りなりあ

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番外編 9/13

2013-09-13 19:33:20 | Weblog

◇橋元優輝-はしもとゆうき-◇

お花見の数日後 中学校の入学式当日 優輝とむつみが出会う1年前の春です
1話完結です


満開は過ぎたけれど、桜は今も咲いている。
他人の庭だけれど、造ったのは僕の祖父だから、なんだか誇らしい。
「これ、ばぁちゃんから」
祖母から渡された包みを、台所のテーブルに置いた。
「ありがとう。今日の夕食にするわね」
姫野響子さんが包みを開けて、祖母の手作りを喜ぶ。
僕は、響子さんという女性が不思議だ。
ばあちゃんのご飯は、確かに美味しい。
でも、それは、じぃちゃんの好みだ。
響子さんが大喜びするのは、違う気がする。
でも、この人、あの麗子さんの妹だし、晴己さんの叔母さんだし、あの人の娘だし、理解できないのは当然かもしれない。
「響子さんのお父さんに事前に連絡もらうのは無理なんですか?コーチ達、すっげー焦ってたけど」
「そうねぇ。あの人、自由だから」
春休みの間は合宿だった。
最終日、突然、響子さんのお父さんが姿を見せた。
でっかい肉の塊と、でっかい魚と一緒に。
その差し入れは確かに嬉しい。
でも、厨房のおばちゃんが慌てていた。
新堂の別荘にいる料理人が来てくれて、立派なステーキと立派な寿司になったけれど、できれば事前に連絡を貰いたかったというのが、コーチ達の希望みたいだ。
その前にカレーを3皿食べた俺も、そう思う。
「優輝、じぃちゃん帰るぞー」
聞こえる声に、玄関へと向かう。
仕事を終えた祖父が立っていた。
「響子さん、すみませんが宜しくお願いします」
祖父は響子さんに挨拶をすると、その場を去った。
今日は入学式だった。
テニスの練習は夜だから、祖父母に制服姿を見せる為に、こっちに来た。
祖母と一緒に昼ごはんを食べてから、仕事中の祖父を訪問した。
康太さんにも見せようと思ったのに、残念なことに、まだ帰って来ていない。
晴己さんは、この近くに来ているらしくて、4時に迎えに来てくれる。
でも、それまで。
「…退屈だ」
玄関から庭を眺めていたら、後ろに立っていた響子さんが笑った。
「庭の奥で壁打ちしてきたら?麗子姉さんも、昔はしていたから」
「ラケット持ってくれば良かった」
激しく後悔した。
「康太のラケット使えば?着れなくなった服、整理していたし」
響子さんに促されて和室に入る。
「すげー…康太さん優しい…」
感動した。
制服姿の俺は、さすがにこの新しい制服でテニスをするのは抵抗があった。
でも、箪笥には康太さんがジャージなどを用意してくれていて、ラケットもテニスボールも和室には置かれていた。
「ここに来た時の着替えに使えるように整理していたから」
取り出したジャージのズボンを広げて、思わず項垂れる。
「橋元君、これからまだまだ身長伸びるから。大丈夫だって!」
なぜか、その励ましが寂しくなる。

◇◇◇

晴己さんが来るまで、まだ2時間もある。
響子さんはテニスをしない。
康太さんは、やめてしまった。
好美さんも、テニスをしない。
それなのに、壁打ちができる場所がある。
没頭していて、気付いたのは、飲み物をとろうとベンチに向かった時だった。
「いつから?」
「10分ほど前から」
時刻を確認すると、まだ3時。
用事が早く終わったのかもしれない。
「…する?俺…ちょっと休憩」
なんとなく、晴己さんの様子が変だ。
それが僕に向かうわけではないから関係ないけれど。
いつの間にか、晴己さんの前では、僕から俺に変わっていた。
晴己さんとの関係が、少しずつ変わっている。
それは、晴己さんが結婚を決める前も、決めた後も、結婚してからも、この数年感じていた事。
前とは違う、何かが違う。
それが何かは分からない。
小学校を卒業したら留学をする。
それは前から決めていたし、準備もしていた。
でも、最終的に行かないことを決めたのは、僕だった。
理由は、たったひとつ。
寂しいから。
それだけだった。
そう思ってしまった自分が情けなくて悔しくて。
それも、1人で行くわけではなく、最初は久保コーチが同行してくれるし、にぃちゃんも大学生のうちなら行けると言ってくれたし、晴己さんの従弟の直樹さんも大ちゃんも来てくれることになっていた。
整えられた環境に不満などないのに、不安を感じた自分が情けない。
晴己さんは僕を責めなかった。
1年後、そう言ってくれた。
1年後なら、僕はもう少し大人になっているかもしれないし、留学したい気持ちが強くなっているかもしれない。
この1年で、何かが変化するかもしれない。
「…もう終わり?」
晴己さんは汗もかかず、ベンチに戻って来た。
「着替え、持っていないからね。優輝は…それ、大きくないか?」
「康太さんの服…俺、これから成長する予定だから」
「そうだな」
大きな手のひらが、僕の頭上に置かれる。
子ども扱いだった。
子どもだけど。

