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小惑星リュウグウから回収した試料の表面に太陽系の磁場情報を記録した新しい組織を発見

2024年05月04日 | 太陽系・小惑星
今回の研究では、探査機“はやぶさ2”が小惑星リュウグウから回収した試料の表面を詳細に調査しています。

その結果、“マグネタイト(磁鉄鉱)”(Fe3O4)粒子が還元して非磁性となった、似た構造の木苺状組織を発見し、“疑似マグネタイト”(疑似Fe3O4)と命名しています。

さらに、それを取り囲むように点在する渦状の磁区構造を持った多数の鉄ナノ粒子からなる新しい組織も同時に発見したそうです。

今回の研究は、“はやぶさ2”の初期分析チームである“石の物質分析チーム”にょる初期分析の一環として行われました。
この研究は、北海道大学 低温科学研究所の木村勇気教授、ファインセラミックセンターの加藤丈晴主席研究員、同・穴田智史上級研究員、同・吉田竜視上級技師、同・山本和生主席研究員、日立製作所 研究開発グループの谷垣俊明主任研究員、神戸大学大学院 人間発達環境学研究科の黒澤耕介准教授、東北大学大学院 理学研究科の中村智樹准教授、東京大学 理学系研究科の佐藤雅彦助教(現・東京理科大学 准教授)、同・橘省吾教授、京都大学大学院 理学研究科の野口高明教授、同・松本徹特定助教たちの共同研究チームが進めています。
本研究の成果は、イギリスのオンライン科学誌“Nature Communications”に掲載されました。
図1.宇宙チリが小惑星リュウグウに衝突した痕跡から、リュウグウ試料と、同試料に記録されていた磁場の渦を電子の波で観察したイメージ。(出所: 東大Webサイト)
図1.宇宙チリが小惑星リュウグウに衝突した痕跡から、リュウグウ試料と、同試料に記録されていた磁場の渦を電子の波で観察したイメージ。(出所: 東大Webサイト)


宇宙風化作用の痕跡

宇宙風化作用の痕跡を調べることで、天体表面の年代に関する情報など、惑星間プロセスを理解できると考えられています。

これまでの試料の初期分析からも、その痕跡として、小惑星内部で水質変質により形成される主要鉱物の“層状ケイ酸塩”が、太陽風や宇宙チリの衝突によって部分的に脱水した組織だということが確認されています。

このように、層状ケイ酸塩に対する宇宙風化作用は徐々に解明されつつあります。
でも、もう一つの重要鉱物であるFe3O4の宇宙風化作用に関する研究は限られていました。

そこで、今回の研究では、宇宙風化作用を受けたFe3O4をさらに詳細に分析しています。

まず、収束イオンビーム加工装置を用いて試料の超薄切片を作成。
宇宙風化作用を受けている試料表面のFe3O4粒子の磁束分布が、ナノスケールの磁場を可視化できる電子線ホログラフィ(EBH)専用電子顕微鏡(TEM)により直接観察が行われました。


天然のハードディスク

さらに、通常のTEMによる微細組織観察、結晶構造解析、元素組成分析、電子エネルギー損失分光分析も実施されています。

超薄切片中のFe3O4粒子の通常TEM像と対応する磁束分布像から、同粒子内には渦状の磁区構造を観察。
同構造は非常に安定していたので、46億年以上にわたって磁場を記録し続けることが可能でした。

つまり、同粒子は初期太陽系の星雲磁場という重要な環境情報を記録している天然のハードディスクと言えます。
図2.試料から切り出されたFe3O4粒子(丸い粒子)。(A)EBHにより得られた磁束分布像。粒子内にある同心円状の縞は磁力線に相当。これは渦状磁区構造と呼ばれ、一般的なハードディスクよりも安定で、46億年以上にわたって磁場の記録を保持できる。(出所: 北大プレスリリースPDF)
図2.試料から切り出されたFe3O4粒子(丸い粒子)。(A)EBHにより得られた磁束分布像。粒子内にある同心円状の縞は磁力線に相当。これは渦状磁区構造と呼ばれ、一般的なハードディスクよりも安定で、46億年以上にわたって磁場の記録を保持できる。(出所: 北大プレスリリースPDF)


磁石としての性質が失われた粒子

また、同じ資料の異なる領域から切り出された超薄切片のTEM像と磁束分布像においても、同様の粒子(水質変質を経験した隕石によく見られるFe3O4粒子からなる“木苺状組織”)が確認されています。

でも、同粒子の磁場計測から示されたのは、渦状構造ではなく、のっぺりとした均質のコントラストだったんですねー

つまり、同粒子はFe3O4に似た組織ですが、実際にはFe3O4の特徴である磁石としての性質が失われていたことになります。

詳細な分析で分かったのは、同粒子はFe3O4と、それが還元することで形成される“ウスタイト”(FeO)の両方の特徴を持っていること。
これまでに知られていないタイプの木苺状組織だったので、疑似Fe3O4と命名されました。
図3.試料から切り出された超薄切片に含まれていた疑似Fe3O4(丸い粒子)。(A)TEM像。(B)大きな四角で示された領域をEBHで観察した結果得られた磁束分布像。粒子内に磁力線に相当する縞模様は見られないので、磁区構造がないことが分かる。オレンジの点線の小さな四角の領域は、画像4(C)に示されている。(出所: 北大プレスリリースPDF)
図3.試料から切り出された超薄切片に含まれていた疑似Fe3O4(丸い粒子)。(A)TEM像。(B)大きな四角で示された領域をEBHで観察した結果得られた磁束分布像。粒子内に磁力線に相当する縞模様は見られないので、磁区構造がないことが分かる。オレンジの点線の小さな四角の領域は、画像4(C)に示されている。(出所: 北大プレスリリースPDF)


