薬屋のおやじのボヤキ

公的健康情報には嘘が多くて、それがためにストレスを抱え、ボヤキながら真の健康情報をつかみ取り、発信しています。

仙人は霞だけで生きている(三宅薬品・生涯現役新聞バックナンバーN0.225)

2018年11月10日 | 当店発刊の生涯現役新聞バックナンバー

 毎月25日に発刊しています当店の「生涯現役新聞」ですが、これをブログアップしたのは2014年陽春号からです。それ以前の新聞についても、このブログ読者の方々に少しでも参考になればと、バックナンバーを基本的に毎月10日頃に投稿することにした次第です。ご愛読いただければ幸いです。

当店(三宅薬品)生涯現役新聞バックナンバーN0.225:2013年10月25日発行
表題:仙人は霞だけで生きている
副題:人は何も食べなくても少なくとも丸1年は生きられます

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太古の思想家=釈迦の教えは現代に通ずる

2018年11月08日 | 心に安らぎを

太古の思想家=釈迦の教えは現代に通ずる

 うちは、真宗大谷派、俗に言う“お東”、東本願寺の門徒でして、毎年11月に小冊子「真宗の生活」が配布されます。3分法話が12掲載されているので、これをパラパラッとめくって面白いなと感じた法話を今時分に紹介しています。昨年はパッとしたものがなくて紹介しませんでしたが、今年はいい法話が幾つかあり、そのうちから2つを紹介しましょう。
 一つは「常に今を生きている私」、もう一つは「分別=比べる心」です。
 いずれも釈迦が説いた教え(信仰対象の仏教とは次元が違うもの、太古の思想家=人間である釈迦の主張)ですから、一神教やそれと同類の宗教(仏教もそう)を嫌う小生であっても素直に聞くことができます。
 最初に「常に今を生きている私」、主題は“一瞬一瞬に生きる”というもので、これを釈迦が言っていたとは知りませんでしたが、2018.9.10ついに古希を迎えた小生、人生の考え方がまたひとつ変わってきました」のなかで、これは「武士道の精神文化」であり、正岡子規が残り少ない命をそうした心構えで日々過ごしたことを紹介しました。
 前置きはこれくらいにして、以下に全文を引用します。

1 常に今を生きている私 田畑正久(大分県・佐藤第二病院院長)
 私たちは、今、生きていて、そして未来のどこかで死ぬと考えてしまいがちです。しかし、仏教では、私たちは、一刹那(せつな)ごとに、生死(しょうじ)を繰り返していると教えられます。一刹那、つまり一瞬一瞬、一日一日、朝、目が覚めてその日を初体験する私が誕生して、その初体験した私はその夜死んでいく。生は死と常に隣り合わせにあり、縁あって生かされているのが私のいのちの事実なのです。
 私の身体を構成している約60兆個の細胞は、身体を維持するために200分の1の細胞を毎日自ら壊し、そして同じ数の細胞を再合成することで均衡を保っています。たえずその繰り返しをしているということは、自転車操業という言葉があるように、自転車を休みなくこぎ続けるようにして私のいのちは維持されているのです。停まれば自転車は倒れてしまいます。細胞一つをとって考えてみても、私の思いや努力を超えて、多くのおかげで生かされてきたのです。
 そういう一瞬一瞬、一日一日の足し算が、結果として、一週間になり、一カ月になり、一年、十年となっていくのです。そういう気づきが生きることを輝かせていくのではないでしょうか。
 しかし、フランスの哲学者であるパスカルが「明日こそ幸せになるぞ、来年こそもうちょっとよくなるぞと言って、いつも明日のための準備が今日であると生きている人たちは、明日こそ幸せになるぞと死ぬまで幸せになる準備ばかりで終わる」(取意)と『パンセ』という書物に書いているように、私たちは、明日の準備ばかりで、何か空しく時を過ごしてしまっているのではないでしょうか。
 仏教は、この人生を空しく過ごしてしまうことを問題にし、一瞬一瞬、一日一日を大切に生きよと呼びかけるのです。それは、現実を受け止めて生きていくということからはじまるのです。私の身の現実を引き受け、念仏して精一杯生ききる時、おまかせするという生き方を賜るのです。生かされている間は精一杯、自分の役割を使命としてはたしていこうという意欲をいただくのでしょう。
『病に悩むあなたへ』(東本願寺出版)より
(引用こまで)

