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NASAの木星探査機“ジュノー”の観測データから衛星ガニメデの表面に塩と有機物を検出! 内部の海から表面に到達した海水の名残りかも

2023年11月16日 | 木星の探査
イタリア国立天体物理学研究所(INAF)のFederico Tosiさんを筆頭とする研究チームは、NASAの木星探査機“ジュノー”による2021年の観測データを分析した結果、木星の衛星ガニメデの表面に塩と有機物を検出したたとする研究成果を発表しました。

今回の研究成果をまとめた論文はNature Astronomyに掲載されています。
図1.木星の衛星ガニメデ。NASAの木星探査機“ジュノー(Juno)”の可視光カメラ“JunoCam”で2021年6月に撮影。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS/Kalleheikki Kannisto)
図1.木星の衛星ガニメデ。NASAの木星探査機“ジュノー(Juno)”の可視光カメラ“JunoCam”で2021年6月に撮影。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS/Kalleheikki Kannisto)

太陽系で磁場が発生していることが判明した唯一の衛星

木星を周回する4つの大型衛星の一つがガニメデです。
ガニメデは直径が5268キロもある太陽系最大の衛星で、太陽系最小の惑星となる水星(直径4880キロ)よりも大きな衛星なんですねー

これほどの大きさがあるガニメデは中心部が金属に富んでいて、そこから磁場が発生していることが観測で判明している唯一の衛星でもあります。
その内部は氷、岩石、鉄が分化した層状の構造を成していると考えられています。

2021年6月、“ジュノー”は34回目の木星フライバイ(接近通過)“Perijove 34(PJ 34)”の一環として、ガニメデ表面から1046キロまで接近して観測を実施。
ガニメデにここまで接近したのは、2000年5月の木星探査機“ガリレオ”以来21年振りのことでした。

この接近時、“ジュノー”に搭載されているオーロラ分布図作成のための赤外線観測装置“JIRAM”を使用して、ガニメデ表面のデータが収集されています。

“JIRAM”は、イタリア宇宙機関(ASI)が開発した木星の深部から放射される赤外線をとらえて、表面(雲頂)から深さ50~70キロを探査するために開発された観測装置です。
木星の衛星についての知見を得るための観測にも使用されていました。
34回目の木星フライバイ“Perijove 34(PJ 34)”実施時に、“JunoCam”で撮影された画像をもとに作成されたガニメデと木星の動画。
(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)

ナトリウムは液体の水と岩石の相互作用を示している

2021年6月のガニメデ接近時に行われた“JIRAM”を用いた観測では、ガニメデの木星に面した半球の一部(北緯10度~30度・東経-35度~+40度の範囲)における細長い線状のエリアについて、1キロ以下というこれまでになく高い空間分解能で赤外線画像と赤外線スペクトル(光の波長ごとの強度分布)が取得されました。

研究チームでは“JIRAM”による赤外線スペクトルデータを分析。
このスペクトルに表れた特徴は、水の氷以外に塩化ナトリウム水和物、塩化アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、それに脂肪族アルデヒドを含む可能性がある有機化合物などの存在を示すものでした。

これらの特徴については、アンモニアを凝縮するのに十分なほど低温の物質がガニメデの形成時に蓄積されたことや、炭酸塩の存在からはもともと二酸化炭素を豊富に含んだ氷を蓄積していたことが、理由として考えられます。

また、特定の場所に存在するナトリウムは、地球や土星の衛星エンケラドス、木星の衛星エウロパ、小惑星帯の準惑星ケレスといったほかの天体と同様に、液体の水と岩石の相互作用を示していました。
生命の起源に関わる重要な有機化合物の素になった“プレバイオティック分子”として重要な役割を果たすアルデヒドは、古代の熱水環境に存在していた可能性があるようです。
図2.“JIRAM”の観測で得られたデータの一つをガニメデの地図に重ねて示した図。画像右下の断層付近で塩化アンモニウムに由来するとみられるスペクトルの兆候が強くなっていることが示されている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/ASI/INAF/JIRAM/Brown University)
図2.“JIRAM”の観測で得られたデータの一つをガニメデの地図に重ねて示した図。画像右下の断層付近で塩化アンモニウムに由来するとみられるスペクトルの兆候が強くなっていることが示されている。(Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/ASI/INAF/JIRAM/Brown University)

塩や有機物は内部海から表面に到達した海水の名残り

“JIRAM”は、ガニメデの外観を特徴づけている明るい領域と暗い領域の様々な地形におけるデータを取得することにも成功しています。

このデータからは、暗い領域をはじめ明るい領域の断層付近でもより豊富な塩や有機物が検出されていて、断層ごとの組成に違いはあるものの、地下からの塩水の噴出といった内部に起因するプロセスが物質の組成を決定づけた可能性が示唆されました。

実は、ガニメデの表面に塩や有機物が存在する可能性は、ハッブル宇宙望遠鏡などによる観測でも示唆されていました。
ただ、局所的な分布を決定付けられるほど解像度の高いデータは、これまで得られていませんでした。

また、内部と外部それぞれに起因するプロセスが組み合わさるので表面組成の研究は複雑になり、検出されたガニメデ表面の組成は必ずしも内部の組成を示しているわけではありません。

