雨から晴れへ。12-9℃
昨夜、最後の強制給餌をし、
その深夜から激しく振り出し、天窓を打つ雨の音を早朝まで聴きながら、
「このまま、朝が来なければいい」と思ったり、
だが、この雨の暗い中、打たれ続けている動物は、「早くこの夜と、雨が明ければいい」と思っているのだな…と。
今朝も猫は張り切って起きている。
私すら、ご飯も何も状態でも、「ご飯ください」と体当たりで甘えてくる。
猫の強制給餌を優先しなければ、どうしようもならない。
生き物の死生観はわからないけど、おそらくは、自分が弱り、やがては死ぬ事はわからなくても、
段々と扱いが雑にされている、関心が薄くなる、飼い主の愛情が減っていくのは、わかるのではなかろうか?
やはり手厚くお世話すると、例えば、顔の表情筋を、飛ぶための軽量化にそぎ落とした鳥ですら、嬉しそうである。
自分の過労と共に、ぞんざいな扱いになっていってしまう、この葛藤。
24時間中、これに数時間かければ、体力、余力が無い、運動も、練習も出来ない訳だから。でも、長引きそうなのだ。
そして、解決策は死、
他に方法なんぞ無いのだ。その日まで、止める事も、逃げる事も出来ない。
色々したあと、ようやく練習して、あっ!という間に日が暮れる。
いつも通りのパターン。
日が暮れて、猫がお腹を空かせ、
そして、強制給餌。
深夜も、もう一回。
(その他、今日は親が大腿骨骨折騒ぎ有り入院、色々悩ましい日々です、書けることだけ書く。)
さて、
今日は紅玉をホットケーキに投入。林檎はレンジでチン、あらかじめ加熱、焼き林檎(風)にする。
Costcoのホットケーキミックスは水だけでも美味しいが、カロリー上がっても、敢えて蛋白質の卵、豆乳を入れる。もしくは水切りヨーグルトなど。
そうしないと糖質だけ、バクバク補給になると思うからです。
以前にも書きましたが、焼き林檎で思い出すのが、オトフリート・プロイスラーの「小さい魔女」、去年は映画化もされたようです。
魔女が冬ごもりで暖炉の前でパチンと指を鳴らすと、地下室から、貯蔵した林檎がゴロゴロ歩いてきて、暖炉に飛び込み、焼き林檎になるんじゃなかったかな?
映画『小さい魔女とワルプルギスの夜』本予告
ホットケーキの種の上に並べ、(綺麗に並べても見えないが)更に被せる。で、ごく弱火で焼くのですが、ガスコンロの中心部に火があるので、どうしても真ん中に焦げが出来てしまう。
裏もです。
横から、火は完全に通っています。
ある意味、保存容器代わりに、焼いたまま置きっぱなしでもいい、ラップいらずw
切り分けてみます、裏も表も真ん中が焦げたので、中まで焦げたかと思いきや、全然大丈夫。
表面だけです。
貰い物の皿に。(皿は全部貰い物と言い切れるw)
で、かなり美味しい。お昼はこの一切れと、ソイラテで済んでしまった。
そうそう、甘味が足りないと思えば、何か塗る、太ってもかまわないのなら。アイスを添えるとか。甘味のあるスプレッドとか。
あと、林檎でなくても、バナナとかでも良いのでは?と思ったり。
以前にも書きましたが、こういう発酵させない、ベーキングソーダを使ったクイックブレッドは、ジョン・スタインベックの「朝食」を、思い出させます。
いためたベーコンを深い脂のなかからすくい上げて錫の大皿にのせた。
ベーコンは、かわくにつれてジュウジュウ音を立てて縮みあがった。
若い女は錆びたオーブンの口をあけ、分厚い大きなパンがいっぱいはいっている四角い鍋をとり出した。
あたたかいパンのにおいが流れると、男たちは二人とも深く息を吸い込んだ。
若者は、ひくい声で、「こいつはたまらねえ!」と言った。
私たちは、めいめいの皿にとりわけて、パンにベーコンの肉汁をかけ、コーヒーに砂糖を入れた。
老人は口いっぱいにほおばって、ぐしゃぐしゃとかんでは、のみこんだ。 それから彼は言った。「こいつはうめえや」
若者が言った。「おれたちはこれで十二日間もうまいものを食っているんだ。」
私たちはコーヒーかすのたまったわずかばかりの飲み残しを地面に投げすてて、またカップにコーヒーをついだ。
たった5ページの短編ですが、教科書にも載り、たまに思い出したりします。
ここでの分厚いパンは、おそらく発酵いらずのビスケット、若しくは、ソーダブレッドとされています。
また、ベーコンの油をパンにつけて食べる「ベーコン・バター」は実に美味しそうですが、
ローラの娘、ローズ・インガルス・ワイルダーはバターが買えない、貧しい家の子のバターの代用であったので、嫌であった事を、後に本に書いています。
自分が出来る範囲を考えて上手く暮らす、それが幸せだと思う、今日この頃。