明るい天体が存在しないので、ハロー部から降ってきた天体は、矮小銀河(※3)や球状星団になり損ねた“暗黒物質サブハロー”の可能性が高いと考えられます。
※3.矮小銀河は、数十億個以下の恒星からなる小さな銀河。恒星数は天の川銀河の1/100以下。

この研究は、慶応義塾大学大学院理工学研究科の横塚弘樹(2022年修士課程修了)と同大学理工学部の岡朋治教授の研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年3月14日発行のアメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に、“Millimeter-wave CO and SiO Observations toward the Broad-velocity-width Molecular Feature CO 16.134–0.553: A Smith Cloud Scenario?”として掲載されました。
天の川銀河に突入した暗黒物質サブハローのイメージ図。(Credit: 慶應義塾大学)
天の川銀河に突入した暗黒物質サブハローのイメージ図。(Credit: 慶應義塾大学)


銀河系ハロー部に広がる高密度な暗黒物質の領域

私たちが住む地球が属する天の川銀河(銀河系)は、2000億~4000億個の恒星や星間ガス、そして大量の暗黒物質から成る巨大な円盤渦巻銀河です。

銀河系は、直径約10万光年の円盤部と中心のバルジ部、それらを取り囲む直径約30万光年のハローで構成されています。
銀河系の円盤部には、恒星とともに諸相の星間ガスが雲状に分布していて、それらの中で主に水素分子で構成される濃い星間ガス雲を“分子雲”と呼びます。

私たちの太陽系が位置しているのは、円盤部の銀河系中心から約2万7千光年離れた場所。
一方、銀河系ハロー部には暗黒物質が広がっていて、その中を約150個の球状星団と50個以上の矮小銀河、そして多数の希薄な水素原子雲などの天体が飛び交っています。

ハロー部の暗黒物質は一様ではなく、各種ハロー天体を取り囲むように高密度な領域が存在していると考えられています。
これを“暗黒物質サブハロー”と呼びます。

ただ、銀河のハロー部で観測される矮小銀河の数が、理論的に予測される暗黒物質サブハローの数に比べて、圧倒的に少ないんですねー
このことは、ミッシング・サテライトという問題となっていました。

今回の研究では、過去に行われた一酸化炭素(CO)回転スペクトル線による天の川広域観測“FUGINサーベイ(※4)”データを使用した“広速度幅構造”探査の過程において、一つの特異分子雲を発見しています。
※4.FUGINサーベイは、野辺山45メートル電波望遠鏡に搭載された従来の10倍の観測効率を実現したFOREST受信機を用いて、一酸化炭素(CO)115GHz回転スペクトル線による天の川銀河の地図を作ることを目的とした掃天観測(サーベイ)プロジェクト。
この分子雲(CO 16.134-0.553)が位置しているのは、天の川の“たて座”の方向約1万3千光年彼方。
明瞭な対応天体が付随しないのに、約40km s-1もの異常な速度幅を持っていました。

この速度幅は、通常の静穏環境にある分子雲の典型的な速度幅(1-5km s--1)と比較して極めて異常な値で、未知の天体がこの分子雲へのエネルギー供給に関与した可能性が指摘されていました。
図1.(a)CO 16.134-0.553の一酸化ケイ素(SiO)87GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(b)CO 16.134-0.553と“シェル”の一酸化炭素(CO)115GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(c)水素原子21cmスペクトル線積分強度の広域分布。“シェル”付近に“空洞”が、その下方に長大な“フィラメント”が見える。(Credit: 慶應義塾大学)
図1.(a)CO 16.134-0.553の一酸化ケイ素(SiO)87GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(b)CO 16.134-0.553と“シェル”の一酸化炭素(CO)115GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(c)水素原子21cmスペクトル線積分強度の広域分布。“シェル”付近に“空洞”が、その下方に長大な“フィラメント”が見える。(Credit: 慶應義塾大学)


銀河系円盤部を高速で通過した天体

本研究では、国立天文台野辺山宇宙電波観測所(NRO)45メートル電波望遠鏡を用いて、特異分子雲CO 16.134-0.533の詳細な追加観測を実施しています。

観測したスペクトル線は、一般的な星間分子ガスの調査に用いられる一酸化炭素(CO)のJ=1-0回転スペクトル線(115.271GHz)と、強い星間衝撃波の影響を受けた領域で生成される一酸化ケイ素(SiO)のJ=2-1回転スペクトル線(86.847GHz)でした。

この観測の結果、CO 16.134-0.553が約15光年×3光年の空間サイズを有すること、太陽光度の780倍もの力学的パワーを有すること、視線速度が異なる(40km s-1と65km s-1)2つの拡散雲を橋渡ししていること、そして過去に強い星間衝撃波を受けた痕跡が色濃く残されていることが分かりました。