太陽系の磁場情報を記録した新しい組織

さらに、その周囲には鉄ナノ粒子が多数存在していて、その磁場も観察。
すると、Fe3O4同様の渦状磁区構造が示され、鉄ナノ粒子も長期間にわたって、その形成時の磁場情報を保持できることが示されました。
図4.疑似Fe3O4の周囲に分布している鉄ナノ粒子。(A)画像3の左上の領域を走査型TEMで撮影した暗視野像(画像3とは白黒が反転)。(B)対応する鉄の分布像。矢印は鉄ナノ粒子。(C)(A)と(B)の中央領域(画像3(A)の小さな四角の領域)の磁束分布像。疑似Fe3O4には磁力線が見られない一方、鉄粒子内には同心円状の渦状磁区構造が見られる。(出所: 北大プレスリリースPDF)
図4.疑似Fe3O4の周囲に分布している鉄ナノ粒子。(A)画像3の左上の領域を走査型TEMで撮影した暗視野像(画像3とは白黒が反転)。(B)対応する鉄の分布像。矢印は鉄ナノ粒子。(C)(A)と(B)の中央領域(画像3(A)の小さな四角の領域)の磁束分布像。疑似Fe3O4には磁力線が見られない一方、鉄粒子内には同心円状の渦状磁区構造が見られる。(出所: 北大プレスリリースPDF)
詳細な組織観察と元素分布から、疑似Fe3O4と鉄ナノ粒子は宇宙チリの衝突による過熱で形成されたこと、1回の衝突で残留磁化計測が可能となる~1万個ほどの同粒子が形成されることが分かりました。

さらに、このような組織の形成条件について、把握済みの試料の正確な物性値を用いた詳細なシミュレーションを実施。
その結果、星雲磁場が消滅した後の時代に、小惑星リュウグウの母天体に直径2~20マイクロメートルの非常に小さい宇宙チリが秒速5キロ以上の速度で衝突することで、同組織が形成されることが分かりました。
図5.宇宙チリが小惑星リュウグウ表面へ衝突する様子の一例(時間経過は左→右)。最終的な温度が色で示されている。黄色領域ではFe3O4が熱で分解して還元される。衝突体の半径と同程度の厚みまで加熱されていることが分かる。国立天文台天文シミュレーションプロジェクトの計算機を使用してシミュレーションが行われた。(出所: 北大プレスリリースPDF)
図5.宇宙チリが小惑星リュウグウ表面へ衝突する様子の一例(時間経過は左→右)。最終的な温度が色で示されている。黄色領域ではFe3O4が熱で分解して還元される。衝突体の半径と同程度の厚みまで加熱されていることが分かる。国立天文台天文シミュレーションプロジェクトの計算機を使用してシミュレーションが行われた。(出所: 北大プレスリリースPDF)
これにより、同組織は、水質変質が終わった後の時代における太陽系の磁場情報を記録した新しい組織だと結論付けられました。

今回発見された鉄ナノ粒子は、高い磁気安定性を示す渦状磁区構造を有していて、衝突時に形成された当時の磁場情報を記録している可能性があります。
このことから、初期太陽系のより幅広い磁場環境の理解につながることが、今後期待されます。


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小惑星の軌道を意図的に変更するミッションで予想外の結果! 少なくとも4個の岩が火星に衝突する可能性があるようです

2024年04月29日 | 太陽系・小惑星
小惑星の軌道を意図的に変更できるかどうかを検証したミッションがありました。
それは、NASAの小惑星軌道変更ミッション“DART”で、目標天体となった小惑星の衛星“ディモルフォス”の公転軌道を変更することに成功しています。

ただ、実験では事前に予測されていない結果をもたらしているんですねー
その一つが、幅数メートルの岩がいくつも飛び出したことでした。

今回の研究では、DARTミッションで飛び出したことが観測された37個の岩の軌道を追跡。
そのうち4個が、将来的に火星に衝突する可能性があることを突き止めています。

この分析結果は、地球や火星に衝突する小さな天体の起源を考察する上で、重要なものになるようです。
この研究は、地球近傍天体調整センター(NEOCC)のMarco Fenucciさんとイタリア国立天体物理学研究所(INAF)のAlbino Carbognaniさんたちの研究チームが進めています。
図1.ハッブル宇宙望遠鏡によって撮影された65803番小惑星“ディディモス”の周りを公転する衛星“ディモルフォス”から飛び出した37個の岩(丸囲み中の公転)。直径は1~7メートルと推定されている。(Credit: NASA, ESA, David Jewitt(UCLA) & Alyssa Pagan(STScI))
図1.ハッブル宇宙望遠鏡によって撮影された65803番小惑星“ディディモス”の周りを公転する衛星“ディモルフォス”から飛び出した37個の岩(丸囲み中の公転)。直径は1~7メートルと推定されている。(Credit: NASA, ESA, David Jewitt(UCLA) & Alyssa Pagan(STScI))