 いかがでしょうか。小生は先のブログ記事で、「今、ここを生きる」「一日一日を坦々と生きる」、その繰り返しでいく、これが人生、と書いたところです。
 ところで、引用文の最後のほうで「念仏して…おまかせするという生き方を賜るのです。」というのは浄土真宗(真宗大谷派はその一派)そして浄土宗という宗教の教えでして、思想家であるところの釈迦の言葉とは思えません。

2 分別=比べる心 小川一乗(北海道教区西照寺前住職・大谷大学名誉教授)
 現在では、競争社会のなかでナンバー・ワンを目指すことが大きな目標となっている。そこに何か空しさのようなものを感じ取っているのが、いまの人たち、とくに若い人たちではなかろうか。ナンバー・ワンとは、人と比べて生きることである。人を乗り超えて生きていくことである。ベターに生きよう、よりうまく生きようとするのが、とりわけ競争社会に身を置いている私たちの基本スタンスとなっている。
 競争社会とは、経済的な社会生活に限ったことではない。オリンピックに代表されるスポーツ界においても、身体の健全(体育)という目的が競争という目的にとって代わられて、経済的な利益さえも保証する、そんな社会になっている。
 それに対し、オンリー・ワンは、ベターに生きることではなく、ベストに生きることである。比べる必要のない、それぞれの<いのち>がベストに生きようとすることである。
 そうした生き方を拒む要因は、私たちのなかにある。他と比べて生きようとする心を、仏教では「分別(ふんべつ)」という。比べる心が私たちにさまざまな苦悩やストレスをもたらすのだが、そこにいるかぎり、他と競争し続けるベターな生き方しかできないのである。
 そこで、「分別」を超えていく「無分別」こそが、仏教の覚り(さとり)の基本となるのである。比べる心をもったとき、私たちは上に位置けた者に対しては卑屈になり、下に位置づけた者に対しては傲慢になっていく。しかも、ナンバー・ワンであることは長くは続かず、必ずや追い落とされる運命が待っている。そういう生き方に終始するとき、人間の不幸がどんどん増幅されていく。比べる心を乗り超えたところに、ベターな生き方ではなく、一人一人がベストに生きる生き方が姿を現してくる。
 『阿弥陀経』に、こう説かれている。浄土(釈尊の覚りの世界)にあって、私たちの<いのち>は比べられることなく、それぞれベストに光るのだ、と。
 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光
(青色は青く光り、黄色は黄に光り、赤色は赤く光り、白色は白く光る)
『親鸞が出遭った釈尊ー浄土思想の正意―』(東本願寺出版)より
(引用ここまで)

 いかがでしょうか。ところで、釈迦が説いた「無分別」、つまり「比べない」ということについては、思想家(故)小林正観さんがその著書のなかで次のように書かれています。同じような内容になりますが、こちらもご一読なさってください。