検出された塩や有機物と探査エリアの関係性については、過去のある時代までに液体の水と岩石マントルとの間で起きた相互作用の結果で、今回の研究によってガニメデで起こっている複雑な化学反応が実証できました。
図3.木星探査機“Juno(ジュノー)”のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
図3.木星探査機“Juno(ジュノー)”のイメージ図。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
木星は強い磁場を持っていて、宇宙空間に存在する荷電粒子(電気を帯びた粒子)をとらえて加速させています。

これらの粒子は時々木星の衛星たちに衝突し、表面にある物質を分解する“放射線分解”というプロセスが発生しているんですねー
この現象は、地質活動があまり活発でない天体表面で発生する主要な化学反応の1つになっています。

ただ、ガニメデは独自の磁場を持っているので、衛星へと降り注ぐ荷電粒子から表面の一部(赤道から緯度40度までの範囲)を保護する役割を果たしていると考えられています。

なので、磁場に保護されている領域で検出された塩や有機物については、表面で化学反応をしていないはずです。
内部海から表面に到達した海水の名残りを見ているのかもしれません。

木星の氷衛星を複数探査するミッション

木星の氷衛星は、表面を覆う氷の下に巨大な地下海が存在すると考えられています。
この氷衛星を探査するミッションが木星氷衛星探査計画“JUICE(JUpiter Icy Moons Explorer)”です。

そう、ガニメデは“JUICE”の探査目標になっている天体なんですねー

日本が観測装置の一部を担当しているガニメデ高度計“JUICE-GALA”は、探査機“JUICE”とガニメデとの間の距離を測定することで、ガニメデの形状変化をとらえて、地下海の構造を明らかにする予定です。

海の有無を調べるだけでなく、熱源や栄養源など、生命に欠かせない要素を探し、地球外生命が存在する可能性を追求することになります。

さらに、木星のオーロラや磁気圏、そして太陽系の衛星で唯一固有の磁場を持つガニメデの周辺環境も調べる計画になっています。
日本は、10個ある観測機器のうち6つの開発やサイエンスに参加しています。

木星を目指し8年の長い旅をスタートさせた“JUICE”。
ミッションの前半では木星を周回しながらエウロパやカリスト、ガニメデの3つの氷衛星を探査し、後半のミッションではガニメデの周回軌道に入って探査を行うことになっています。

ミッション完了までの10年、この長い期間“JUICE”に何が起こるのでしょうか?

きっと、誰も行ったことのない世界を訪れた“JUICE”は、誰も見たことのないデータを得て、多くの科学成果を届けてくれるはずです。


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衛星エウロパの地下海に生命にとって重要な元素のひとつ炭素が含まれている? 太陽系内の観測も得意なジェームズウェッブ宇宙望遠鏡

2023年11月09日 | 木星の探査
表面が3キロに及ぶ氷で覆われる木星の第2衛星エウロパでは、潮汐加熱によって内部に広大な海が存在する可能性が指摘されています。

衛星の軌道が円形でないとき、惑星から遠いときはほぼ球体の衛星も、接近するにしたがって惑星の重力で引っ張られ極端に言えば卵のような形になります。
そして惑星から遠ざかるとまた球体に戻っていく。
これを繰り返すことで発生した摩擦熱により衛星内部は熱せられることになります。
このような強い重力により、天体そのものが変形させられて熱を持つ現象を潮汐加熱といいます。

エウロパには、この潮汐加熱によって作られた地球の海水の2倍という大量の水をたたえた地下海が、氷の外殻の下に広がっているのではないかと考えられて、生命が存在する可能性も指摘されています。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”によるエウロパの観測データを、2つの研究チームが分析。
その結果、表面の特定の地域に二酸化炭素(CO2)が集中して存在することを突き止めています。

このことが示しているのは、エウロパの地下海の水に炭素が含まれている可能性でした。

複雑な化合物の材料となる炭素は、地球の生命にとって非常に重要な元素のひとつ。
エウロパの地下海に生命が存在することを期待させる発見ですね。
この研究を進めているのは、NASAゴダード宇宙飛行センターのGeronimo Villanuevaさんと、コーネル大学のSamantha K. Trumboさん、それぞれを筆頭とする2つの研究チームです。
両チームの成果をまとめた論文はScienceに掲載されています。
NASAの木星探査機“ジュノー”の可視光カメラ“JunoCam”で撮影された衛星エウロパ。(Credit: NASA/SwRI/MSSS/Thomas Appéré)
NASAの木星探査機“ジュノー”の可視光カメラ“JunoCam”で撮影された衛星エウロパ。(Credit: NASA/SwRI/MSSS/Thomas Appéré)

二酸化炭素はエウロパの地下海に由来する

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を運用する宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、二酸化炭素はエウロパ表面のタラ地域(Tara Regio)やポーイス地域(Powys Regio)に集中して分布していました。