◇◇◇

来客用の風呂場のシャワーを借りることにした。
箪笥から取り出した服は、やっぱり少し大きめな気がしたけれど、大丈夫これから成長するから。
シャワーを終えて台所に行くと、康太さんが帰ってきていた。
「…ちょっと…大きいか?」
その声を無視して、響子さんが注いでくれた麦茶を飲む。
「晴己さん。予定より早くないですか?」
「友達が来ていて邪魔そうな感じだったから」
「そりゃ、そうでしょ。子離れするべき。入学式だから制服姿を見たいなんて、他人の男に言われたら気持ち悪い」
台所の空気が、固まった気がした。
「そ、そうだ!優輝。ミートパイ食べるか?」
誤魔化すような康太さんの声。
「…ミートパイ?」
「温めるから。優輝。制服は?着替えて見せてよ」
制服姿を見たいなんて他人の男にされたら気持ち悪い…みたいだけど、良いのだろうか?
「…面倒」
「それ、俺の服。自分の制服で帰れよ。それは置いとけ」
確かに、少し大きい服を持って帰っても仕方がないけれど。
でも、身長は伸びる予定だ。
脱いだり着たり面倒だな、そう思いながら和室に戻って着替えて、また台所。
「おおっ!中学生って感じ」
康太さん、僕、中学生ですけど。
「ちょっと制服が大きい感じが1年生よねー」
響子さん、結構キツイ。
「…優輝」
晴己さんの声に、顔を上げる。
「大きくなったな」
そして、また。
大きな手のひらが僕の頭を撫でた。
…気持ち悪い。
確かに、ちょっと、気持ち悪い。
「晴己さん。感慨深過ぎ」
「どこまでおじさんなの?ほんと、気持ち悪い」
ここまで晴己さんを罵倒する人を、僕は知らない。
「優輝。康太の手作りらしいよ。食べてみたら?」
晴己さんの言葉に、僕はミートパイを食べる。
「…美味しいか?」
嬉しそうに僕を見る康太さんに、僕は美味しい…と返事をした。
「康太、私もひとつ…ねぇ、そういえば。中学1年生、多いよね?」
「あーそう言えば」
「ヴァイオリンの子も、そうでしょ?一緒にいたピアノの子も」
「そうなんだ…そのピアノの子が遊びに来ていて」
「あーそっか。あの子も中学1年か。杏依さんの従弟も、よね?あ、じゃぁ、哲也さんの妹さんも、そうでしょ?」
「そっか…多いな」
美味しい、と思う。
美味しい。
きっと、美味しい。
でも、何か満たされない。
そう思ったけれど、それは言葉にしなかった。

◇◇◇

晴己さんの車に乗る前に、もう一度桜を眺めた。
来年は日本にいるのだろうか、そう考えて落ち込む。
中学生になって大きくなったのは事実だけれど、精神面が未熟なのも事実。
まだ、ちゃんと、晴己さんに謝っていない。
助手席に乗り、隣を見るのが少し恥かしい。
「晴己さん、ごめん…準備してくれていたのに」
少し強い力で、頭を撫でられた。
「涼が…安心してた。優輝が留学するのを寂しがっていたから」
「にぃちゃんが?」
驚いて晴己さんを見た。
「涼には内緒だぞ。強がっているから」
留学しないと決めた時、弱虫だと僕に言った兄なのに。
「涼を不安にさせたのも、優輝の御両親が納得できなかったのも、僕がちゃんと説明できなかったことが原因だから。優輝は何も気にしなくて良い」
「え、でも」
「これから少しずつ、今後のこと、ちゃんと御両親に説明するから。次の準備が整うまで待ってくれる?」
僕は何度も何度も頷いた。
晴己さんは何も悪くない。
それなのに、僕を責めない。
前とは違う、変化している。
だけど、それは悪いことや寂しいことばかりじゃないはずだ。
晴己さんに、認めて貰う為に僕はもっと強くなりたい。


◇ 完 ◇


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