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太陽系外縁部を航行する探査機“ニューホライズンズ”が宇宙の深淵を照らし出す微かな光“宇宙背景放射”を直接観測

2024年09月03日 | 宇宙 space
宇宙は、無数の銀河や星々が輝きを放つ広大な空間ですが、目に見える光を超えた“暗黒”が広がっています。
この暗闇の深淵を照らし出す微かな光、それが宇宙背景放射(COB)です。

宇宙背景放射は、宇宙の歴史を通じて生成されたあらゆる光が積み重なり、拡散して観測されるもの。
その起源を解明することは、宇宙の進化と構造を理解する上で極めて重要となります。

長年、天文学者たちは宇宙背景放射の強さを正確に測定し、その起源を特定しようと試みてきました。
でも、地球や太陽系内では、太陽光や惑星間チリによる散乱光の影響が大きく、宇宙背景放射の観測は困難を極めていました。

こうした中、新たな希望の光として登場したのがNASAの探査機“ニューホライズンズ”でした。
2006年に打ち上げられた“ニューホライズンズ”は、2015年に冥王星系をフライバイ(※1)し、2019年にはカイパーベルト天体の一つ“アロコス(ArroKoth)”もフライバイしています。
冥王星やアロコスといった太陽系外縁部に位置する天体の探査を成功させ、人類の宇宙への理解を大きく前進させました。
※1.探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。これにより探査機は、燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言う。
そして、現在の“ニューホライズンズ”は、太陽系外縁部という特異な環境を利用して、宇宙背景放射の直接観測という新たなミッションに挑戦しています。
太陽系外縁部は、地球から観測する場合に比べると散乱光による影響が少なく、宇宙背景光の観測には適した場所でした。

今回の研究では、宇宙の深淵における光の量を最も精密に直接測定することで、宇宙の暗闇に関する長年の疑問に答えを出したそうというもの。

その結果、明らかになったのは、宇宙の可視光の大部分は銀河から発生していること。
また、現時点では未知の光源からの光は、ほとんど存在しないことも明らかになります。
本研究は宇宙の背景光の謎を解き明かす一歩となるもの、今後の研究球結果が期待されます。
この研究は、ボルチモアの宇宙望遠鏡科学研究所の天文学者Marc Postmanさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”に“New Synoptic Observations of the Cosmic Optical Background with New Horizons”として掲載されました。DOI:10.3847 / 1538-4357 / ad5ffc
図1.深宇宙を背景にしたNASAの探査機“ニューホライズンズ”のイメージ図。背景には天の川銀河のレーンが見える。(Credit: NASA, APL, SwRI, Serge Brunier (ESO), Marc Postman (STScI), Dan Durda)
図1.深宇宙を背景にしたNASAの探査機“ニューホライズンズ”のイメージ図。背景には天の川銀河のレーンが見える。(Credit: NASA, APL, SwRI, Serge Brunier (ESO), Marc Postman (STScI), Dan Durda)


太陽系外縁部を航行する探査機と宇宙背景放射

“ニューホライズンズ”は、打ち上げから18年以上が経過した現在も、その探査の手を緩めることなく、太陽系外縁部を航行し続けています。
その距離は、地球から実に約73億キロ以上にも及んでいます。

この広大な宇宙空間における“ニューホライズンズ”の位置は、宇宙背景放射の観測を行う上で、いくつかの大きな利点をもたらします。

その一つは、太陽からの距離にあります。
遠く離れていることで、観測における太陽光の影響を最小限に抑えることができます。

宇宙背景放射は非常に微かな光なので、太陽光のような強い光源があると、その観測は極めて困難になります。
地球と比べてはるかに太陽から離れた位置にいる“ニューホライズンズ”は、太陽光の影響を受けずに、より高精度な宇宙背景放射の観測を行うことができる訳です。

もう一つの惑星間チリによる影響も、地球周辺と比べると大幅に小さくなります。
惑星間チリは、太陽光を反射して散乱させるので、宇宙背景放射の観測の妨げとなります。
“ニューホライズンズ”が航行する太陽系外縁部は、惑星間チリの密度が低い領域になるので、よりクリアな宇宙背景放射の観測が可能となります。

“ニューホライズンズ”には長距離偵察イメージャー“LORRI”という観測装置が搭載されています。
これは、高感度カメラと望遠鏡を組み合わせた観測装置で、遠方の天体や微かな光をとらえることができます。

“LORRI”は宇宙背景放射に特化した設計ではありませんが、その性能の高さと“ニューホライズンズ”の航行位置の利点により、宇宙背景放射の直接観測という重要な役割を担っています。