「未来の知恵」シリーズ8 (小林正観著[弘園社])
 ただしい人からたのしい人へーもう一歩奥の人格論ー
 第5章 力を抜いて生きる
「き・く・あ」の思想
「き・く・あ」という言葉は聞きなれないものだと思います。私が作った造語ですから、一般的には知られていないでしょう。
「き・く・あ」とは、「競わない・比べない・争わない」の略です。
 前述しましたが、「幸せ」というものを追い続けていった結果、私の中でわかったことがあります。それは、すべての人が指をさして「これが幸せだ」と言える事物や現象は地球上に(宇宙にも)存在しない、ということでした。「幸せ」というのは、その人が「幸せだ」と思ったら、その人にのみ帰属して存在する、というのが私が到達した宇宙的な結論なのです。
 では、「幸せ」は「感じるもの」であるならば、なぜ皆がそれを感じることができないのでしょうか。「幸せ」の構造は大変簡単であるにもかかわらず、多くの人が「幸せ」を手に入れているとは思えません。なぜか。
 それは、「競うこと」「比べること」「争うこと」を前提として生きることを教え込まれてしまったからです。人と競うこと、比べること、争うことで人より抜きん出て、初めて「えらい」とか「立派だ」とか「素晴らしい」という評価をされる、という価値観で生きる日々を送ってきました。 
 もともと学校教育というものがそうでした。「相対評価」というものでクラスの中の上位何%にいる人を「5」、下位何%にいる人を「1」とランク付けし、そのランク付けの競い合いの中で人材を育成するという教育を日本の教育界はとってきたわけです。
 その結果、私たちは「幸せとは、競うこと・比べること・争うことで初めて手に入るのだ。人より抜きん出て、勝ち続けることが、幸せを手に入れる唯一の道である」と信じ込まされてきました。
「優勝」という言葉は、実は、「優勝劣敗」という四文字熟語の上の二文字です。「優勝劣敗」とは、「優れたものは勝ち、劣ったものは負ける」という思想です。あまり楽しい言葉ではありません。しかし、私たちは「勝つことが正しいことであり、勝つことや抜きん出ることが優れていることの証である」と教え込まれてきました。
 その20世紀的な価値観から、そろそろ抜け出してもよい時期に来ているのではないでしょうか。
 21世紀は、「競うこと」「比べること」「争うこと」を基本的な価値観とするのではなく、「競わないこと」「比べないこと」「争わないこと」を基本的な価値観とすることはできないものでしょうか。
 競うことではなく、自分が楽しいと思えるような(この瞬間だけではなく、未来にわたって継続できるような、楽しい)生き方をするということにほかなりません。
 自分の生活の中で「他人とは比べない」「世間と比べない」ということが身についたら、生きることがどれほど楽になるかわかりません。
(引用終わり)

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24節気の健康と食養:立冬から小雪まで

2018年11月07日 | 24節気の健康と食養

24節気の健康と食養:立冬から小雪まで

 霜降の次にやってくる24節気が立冬で、毎年11月7日頃(2018年は11月7日)になります。これより季節は冬となります。
 漢方の世界では、通常の感覚より1か月前倒しされています。
 外気温からすると、“これはおかしい”となりますが、通常の植物は、これがぴったり当てはまります。草は種を残し、木は葉を枯らして立春の頃まで冬眠するのです。
 植物を食べる動物も、この時期は食べられるものが少なくなりますから、生体は休眠状態になり、あまり体を動かさなくなってきます。ヒトも動物ですから、生体反応は活発さが弱まってきます。

 ところが、今日的感覚では、この節気は晩秋として捉えられ、五穀豊穣を迎え、今年採れた穀類、芋類、豆類がわんさと入手できるようになり、それらは皆とてもおいしいです。こうして食欲の秋がまだまだ続きます。
 しかし、五穀豊穣のお祝い、新嘗祭は一つ先の節気、小雪の頃に行われ、神社では今年採れた稲穂が新嘗祭で供えられ、新米が出回るのはもっと先のことです。
 でも、今日では早々に稲刈りが行われ、1節気か2節気早く新米が出回りますし、春夏秋冬、あらゆる農作物が早期育成、早期出荷の傾向にあります。早ければ早いほど高値で売れるという経済活動がこぞってそうさせてしまうのですが、もう少しスローライフで行きたいものですね。
 こうしたこともあって、本来なら立冬の頃は、味が落ちた古米を食べ、冬野菜もまだ出回らず、食材に美味しそうなものはなくて、自然と少食へと向かっていったのでしょうが、現在は立冬の頃に五穀と冬野菜がどっと市場に出ますから、つい飽食してしまいます。

 さて、立冬から季節は冬となり、冬に共通する食養生をまずご説明しましょう。
 冬の食味は「塩味」です。塩っ辛すぎてはいけませんが、おいしいと感ずる程度に塩味をお楽しみください。減塩ブームが出てから久しいですが、その必要は全くありません。詳しくは、次の記事をご覧ください。
  立冬から冬、何を食しますか。まずは塩味が重要です。

