雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第百五十四回

2015-08-17 14:38:21 | 二条の姫君  第五章
          第五章  ( 三 )

やがて船は、目指す厳島に着きました。
漫々たる波の上に、鳥居が遥か彼方にそびえ立っていて、百八十間の回廊は、そのまま海の上に建てられていますので、たくさんの数の船もこの回廊に横付けされておりました。

大法会が行われるらしくて、内侍と呼ばれる巫女たちが、それぞれ舞などを奉納するようでございます。
九月の十二日が試樂ということで、回廊をめぐらした海の上に舞台を建てて、御社前の回廊から上っています。
内侍八人が、みな色とりどりの小袖に白い湯巻を着ています。ごく普通の舞楽のようです。
唐の玄宗皇帝の寵妃・楊貴妃が奏したという霓裳羽衣 ( ゲイショウウイ ・ 長恨歌にもある曲の名前 ) による舞姿など、姫さまはとても懐かしげに見入られておりました。

法会の当日は、左右の舞の青や赤の錦に飾られた装束は、菩薩の姿に少しも変わらないかに見えました。
天冠をしてかんざしを挿して舞っているのは、これが楊貴妃の姿だろうと見えました。暮れてゆくにつれて、樂の声は一段と高まって聞こえましたが、秋風樂 ( 雅楽の曲名・四人で舞う ) が特に聞こえてくるように思われました。

日が暮れきった頃に法会は終わりました。
集まっていた大勢の人々は、それぞれ家路につきました。御社前のあたりもすっかり寂しくなりました。参籠してしているらしい人の姿も少し見えていました。
十三夜の月が御社殿の後ろの深山から出てくる光景は、御社殿の中から御神体の御鏡がお出ましになられたかと思うほどでございました。
御社殿の下までも潮が満ちてきて、空に澄む月の姿は、水の底にも宿っているのかと疑われるほどでございます。

法性無漏 ( ホッショウムロ ・ 煩悩に汚れていない永遠の真実 ) の大海に、隨縁真如 ( ズイエンシンニョ ・ 絶対的な真理が縁に従っていろいろな形を現すこと ) の風をしのいで住み始められた御神の誓願も頼もしく、この御社の本地は阿弥陀如来と申されていますので、その光明は十万世界をあまねく照らし出し、念仏を唱える衆生を捨てることなくお救い下さるということでございます。
姫さまは、「わたしもまたお捨てにならないで、極楽浄土にお導き下さいませ」と神妙にお祈りなさいました。
ただ姫さまは、ふっと寂しく微笑まれて、「わたしの心の内が濁りのないものであればよかったのにと、自分自身を非難したくなってしまいます」と、つぶやかれるのでした。

     ☆   ☆   ☆

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 二条の姫君  第百五十五回 | トップ | 二条の姫君  第百五十三回 »

コメントを投稿

二条の姫君  第五章」カテゴリの最新記事