これらの地域は、外核の一部が崩落したことで形成されたとみられる“カオス地形(chaos terrain)”として知られています。

エウロパ表面の約4分の1を覆うカオス地形は地質学的に若く、亀裂・尾根・流氷のようにブロック化した氷で構成されています。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”で観測した木星の衛星エウロパ。白く見える部分はタラ地域(中央~右)とポーイス地域(左下)。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は主に赤外線の波長で観測を行うので、画像の色は取得時に使用されたフィルターに応じて着色されている。(Credit: NASA, ESA, CSA, G. Villanueva (NASA/GSFC), S. Trumbo (Cornell Univ.), A. Pagan (STScI))
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”で観測した木星の衛星エウロパ。白く見える部分はタラ地域(中央~右)とポーイス地域(左下)。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は主に赤外線の波長で観測を行うので、画像の色は取得時に使用されたフィルターに応じて着色されている。(Credit: NASA, ESA, CSA, G. Villanueva (NASA/GSFC), S. Trumbo (Cornell Univ.), A. Pagan (STScI))
エウロパでは、ハッブル宇宙望遠鏡などの観測データから、水蒸気のプルーム(水柱、間欠泉)が噴出していると考えられていて、タラ地域に関しては塩化ナトリウム(NaCl、食塩の主成分であり地球の海水にも含まれている)の存在が2019年に報告されていました。

また、カオス地形では、エウロパ表面から地下海へと酸素が運び込まれている可能性も指摘されるなど、エウロパの表面と地下海の間では物質が循環している可能性が考えられます。
エウロパの表面を覆う外殻の断面を示した図。中央右側にカオス地形が描かれている。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
エウロパの表面を覆う外殻の断面を示した図。中央右側にカオス地形が描かれている。(Credit: NASA/JPL-Caltech)
“NIRCam”で検出された二酸化炭素について、隕石の衝突などによって外部から供給されたものではないことを分析結果が示していることから、両チームはエウロパ内部から比較的最近になって表面に供給されたものだと考えています。

そう、検出された二酸化炭素はエウロパの地下海に由来する可能性があるんですねー

二酸化炭素はエウロパの表面では安定せず、地質学的に若いカオス地形に集中して分布することから、宇宙望遠鏡科学研究所でも内部から最近供給されたと考えても矛盾しないとしています。

実は、エウロパの二酸化炭素そのものは過去にも検出されていました。
でも、それが地下海に由来するのか、それとも外部からもたらされた物質に由来するのかを、これまで判断できず…
今回の成果は、地下海の化学的性質を探る上で大きな一歩になりそうです。

一方、Villanuevaさんの研究チームでは、エウロパから噴出しているとみられる水蒸気のプルームを探しています。
残念ながら今回の観測データからは、その証拠は見つかりませんでした。

ただ、プルームは常に噴出しているとは限らないので、今回の観測ではたまたま検出されなかった可能性もあります。

深宇宙だけじゃないジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の能力

ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用宇宙望遠鏡です。

ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として2021年12月25日に打ち上げられ、地球から見て太陽とは反対側150万キロの位置にある太陽―地球間のラグランジュ点の1つの投入され、ヨーロッパ宇宙機関と共同で運用されています。

高い赤外線感度と高性能な分光器を持つジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、遠方の深宇宙だけでなく、見た目の移動速度が速い太陽系内の天体を追跡して詳細な観測が行えることも強みにしていて、今回の研究結果はその能力が活かされた好例になりました。

研究では、“NIRCam”の面分光ユニット(IFU)モードによるエウロパの観測データを分析。
このモードでは、直径3128kmのエウロパに対して320km×320kmの解像度でスペクトル(光の波長ごとの強度分布)が得られます。

これにより、エウロパ表面のどこにどのような物質が存在するのかを、特定することを可能にしています。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”で観測したエウロパ(一番左)と、“NIRCam”の面分光ユニット(IFU)モードで観測したエウロパ(左から2~4番目)。特にタラ地域に二酸化炭素が集中して分布する様子が示されている。左から2番目と3番目は結晶質の二酸化炭素を示し、4番目は他の物質と混合し非結晶(アモルファス)な形態の二酸化炭素を示している。(Credit: NASA, ESA, CSA, G. Villanueva (NASA/GSFC), S. Trumbo (Cornell Univ.), A. Pagan (STScI))
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”で観測したエウロパ(一番左)と、“NIRCam”の面分光ユニット(IFU)モードで観測したエウロパ(左から2~4番目)。特にタラ地域に二酸化炭素が集中して分布する様子が示されている。左から2番目と3番目は結晶質の二酸化炭素を示し、4番目は他の物質と混合し非結晶(アモルファス)な形態の二酸化炭素を示している。(Credit: NASA, ESA, CSA, G. Villanueva (NASA/GSFC), S. Trumbo (Cornell Univ.), A. Pagan (STScI))
エウロパは、2023年4月に打ち上げられたヨーロッパ宇宙機関の木星氷衛星探査機“JUICE”や、NASAが2024年10月の打ち上げを目指して準備を進めている探査ミッション“エウロパ・クリッパー(Europa Clipper)”の探査対象になっています。

今回の両チームによる研究成果は、“JUICE”や“エウロパ・クリッパー”のミッションにも活かされるはず。
エウロパの地下海に生命は存在するのでしょうか?
“JUICE”や“エウロパ・クリッパー”が、新たな知見をもたらしてくれるかもしれませんね。


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初期宇宙の観測だけじゃない! 太陽系内でも強みを発揮するジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が木星の衛星ガニメデとイオの謎を解明