 次に、「立冬から小雪まで」の節気の食養生について、特に留意すべき点を記すこととします。
 先ほど申しましたように、今日的感覚では、この節気は晩秋として捉えられ、
食欲の秋がまだまだ続き、無理に食欲を抑えるのは精神的ストレスが溜まりすぎますから、五穀豊穣にしっかりとした感謝の気持ちを持って、有り難くあれこれいただきましょう。感謝の気持ちがあれば、良く味わってゆっくり食べることになりますから、早食いに付きものの過食をけっこう防ぐことができます。

 穀類では、新米の出荷が始まり、御飯をお代わりしたくなりますし、蕎麦(ソバ)も新蕎麦が出回りますから、蕎麦料理もとてもおいしくなります。芋類では、サツマイモは既に出回っていますし、長芋や山芋もこれからが旬です。里芋はもう一つ先の小雪以降が本来の旬となりましょう。立冬の頃は芋がまだ成長中ですからね。
 こうして
出回りだした新物の穀類や芋類を有り難くいただきたいものです。

 これからの時期、海の幸があれこれ旬になります。何がいいかとなると小生も分かりかねます。ここは、魚屋さんに聞いて買うのが一番。
 
果物では、晩生の「富有柿」が終盤となります。そして、リンゴが本格的に出回り出します。前にも書きましたが“柿が赤くなれば、医者が青くなる”という言葉があり、りんごについても同様に言われます。それだけ栄養価が高く、抗酸化力があったり、免疫力を付けたり、ということになりましょうが、毎日ほどほどの量を、ということになりましょう。特に、柿は冷性の食品ですから、食べ過ぎると体を冷やしますので、ご用心なさってください。リンゴは涼性ないし平性ですから、さほど体を冷やすものではないですが、ほどほどにしておきたいものです。

 さて、これからの時期、注意せねばならないのが「ノロウイルス」です。昔は、胃腸風邪と言われることが多かったです。
 通常、11月になってから罹患者数が急上昇し、年が明ける頃からダラダラと減り始め、暑くなった6月には沈静するといった傾向を示します。
 症状としては吐き気・嘔吐や下痢、腹痛などがみられ、発熱は軽度で、多くは1日から2日で改善するものの、ときに長引くことがあります。
 対症医療法的に吐き気を止める薬や下痢止めを使いたくなりますが、これではノロウイルスを胃腸の中で増殖させることになり、逆効果です。出すものは出すしか手がありません。そして、水分補給(白湯)だけにし、食を断つことです。あとは自然治癒力でもってノロウイルスを殲滅(せんめつ)するしかないのです。
 つまり、免疫力が高ければ、感染しても発症しなかったり、軽い発症で終ったり、早く治癒したりするのです。ノロウイルスに対する免疫力は特徴的なものがあり、腸免役が高ければ容易に対応できます。つまり、腸内環境が良ければいいのです。
 これについては、順天堂大学大学院医学研究科(2011年5月10日)の報告があります。その要旨は「介護老人保健施設に入所する高齢者にラクトバチルス カゼイ シロタ株を含む発酵乳を飲用してもらった結果、感染性胃腸炎(ノロウイルスによることを確認)に起因する発熱症状を緩和する効果を確認しました。」というものです。その詳細は、「ノロウイルスを原因とする感染性胃腸炎の発熱症状に対する乳酸菌飲料の軽減効果を確認」で報告されているのですが、ざっくばらんに申せば、“ヤクルトを毎日飲んでいると、ノロウイルスに感染しても治りが早い”というものです。
 “だからヤクルトを毎日飲むといい”となるのでしょうが、そんなことをしなくても、肉を控えて野菜のおかずを多くするという料理、
そして漬物(植物性の乳酸菌が特に効果的)を毎日食せば、腸内環境はグーンと良くなりますので、これに勝る対処法はないでしょうね。
 なお、ノロウイルスにやられてしまった場合に良く効く漢方薬があります。それは「柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)」です。長引く風邪にも効きますから冬季は1箱常備されるのをおすすめします。

 最後に、今回も、うちの自家栽培野菜などの状況をご紹介させていただきます。
 今、残っている夏野菜は
ピーマンだけですが、今年は樹体がまだまだ元気で、今しばらく収獲が続きます。
 