小惑星に人工物を衝突させて軌道を変化させるミッション

今から約6600万年前に起きた白亜紀末の大量絶滅は、小惑星の衝突によって引き起こされたという説が有力視されています。

もし、同じような天体衝突が起きれば、現在の文明は壊滅的なダメージを負うことになるので、喫緊の課題ではないにしても、天体衝突を回避する方法の模索が続けられています。

現在の技術で最も現実的な方法の一つは、人工物を高速で小惑星に衝突させて、その運動エネルギーで軌道を変化させるというもの。
NASAの小惑星軌道変更ミッション“DART”は、まさにこの手法が可能かどうかを調べるために行われたものでした。
図2.衝突前に撮影されたディモルフォスの表面(補正画像)。(Credit: DART, NASA / Edit: Eydeet)
図2.衝突前に撮影されたディモルフォスの表面(補正画像)。(Credit: DART, NASA / Edit: Eydeet)
DARTミッションで検証されたのは、65803番小惑星“ディディモス”の周りを公転する衛星“ディモルフォス”に探査機本体を衝突させて、その公転軌道を変化させられるかどうかでした。

ディモルフォスに探査機を衝突させたのは2022年9月26日のこと。
観測は宇宙と地上の両方で行われ、衝突の結果には予想外なものが含まれることになります。

その一つが公転軌道の縮小による公転周期の短縮です。
予測では約10分とされていましたが、実際には3倍以上の約33分にもなりました。

これほど予想がズレた理由として考えられるのは、ディモルフォスが一塊の岩ではなく、無数の小さな岩が緩く結合した構造をしていることです。
このような構造をしていると、衝突後の影響をシミュレーションで正確に推定することが困難になります。
図3.探査機がディモルフォスに衝突したシミュレーションの一例。(Credit: S. D. Raducan, et al.)
図3.探査機がディモルフォスに衝突したシミュレーションの一例。(Credit: S. D. Raducan, et al.)
予想外な結果は他にもあります。
それは、ディモルフォスから飛び散った岩でした。

ディモルフォスから飛び出した直径1~7メートルの岩の合計は37個もあり、それらはハッブル宇宙望遠鏡の観測により追跡されています。(※1)
これほど大きな岩が多数飛び出すことも、事前に予測されていないことでした。
※1.ただし観測能力の限界により、正確に推定可能な直径の最小値は4メートルとされている。
これらの岩は衝突時のエネルギーによって直接飛び出したのではなく、緩く結合した岩片で構成されているディモルフォス全体が衝突の衝撃によって揺さぶられた時の反動で飛び出したと考えられています。


少なくとも4個の岩が火星に衝突する可能性がある

今回の研究では、飛び出した岩の運命を確かめるために、2万年後までの公転軌道の変化を推定しています。

これほど小さな天体の公転軌道を正確に推定することは、通常なら不可能です。
でも今回の場合は、ディモルフォスという明確な基準点と、そこから飛び出した正確な時間が分かっていたので、より正確な公転軌道が計算でき、この研究を進めることを可能としています。
図4.ディモルフォスから飛び出した岩が、地球(左側)および火星(右側)の中心に対して、どれくらい接近するのかをシミュレーションしたもの。火星に対しては、その半径以下まで接近する。つまり、衝突する可能性が示されている。(Credit: M. Fenucci & A. Carbognani)
図4.ディモルフォスから飛び出した岩が、地球(左側)および火星(右側)の中心に対して、どれくらい接近するのかをシミュレーションしたもの。火星に対しては、その半径以下まで接近する。つまり、衝突する可能性が示されている。(Credit: M. Fenucci & A. Carbognani)
37個の岩について、誤差を考慮してシミュレーションを繰り返して分かったのは、少なくとも今後2万年間は地球に衝突しないこと。(※2)
でも火星には、少なくとも4個の岩が衝突する可能性があることが分かりました。
※2.最も近づくのは約2500年後で距離は約300万キロ。
そのうちの2個は約6000年後に、残りの2個は約1万5000年後に衝突する可能性があります。

直径数メートルの岩が衝突した場合、地球では大気圏で完全に燃え尽きるか、小さな破片しか残らないはずです。
でも、火星には地球の約0.75%という薄い大気しかないので、ほとんど抵抗を受けずに落下する可能性があります。

本研究では、この影響も検証していて、岩が比較的頑丈な場合は、ほとんど質量を失わずに地表へ落下。
地表には、直径200~300メートルものクレーターが形成されると予測しています。

ただ、ディモルフォスの岩が頑丈かどうかは明確になっていません。
予想以上に脆い場合は空中で砕けてしまい、地表に明確な影響が現れない可能性もあります。

火星の地表には、今のところ生命は見つかっていませんが、数千年後には人類が火星に基地を設けている可能性は十分にあります。
そして、このような直径数メートルの小さな天体を観測することは非常に困難です。

