雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第百五十八回

2015-08-17 14:34:06 | 二条の姫君  第五章
          第五章  ( 七 )

あれこれとしておりますうちに、いつか十一月の末になってしまいました。
都へ行く船便があるというので、姫さまはようやくご帰京を決心なさいました。

いざ船に乗り込みますと、供の者どもばかりでなく、姫さまもさすがに心弾むご様子が見受けられました。
ただ、漕ぎ行くうちに、波風が荒くなり、雪や霰がしきりに降ってきて、船も思うように進んでいないようです。
岸近くに船を寄せていましたが、それでも激しく揺れますし、どきどきと心細いばかりで姫さまもご機嫌よろしくないご様子です。
そこで、姫さまともご相談申し上げ、備後国が近ければ下船してはどうかということになり、尋ねてみますと、停泊しているこの岸から近い距離だということでしたので、下船することになりました。

以前に船の中で一緒になった女房が、ぜひ寄るようにと書き付けてくれた場所を尋ねることにいたしましたが、すぐ近くで尋ねあてることが出来ました。
ごく短い時間お話しただけの間柄でございますが、歓待して下さり姫さまも何とはなく嬉しそうでもあり、しばらく逗留することになりました。
そして、二、三日過ごしておりましたが、主人の様子を見ますと、毎日、男や女を四、五人連れてきて、打ちたたいていじめるその有様は正視できないほどなのです。
「これは、どういうことなのか」
と、姫さまもご不興の様子でございました。

そのうちに、鷹狩だとか言って、鳥をたくさん殺して集めていたり、狩だとか言って、獣を持ってくるようなのです。
全体にひどい所業を重ねてきた武士と思われますが、鎌倉に居る親しい者で広沢の与三入道という者が、熊野参詣のついでに下ってくるということで、家中は大騒ぎし、村をあげて準備にかかっている様子です。
絹張りの襖を仕立てて、絵を描きたがっている様子が見えましたところ、姫さまは興味を示されまして、
「絵具さえあれば、お描きしましょうか」
と、つい気軽に声をかけられました。
主人らは大喜びで、「鞆という所にあります」と言って、早速に人をやって取り寄せました。
姫さまは、軽率に声をかけたことを少し後悔されているご様子でしたが、準備が整ったことでもあり描き上げられました。
描き上がった絵を見た主人は大変喜び、
「今は、ここに落ち着いていらっしゃい」
などと、まるで宿を貸してやっているとばかりの物言いが小憎らしいのですが、姫さまは軽く受け流されました。

やがて、かの入道とかいう者がやってきました。
主人はじめ家人たちは、「どのようにもてなせば良いのか」と大騒ぎしておりましたが、その入道が襖の絵に目を止めて、
「これは、これは。田舎にあろうとは思われない筆遣いだ。どのような人が描いたものなのか」
と尋ねると、
「ここにいる人です」と主人が答えました。
「きっと、和歌などもお詠みになるのであろう。修行の常で、そういうものである。ぜひお目にかかりたい」
などと主人を通して申し出がありましたが、姫さまにはそのおつもりはなく、
「熊野参詣とのことでございますから、今度お下向の時にゆっくお会いいたしましょう」
などと言い訳をして、姫さまは早々に席を移されました。

     ☆   ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 二条の姫君  第百五十九回 | トップ | 二条の姫君  第百五十七回 »

コメントを投稿

二条の姫君  第五章」カテゴリの最新記事