2023年10月02日 | 木星の探査
高い赤外線感度と高性能な分光器を持つジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、遠方の深宇宙だけでなく、太陽系内の天体を観測する機能も有しています。

今回、木星の4大衛星であるガリレオ衛星のうち、ガニメデとイオの観測および分析結果が、それぞれの研究チームから発表され、それぞれの天体にまつわる謎が解明されたようです。
木星を周回する4つの大型衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)は、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で発見したので通称“ガリレオ衛星”と呼ばれている。衛星が大きいのでガリレオ手製の低倍率の望遠鏡でも見ることができた。
可視光で撮影された木星の衛星ガニメデ(左)とイオ(右)。(Credit: NASA, JPL, USGS)
可視光で撮影された木星の衛星ガニメデ(左)とイオ(右)。(Credit: NASA, JPL, USGS)

木星の衛星表面で発生する放射線分解というプロセス

木星は強い磁場を持っていて、宇宙空間に存在する荷電粒子(電気を帯びた粒子)をとらえて加速させています。

これらの粒子は時々木星の衛星たちに衝突し、表面にある物質を分解する“放射線分解”というプロセスが発生しているんですねー

この現象は、地質活動があまり活発でない天体表面で発生する主要な化学反応の1つになっています。

木星を周回する衛星たちは、表面が水の氷で覆われているので、放射線分解では水分子(H2O)が分解されて、酸素(O2)、オゾン(O3)、そして過酸化水素(H2O2)が生じることが分かっています。

でも、これまでの観測では過酸化水素が見つかっていない衛星もあります。

その衛星がガニメデでした。

過酸化水素が見つかっていない衛星

直径5268キロのガニメデは、木星に限らず太陽系で最も大きな衛星。
太陽系最小の惑星になる水星(直径4880キロ)よりも大きいほどです。

これほどの大きさがあるガニメデは中心部が金属に富んでいて、そこから磁場が発生していることが観測で判明している唯一の衛星でもあります。

磁場は荷電粒子の進路を曲げるので、表面の氷に衝突する荷電粒子の数が大幅に少なくなり、結果的に放射線分解が抑制されると考えられています。

例外は磁場が弱い両極域で、そこだけは荷電粒子が到達しやすくなると考えられています。
同じことは地球でも起こっていて、荷電粒子と大気分子との衝突で起こるオーロラの発生が、極域に限定される理由にもなっています。

放射線分解というプロセスは十分に理解されているとは言えず、ガニメデ表面に過酸化水素が存在しない理由は、これまで判明していませんでした。

もし、ガニメデの高緯度地域に限って過酸化水素が見つかれば、磁場によって低緯度地域での発生が抑えられたことになります。
そう、過酸化水素の存在を示すシグナルが弱すぎて、見つけることができなかったと説明することがるわけです。

ガニメデの過酸化水素が極致に限られることを解明

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によるガニメデの観測データから過酸化水素の分析を実施しています。
この研究は、コーネル大学のSamantha K. Trumboさんたちの研究チームが進めています。
分析ではガニメデで初めて過酸化水素を発見。
さらに、過酸化水素は公転方向と同じ側の半球(先行半球、leading hemisphere)の両極地域に多く、低緯度地域ではほとんど存在しないことも明らかになりました。
ガニメデ表面の過酸化水素の分布図。先行半球(左)の両極地域に偏っていて、ガニメデの磁場が低緯度地域への荷電粒子の衝突数を減らしているという予測と一致する。(Credit: Samantha K. Trumbo, et.al.)
ガニメデ表面の過酸化水素の分布図。先行半球(左)の両極地域に偏っていて、ガニメデの磁場が低緯度地域への荷電粒子の衝突数を減らしているという予測と一致する。(Credit: Samantha K. Trumbo, et.al.)
これは、磁場の影響によって荷電粒子の衝突による氷の分解が両極地域に集中するという、事前の予測と一致する結果。
興味深い傾向として、同じく氷の分解物として生じる酸素は両極地域には少なく、低緯度地域に多いことが観測データから判明しています。

一見すると酸素と過酸化水素の分布は、矛盾しているように見えます。
でも、研究チームでは次の理由で矛盾はしていないと考えています。

酸素は氷とは結合しにくく、保持されるには気泡のような物理的な囲いが必要だと考えられます。
放射線分解は気泡そのものを破壊するほどの激しいプロセスなので、両極地域では発生する酸素の量よりも気泡の破壊によって逃げてしまう酸素の量の方が多いことになります。

逆に、低緯度地域では荷電粒子が届きにくいので放射線分解が起こりにくいものの、気泡も破壊されにくいので、結果的に酸素が保持されると考えることができます。

これに対し、過酸化水素は氷と結合しやすく、このような物理的な囲いは必要ないので、単純に発生量が分布に反映されているわけです。
過酸化水素の分布は、ガニメデが保持する磁場と荷電粒子との相互作用を、よく反映した結果なんですね。

