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地球生命に似た構成分子を持つ生命が期待できる? 土星の衛星エンケラドスの地下海に生命の必須元素リンが多量に存在

2023年07月17日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
厚い氷の層に覆われた海を持つ土星の小さな衛星“エンケラドス”。
エンケラドスには間欠泉があり、地表にある割れ目から宇宙空間に向けて海水を噴き上げているんですねー

興味深いことに海水に含まれているのは、水、塩、シリカ(二酸化ケイ素)、炭素を含む単純な化合物。
そう、これらは生命の材料になり得る物質なんですねー

そして今回の研究により、土星探査機“カッシーニ”の観測データから、地球の生命の必須元素になるリンが大量に存在する証拠が見つかりました。

この成果は、日欧米による探査データの分析と実験の綿密な連携によるもの。
これにより、エンケラドスの生命を構成する物質を、具体的に予見可能にしてくれました。
“カッシーニ”に続く次のエンケラドス探査が楽しみになってきますね。
土星探査機“カッシーニ”の挟角カメラで2005年7月14日に撮影されたエンケラドス。紫外線・可視光線・赤外線のフィルターを使用して取得したデータを元に作成されている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
土星探査機“カッシーニ”の挟角カメラで2005年7月14日に撮影されたエンケラドス。紫外線・可視光線・赤外線のフィルターを使用して取得したデータを元に作成されている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)

地球生命にとっての最重要元素

今回の研究では、エンケラドスの地下海に地球生命の必須元素であるリンが、地球海水の数千から数万倍という高濃度で濃集していることが明らかになりました。

土星の衛星エンケラドスは、表面を覆う分厚い氷の下に液体の地下海を持ち、生命を育む熱水噴出孔や複雑な有機物も存在しています。

生命存在可能な条件を満たす天体として、注目を集めているんですねー

今回、欧米チームがNASAの土星探査機“カッシーニ”のデータから明らかにしたのは、地下から噴き出した海水中にリン酸を含む粒子が含まれること。
NASAの土星探査機“カッシーニ”は、2017年9月に土星大気に突入してミッションを終了。13年以上に及んだ探査で得られたデータの解析は、現在も続けられている。
日本チームは、エンケラドス内部を再現する実験を行い、リン濃集要因がアルカリ性かつ高炭酸濃度の海水と岩石との反応にあることを突き止めています。
日本は、東京工業大学 国際先駆研究機構 地球生命研究所の関根康人所長/教授、丹秀也研究員(現 海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 ヤング・リサーチ・フェロー、海洋開発研究機構の渋谷岳造主任研究員らの研究チームです。
リンは、DNAや細胞膜などの材料になる地球生命にとっての最重要元素なんですが、天然での存在の量は極めて低い元素です。

そのため、リンの濃集を可能にする場所の存在が、地球生命の鍵になると考えられています。

この研究では、リンが濃集した水環境を地球外で初めて発見したもの。
エンケラドスでも地球と似た構成分子を持つ生命の存在が期待されると同時に、原始地球での生命誕生の場の特定にもつながる極めて大きな発見といえるんですねー

生命存在の期待が高まる地下海を持つ氷衛星

土星の2番衛星エンケラドスは直径約500キロで、水の氷を主成分とする氷衛星です。

なぜ、この小さな衛星が世界中の科学者のみならず、広く一般から熱い注目を集めてきたのでしょうか?

その理由は、エンケラドスが液体の水、有機物、エネルギーという生命存在の必要条件を満たす天体だからです。

探査機“カッシーニ”は、エンケラドスから噴き出したチリや氷で構成された土星のE環を通過したことがありました。
その時、“宇宙塵分析器(CDA)”により収集したデータからは、海水に塩分や二酸化炭素、アンモニアなどのガス成分、複雑な有機物が含まれることがが明らかなっています。
2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの間欠泉。この画像では30か所以上の噴出口が確認された。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの間欠泉。この画像では30か所以上の噴出口が確認された。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
2015年に明らかになったのは、エンケラドスの地下海に海底熱水噴出孔が存在することでした。
熱水噴出孔は、地球生命誕生の場の有力候補で、現在も原始的な微生物が生息しています。

この発見は、生命を育みうる環境が地球外の太陽系に存在することを初めて実証したもので、各種メディアでも大きく報道されることに…
2015年の海底熱水噴出孔の発見以降、エンケラドスに関する知見が得られるたびに、生命存在の期待も高まっていきました。

でも、解決されていない重要な問題も残されていました。

それは、地下海に存在する生命の体を作る元素のこと。
どういった種類の元素が地下海に含まれているのか、どのくらいの量が存在するのかが、分かっていなかったんですねー

海水に含まれる元素の種類によって、そこで生まれる生命を作る構成分子が規定されます。

なので、具体的な生命の構成分子が予想できなければ、次の探査でどのような生命を想定したらよいのか、どのような物質を生命発見の指標としてよいのかが、分からないままになってしまいます。

例えば、地球生命は、DNAや細胞膜などの生命活動の根幹をなす生体分子に、リンを主要な構成元素として使っています。

つまり、エンケラドスに地球生命に似た構成分子を持つ生命が期待できるかは、ひとえにリンが存在するか存在しないかに依るわけです。

ただ、エンケラドスをはじめ、地球外の水環境にリンが高濃度で存在することを明らかにした例は、これまで皆無でした。
エンケラドスの内部(イメージ図)。水の氷でできた地殻と岩石質のコアの間に、深さ10キロ程度の液体の地下海があり、この海水がエンケラドスの南極域から噴出している。地下海の海底には熱水噴出孔があると推定されている。(Credit: NASA/JPL)
エンケラドスの内部(イメージ図)。水の氷でできた地殻と岩石質のコアの間に、深さ10キロ程度の液体の地下海があり、この海水がエンケラドスの南極域から噴出している。地下海の海底には熱水噴出孔があると推定されている。(Credit: NASA/JPL)