秋冬ニンジン、ショウガの収穫が続いています。
 遅蒔き大根の選り菜を最終収穫することとなりました。

 早生品種であるビタミン大根の収穫が例年どおり始まりますが、今年はキャベツは大幅に遅れています。逆に、ホウレンソウと小松菜が間もなく収穫可能です。
 サツマイモは3品種が収獲済みでしが、切り干しにする安納芋をこれから掘り起こしをします。
 山芋を畑で栽培しており、例年より早く、つい先日、全部掘り出しました。
 里芋はまだ成長中ですから、収穫は次の節気になってからです。

 果物は、富有柿が3本あり、本格的な収穫が始まりましたが、着果が少なく、親類縁者へ送るには少なすぎます。

 次回は、「小雪」(11月22日頃)の健康と食養です。

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立冬から冬、何を食しますか。まずは塩味が重要です。

2018年11月07日 | 漢方五季の食養

立冬から冬、何を食しますか。まずは塩味が重要です。

 11月7日頃(2018年は11月7日)に立冬を迎え、暦の上ではこれより冬に入ります。そして、1月16日頃に冬は終わり、1月17日頃から大寒(1月20日頃)を挟んで2月5日頃の立春の前日までが冬の土用です。
 漢方の世界では、正確に言うと以上のようになり、広くとらえても、冬は11月7日頃から2月4日頃までと、通常の感覚より1か月前倒しされています。
 外気温からすると、“これはおかしい”となりますが、通常の植物は、これがぴったり当てはまります。草は種を残し、木は葉を枯らして立春の頃まで冬眠するのです。
 植物を食べる動物も、この時期は食べられるものが少なくなりますから、生体は休眠状態になり、あまり体を動かさなくなって、クマのように冬眠するものまででてきます。
 人もそうです。紀元前の初期古代ローマの暦がそれを物語っています。1年は3月から始まり、12月で終わってしまい、暦のない期間(1月、2月)が61日間もあったのです。
 その間は、人(農民)は何もせず、地中海性気候特有の曇天が続く時期でもありますから、じっと家の中にこもっていたことでしょう。
 その当時、中国には、既に丸1年の暦がありましたが、人(農民)の活動は古代ローマとどれだけも違いがなかったと思われます。冬は、格別にせねばならない農作業はなく、冬晴れが続く地域では、日向ぼっこでもしていたことでしょう。
 ところが、現代社会は、小売・サービス業の就労者が増え、12月は師走と言われるように、1年で一番忙しく走り回らねばならないですし、1月は初売りセールで忙しく、2月は年度末の決算を控え、目標達成のために売上確保に躍起となります。
 これでは、生体の生理現象と逆行し、動物の生き方としては決して望ましいことではなく、心身にどうしても無理がかかります。この無理が年々積み重なって、野生動物は基本的に病気しないのに対して、人だけがやたらと病気する動物になってしまった大きな要因になっていると思われてしかたありません。
 今日の西欧では、夏季に長期間のバカンスを取りますが、日本人であれば、“心身のオーバーホール”のため、冬の時期に長期間のバカンスを取って温泉に行き、“湯治”するのが一番良いのですが、こうした風習は滅多にみられません。
 冬季の湯治が一番!
 そう思っている鼠年生まれの小生ですが、1年365日、こま鼠のように(高齢者となった今はどれだけかノソノソと)動き回っており、“心身のオーバーホール”は、残念ながら1泊2日の温泉旅行だけでして、これでは“烏の行水”であって何の効果も得られません。でも、1年間に知らず知らず溜まった精神的ストレスを抜くにはどれだけか効果的でして、これは欠かさないようにしています。