地球以外では高温の活火山があることが知られている唯一の天体

木星を巡るガリレオ衛星の中で最も内側の軌道を公転しているのがイオです。
太陽系の衛星の中では4番目に大きく、半径は1800キロ強と地球の3分の1にもなります。

イオには、太陽系全体で見ても特異な性質があります。

それは、イオが木星や他のガリレオ衛星から潮汐力を受け、内部が加熱されて高温のマグマを放出していることです。
衛星の軌道が円形でないとき、惑星から遠いときはほぼ球体の衛星も、接近するにしたがって惑星の重力で引っ張られ極端に言えば卵のような形になる。そして惑星から遠ざかるとまた球体に戻っていく。これを繰り返すことで発生した摩擦熱により衛星内部は熱せられる。このような強い重力により、天体そのものが変形させられて熱を持つ現象を潮汐加熱という。
イオは太陽系の衛星の中では、最も火山活動が活発なことが有名で、その表面に確認されている火山は400以上。
そこからは硫黄を含むガスが放出されているようです。

イオは、地球以外では高温の活火山があることが知られている唯一の天体なんですねー

イオの一酸化硫黄と火山噴火の関連を証明

イオの火山から噴出する火山ガスの主成分は二酸化硫黄(SO2)ですが、少ない成分として一酸化硫黄(SO)も放出しています。

特に、一酸化硫黄分子が火山の熱で約1200℃まで加熱されると、エネルギーが高い励起状態になります。

励起状態は不安定なので、直ぐに光の形でエネルギーを放出することに。
ただ、このような光は、通常は他の大気分子との衝突で抑えられてしまうので、本来なら放出されることはありません。

でも、イオには薄い大気しか存在しないんですねー
なので、励起した一酸化硫黄が数秒後に光を放出することを妨げるような衝突は発生しにくい状態といえます。

また、一酸化硫黄は大きな火山だけでなく、チリをほとんど放出せずガスのみを放出するので観測が難しい“ステルス火山(stealth volcano)”からも放出されていると考えられます。

でも、一酸化硫黄分子から光が放たれる現象や、ステルス火山から一酸化硫黄が放出されているいう事実を観測で証明することは困難でした。

イオの大気組成の観測は非常に難しく、一酸化硫黄のような微量成分となればなおさら困難になります。
なので、一酸化硫黄の観測はイオが木星の影に入っている時だけ可能でした。

それは、イオが木星の影に入って太陽光が届かなくなると表面温度が低下し、二酸化硫黄が凍結して大気から消え、相対的に一酸化硫黄の量が増えることになるからです。

これに加えて、イオの見た目の位置が太陽から十分離れていて、1時間というかなり長時間の観測が可能な時には、ノイズになる大気の揺らぎや木星からのシグナルを補正する必要もあります。

これまで、そのような観測機器を備えていたのはハワイにあるケック天文台の“ケック望遠鏡”だけで、理想的な観測条件が整うことはめったにありませんでした。

この研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によるイオの観測データを元に、一酸化硫黄と火山活動の関連性を分析しています。
この研究は、カリフォルニア大学バークレー校のImke de Paterさんたちの研究チームが進めています。
観測当時、イオで噴火をしていたのは“カネヘキリ溶岩流(Kanehekili Fluctus)”と“ロキ火口(Loki Patera)”でした。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡でとらえたイオの一酸化硫黄の分布図。噴火しているカネヘキリ溶岩流(Kanehekili Fluctus)の付近で最も濃度が高いことが分かる一方で、それ以外の地域にも多少濃度の高い部分があることも分かる。(Credit: Imke de Pater, et.al.)
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡でとらえたイオの一酸化硫黄の分布図。噴火しているカネヘキリ溶岩流(Kanehekili Fluctus)の付近で最も濃度が高いことが分かる一方で、それ以外の地域にも多少濃度の高い部分があることも分かる。(Credit: Imke de Pater, et.al.)
観測データを分析した結果、カネヘキリ溶岩流については、励起した一酸化硫黄から放出される1.707μmの赤外線をとらえることに成功。
また、これより弱いものの、一酸化硫黄からの放射は他の地域でも観測されました。

この結果は、励起した一酸化硫黄が見つけやすい火山の噴火に関連しているだけでなく、見つけることが難しいステルス火山からも放出されていることを示しています。

これらの観測結果は、この少し前におこなれたケック望遠鏡による観測結果とも矛盾していませんでした。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の能力の高さを証明する観測結果

ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心になって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用宇宙望遠鏡。
ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として2021年12月25日に打ち上げられ、地球から見て太陽とは反対側150万キロの位置にある太陽―地球間のラグランジュ点の1つの投入され、ヨーロッパ宇宙機関と共同で運用されています。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は赤外線望遠鏡として優れているだけでなく、見た目の移動速度が速い太陽系内の天体を追跡して詳細な観測が行えることも強みにしていて、今回の研究結果はその能力の高さを示す好例になりました。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いたガニメデやイオの追加観測は、今後も行われる予定です。
さらに、他の惑星や衛星の観測も予定されているので、太陽系の天体に存在する多くの謎が明らかになることが期待されますね。


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木星の氷衛星を探査するミッション ヨーロッパ宇宙機関の探査機“JUICE”が打ち上げに成功

2023年05月10日 | 木星の探査
2023年11月27日更新
ヨーロッパ宇宙機関が主導し、日本などが参加する木星氷衛星探査計画。
この計画で用いられる探査機“JUICE”が4月14日に打ち上げられました。