遠い将来の話になるものの、十分な大気に保護されていない火星の地表にある基地は、たとえ小さな天体であっても衝突リスクを抱えることになりますね。


地球に落下する天体の起源

今回の研究結果は、地球に落下する天体の起源に関しても、興味深い洞察を与えてくれています。

地球には毎日数万個もの天体が落下していて、そのうちの10個から50個ほどは隕石として地表に到達していると推定されています。
これらの隕石の起源については、伝統的に火星と木星の間にある小惑星帯の小惑星が起源だと見なされてきました。

でも、観測能力の向上によって、地球のすぐ近くを通過する“地球近傍小惑星”の存在が明らかになると、地球近傍小惑星から飛び出した破片が隕石として落下しているのではないかという説が出てきます。

例えば、落下前に宇宙空間で発見された珍しい小惑星の一つ“2018 LA(隕石名はモトピ・パン隕石)”です。

当初、“2018 LA”は小惑星帯にある4番小惑星“ベスタ”が起源だと考えられていました。
でも、その後の研究で、地球近傍小惑星である直径約500メートルの454100番小惑星“2013 BO73”が起源ではないかとする説も出てきています。
図5.小惑星“2018 LA”の破片の一つ(モトピ・パン隕石)。当初は小惑星帯に起源があると考えられていたが、後の研究では地球近傍小惑星を起源としているという説が出ている。(Credit: SETI Institute)
図5.小惑星“2018 LA”の破片の一つ(モトピ・パン隕石)。当初は小惑星帯に起源があると考えられていたが、後の研究では地球近傍小惑星を起源としているという説が出ている。(Credit: SETI Institute)
ある研究では、直径約100メートルの小惑星に直径約1メートルの小天体が衝突した時の衝撃で拡散した破片の一部が地球へ落下したものが、時々地表で隕石として見つかると推定してます。
その割合は、火球の約4%とするものもあれば、見つかっている隕石の約40%、あるいは約70%とするものすらあります。

一方、DARTミッションでは、質量約570キロの探査機本体が直径約170メートル・質量約400万トンのディモルフォスに秒速約6.6キロで衝突した結果、直径数メートルの岩が複数飛び散っています。

この時のエネルギーは、直径約100メートルほどの小惑星に直径約1メートルの小天体が衝突する”いうシチュエーションの約16分の1ですが、それでも十分に似た状況が発生し得ることを示しています。

現在の技術では、直径約100メートルの小惑星でも単独で発見することは困難です。
まして、直径約1メートルの小天体を発見して正確な公転軌道を予測できたのは、事実上DARTミッションが初めての事例となります。(※3)
今回行われた岩の長期的な軌道予測が、地球で見つかる隕石の起源推定に影響を与えてくれるといいですね。
※3.地球に極めて接近し、あるいは衝突した一部の小惑星は、直径約数メートル程度だと推定されている。でも、こうした小惑星の観測回数は限られていて、その軌道は極めて荒くしか予測できないので、起源を推定するのは困難となる。


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太陽系外縁天体は数十億年に渡ってほとんど変質を受けていない原始的な天体なのか? 小惑星アロコスの内部構造をモデル化した研究

2024年04月22日 | 太陽系・小惑星
太陽系の8つの惑星のうち、最も外側を公転している海王星の公転軌道のさらに外側。
そこには、“太陽系外縁天体”(※1)と呼ばれる天体が無数あります。
※1.元の論文では、アロコスなどのような天体を“カイパーベルト天体(KBO)”と表現している。ただ、エッジワースとカイパーが予測した天体の存在や分布は、現在知られているものとは大きく異なっていて、この名称には異論もある。最近では、正確にはイコール関係ではないものの、ほぼ同義語かつ中立的な語として“太陽系外縁天体”という呼称が使われる傾向にので、ここでは太陽系外縁天体と表現を使用している。
その太陽系外縁天体は、形成時に取り込んだ揮発性物質(低温でも蒸発しやすい成分)を、現在でも保持しているのではないかと考えられています。

でも、揮発性物質がどのような形で保持されているのか、あるいはどのようにして徐々に失われているのか、その詳細はこれまでよく分かっていませんでした。

今回の研究では、NASAの冥王星探査機“ニューホライズン”が接近探査を行った486958番小惑星アロコスの観測データを元に、内部構造をモデル化した研究を行っています。

その結果判明したのは、アロコスのような小さな天体では地下の奥深くで気化した一酸化炭素が滞留し、それ以上の揮発が抑えられている可能性があることでした。
このことが示しているのは、アロコスのような非常に原始的な天体が、失われやすい物質を保持し続けている可能性です。(※2)(※3)
※2.今回の研究のように、ほとんど真空の環境での揮発性物質の相転移は、固体から気体へ、気体から固体へと直接変化する。固体から気体の相転移を“昇華”、気体から固体への相転移を“凝華”と呼び、厳密にこれで表現するのが正しい。本記事内では分かりやすさを優先し、この表現を使用していない。