 冬は、本来は何もかも休めてあげる時期ですから、これに逆らった生活はできるだけ避けねばなりません。一番簡単な方法は早く寝て遅く起きることです。お日様にお付き合いなさってください。つまり、冬は毎日睡眠時間を十分に取り、体を休めるに限ります。
 そして、天気がいい日には「ひなたぼっこ」がおすすめです。ビタミンDは紫外線を浴びることによって容易に生成されます。ビタミンDは骨作りだけでなく、免疫力増強に欠かせませんから、特に冬の後半には欠乏しがちで、それによってインフルエンザや風邪に罹りやすくもなりますから、ばかにできません。
  参照 → 冬はお日様に当たって健康づくり 
 次に、冬の寒さにどれだけかは耐える生活が望まれます。本来は、“子供は風の子”と言われるように、これは何も子供に限ったことでなく大人も、薄着して暖房を控え、寒さストレスに生体をさらして、初めて健康が得られるのです。
 現代人には、この真似はできませんが、体調を崩さない程度にどれだけかは寒さを我慢したいものです。
 そうすると、寒さストレスが溜まってきますから、毎日1回、何らかの方法で寒さストレスから開放してあげねばなりません。
 その方法は、家でできる“湯治”です。ゆっくり、温めの湯に長く浸かることです。できれば十分換気して露天風呂と同様の状態にし、かつ半身浴で。最初は寒いでしょうが、30分浸かれば、体の芯が温まり、寒さストレスが抜け切ってホッとした気分になれます。
 熱い湯は、皮膚が直ぐに寒さストレスから開放されて快感を生ずるのですが、生体反応は、体温を急上昇させてはならぬとして、血流を体表面だけ良くするように絞り込みますから、内蔵への血流が悪くなって体の芯は冷えたままですし、逆に、頭皮への血流は盛んになりますから、長湯すると、のぼせてしまいます。
 なお、湯上りに冷水シャワーを浴びると皮膚が締まり、湯冷めしません。(今の時期からいきなり始めるのは危険性がありますから、手足の先だけから順次慣らしながら進めてください。→ …始めましょう、冷水シャワー。万病に効果あり。… )

 さて、本題の冬の食事です。冬は腎の季節です。腎臓、膀胱そして生殖器が1年で1番働きを高める季節です。その腎を養生してあげねばなりません。
 漢方の世界では、五味に注目します。酸味、苦味、甘味、辛味、塩味の5つです。
 冬は塩味で腎に対応します。つまり、冬は腎が塩気を求めています。
 日本人は塩分の摂りすぎで、これが高血圧の元になり、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす危険があるからと、減塩が声高に叫ばれていますが、年中、塩っ辛いものを食べるのは問題ですが、冬場は気にする必要はないです。
(参照)→塩を摂りすぎると高血圧になる?心配ご無用!でも、食塩感受性が高い人は注意すべきでしょう
 なお、寒い地方ほど塩分過多となる最大の理由は、塩は体を温める最右翼の食品だからです。塩っ気の強い物を食べると体が温まるから、ついそうしてしまうのです。
 冬は腎のために
塩味がメインとなりますが、度が過ぎると心臓にダメージを与えます。塩分の摂り過ぎで即発的に血圧が上がる方がけっこういらっしゃることからも明らかです。そこで、心臓を守る苦味を足す必要があります。それに酸味を加えるとベストです。

 <主・塩味、従・苦味、添・酸味>この三味の組み合わせを知っておいてください。
 その代表的なものが、冬場の保存食である漬物です。
 当然に塩味が利いていますし、発酵して酸味があります。足りないのが苦味ですが、カブは苦味食品ですから、その昔はカブラ漬けが漬物の主流であったと思われます。
 ところが、今日では、カブも品種改良されて苦味がほとんどなくなりましたし、また、今も昔も、カブ以外の野菜も漬物に利用しています。
 そこで、捨ててしまう苦味食材を上手に使うのです。それは、柑橘類の皮です。ミカンの皮でも良いですが、ユズやスダチの皮がベスト。なお、カブの葉っぱは、品種改良されたものも苦味がありますから、なるべく多く使いたいものです。
 こうして、三味を調えると、大変美味しくなるのが漬物でして、冬の食品として理想的なものになるのです。毎日、どれだけかは食べたいものです。
 唐辛子で、4つ目の味である辛味を少し付けるのも良いでしょう。
 しかし、5つ目の味である甘味を付けるのは避けたいです。冬の時期は、腎臓に悪影響する甘味を極力抑えるのが漢方養生法です。

