宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

最も遠くで発生し、短時間に過去最大のエネルギーを放出した高速電波バースト“FRB 20220610A”を観測! 多くの謎がある天体現象です

2023年11月13日 | 宇宙 space
短時間に大量の電波パルスを発する“高速電波バースト”は、その正体やメカニズムなどに多くの謎があり、現在も研究が続いている天体現象です。

今回、マッコーリー大学のStuart Ryderさんたちの研究チームは、高速電波バースト“FRB 20220610A”が発生した銀河を探索した結果、今から80億年前の宇宙で発生したものであることを突き止めました。

地球から“FRB 20220610A”の発生源までの距離は112億光年で、これは観測史上最も遠い高速電波バースト。
また、放出されたエネルギーも過去最高の値で、高速電波バーストのモデルを構築する上で重要な指標になるようです。
図1.“FRB 20220610A”は地球から約112億光年彼方に位置する合体中の銀河のグループから放出されたと考えられている。(Credit: ESO, M. Kornmesser)
図1.“FRB 20220610A”は地球から約112億光年彼方に位置する合体中の銀河のグループから放出されたと考えられている。(Credit: ESO, M. Kornmesser)

短時間に非常に強い電波パルスを発する天体現象

マイクロ秒~ミリ秒という短時間に強力な電波パルスを発する“高速電波バースト(FRB : Fast Radio Burst)”という天体現象があります。

2007年の発見以降、数千例以上の観測例があるのですが、その起源となる天体の正体や発生のメカニズムは未だ分かっていません。

分かっているのは、高速電波バーストが短時間に放出するエネルギー量は膨大で、太陽が数日かけて放出する総エネルギーに匹敵すること。
さらに、1つの例外を除き、高速電波バーストは1回だけ観測される周期的ではない天文現象ということです。

起源天体の候補として上がっているのは、中性子星やマグネター(強い磁場を持つ中性子星)、巨大ブラックホールなど…
数多くのモデルが提唱されている状況で、天文学における未解決問題になっています。
ただ、ほとんどの高速電波バーストが、銀河系外で発生していることは分かっています。

2020年には、銀河系内のマグネターから同様の電波パルスを検出。
これにより、マグネター起源説が注目を集めていますが、他の高速電波バーストもマグネター起源であるかは分かっていませんでした。

このため、高速電波バーストに関する研究は、多くの高速電波バーストの観測を積み重ね、現象を説明できるモデルを構築している最中といえます。

観測史上最も遠くで発生し最も高エネルギーな高速電波バースト

今回の研究では、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の電波望遠鏡“ASKAP”で観測された高速電波バーストのうち、2022年6月10日に、ちょうこくしつ座の方向で観測された高速電波バースト“FRB 20220610A”について追加の観測を実施。
ヨーロッパ南天天文台(ESO)が南米チリのパラナル天文台に建設した超大型望遠鏡“VLT(Very Large Telescope)”を用いて、“FRB 20220610A”が発生した銀河がどこにあるのかを追跡しています。
図2.超大型望遠鏡“VLT”で観測された“FRB 20220610A”の発生場所付近の画像。黒丸で囲まれた領域が“FRB 20220610A”の発生場所で、画像Aのabcでラベルされた白丸は個別の銀河だと考えられている。(Credit: S. D. Ryder, et al.)
図2.超大型望遠鏡“VLT”で観測された“FRB 20220610A”の発生場所付近の画像。黒丸で囲まれた領域が“FRB 20220610A”の発生場所で、画像Aのabcでラベルされた白丸は個別の銀河だと考えられている。(Credit: S. D. Ryder, et al.)
その結果、“FRB 20220610A”が発生した銀河は、合体中の銀河の小さなグループに属していることを突き止めるのに成功。
測定の結果、その赤方偏移(※1)の値がz=1.016±0.002だと分かります。