※3.今回の研究でモデル化された天体内部では、一酸化炭素の気化“昇華”と固化“凝華”がほぼ同じスピードで起こっているので、見た目の上では一酸化炭素の気化が抑えられている状態となっている。本来はこの“平衡状態”で表現することが正しい。本記事内では分かりやすさを優先し、この表現を使用していない。

この研究は、ブラウン大学のSamuel P. D. BirchさんとSETI協会のOrkan M. Umurhanさんの研究チームが進めています。
図1.NASAの冥王星探査機“ニューホライズン”の撮影画像と観測値によって作成された小惑星アロコスのトゥルーカラー画像。(Credit: NASA, Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory, Southwest Research Institute & Roman Tkachenko)
図1.NASAの冥王星探査機“ニューホライズン”の撮影画像と観測値によって作成された小惑星アロコスのトゥルーカラー画像。(Credit: NASA, Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory, Southwest Research Institute & Roman Tkachenko)


数十億年に渡ってほとんど変質を受けていない原始的な天体

太陽とその周囲の天体は、今から約46億年前に誕生したと言われています。
対して、小惑星や彗星のような小さな天体は、数十億年に渡ってほとんど変質を受けていないと推定されています。

それでも、試料の採取に成功した小惑星イトカワやリュウグウの物質を分析すると、いくらかの変質の痕跡が見つかっています。
では、イトカワやリュウグウよりもさらに変質を受けていない、原始的な天体はあるのでしょうか?

例えば、有力な候補と言えるのが、海王星よりも太陽から遠い場所を公転する“太陽系外縁天体”です。

太陽系外縁天体は、誕生時から現代にいたるまで太陽から非常に離れた場所を公転しています。
なので、熱など重大な変質を経験していないと見られています。

太陽系外縁天体の一部は、まれに公転軌道が大きく変化して太陽の近くを通過する場合あります。
すると、揮発性物質が蒸発して一時的な大気や尾が形成されることに、これが彗星と呼ばれる天体です。

彗星は詳細な研究が可能ですが、太陽の近くに長期間いた結果、ある程度の揮発性物質を放出していて、原始的な物質は失われていると考えられます。

一方、一酸化炭素は二酸化炭素と比較して蒸発しやすく、かなり早い段階で蒸発しきってしまうと考えられます。

実際に観測された彗星の大気に含まれる一酸化炭素の量は、二酸化炭素と比べると極めて少ない量しかありませんでした。
わずかな一酸化炭素は、蒸発しにくい氷の微細な隙間に含まれているものが少しずつ湧き出していると推定されています。


“ニューホライズン”による小惑星アロコスの接近観測

もし、太陽系外縁天体が非常に原始的な天体だとすると、そこには固体の一酸化炭素が大量に保持されていることが考えられます。

一酸化炭素はその大部分が保持されつつも、数十億年かけて少しずつ蒸発していきます。
このため、太陽系外縁天体からはわずかながらも観測可能な一酸化炭素の大気や、その流出が観測されるはずです。

ただ、太陽系外縁天体は文字通り太陽系の外縁部にあるので、このような観測はこれまでできていませんでした。

今のところ、唯一の観測記録となっているのがNASAの冥王星探査機“ニューホライズン”による小惑星アロコスの接近観測です。
“ニューホライズン”は2015年に史上初となる冥王星への接近探査を終えた後、2019年1月1日にアロコスへの接近探査を行っています。

アロコスはその小ささなどから、形成後にほとんど変質を受けていない、まさに原始的な太陽系外縁天体だと考えられています。
このため、“ニューホライズン”の接近探査という貴重な観測機会では、アロコスから流出する一酸化炭素の検出が期待されていました。
観測の結果、アロコスの観測データからは一酸化炭素が見つず… 予想外の発見となりました。

この結果を単純に適用すると、実はアロコスは全く原始的ではなく、大きく変質した天体なのかもしれません。
でも、アロコスの物理的な外観や表面を観測してみると、公転軌道などは、アロコスが今と同じ軌道を長期間維持していて、ほぼ何も変化していないことを示していました。


なぜ一酸化炭素は検出されなかったのか

今回の研究では、アロコスのような小さな太陽系外縁天体の内部構造をモデル化。
これにより、一酸化炭素が検出されなかった理由を調べています。

このような小さな天体は、小さな岩石の粒が緩く結合してスポンジのような隙間の多い多孔質構造を形成していると考えられています。

そこで、研究チームが行ったのは、一酸化炭素の固体を含む多孔質構造の天体の中で、蒸発して気体となった一酸化炭素の挙動の解析でした。
その結果、表面に近い部分からは一酸化炭素が逃げ出す一方で、地下深くでは多孔質構造の隙間に徐々に溜まり、宇宙空間へ逃げ出す量はあまり多くないことが分かりました。
図2.今回の研究で作成された太陽系外縁天体のモデル。多孔質構造の内部では時間が経っても一酸化炭素が滞留していて、固体から気体への変化が抑えられていることが予測される。(Credit: SETI Institute)
図2.今回の研究で作成された太陽系外縁天体のモデル。多孔質構造の内部では時間が経っても一酸化炭素が滞留していて、固体から気体への変化が抑えられていることが予測される。(Credit: SETI Institute)
この状態は、まるで天体の内部で地下大気が形成されているかのようです。
このような場所では、一酸化炭素がこれ以上気化することが抑えられます。
そして、変化に乏しい地下深くの一酸化炭素は、めったなことでは宇宙空間へと逃げだすことはないはずです。