 ところで、今日、漬物の主流になっているタクワンは、その歴史は新しく、白米を食べるようになった江戸時代途中からのもので、米から取り除かれた糠を少しでも利用しようとした生活の知恵から出たものです。
 なお、
大根は甘味、物により辛味の食品になりますが、中には苦味を感ずるものがあります。苦味を感ずる大根は、化成肥料の撒き過ぎで、窒素肥料が肥料のままで残留してるからです。ついでに申しておきますが、ホウレンソウが五味食品表で苦味に掲げられている場合がありますが、本来は甘味食品でしょう。うちで自家栽培しているホウレンソウは甘味があり、決して苦くありません。ところが、ホウレンソウは、たいていハウスで促成栽培され、残留窒素肥料が多く、これによって苦味を感じるのです。何年か前に、全国的にこれが問題になり、施肥量を減らすよう指導がありましたから、たぶん今は、そのようなことはないと思いますが、果たしてどうか。露地ものなら大丈夫でしょうね、きっと。

 もう一つの保存食が味噌です。
 これを少し加工した「ユズ味噌」が冬の三味のベストな組み合わせになります。
 味噌は塩味、ユズの皮が苦味、ユズの汁が酸味ですからね。なお、ユズの皮と汁の量は好みで加減して入れればよいです。ただし、通常「ユズ味噌」には、かなりの砂糖を入れますが、冬は甘味を避けなければならないですから、極力控えたいものです。
 さて、冬の料理と言えば、鍋物です。漢方養生法からすると、味噌鍋が一番です。味噌は体を温める食品でもあるからです。
 味噌鍋に合う冬の食品はゴボウです。ゴボウは苦味食品ですからね。そして春菊。この二つは味噌鍋に付き物です。
(注:場合によって、ゴボウは「辛味」「酸味」、春菊は「辛味」「甘味」に分類されることもあります。)
 あとは酸味です。ユズやスダチの絞り汁を好みに合わせてかけたいものです。地方によっては、何にでもこれをかけるところがありますが、冬場は大いに利用したいものです。

 さて、冬に避けねばならない甘味です。
 ご飯も肉も甘味食品です。よく噛めば甘味が感じられるもの全てが甘味食品です。
 冬は、閉じ篭りがちになりますから、カロリー消費が落ち、少食にせねばいけないのは当然のことにもなります。
 冬に体重が増えるのは考え物で、一般的に
メタボが心配になりますが、何よりも腎臓に大きなダメージを与えていると考えてください。
 そう言う小生、毎年、冬に体重が増加します。還暦を過ぎてから、冬場は年々、小便の出が悪くなってきました。食べる量を減らさないから、腎臓へのダメージが大き過ぎて、そうなったと考えるべきでしょうね。前立腺肥大を齢のせいにしてはいかんでしょう。
 漢方栄養学を学んだからには、今冬は少食を実践!(できるかなあ?)

(追記)
 ところで、冬は長いです。そこで、「24節気」ごとの健康と食養について、うちで採れる野菜などもおりまぜながら紹介しています。併せてお読みいただければ幸いです。
 24節気の健康と食養:立冬から小雪まで
 24節気の健康と食養:小雪から大雪まで
 24節気の健康と食養:大雪から冬至まで
 
24節気の健康と食養:冬至から小寒まで
 24節気の健康と食養:小寒から大寒まで

 24節気の健康と食養:大寒から節分まで(冬の土用)

五行配当表
(下図) 各ブロックの端に味が表記されています。
     
 「水」・「冬」のブロックの左端が味の「鹹」ですが、塩のことです。

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一番の健康食 日本原産「山芋」(三宅薬品・生涯現役新聞N0.285)

2018年10月25日 | 当店毎月発刊の三宅薬品:生涯現役新聞

当店(三宅薬品)発行の生涯現役新聞N0.285:2018年10月25日発行
表題:一番の健康食 日本原産「山芋」
副題:美容と健康に、インフルエンザ予防に、ボケにも効果あり

 ボケへの効果については、別立てブログ「山芋がアルツハイマー病の改善に効果あり?」で、富山大学 准教授 東田千尋氏が発表されたものを紹介しました。よろしければご覧ください。 

(表面)↓ 画面をクリック。読みにくければもう1回クリック。裏面も同様です。 

  

 (裏面)瓦版のボヤキ
    何年ぶりかで女房と魚釣りに


 

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