まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

房総駅間ひとりウォーク(JR大網駅~JR本納駅 営業キロ4.8Km) 

2015年02月18日 | 房総駅間ひとりウォーク

2月10日(火)、先月10日(土)の終了地、JR外房線大網駅に戻って、駅間ひとりウォークを再開です。今回は、10時過ぎに大網駅を出発し、できるだけ線路に沿った歩ける道を探しながら、営業キロ20.1Km先の、上総一ノ宮駅を目指しました。

先日家の片付けをしていたら、だいぶ古いリュックが出てきました。
駅ハイの缶バッチがいくつもついており、中からはマフラーと手袋、ヤッケが。
まったく記憶になかったブツですが、10年以上も前にカミさんや子たちと出かけた残骸です。
型は古いですが、色褪せもなく、問題なく使えるので、今回はこのリュックにおにぎりと昨年自作した梅酢で作ったスペシャルドリンク(^○^)を入れて、出かけました。

大網駅からJR外房線の終点、安房鴨川駅までは、国道128号と着かず離れず歩くことになります。

次の永田(ながた)駅までの間は、みずほ台を中心に住宅開発が進み、市街化してきましたが、線路沿いは、田園風景が広がっています。

「今日も、変な事始めちゃったなぁ」と思いながら、トボトボ歩いていると、踏切から電車の近づきを知らせる音が聞こえてきました。

 

「あっ、特急わかしおどうしのすれ違いだ」
一瞬の出来事できたが、珍しいすれ違い風景に出合い、俄然やる気が出てきました(笑)

更に進むと、『光昌寺』という看板があったので、立ち寄ってみました。

このお寺は、長享(ちょうきょう)2年(1488年)に、土気城主 酒井 定隆(さかい さだたか)の改宗令(七里法華)により、真言宗から日蓮宗(顕本法華宗)に改宗させられたという歴史があるそうです。

今になれば、どうでも良い事ですが、『房総駅間ひとりウォーク(JR誉田~JR大網 営業キロ10.3Km)』で書いたように、広い範囲に影響を与えた施策は、今の人たちの生活(地域の人の考え方)の中にも、少なからず伝わっているように思います。
ここには、明治大正期の山武郡瑞穂村(大網から永田周辺)の指導(教育)者の顕彰碑があり、とても熱い土地柄を感じました。

 

永田駅(大網白里市)にとどきました。

この駅は、1959年(昭和34年3月20日) 、延べ2470名の住民の勤労奉仕で埋め立て工事が行われ、国鉄の駅として開業したのだそうです。
先の『光昌寺の顕彰碑』でも分かる通り、自分たちで駅を作ってしまったのですから、この辺の皆さんは熱いですね。

 

永田駅から本納(ほんのう)駅方面へも線路沿いの田園風景の中に農道がのびていました。
いつも車窓から見る田園風景には、ゴミは見えませんでしたが、歩いてみると線路沿いにはたくさんの生活ゴミ、テレビ、自転車、バイク(盗難品?)の放置などもありがっかりです。

人の裏の生き様をみたようです。

本納は、土気(とけ)同様、歴史のあるエリアで、橘神社(上総国二宮)、中世の本納城遺跡、近世の荻生徂徠の遺跡を訪ねてみたいと思っていましたので、市街に入る少し手前で線路沿いから少それて、旧市街地散策をしました。

まず、上総国二宮、橘神社に立ち寄りました。

 

 ここに参拝したのは初めてですが、しっとりした雰囲気を残す立派な神社で落ち着けました。

市街地を茂原(もばら)方面に向かって歩くと、蓮福寺という看板が出ていました。

 

ここが、中世里見氏の支城で、黒熊某が治めた本納城の遺構がある場所のようです。
本堂付近に立って見渡してみると、山城があったのも頷ける風景でした。

16世紀後半には、土気城酒井氏支配下に入っており、光昌寺同様、日蓮宗(顕本法華宗)のお寺です。

本納は古い時代、地域の中核の一つだったのですね。

史跡を楽しんでいて、駅を忘れそうでしたが、市街地の道路沿いに本納駅の看板を発見。



今回のウォークは、駅を訪ねる巡礼旅のようなものなので、ここは外せないですね。

市街地の道路に戻って、茂原方面へしばらく歩くと、『荻生徂徠勉学の地』という看板が見えてきました。
右に折れ、古さを感じさせてくれる石積みの水路沿いの路地をしばらく進むと、宅地跡と思われる場所に、顕彰碑がありました。

 

今となればどうでもよい古い話しではありますが、荻生徂徠は、政権中央での影響力を持った江戸時代の儒学者で、有名なところでは、『忠臣蔵』赤穂浪士の義士切腹論を主張した人と言われています。
本納は、徂徠のお母さんの生家があった地のようですね。
お父さんも政権中央にいた人のようですが、今で言う左遷され、本納に移り済んだらしいです。
徂徠も14歳から青年期の13年を本納で過ごし、この間、良く学問をし、後の基礎を築いた原風景の地と言われています。

顕彰碑の裏側にある石のベンチで、宅地跡の雑草をながめながら、おにぎりをパクつきました。
300年以上の時空の流れはあっても、同じこの地で徂徠の家族が暮らしていたことは間違いありません。
もしかしたらこの庭の風景を見ながらお茶でも飲んでいたのかもしれないなどと妄想を膨らませ、楽しい時間でした。

 

本納の市街を抜けた所にある長生郡市公立病院です。
『ながいき病院』(実は、ちょうせい病院)なんですが。
これから歩く八積駅は、長生郡長生村(千葉県唯一の『村』)にあります。
『ながいき郡ながいき村』
いい響きのエリアですね。

名称は、長生郡発足時に、『長』(長柄郡)と『生』(上埴生郡)をくっつけただけらしく、特に長寿の人が多いとか、ここのあたりに移住すると長生きできるわけではないようです(笑)

ながいきは心がけ次第ですかね。
壊れない程度に、歩きましょう!

大網―本納(営業キロ4.8Km) 2015年2月10日
歩いた歩数 12,522歩(8.89 Km)

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