このモデルを見る限りでは、誕生から十分に時間が経過したアロコスは、表面に近い部分で一酸化炭素が枯渇。
一方、地下深くの一酸化炭素は滞留して逃げ出さないことになります。

このようなプロセスがアロコスで起こっていたので、“ニューホライズン”の接近観測では一酸化炭素を検出できなかったのかもしれません。
その場合、アロコスは真に原始的な天体で、一酸化炭素に限らず形成当時の揮発性物質が大量に保存されている可能性があります。

今回のモデルが妥当かどうかを検証するのに必要となるのは、アロコスと似たような性質を持つ天体を複数観測することです。

2021年12月に打ち上げられ運用が始まっているジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、遠く離れた天体に探査機を送り込まなくても、太陽系外縁天体の一酸化炭素や二酸化炭素の流出を観測できる性能を持っています。

高い赤外線感度と高性能な分光器を持つジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、遠方の深宇宙だけでなく、見た目の移動速度が速い太陽系内の天体を追跡して詳細な観測が行えることも強みにしているんですねー

アロコスのような天体が本当に原始的なのか、案外早く判明するのかもしれませんね。


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太陽系の外側に広がるエッジワース・カイパーベルトはどこまで広がっている? 冥王星よりもずっと遠くでもチリは減少しないようです

2024年04月05日 | 太陽系・小惑星
太陽系の外側には冥王星などの氷天体が無数にあり、それらが密集したエッジワース・カイパーベルトという領域を作っています。

ただ、エッジワース・カイパーベルトがどこまで広がっているのかは、よく分かっていません。
これまでの予測では、太陽から約75億キロを超えた距離で天体の密度が低くなり始めること。
その場合、空間内にあるチリの量も少なくなるはずでした。

今回の研究では、NASAの冥王星探査機“ニューホライズンズ”の観測データを分析しています。
その結果、チリが減少すると予測された距離を超えても、ほとんど低下していないことを突き止めました。

この結果が示しているのは、エッジワース・カイパーベルトが予想よりも遠くまで広がっている可能性があること。
ひょっとすると、外側にもう一つエッジワース・カイパーベルトが存在するのかもしれません。
この研究は、コロラド大学ボルダー校のAlex Donerさんたちの研究チームが進めています。
図1.天体同士の衝突でチリが発生している様子。実際の太陽系外縁部は、これほど埃だらけではないが、それでも測定可能な量のチリが存在している。(Credit: Dan Durda, FIAAA)
図1.天体同士の衝突でチリが発生している様子。実際の太陽系外縁部は、これほど埃だらけではないが、それでも測定可能な量のチリが存在している。(Credit: Dan Durda, FIAAA)


エッジワース・カイパーベルトはどこまで広がっているのか

海王星の外側には、冥王星などの氷天体が無数に存在していることが分かっています。

火星と木星の間にある小惑星帯のように天体が密集していることや、このような天体があることを予測したケネス・エッジワースとジェラルド・カイパーに因み、これらの天体が分布する領域は“エッジワース・カイパーベルト”、天体そのものは“エッジワース・カイパーベルト天体”と呼ばれています。(※1)
※1.ただし、エッジワースとカイパーが予測した天体の存在や分布は、現在知られているものとは大きく異なっていて、この名称には異論もある。最近では、正確にはイコール関係ではないものの、ほぼ同義語かつ中立的な語として“太陽系外縁天体”という呼称が使われる傾向にある。ここでは、天体が複数集合して構造を作っていることが分かりやすい表現であることや、原著論文でこの語が使用されていることに基づき、エッジワース・カイパーベルトと表記している。
太陽から遠く離れた場所にあるエッジワース・カイパーベルトを観測することは困難で、本格的に観測できるようになってからまだ30年程度しか経っていません。
このため、エッジワース・カイパーベルトが、どこまで広がっているのかは現在も分かっていません。
図2.チリを観測する“ヴェネチア・バーニー学生微粒子計数器”の設置前の写真。(Credit: NASA's New Horizons space mission)
図2.チリを観測する“ヴェネチア・バーニー学生微粒子計数器”の設置前の写真。(Credit: NASA's New Horizons space mission)
科学研究の空白地帯となっているエッジワース・カイパーベルトに切り込んでいる一例として、NASAの冥王星探査機“ニューホライズンズ”があります。

世界で初めて冥王星のフライバイ(※2)を行った“ニューホライズンズ”は、その後もいくつかの延長ミッションを行っています。

その一つは、“ヴェネチア・バーニー学生微粒子計数器(VBSDC; Venetia Burney Student Dust Counter)”を使用した、太陽系外縁部のチリの量を測定するものです。

“ヴェネチア・バーニー学生微粒子計数器”は天王星軌道よりも遠くのチリを数える初の観測機器で、これまで誰も知らなかった情報を得ることができます。
例えば、チリは天体同士の衝突で発生するので、チリの量を測定すれば間接的に天体の量を知ることができました。
※2.探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言い、使い分けている。


太陽系の外側には無数の天体がひしめいている?