木星の氷衛星エウロパやカリスト、ガニメデを目指す8年の長い旅をスタートさせた“JUICE”。
計画では、衛星表面を覆う氷の下に巨大な地下海が存在すると考えられている木星の氷衛星を複数探査。
ミッションの最後には氷衛星ガニメデを周回して精査する予定です。

木星の大型氷衛星にターゲットを絞った初めての探査計画

日本時間の4月14日21時14分、木星氷衛星探査機“JUICE(Jupiter Icy Moons Explorer)”を搭載したアリアン5型ロケットは、南米のフランス領ギアナのクールー宇宙基地を離床。
打ち上げは順調に進み、探査機は予定通りにロケットから分離し、地上との通信を確立したんですねー
その後、太陽電池パネルを展開して所定の軌道に入っています。

“JUICE”は11月17日(日本時間18日)、来年の2024年8月に実施される地球-月系でのスイングバイに向けた軌道修正が行われました。

今回の軌道修正では、約43分間にわたり探査機のメインエンジンを燃焼。
消費した燃料は、打ち上げ時に搭載していた燃料(3650キロ)のほぼ10%に相当する363キロでした。
今回の軌道修正により“JUICE”の速度が秒速200メートルに変化したそうです。

地球-月系のスイングバイに向けた軌道修正は、2段階に分けて行われます。
今回はその1回目で、“JUICE”の軌道を分析したのち、数週間後に2回目となる小規模な軌道修正が実施される予定です。

なお、地球に接近中の2024年5月に最終的な微調整が実施される可能性があります。

“JUICE”は2024年8月に地球-月系でのスイングバイを行った後、2025年に金星、2026年と2029年に地球でスイングバイを実施する予定です。
そして、8年後の2031年7月に木星の周回軌道に投入されることになります。

今回の軌道修正が成功すれば、木星の周回軌道に入るまでメインエンジンを再び使用することはないそうです。

衛星ガニメデに接近し木星系に入った“JUICE”は、13時間後に秒速約1キロの減速を行う必要があります。
これは、今回の速度変化の5倍にもなる速度です。

今回の軌道修正は、木星軌道投入に向けた重要なテストの側面もあったようです。
探査機が天体を接近通過するとき、その天体の重力を利用して積極的に軌道変更をする場合を“スイングバイ”、観測に重点が置かれる場合を“フライバイ”と言い使い分けている。
“JUICE”の打ち上げ。(Credit: ESA/S.Corvaja and ESA/CNES/Arianespace/Optique Video du CSG/JM Guillon)
“JUICE”の打ち上げ。(Credit: ESA/S.Corvaja and ESA/CNES/Arianespace/Optique Video du CSG/JM Guillon)
“JUICE”は“JUpiter Icy Moons Explorer”の略で、木星氷衛星単計画を意味します。

木星の大型氷衛星であるガニメデ、カリスト、エウロパにターゲットを絞った初めての探査計画になります。

木星系に到達する6か月前の2031年1月から科学観測を開始し、同年の7月から2034年11月までエウロパに2回、カリストに30回以上の接近飛行(フライバイ)を行うことになります。

その後、“JUICE”はガニメデを周回する軌道へ入り、高度500キロまで近づきながら9か月間の探査を予定しています。
約8年間にわたる“JUICE”の木星系までの旅と主な探査スケジュール。(Credit: ESA - CC BY-SA 3.0 IGO)
約8年間にわたる“JUICE”の木星系までの旅と主な探査スケジュール。(Credit: ESA - CC BY-SA 3.0 IGO)
ステラナビゲーターを使った“JUICE”の航路をシミュレーション。(Credit: AstroArts)
氷衛星には、太陽系形成当時の材料物質が残っていると期待されています。

そうした物質は、ガス惑星である木星からは得難いものなんですねー

太陽系最大の惑星で、太陽系形成時に重要な役割を果たしたであろう木星の歴史を氷衛星から得ることが、“JUICE”の目的の一つになっています。

さらに、もう一つの重要な目的があります。
それは、氷衛星の地下に存在すると考えられている海の調査です。

日本が観測装置の一部を担当しているガニメデ高度計“JUICE-GALA”はJUICE衛星とガニメデとの間の距離を測定することで、木星の周りを回るガニメデ衛星の形状変化をとらえて、ガニメデ衛星の地下海構造を明らかにする予定です。

海の有無を調べるだけでなく、熱源や栄養源など、生命に欠かせない要素を探し、地球外生命が存在する可能性を追求することになります。

さらに、木星のオーロラや磁気圏、そして太陽系の衛星で唯一固有の磁場を持つガニメデの周辺環境も調べる計画になっています。
日本は、10個ある観測機器のうち6つの開発やサイエンスに参加しています。

“JUICE”は、今大きな関門を突破し出発しました。
ミッション完了まで10年、この長い期間“JUICE”に何が起こるのでしょうか?

