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ニュートリノの6次元数値シミュレーションに成功! これで正確な質量が分かってくる

2020年12月04日 | 宇宙 space
今回、カリブ数物連携宇宙研究機構が発表したのは、スーパーコンピュータを組み合わせて、新たに開発した高精度計算手法の“ブラソフ方程式”を直接解いたことでした。
これにより、宇宙を高速で飛び交うニュートリノの6次元数値シミュレーションを行うことに成功したそうです。

ニュートリノは質量をもっている

ニュートリノは電子の仲間のレプトンという素粒子の一種で、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類の状態があり、電気的に中性という特徴を持っています。

そして、原子核のベータ崩壊などの素粒子の弱い相互作用に関わり、重力以外では他の物質とほとんど相互作用をしないので、地球すら簡単にすり抜けてしまうことなどが知られています。

宇宙には、非常に初期の段階から大量のニュートリノが存在していたと考えられています。

当初、素粒子の標準模型でニュートリノは、光子と同様に質量が0として扱われていました。
なので、宇宙の大規模構造の形成には、ほとんど影響がないと考えられてたんですねー

宇宙の大規模構造とは、銀河がほとんど存在しない領域“ボイド”や、逆に銀河が多く集まる“フィラメント構造”など、銀河が偏って存在する構造のこと。
宇宙初期の小さな密度ゆらぎが種になって、周囲のダークマターやガスを引き寄せて銀河や銀河団が生まれ、網の目状に広がる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられている。

でも、スーパーカミオカンデなどを用いた素粒子実験による“ニュートリノ振動現象”の発見によって、ニュートリノにも質量があることが証明されたことで状況は大きく変化。

質量があるということは、ニュートリノが重力相互作用を通じて、宇宙の大規模構造の形成に力学的な影響を与えている可能性が出てきたことになります。
2015年に東京大学 宇宙線研究所の所長である梶田隆章教授は、“ニュートリノ振動現象”の発見によりノーベル物理学賞を受賞。このことからも大発見だったことが分かる。

ニュートリノの正確な値を知るには

ニュートリノに質量があることは分かっていても、正確な値は分かっていません。

さらに、3種類のニュートリノそれぞれの質量や質量の大小関係(質量回想)も不明のまま…

そして、さまざまな実験によって得られているのは、ニュートリノの質量が2.2電子ボルトよりも小さいという結果。
1電子ボルトの質量は、約5グラムの1京分の1のさらに1京分の1。
なお、現在では、さらに1桁以上低い可能性も予想されている。

そこで検討されたのは、宇宙の大規模構造の形成にニュートリノが与える力学的な影響を、天文学的な観測によって測定すること。
それを元に質量を測定するというアイデアでした。

そして、同時に質量を持つニュートリノが宇宙の大規模構造の形成に与える影響を、理論的かつ詳細に予言するための数値シミュレーションも行われるようになっていきます。

“N体シミュレーション”の問題点

宇宙の大規模構造の形成を扱た数値シミュレーションでは、物質分布や速度分布を統計的にサンプリングし、多数の質点の位置と速度で表現する“N体シミュレーション”という手法が採用されています。

この手法は過去数十年にわたって研究され、改良が加えられてきました。
でも、物質分布を統計的にサンプリングすることによって、数値シミュレーションの結果に人工的な数値ノイズ(ショットノイズ)が含まれてしまうという欠点がありました。

また、ニュートリノが宇宙の大規模構造に及ぼす主な力学的影響としては、その少数の高速度成分が重要な役割を果たす“無衝突減衰”が挙げられています。

でも、統計的なサンプリングでは高速度成分を忠実にサンプリングできないので、これまで正確な数値シミュレーションになっていない可能性が指摘されていました。
宇宙の大規模構造の形成におけるニュートリノ(左)とダークマター(右)の密度分布。ニュートリノは質量が小さく速度分散が大きいので広がった分布を示すのに対して、ダークマターはフィラメント構造と呼ばれるひも状の高密度領域を形成する。(Credit: Kavli IPMU)
宇宙の大規模構造の形成におけるニュートリノ(左)とダークマター(右)の密度分布。ニュートリノは質量が小さく速度分散が大きいので広がった分布を示すのに対して、ダークマターはフィラメント構造と呼ばれるひも状の高密度領域を形成する。(Credit: Kavli IPMU)

