雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第百五十九回

2015-08-17 14:33:18 | 二条の姫君  第五章
          第五章  ( 八 )

広沢与三入道の接待のために、女房が二、三人ばかり来ておりました。
江田(広島県三次市内か)という所に、ここの主人の兄がいるが、娘の縁などがあるということで来ていたらしく、その女房が、
「あちらの方も、ぜひご覧ください。良い所で、きっと良い絵が描けましょうから」
などと誘ってくださいました。
姫さまも、ここ和知の住いの居心地があまりよろしくないご様子で、「都へは、この雪で上洛するのは難しいでしょう」という話もあって、お誘いを受けることになりました。

皆さまがお話されるように、この雪の間は都へ向かうのは無理かと思われ、年内ぐらいはその江田で過ごそうかということになり、誘われますままに移りましたところ、こちらの和知の主人は予想を超えるほどに怒って、
「わしが長年使っていた下人を逃してしまったのを、厳島で見つけたのだが、また江田へさらわれてしまった。打ち殺してくれよう」
などと息巻いているというのです。
下人だなどと何を言っているのかと、腹立たしいことこの上ないのですが、
「わけの分からぬ者は、とんでもないことをしでかすかもしれない。しばらくは動かない方が良い」
と、この家の兄にあたる者は言うのです。

この江田という所は、若い娘たちが大勢いて、親切な様子なので、格別姫さまのお心が留まるというほどではないのですが、前の住まいよりは気分がのびのびする心地がしておられるようでございました。
そのうちに、熊野参詣をしたかの入道が、帰路に再び下ってきたのです。
すると和知の主人は、この入道に、こんなけしからぬとがあったと、自分の下人を取られた由、自分の兄を入道に訴えたというのです。
この入道は、彼ら兄弟の伯父にあたり、同時にこの地の地頭を務めている者らしいのです。

「それはまた何事か。わけの分からぬ下人をめぐる争いとは。どのような人なのだ。寺社詣でなどするのは当たり前のことだ。都では、どのような身分の人でいらっしゃるのだろう。このように、情け心のないことを言っているのは恥ずかしいことだ」
などと、その入道が言っているらしいと伝わってきましたが、この江田にもやってくるということになり、大騒ぎとなりました。
ここの主人は、初めからの事情を説明し、「つまらない寺社巡りの人のために、兄弟が仲違いをしてしまった」と話すのを聞いて、
「たいそうけしからぬ言い方だ」
と、この入道は叱り、
「備中国へ、人を付けてお送りせよ」
と命令されたそうです。

     ☆   ☆   ☆




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