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雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第百五十五回

2015-08-17 14:37:16 | 二条の姫君  第五章
          第五章  ( 四 )

厳島には幾日も逗留することなく、上洛の途につきました。

その船の中に由緒ありげな女性か居りました。
「わたしは備後国和知という所の者でございます。宿願によってここへ参詣いたしました。どうぞ、わたしの住まいにもお立ち寄りください」
と、姫さまをお誘いになられましたが、
「土佐国の足摺岬と申す所を見たいと思っており、そこへ参ります。帰り路の折にお尋ね申し上げましょう」
と、お約束なさいました。

その、足摺岬には御堂が一つございました。御本尊は観世音菩薩でございます。
垣もなく、僧房の主も居られません。ただ、修業者や、通りすがりの人たちだけが集まって、身分の上下も問わない様子でございました。
「この御堂の縁起はどのようなものですか」
と尋ねますと、集まっている中の一人が教えてくださいました。

「昔、一人の僧がいらっしゃいました。その僧は、この場所で勤行をなさっておりました。そして、を一人使っておりました。そのは、慈悲を第一とする志がありましたが、何処からということもなく、またが一人来て、斎・非時 ( トキ・ヒジ ・ 朝食・正午以後の食事 ) を食べるのです。は必ず自分の食事を分けて、あとから来たに食べさせました。
主の僧はを叱って、『一度二度のことではない。そのようにばかりしていてはいけない』と言いました。
また翌日の同じ刻限にはあのがやってきました。
『わたしの志は、このように思っていますが、房の主がお叱りになられます。今後はおいでにならないでください。今回だけですよ』
と言って、また自分の食事を分けて食べさせました。すると、やってきたは、
『この間からのあなたの情けは忘れがたく思っております。それでは、私の住処を見に、ぜひ、いらっしゃい』と言うのです。

は誘われるままについてゆきました。
主の僧は怪しんで、忍んでつい行きますと、この岬に来たのです。
一艘の小舟が棹をさして南を指して行くのが見えました。
主の僧は、泣く泣く、『わしを見捨てて、何処へ行くのだ』と叫びました。
は、『補陀落世界へ行くのです』と答えました。見ると、二人は二体の菩薩となって、小舟の艫と舳に立っているのでした。
主の僧は辛くて悲しくて、泣く泣く足摺りをしたということです。それから、この岬を足摺岬というようになったのです。
岩にはの足跡は残っていましたが、主の僧は空しく帰って行きました。
それより、『分け隔てする心があったから、このようにつらいことがあるのだ』と悟り、このように垣もなくして、人々が住まっているのです」
との話でございました。

観世音菩薩が三十三種に化身して教えを垂れたもうために現れるという因縁は、こういうことなのだと姫さまもたいそう頼もしく思われたようでございました。

     ☆   ☆   ☆




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