地下海から噴き出した海水の分析

そこで、今回の研究で注目したのは、エンケラドスの地下海から噴出されるプルーム微粒子の化学組成でした。

プルーム微粒子は地下海から噴き出した海水の飛沫で、この微粒子を調べることで海水の化学組成を直接的に明らかにすることができます。

探査機“カッシーニ”に搭載された“宇宙塵分析器(CDA)”は、探査機と衝突したプルーム微粒子の組成を調べる測定器です。
これまで数百個の微粒子一つ一つに対して、それぞれ組成データを得てきました。

ドイツのベルリン自由大学のFrank Postberg教授を中心とする欧米の研究チームは、ダスト分析器の詳細なデータ解析を数百個の微粒子に対して実施。
プルーム粒子にナトリウム塩のほか、リン酸に富む粒子が少量ですが含まれていることを明らかにしています。

さらに、研究チームが見積もったのは、プルーム粒子全体に対するリン酸を含む粒子の存在割合から、エンケラドスの地下海のリン酸濃度が1~20mmol/L(1リットルの水に1000分の1~20モル)であることでした。

地球の海水のリン酸濃度は500nmol/L程度(1リットルの水に1000万分の5モル)。
なので、エンケラドスの海水には、地球海水の数千倍から数万倍の高濃度でリン酸が含まれていることになります。

それでは、この異常農集はどのような要因で起きたのでしょうか?

この問いに答えたのは日本の研究チームでした。
関根所長を中心とする研究チームが行ったのは、プルームで観測される二酸化炭素やアンモニアを含む模擬エンケラドス海水と、海底を構成する岩石に似た炭素質隕石の粉末を用いた反応実験でした。

実験により突き止めたのは、リン濃集を引き起こした要因が、アルカリ性かつ高炭酸濃度のエンケラドスの水環境にあること。

アルカリ性かつ高炭酸濃度の水環境では、リン酸イオンと炭酸イオンの間でカルシウムイオンの奪い合いが起きます。

つまり、アルカリ性かつ高炭酸では、カルシウム炭酸塩鉱物がより安定になり、リン酸塩鉱物のカルシウムが奪われることでリン酸が溶けだし、海水中の高濃度を実現するわけです。

このような水環境は、エンケラドスのような太陽系外側の氷天体の地下海で達成される一般的なものといえます。

そこで予想されるのは、リン酸の濃集がエンケラドスだけでなく他の土星の衛星、天王星や海王星の衛星、冥王星の地下海、あるいは探査機“はやぶさ2”の訪れたリュウグウの母天体も含めて、ことごとく起きているということ。

この研究では、欧米チームによるリン酸の異常濃集の発見と、日本チームによるその濃集要因の解明を合わせて、一つの論文として報告しています。

リン酸の濃集した水環境が生命誕生のカギ

リンは地球生命にとって、DNAやRNA、細胞膜を成すリン脂質、エネルギー通貨と言われるATPといった生命活動を担う生体分子の根幹をなす重要な必須元素です。

一方で、現在の地球上の水環境にリンは極めて乏しく、生命の進化や活動を律速する最も枯渇した元素と言われています。

生命の起源論では、RNAやリン脂質を合成するため、リン酸の濃集した水環境の実現が生命誕生のカギになると考えられています。
でも、具体的にどのような環境が、それを実現するかは未だ意見が一致していません。

今回の発見は、リン酸の濃集の場が現実にあること。
しかも、地球外の海洋にあることを、初めて実証的に示した点において、極めて画期的なことになります。

これまで地球以外に液体の水が存在する天体が複数明らかになっていましたが、その水環境にリン酸が高濃度で存在することを示した例は他にありませんでした。

この研究が示しているのは、アルカリ性かつ高炭酸濃度という水環境があれば、普遍的にリン酸が海水に濃集することです。

厚い二酸化炭素大気を持つ原始地球で、そのような場所といえば“アルカリ熱水環境”になるんですねー
アルカリ熱水環境だとアルカリ性かつ高炭酸濃度という環境が実現するはずです。

アルカリ熱水環境で原始生命が誕生したという考えは、進化生物学が示唆する原始生命の生息環境とも一致します。

また、アルカリ熱水環境が、エンケラドスのような太陽系氷天体にも広く存在することを考えると、この研究は宇宙における生命の存在可能性、特に地球生命に物質的に類似した生命の可能性を広げるものになります。

“カッシーニ”に続く次のエンケラドス探査に期待

もし、エンケラドスに生命が存在するのであれば、この研究の成果はエンケラドスの生命も、地球に似たリンを使った生命を期待させます。

35億年前の火星表面には、液体の水が存在していたことが確実視されていて、火星探査車による地層の分析の結果、当時の水環境に存在していた有機物は極めて硫黄に富んだ組成をしていたことが明らかになっています。

もし、火星生命がこのような有機物からなるのだとしたら、リンを多く使う地球生命とは元素レベルで根本的に異なることになります。

エンケラドスは、物質的に地球生命に類似した生命を宿しているのかもしれない。
地下海の海水が宇宙空間に噴出し、探査機で捕獲回収可能。
この2つは、他の太陽系天体に類似例を見ません。

そこで期待されるのは、世界各国で計画されている“カッシーニ”に続く次のエンケラドス探査です。

今回の研究成果は、エンケラドスの生命を構成する物質を、具体的に予見可能にしてくれました。
太陽系生命探査、地球外生命の発見のための検証可能な指針を与えるという、今後の展開を持っているといえますね。


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