今回の研究では、“ニューホライズンズ”に搭載された“ヴェネチア・バーニー学生微粒子計数器”の観測データを分析。
冥王星よりもずっと遠くの距離に当たる、太陽から約68億~83億キロの間で測定されたチリの量を調べています。

これまでの研究で予測されていたのは、エッジワース・カイパーベルト天体の数の減少によって、約75億キロの距離からチリの量が減少する境目があること。
もし、予測通りなら、今回の分析でチリの減少が観測されるはずでした。

ところが、今回の分析で分かったのは、測定された領域内でのチリの減少が、ほとんど観測されていないことでした。

チリの計測値に基づくと、エッジワース・カイパーベルトの領域が約90億キロを超えていることは確実。
実際の境目は約120億キロか、それ以上の領域に広がっていることが推定されます。

あるいは、エッジワース・カイパーベルトは1つのベルト構造ではなく、内側と外側に1つずつベルトが存在する可能性もあります。
これは、あくまでも仮設で、チリの量が多い理由は他にある可能性もあります。

例えば、太陽放射やその他の何らかの理由で、チリが約75億キロよりも外側へ効率的に運ばれているのかもしれません。
現在のモデルでは予測されていない、寿命の短い氷の粒が生成されている可能性もあります。

ただ研究チームでは、チリの減少が観測されない理由として、これらの仮設が成立する可能性は低いと考えています。

むしろ、すばる望遠鏡のようないくつかの望遠鏡は、これまでのエッジワース・カイパーベルトを大幅に超えた天体をいくつも見つけています。

今回の分析結果は、太陽系の外側には実際に無数の天体がひしめいている可能性が高いことを裏付ける成果となります。

現在、“ニューホライズンズ”は2回目の延長ミッションに入っていて、2040年代に太陽から約150億キロの距離を超えて観測を行うことが予定されています。

もし、この距離でもチリの量が測定できた場合、今回の研究で推定されたエッジワース・カイパーベルトの境目が本当にあるのかどうかを知ることができるはずです。


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過去の地球の公転軌道を予測することは想像以上に困難! 恒星の接近を考慮したモデルの検証で分かったこと

2024年03月30日 | 太陽系・小惑星
地球の公転軌道は、長い時間の中で少しずつ変化することが知られています。
過去に起きた極端な気候変動は、この公転軌道の変化が原因となっているのかもしれません。

でも、公転軌道の変化を数学的に解析することは困難なんですねー
これまの研究でも、過去の公転軌道を正確に予測できるのは、5000万~1億年前までが限界だと考えられてきました。

今回の研究では、正確な軌道予測を行うため、太陽系の近くを恒星が通過したことで、巨大惑星の軌道が乱される影響を考慮しています。
その結果、5000万年より短い期間であっても、正確な軌道予測が困難なことを突き止めています。

恒星が通過することは、これまでの計算ではあまり考慮されていなかったことでした。
この研究により、地球の公転軌道を正確に予測できる期間は、さらに約10%ほど短くなるようです。
この研究は、オクラホマ大学のNathan A. Kaibさんとボルドー大学のSean N. Raymondさんの研究チームが進めています。
図1.恒星“HD 7977”の接近を考慮した地球の公転軌道の変化の計算結果。1点1点が、特定の時点での公転軌道の性質(軌道離心率と近日点引数)の数に基づいてプロットされている。それだけ推定に幅があることを示している。(Credit: N. Kaib / PSI)
図1.恒星“HD 7977”の接近を考慮した地球の公転軌道の変化の計算結果。1点1点が、特定の時点での公転軌道の性質(軌道離心率と近日点引数)の数に基づいてプロットされている。それだけ推定に幅があることを示している。(Credit: N. Kaib / PSI)


惑星の公転軌道の変化

2024年は閏(うるう)年なので、前後の年と比べると1年の長さが1日だけ違います。
ただ、これは地球の公転軌道が変化したわけではなく、地球の1年には約365.242日と端数があるので、その調整のために設けられた日数です。

実際、地球やその他の惑星の公転軌道は安定しています。
このため、公転の周期や軌道の形、およびそれらの変化率など、といった公転に関する数値は、短期的にはほぼ固定の値と見なしても問題はありません。

でも、数千万年以上という長い時間スケールになると、そういう訳にもいきません。

太陽とすべての惑星は、お互いに重力で引っ張り合っているので、公転軌道の性質はごくわずかながら変化していきます。
短期的には無視できるほどの小さな変化も、数千万年以上という長い時間スケールとなれば、大きな変動として顕在化することになります。

このような惑星の公転軌道の変化のように、初期条件のごくわずかな違いが、最終的に予測できないほど大きな結果の違いをもたらす数学の分野を“カオス力学”と呼びます。


地球の気候の変化

カオス力学が適用される非常に身近な例に天気予報があります。
明日の天気はほぼ正確に予測できても、1週間後の天気予報は大きく外れてしまう。
これは、気象現象がカオス力学の典型的なケースだからです。