この赤方偏移の値が意味しているのは、“FRB 20220610A”が今から80億年前の宇宙で発生し、地球から112億光年彼方に位置すること。
これにより、“FRB 20220610A”は観測史上最も遠くで発生した高速電波バーストということが判明します。
※1.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、このズレの量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる天体は、赤方偏移の度合いを用いて算出され、距離や存在した時代を表すのに“赤方偏移”(記号z)が使用される。
また、“FRB 20220610A”は、これほど遠いにもかかわらず明るく観測されているので、放出されたエネルギーは2×10の35乗ジュールであると推定されています。

このエネルギーは通常の高速電波バーストの1000倍以上。
そう、“FRB 20220610A”は観測史上最も高エネルギーな高速電波バーストでもあるんですねー
図3.記録されたいくつかの高速電波バーストの距離とエネルギーの関係のグラフ。赤紫色の星印が“FRB 20220610A”で、グラフの一番右側にある、つまり最も遠い位置にあることが分かる。(Credit: S. D. Ryder, et al.)
図3.記録されたいくつかの高速電波バーストの距離とエネルギーの関係のグラフ。赤紫色の星印が“FRB 20220610A”で、グラフの一番右側にある、つまり最も遠い位置にあることが分かる。(Credit: S. D. Ryder, et al.)

行方不明のバリオンを観測

“FRB 20220610A”の研究では、宇宙にまつわる別の謎“ミッシング(行方不明の)バリオン問題”にも解決策を与えてくれそうです。

宇宙は、私たちの身の回りにあるような物質“バリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)”(4.9%)と、目には見えない正体不明の“ダークマター(26.8%)”と“ダークエネルギー(68.3%)”で満たされています。

でも、たった4.9%しかないバリオンも、星や銀河、星間ガスなどとして観測されている量はおよそ半分で、残り半分はまだ見つかっていません。
これを“ミッシングバリオン問題”と呼んでいます。

ミッシングバリオンは、宇宙の構造形成シミュレーションから網の目のような宇宙の大規模構造に沿って、イオン化した高温のガスとして分布しているのではないかと予想されています。

このような状態の物質の温度は、自ら輝く恒星や銀河ほど高くなく、極紫外線と軟X線の間で観測されるような10万~100万度程度で薄く広がって分布しているので、現在の検出器で見つけるのは難しいとされています。

ただ、イオン化したガスは通過する電波にわずかながら影響を与えるので、高速電波バーストを通じて観測することができる訳です。

遠い宇宙を通過する電波は、近くの宇宙からやってくる電波と比べて多くのガスを通過するので、より影響が大きくなります。
これを“マッカール関係(Macquart relation)”と呼びます。

マッカール関係は、比較的近い距離の宇宙では知られていますが、より遠くの宇宙からやってくるいくつかの高速電波バーストの観測により、マッカール関係が成立していない可能性が指摘されていました。

今回の“FRB 20220610A”では、マッカール関係が成立していることが明らかにされたので、宇宙の歴史の半分以上においてマッカール関係が成立していることが示されました。

高速電波バーストが遠い宇宙でも観測されたことで、その正体が何であれ、宇宙の歴史において普遍的な存在であることが示唆されます。

ただ、“FRB 20220610A”が史上最も遠い高速電波バーストの地位にいる期間は短いかもしれません。

現在建設中の超大型電波望遠鏡“スクエア・キロメートル・アレイ(SKA : Square Kilometer Array)”は、“FRB 20220610A”よりずっと遠くの高速電波バーストを数千個発見できる可能性があります。

さらに、現在ヨーロッパ南天天文台が建設を進めている口径39mの大型望遠鏡“欧州超大型望遠鏡(E-ELT : European Extremely Large Telescope)”を使えば、“スクエア・キロメートル・アレイ”で発見した高速電波バーストがどこで発生したのかを、突き止めるのに役立つようですよ。


こちらの記事もどうぞ



最新の画像もっと見る

コメントを投稿