宇宙背景放射の直接観測と大きな障害

2021年のこと、“ニューホライズンズ”による宇宙背景放射の直接観測が初めて実施されました。

この観測では“LORRI”を用いて宇宙の様々な方向を撮影。
その画像データから宇宙背景放射の強さを測定する試みが行われました。

でも、この最初の試みは予想外の困難に直面することになるんですねー

観測データの解析を進める中で明らかになったのは、天の川銀河から放出された光が星間チリによって散乱され、宇宙背景放射の観測データに混入していることでした。
この散乱は拡散銀河光(DGL)と呼ばれ、宇宙背景放射の強さを正確に測定する上で大きな障害となります。

2021年の観測では、拡散銀河光の影響を過小評価していたので、宇宙背景放射の強度を実際の値よりも大きく見積もってしまいました。
この結果を受けて研究チームでは、拡散銀河光の影響をより正確に除去する手法の開発に着手することになります。


拡散銀河光の推定手法

研究チームは、拡散銀河光の影響という2021年の観測の教訓を踏まえ、2023年に再び“ニューホライズンズ”を用いた宇宙背景放射の観測を実施しています。

この観測では、拡散銀河光の影響をより正確に除去するため、ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“プランク”による遠赤外線観測データが活用されました。

“プランク”は全天の宇宙マイクロ波背景放射を精密に観測することを目的とした衛星で、その観測データには拡散銀河光の情報も含まれています。

本研究では、チリの密度が異なる領域の“プランク”による遠赤外線観測データに基づいて、遠赤外線強度と可視光強度の関係を較正。
この較正データを用いることで、“ニューホライズンズ”の観測データに含まれる拡散銀河光の成分を、より正確に除去することが可能になりました。

具体的には、“プランク”の観測データから各観測領域の遠赤外線強度を測定し、遠赤外線強度と可視光強度の関係を表す較正データを用いることで、各観測領域の拡散銀河光の強度を推定しています。
“ニューホライズンズ”の観測データから、推定された拡散銀河光の強度を差し引くことで宇宙背景放射の推定が実現できた訳です。

この新たな拡散銀河光の推定手法により、2023年の観測では2021年の観測と比べて、宇宙背景放射の推定精度が大幅に向上しました。

新たな拡散銀河光の推定手法を用いて解析した結果、2023年の“ニューホライズンズ”の観測で検出された宇宙背景放射の強度は11.16±1.65nW m-2 sr-1ということが明らかになります。
この値は、2021年の観測結果と比べると約32%も低いものでした。

さらに重要な点は、この値が既知の銀河の総光量から予測される宇宙背景放射と矛盾しないことです。
つまり、現時点では未知の光源の存在を示唆する証拠は得られていない、ということになります。


宇宙背景放射測定のアプローチ

これまでの宇宙背景放射の測定は、銀河カタログに基づく推定、VHEガンマ線観測、直接観測という大きく分けて3つのアプローチに分類できます。

銀河カタログに基づく推定は、深宇宙探査によって得られた銀河の個数密度や光度関数に基づいて、宇宙背景放射を推定する方法です。
このアプローチでは、銀河の空間分布や光度進化のモデル化などが複雑なため推定精度に限界があります。

VHEガンマ線観測は、VHEガンマ線が宇宙背景放射と相互作用して減衰することを利用します。
その減衰率から宇宙背景放射の強度を推定する方法です。
このアプローチは、銀河の進化モデルに依存しないという利点がありますが、VHEガンマ線源の数が限られているので統計的な精度に限界があります。

直接観測は、“ニューホライズンズ”のように、太陽光や惑星間チリの影響が少ない環境で直接宇宙背景放射を観測する方法です。
このアプローチは、最も直接的に宇宙背景放射の強さを推定できる方法ですが、観測装置の感度や較正の精度などが求められます。

過去の観測では、銀河カタログに基づく推定とVHEガンマ線観測から、宇宙背景放射の強度は既知の銀河の総光量で説明できるという結果が得られていました。
でも、直接観測による検証は、技術的な困難さから進んでいなかったんですねー

今回の“ニューホライズンズ”による直接観測は、銀河カタログに基づく推定やVHEガンマ線観測の結果を支持するもので、宇宙背景放射の起源を理解する上で重要な貢献を果たしたと言えます。

“ニューホライズンズ”は、今後も太陽系外縁部という特異な環境を生かして宇宙背景放射の観測を継続する予定です。
観測データが蓄積されることで、拡散銀河光推定の精度がさらに向上し、宇宙背景放射の強度の推定誤差が縮小するはずです。

また、将来の宇宙望遠鏡による観測や、より高精度な銀河カタログの作成により、宇宙背景放射に関する理解がさらに深まることが期待されます。


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