惑星の公転軌道も本質的にカオス力学になるので、はるかに遠い昔や未来の公転軌道を予測することは本質的に不可能です。

効率の良い計算方法の開発やコンピューターの計算能力の向上によって、予測できる範囲はどんどん広くはなっています。
それでも、過去の地球の公転軌道を正確に計算できるのは、これまで約5000万~1億年前までが限界だとされてきました。

このような公転軌道の変化で特に関心がもたれるのは、どの程度のきつい楕円形になるかです(軌道離心率の変化)。
これは、公転軌道がより楕円形になれば、太陽に対して最も近づく時と最も遠ざかるときの差が大きくなるので、地球の気候を直接変化させる可能性もあるからです。

特に関連性が指摘されているのは、今から約5600万年前に起きた“暁新世~始新世温暖化極大”です。
この頃の地球の平均気温は、現在より5~8度も高く、多くの生物に絶滅または生息域の拡大という影響を与えたと言われています。

暁新世~始新世温暖化極大が起こった理由は、具体的な証拠が見つかっていないので不明です。
ただ、地球の公転軌道の変化は証拠が残りにくいので、逆説的に有力な候補になっています。


太陽の近くを通過する別の恒星の存在

今回の研究では、惑星の公転軌道の変化に関する計算に、重要な前提が欠けていることを指摘しています。

公転軌道の変化に関する多くの計算では、太陽系内の天体の動きのみを考慮していて、周りには何もないことを前提としています。
これは、前提条件を簡単にすることで、コンピューターの計算時間を短くするための工夫でした。

ただ、実際の太陽系は孤立しておらず、天の川銀河の中を周回しているんですねー
ただ、このことを考慮すると計算があまりにも複雑になってしまうので、これまであまりタッチできない領域となっていました。

天の川銀河に属する個々の恒星は、銀河の中をほぼ同じような向きと速度で運動していますが、実際にはわずかな違いがあります。

このため、太陽の近くを別の恒星が通過することがあります。
その距離は、100万年ごとに約0.8光年(5万au/7兆5000億キロ)以内、2000万年ごとに約0.2光年(1万au/1兆5000億キロ)以内と言われています。

恒星がここまで接近すると、太陽系の外側を公転する4つの巨大惑星(木星・土星・天王星・海王星)の軌道を、ごくわずかながら変化させると考えられています。
例えば、海王星の公転軌道の現在の形は、その約3分の1が、過去数十億年の間に接近したいくつもの恒星の影響だと考えられています。

巨大惑星はそれだけ重力が強いので、巨大惑星の公転軌道が乱されれば、内側を公転する地球などの公転軌道を乱すことに繋がることになります。


惑星軌道の予測モデルに恒星の存在は必須

本研究では、惑星の公転軌道の予測モデルに恒星の通過を加えたシミュレーションを行っています。
使用したモデルでは、100万年当たり18個の恒星が1パーセクト(約3.3光年)以内を通過すると仮定していました。

その結果、恒星の通過による巨大惑星の公転軌道の変化、それによって起こる地球の公転軌道の変化は、かなり大きいことが分かりました。

特に注目されたのは“HD 7977”という恒星の接近でした。
太陽とほぼ同じ質量を持つ“HD 7977”は、約280万年前に太陽に接近したと考えられています。

ただ、接近距離の推定には幅があり、最も近い場合では約0.06光年(4000au/6000億キロ)、最も遠い場合では約0.5光年(3万1000au/4兆5000億キロ)と推定されています。
図2.恒星“HD 7977”の接近を考慮したモデル(左側)と考慮しないモデル(右側)での計算結果の比較。恒星の通過を考慮したモデルでは、考慮しないモデルと比べて、予測される地球軌道に大きな幅があることを示している。(Credit: N. Kaib / PSI)
図2.恒星“HD 7977”の接近を考慮したモデル(左側)と考慮しないモデル(右側)での計算結果の比較。恒星の通過を考慮したモデルでは、考慮しないモデルと比べて、予測される地球軌道に大きな幅があることを示している。(Credit: N. Kaib / PSI)
研究チームでは、“HD 7977”の接近距離について、様々な過程を考慮してシミュレーションを実施。
すると、接近距離が比較的近い場合、地球の公転軌道の変化が早い段階で予測が困難になることが分かりました。

接近距離の推定に幅があることも考慮して総合的に考えると、地球の公転軌道について精度の高い推定が可能な期間は最大で約10%短くなると研究チームは考えています。

約5600万年前の暁新世~始新世温暖化極大は、5000万年前までは地球の公転軌道が正確に予測できるという前提の下、公転軌道の変化が原因だという説が提唱されました。

でも、今回の研究で示されたように、正確に予測可能な範囲が1割も短くなってしまうと、前提の一部が成立しないことになります。
これまでの説を否定するほどの重大な問題ではないものの、これは留意すべき結果と言えます。

今回の研究が示しているのは、これまでのモデルで省かれてきた恒星の影響を盛り込むことの重要性でした。

計算の困難さや、時間がかかり過ぎる問題は、技術革新によって徐々に改善されています。
恒星の接近距離の不確実さも、より正確な観測によって縮まるはずです。
今後の惑星軌道の予測モデルでは、恒星の存在は必須となるかもしれません。


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