以前の会社に勤めていたときは、
黒ラブのノワちゃんというワンちゃんのいるお宅の前を通って通勤していた。
彼女はワタシが曲がり角を曲がる手前の姿が見える前の段階で、
靴音で「ワタシ」を認識してくれていて、
フェンスのところで黒い尻尾を振り振りしながら
待ってくれているその姿が毎日の癒しでもあり楽しみでもあった。
そのノワちゃんが癌で亡くなったのが去年の4月13日だったろうか。
調子が悪いというのはノワちゃんママ(飼い主の奥様)から聞いていたのだが、
帰宅時に犬小屋を片付けてはる奥様の姿を見て、
ノワちゃんが天に召されていったことを知り、
「お別れの挨拶をしてやってくれる?」というお言葉に甘えて
あつかましくもおうちの中にお邪魔して、
まだほのかにあたたかいノワちゃんの亡骸と対面させていただき、
最後のお別れをさせてもらったのであった。
思えば、我が家からはちょっと離れたおうちの方と、
挨拶を交わしたり、世間話をしたりするようになったのは
紛れもなくノワちゃんのおかげで、
それもワタシが会社を退職してからというもの、
通勤時にその道を通らなくなってから、
奥様とお会いすることもないまま、3ヶ月以上が経過していた。
先日、面接に行った帰りに、
たまたまその道を通ったとき、
おうちの前で他の方と立ち話をしてはるノワちゃんママと久々にお目にかかり、
「久しぶり~」「はじめまして~」と初対面の方とも挨拶しつつの近況報告など。
しばらくお話ししたあとに、
初対面であった方が「明るくて楽しい方ね~」とワタシのことを
ノワちゃんママに言ってくれてはるのを聞いて、
嬉しいようなこっ恥ずかしいような気分で照れ笑い。
たいがいどんな年代の方とでもハナシをあわせられたり、
まさか「人見知り」とは思われない性格になったのは、
やはり小さい頃に意識しないうちにいろんな人と会ったり、
嫌々ながらにもいろんな場所に連れて行かれた、という環境のなせるワザなのかもしれない。
そこは素直に両親に感謝するべきところであろうか。
改めてそんなことを言う機会もないけれど。
黒ラブのノワちゃんというワンちゃんのいるお宅の前を通って通勤していた。
彼女はワタシが曲がり角を曲がる手前の姿が見える前の段階で、
靴音で「ワタシ」を認識してくれていて、
フェンスのところで黒い尻尾を振り振りしながら
待ってくれているその姿が毎日の癒しでもあり楽しみでもあった。
そのノワちゃんが癌で亡くなったのが去年の4月13日だったろうか。
調子が悪いというのはノワちゃんママ(飼い主の奥様)から聞いていたのだが、
帰宅時に犬小屋を片付けてはる奥様の姿を見て、
ノワちゃんが天に召されていったことを知り、
「お別れの挨拶をしてやってくれる?」というお言葉に甘えて
あつかましくもおうちの中にお邪魔して、
まだほのかにあたたかいノワちゃんの亡骸と対面させていただき、
最後のお別れをさせてもらったのであった。
思えば、我が家からはちょっと離れたおうちの方と、
挨拶を交わしたり、世間話をしたりするようになったのは
紛れもなくノワちゃんのおかげで、
それもワタシが会社を退職してからというもの、
通勤時にその道を通らなくなってから、
奥様とお会いすることもないまま、3ヶ月以上が経過していた。
先日、面接に行った帰りに、
たまたまその道を通ったとき、
おうちの前で他の方と立ち話をしてはるノワちゃんママと久々にお目にかかり、
「久しぶり~」「はじめまして~」と初対面の方とも挨拶しつつの近況報告など。
しばらくお話ししたあとに、
初対面であった方が「明るくて楽しい方ね~」とワタシのことを
ノワちゃんママに言ってくれてはるのを聞いて、
嬉しいようなこっ恥ずかしいような気分で照れ笑い。
たいがいどんな年代の方とでもハナシをあわせられたり、
まさか「人見知り」とは思われない性格になったのは、
やはり小さい頃に意識しないうちにいろんな人と会ったり、
嫌々ながらにもいろんな場所に連れて行かれた、という環境のなせるワザなのかもしれない。
そこは素直に両親に感謝するべきところであろうか。
改めてそんなことを言う機会もないけれど。