細かい密度の濃淡を明瞭にとらえる“ブラソフシミュレーション”

このような“N体シミュレーション”の問題点を回避するため、今回の研究で採用されたのは、物質の連続的な空間分布や速度分布をサンプリングしないという手法。

そして、連続的な分布として扱い、宇宙の大規模構造におけるニュートリノ運動の数値シミュレーションを実施しています。

この手法は“ブラソフシミュレーション”呼ばれ、多数の粒子の集団的な振る舞いを記述する“ブラソフ方程式”を数値シミュレーションによって解くものでした。

大きな特徴は、位相空間と呼ばれる空間3次元と速度空間3次元を合わせた合計6次元の仮想的な空間を扱う必要があること。
そのため、膨大な記憶容量と計算量が必要になり、これまで実際に採用された例はありませんでした。

そこで、今回の研究では、国内屈指の大規模スーパーコンピュータと、研究チームが過去に開発した少ない記憶容量で高精度に“ブラソフ方程式”を数値シミュレーションする計算手法を組み合わせることで、“ブラソフシミュレーション”の実用化に成功しています。

計算に用いられたスーパーコンピュータは“Oakforest-PACS”と理化学研究所の“京”でした。
“Oakforest-PACS”は、筑波大学 計算科学研究センターと東京大学 情報基盤センターが共同運用する最先端共同 HPC基盤施設が管理運用。“京”は理化学研究所が2019年8月まで運用していた。

こうして、宇宙の大規模構造形成におけるダークマターとニュートリノの数値シミュレーションが実施。
その結果、数値ノイズの全くない計算結果が導き出されました。

結果として、これまでの“N体シミュレーション”では、数値ノイズに埋もれて正確に求めることが困難だった、ニュートリノの細かいスケールでの密度分布や宇宙の大規模構造におけるニュートリノの温度分布が判明。
これらが、ニュートリノの質量に大きく依存することが見出されました。
“N体シミュレーション”(左)と“ブラソフシミュレーション”(右)による、宇宙の大規模構造形成におけるニュートリノ密度分布の比較。“N体シミュレーション”で得られるニュートリノ密度分布には、数値ノイズによるざらつきが発生している。一方、“ブラソフシミュレーション”で得られる密度分布はとても滑らかで、細かい密度の濃淡も明瞭にとらえることが可能。(Credit: Kavli IPMU)
“N体シミュレーション”(左)と“ブラソフシミュレーション”(右)による、宇宙の大規模構造形成におけるニュートリノ密度分布の比較。“N体シミュレーション”で得られるニュートリノ密度分布には、数値ノイズによるざらつきが発生している。一方、“ブラソフシミュレーション”で得られる密度分布はとても滑らかで、細かい密度の濃淡も明瞭にとらえることが可能。(Credit: Kavli IPMU)
今後、予定しているのは、“京”の後継スーパーコンピュータ“富岳”を用いること。
これにより、さらに高精度なシミュレーションが行えるとともに、宇宙の大規模構造を観測することで、ニュートリノの質量をより正確に求めていくそうです。

このような数値シミュレーション結果は、現在行われている日本のすばる望遠鏡を用いた“Hyper Supreme-Cam すばる戦略プログラム”や“Dark Energy Survey”プロジェクトに加え、今後予定されている“Large Synoptic Survey Telescope計画”や“Euclid計画”など、宇宙の大規模構造の観測計画におけるデータの解釈にとって、重要な役割を果たしてくれるはずです。

また、今回の研究で用いられた“ブラソフシミュレーション”の手法は、同様に数値ノイズの悪影響が指摘されているダークマターなどの数値シミュレーションでも、威力を発揮すると期待されていそうですよ。


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