研究チームでは、このCO 16.134-0.553の周辺環境を調べるため、もう一度FUGINサーベイのデータを精査。
その結果、この分子雲が直径約50光年の膨張球殻状構造(シェル)の一部であること、シェルの端ではCO 16.134-0.553に酷似した成分が複数見られることが分かりました。

さらに、広域環境を調べるため、水素原子21cmスペクトル線全天サーベイ“H14πサーベイ(※5)”のデータを精査。
すると、天の川の当該位置に直径約230光年の巨大な原子ガスの“空洞”があること、そしてその下方に長さ約900光年×幅230光年の長大な“フィラメント”があることが分かりました。
※5.H14πサーベイは、水素原子(HI)21cmスペクトル線による全天サーベイ・プロジェクト。Effelsberg-Bonn HI survey(EBHIS)とParkes Galactic All-Sky Survey(GASS)によるデータを統合したもの。
これらの空洞・シェル・フィラメントは、天の川を上から下に貫くように一直線に配列していて、銀河系ハロー部から降ってきた何らかの天体が円盤部を高速で通過した可能性を強く示していました。

そして、フィラメントの先端に明るい天体が存在しないことから、降ってきた天体は矮小銀河や球状星団になり損ねた“暗黒物質サブハロー”である可能性が高いと考えられます。

以上の観測事実を最もよく説明するシナリオとして、研究チームは以下を提唱しています。

1.通常物質の雲を伴った小さな暗黒物質サブハローが、銀河系円盤に高速突入。<br><br><br><br><br>
2.通常物質の雲は銀河系の分子ガス円盤によって静止されて“シェル”を形成、暗黒物質サブハローは通常物質と相互作用しないので銀河系円盤部を通過。<br><br><br><br><br>
3.通過した暗黒物質サブハローは銀河系円盤部に“空洞”、円盤部下方に“フィラメント”を形成。<br><br><br><br><br>
観測された二つの速度成分の速度差とフィラメントの天の川に対する傾きから、暗黒物質サブハローの突入速度は約130km s<sup>-1</sup>と見積もられた。この突入速度と空洞の直径から、暗黒物質サブハローの質量は約6000万太陽質量と予想される。これは理論的に想定されている暗黒物質サブハローの質量範囲(100万~10億太陽質量)の中では比較的小さな部類に属し、かつこれまで観測から存在が示唆された暗黒物質サブハロー中では最も低質量なものに相当する。<br><br><br><br><br>
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図2.(a)-(c)銀河系円盤部への暗黒物質サブハローの高速突入による“空洞・シェル・フィラメント”形成シナリオ。(Credit: 慶應義塾大学)1.通常物質の雲を伴った小さな暗黒物質サブハローが、銀河系円盤に高速突入。
2.通常物質の雲は銀河系の分子ガス円盤によって静止されて“シェル”を形成、暗黒物質サブハローは通常物質と相互作用しないので銀河系円盤部を通過。
3.通過した暗黒物質サブハローは銀河系円盤部に“空洞”、円盤部下方に“フィラメント”を形成。
観測された二つの速度成分の速度差とフィラメントの天の川に対する傾きから、暗黒物質サブハローの突入速度は約130km s-1と見積もられた。この突入速度と空洞の直径から、暗黒物質サブハローの質量は約6000万太陽質量と予想される。これは理論的に想定されている暗黒物質サブハローの質量範囲(100万~10億太陽質量)の中では比較的小さな部類に属し、かつこれまで観測から存在が示唆された暗黒物質サブハロー中では最も低質量なものに相当する。
図2.(a)-(c)銀河系円盤部への暗黒物質サブハローの高速突入による“空洞・シェル・フィラメント”形成シナリオ。(Credit: 慶應義塾大学)


見える天体を伴わない暗黒物質サブハロー

本研究により、矮小銀河よりも小さな質量を持つ暗黒物質サブハローの存在が確認されました。
そのような天体は、冷たい暗黒物質を仮定した標準宇宙モデルによって存在が予測されていたものの、実際の観測で確認されたのは、今回が初めてのことでした。

また、矮小銀河や球状星団などの“見える”天体を伴わない暗黒物質サブハローの確認も初めてとなります。

今後、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”などによる、高精度な位置天文観測データを注意深く解析することで、当該天体の精密な情報を得ることができるはずです。

また、この発見の端緒となったのは、銀河系円盤部における広速度幅の分子ガス構造の無バイアス探査でした。
このことは、同様の探査を継続・拡大することによって、同様の発見が見込まれることを意味しています。
銀河系円盤の中性ガスの精密な分布・運動の把握によって、さらなる暗黒物質サブハローの間接検出が見込まれます。

このことは、私たちの住む地球が属する天の川銀河の理解を、より深めるとともに、標準宇宙モデルにおける“ミッシング・サテライト問題”の解決に大きく貢献するものと考えられます。


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