きっと、誰も行ったことのない世界を訪れた“JUICE”は、誰も見たことのないデータを得て、多くの科学成果を届けてくれるはずですよ。
“JUICE”の打ち上げ中継“Juice launch to Jupiter”の録画。(Credit: European Space Agency)


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地球以外では高温の活火山があることが知られている唯一の天体! 木星の衛星イオのマグマの温度は1000度以上ある

2023年03月01日 | 木星の探査
木星を巡るガリレオ衛星の中で最も内側の軌道を公転しているのがイオです。
太陽系の衛星の中では4番目に大きく、半径は1800キロ強と地球の3分の1にもなります。
 木星を周回する4つの大型衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)は、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で発見したので通称“ガリレオ衛星”と呼ばれている。衛星が大きいのでガリレオ手製の低倍率の望遠鏡でも見ることができた。
そのガリレオ衛星の1つであるイオには、太陽系全体で見ても特異な性質があります。

それは、イオが木星や他のガリレオ衛星から潮汐力を受け、内部が加熱されて高温のマグマを放出していることです。

イオは太陽系の衛星の中では、最も火山活動が活発なことが有名で、その表面に確認されている火山は400以上。
そこからは硫黄を含むガスが放出されているようです。

そのガスが凍り付いて地表に降り注ぐことで、イオの表面は黄色やオレンジ、赤といった暖色系の彩の模様で覆われています。

地球以外では、高温の活火山があることが知られている唯一の天体。
このことからも、イオは特異な天体として興味深い観測対象になっています。
図1.NASAの木星探査機“ガリレオ”が1999年7月3日に撮影したイオのトゥルーカラー画像。全体的な黄色っぽい色や表面に見られる複雑な模様は、現在も続く活発な火山活動によって形成されたもの。(Credit: NASA/JPL/University of Arizona)
図1.NASAの木星探査機“ガリレオ”が1999年7月3日に撮影したイオのトゥルーカラー画像。全体的な黄色っぽい色や表面に見られる複雑な模様は、現在も続く活発な火山活動によって形成されたもの。(Credit: NASA/JPL/University of Arizona)

天体そのものが変形させられて熱を持つ現象

木星の巨大な重力による潮汐力が、イオの火山のエネルギー源になっています。

木星を周回するイオの軌道が完全な円形ではないことや、イオが“潮汐ロック”によって常に同じ面を木星に向けていることで、イオは木星に接近すると決まって同一面方向に引っ張られることになります。
 潮汐ロックとは、主星からの潮汐力の影響で自転周期と公転周期が一致し、常に主星に対して同じ面を向け続けている状態。主星の近くを公転している場合など、受ける潮汐力が大きい場合に比較的よくみられる現象。月が地球に同じ面を向けているのも同じ現象。
これにより、木星から遠いときはほぼ球体のイオも、接近するに従って赤道方向に引っ張られ、極端にいえば卵のような形になるんですねー
そして、木星から遠ざかると、また球体に戻っていきます。

これを繰り返すことで発生した摩擦熱によりイオは熱せられているわけです。
このような強い重力により、天体そのものが変形させられて熱を持つ現象を“潮汐加熱”といいます。
 木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドス、海王星の衛星トリトンといった天体では、潮汐作用による惑星内部の過熱“潮汐加熱”を熱源とした低温火山活動によって、地下から水などの物質が噴出していると見られている。
また、木星による潮汐加熱に加え、すぐ周囲をエウロパやガニメデなど、太陽系屈指の大型の衛星が公転しているので、これらの影響も受けることになります。

こうしてイオは変形させられて加熱されることで、火山活動が活発に起きていると考えられています。
図2.NASAの冥王星探査機“ニューホライズンズ”が2007年2月28日に撮影したイオ。宇宙からも見えるほど大規模な噴出を伴う噴火が3か所で起きていて、イオが地球以上に活発な天体であることを示す一つの証拠になる。(Credit: NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Southwest Research Institute)
図2.NASAの冥王星探査機“ニューホライズンズ”が2007年2月28日に撮影したイオ。宇宙からも見えるほど大規模な噴出を伴う噴火が3か所で起きていて、イオが地球以上に活発な天体であることを示す一つの証拠になる。(Credit: NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Southwest Research Institute)

イオには薄い大気が存在している

イオには地球の約10億分の1という、ほんのかすかな大気が存在しています。

その組成は、ほぼ100%が二酸化炭素。
でも、微量成分として一酸化硫黄や塩化ナトリウム、塩化カリウムも検出されています。

特に興味深い成分が塩化ナトリウムと塩化カリウムです。
これらは地球の火山でも検出されている成分です。

塩化ナトリウムと塩化カリウムは蒸発する温度が異なり、その成分比はマグマの温度に反映します。

このことから、イオの大気に含まれる塩化ナトリウムと塩化カリウムも、地球と同じく火山に由来する物質だと考えることができます。

イオの火山活動が薄い大気に与える影響

もし、イオの大気に含まれる塩化ナトリウムと塩化カリウムが火山に由来する物質だとすれば、それはイオのマグマの温度を調べるのに役立つはずなんですねー

塩化ナトリウムと塩化カリウムの大気中の寿命は、モデル計算によればわずか3時間になります。
でも、観測によれば、かなりの長期間にわたってイオの大気中に見つかっているので、火山による継続的な供給が考えられます。

ただ、これ以上の詳しい研究は、これまで行われていませんでした。
この手付かずだった領域に着手したのが、カリフォルニア大学バークレー校のErin Redwingさんたちの研究チームでした。

研究チームが検討を始めたのは、アルマ望遠鏡で観測されたイオのデータのうち、2012年から2018年のデータ。
対象となったのは主目的である塩化ナトリウムおよび塩化カリウムと、イオの大気の主成分である二酸化硫黄の濃度でした。

これらの物質が全て火山由来である場合、そこには相関関係があるはずです。

また、解像度に限界があるものの、これらの空間的な分布を調べて、火山の位置とどの程度関係しているのかも調べられました。

その結果分かってきたのは、大気の主成分である二酸化硫黄の濃度と、塩化ナトリウムおよび塩化カリウムの放出の間には、あまり関係性が見られないこと。
つまり、塩化ナトリウムと塩化カリウムが検出されたときに、二酸化硫黄の濃度は必ずしも上がるわけではないということです。

相関関係が見られない大気の成分

これらの物質は、火山から放出されると考えられることから、一見すると理にかなっていません。

でも2つの仮説から、この不一致を説明することができるんですねー

1つ目の仮説は、二酸化硫黄の一部が火山以外に由来するというものです。

イオの大気における二酸化硫黄の濃度については、赤道から中緯度の地域(緯度30~40度まで)の方が濃いという空間的な偏りがすでに知られています。

二酸化硫黄はイオの表面では凍り付き、霜として表面に堆積しています。
でも、低緯度地域では昼間に蒸発するほど高温になるんですねー
そう、霜の蒸発は火山活動とは無関係なので、相関関係がないことの説明になる訳です。

2つ目の仮説は、マグマの温度の空間的な偏りです。

塩化ナトリウムと塩化カリウムが多く検出されているのは、主に高緯度地域です。
その位置にある火山では、イオの深部に由来するかなり高温のマグマが噴出していると考えられています。

高緯度地域は気温がより低いので、火山から噴出した二酸化硫黄はすぐに凍り付いて霜となり、昼間でもほとんど蒸発しません。

これにより、二酸化硫黄がほとんど放出されていない、という観測結果が得られます。

一方で、二酸化硫黄が凍りにくい低緯度地域ではマグマの温度が低く、塩化ナトリウムや塩化カリウムの放出が少ないことから、相関関係が見られないことも矛盾なく説明が可能になります。

高温の供給源から気体として供給されていた

では、そもそも塩化ナトリウムや塩化カリウムがマグマ由来であるという推定自体は正しいのでしょうか?

これは、塩化ナトリウムと塩化カリウムの比率から推定できます。

イオの塩化ナトリウムに対する塩化カリウムの比率は、太陽系の平均組成の指標となるコンドライトと比べてかなり低いことが分かっていて、表面からのスパッタリングでは説明しづらいことを示しています。

活火山の見られない月や水星でも希薄な大気中で塩化ナトリウムや塩化カリウムが検出されていますが、これはスパッタリング由来であると考えられています。
 スパッタリングとは、宇宙線や太陽風などの高エネルギーな粒子線が岩石表面に照射され原子が放出される現象。
その場合だと、太陽系の平均組成であるコンドライトとそれほど大きなずれのない値として検出されるはずです。

また、低層大気中の塩化ナトリウムに対する塩化カリウムの比率は、高層大気中と比べてわずかに低く、イオから逃げ出すジェットではさらに低くなります。

これは、塩化カリウムが塩化ナトリウムと比べて気体になる温度が200度ほど低いことが理由になっていると考えられます。

気体になる温度が低い分、塩化カリウムは優先してマグマから蒸発するので、低層大気中の存在率は高くなります。

一方で、放出された後は速やかに個体となって落下するので、大気の高層部になればなるほど塩化カリウムの比率は低くなるというわけです。

これらのことからも、高温の供給源から気体として供給されたというマグマ起源説が最も矛盾なく供給源を説明できます。
図3.塩化ナトリウムと塩化カリウムのどちらか、あるいは両方が観測されたときの大雑把な分布図。円の範囲に供給源となった火山があると推定されるものの、解像度の低さとイオの火山分布の高さから、どの火山であるかを確定することは難しい。ただ、高緯度地域の方が噴出が多いなどの傾向を見ることはできる。(Credit: Redwing, et.al.)
図3.塩化ナトリウムと塩化カリウムのどちらか、あるいは両方が観測されたときの大雑把な分布図。円の範囲に供給源となった火山があると推定されるものの、解像度の低さとイオの火山分布の高さから、どの火山であるかを確定することは難しい。ただ、高緯度地域の方が噴出が多いなどの傾向を見ることはできる。(Credit: Redwing, et.al.)
また、これは限定的な証拠ですが、塩化ナトリウムや塩化カリウムの分布は、最近プルーム(火柱)活動のあったいくつかの火山と一致しています。

活火山の密度が高いことや、分解能が荒すぎることから決定的な証拠とはなりませんが、上記の推定と矛盾しない観測結果になります。

これらの証拠から示唆されるのは、イオのマグマの温度が1000度以上の高温であること。
この温度は、これまでの観測結果と一致するものでした。

ただ、この結果はかなり荒い観測結果から推定されたもの。
なので、より高精度な観測結果が得られれば、より詳細なマグマの温度の推定が可能になります。

そうなれば、イオの内部におけるマグマの循環など、かなり広範囲で詳細なダイナミクスが推定できるはずですよ。


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