あの夜
なにかが壊れ
なにかが崩れ去った
暗闇に放り出された僕らが見たのは
同じように逃げ惑うたくさんの人々
そこへ容赦なく襲いかかる
自然の力
余震につぐ余震
車のなかで
恐怖をまぎらわすために
馬鹿話をして過ごしたあの一夜を
僕らは決して忘れないだろう
そして夜が明け
ライフラインが回復すると
全国の企業から寄せられる
紋切り型の「お見舞いの言葉」
心も体も疲れ切った僕らは
もう地震はいやだ来ないでくれと
願うほかなかった
あれから年月は流れ
また誰かの人生が崩れ去った
人間の力はちっぽけだ
でも絶望から這い上がる希望こそが
これまでもこれからも
人間の力がゼロではないことの
証にほかならないのだ
被災されたすべての方々に、明るい未来が訪れますように…
なにかが壊れ
なにかが崩れ去った
暗闇に放り出された僕らが見たのは
同じように逃げ惑うたくさんの人々
そこへ容赦なく襲いかかる
自然の力
余震につぐ余震
車のなかで
恐怖をまぎらわすために
馬鹿話をして過ごしたあの一夜を
僕らは決して忘れないだろう
そして夜が明け
ライフラインが回復すると
全国の企業から寄せられる
紋切り型の「お見舞いの言葉」
心も体も疲れ切った僕らは
もう地震はいやだ来ないでくれと
願うほかなかった
あれから年月は流れ
また誰かの人生が崩れ去った
人間の力はちっぽけだ
でも絶望から這い上がる希望こそが
これまでもこれからも
人間の力がゼロではないことの
証にほかならないのだ
被災されたすべての方々に、明るい未来が訪れますように…
お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ。
以前にも、しばらくブランクがあったのですが、また書き始めたんです。
詩を書く、ということは自分の心の整理に役立ちますし、
まして喜んでくださる方がいるとなれば、
創作意欲がわいてきます。
これからまた折に触れて詩は書こうと思います。
よろしくお願いいたします♪
あ、でも、トロさんの『もう詩は書かないだろうと思っていた』の内訳が、書けなくなっていた のには気づけなくて^^;
無理に頑張ると、トロさんの心が疲れてしまうかもしれないから、
また不意に、何かに突き動かされたトロさんが、気づけば詩という形で思いを表現していたのなら、
ここに居るファンは、こっそり喜びますって思っていただけたらいいので♪
そのように言っていただけると嬉しいです。
僕が詩を書かなくなった(書けなくなった?)のには、
いろいろ理由があると思うんですが、
僕の詩で、今の日本のこんな状況の中で心が和むという方がおられるなら、
再び頑張って書いてみようか、という気持ちになります。
連日の災害の報道は、確かに他人事ではすまされないですが、
共感疲労というのでしょうか、心の健康にはあまり良くないですよね。
僕は読んだ方がポジティブに共感できる詩を書きたいと思います。
くるんさんのコメントのおかげでそのような気持ちになりました。
ありがとうございます♪
久しぶりのトロさんの詩を読んでいたら、そうだよねって、ちょっと心が和みました。
だから、トロさんはもう詩は書かないだろうと思ってたのはちょっと心外で。
私はトロさんの詩が気に入って読者になったので、また機会があればその時々に感じた思いの詩を書いて下さったら嬉しいです♪
2004年の新潟県中越地震、2007年の中越沖地震です。
1964年の新潟地震のときは僕はまだ生まれておりません。
日本に住んでいる以上、どこでも大地震に巻き込まれる可能性があるわけです。
特に名古屋のような大都市で地震が起きてしまったら大変です。
そうならないことを願っておりますが…
こまっちゃんもお気をつけて、備えをしっかりされますように。
ありがとうございました♪
なにか突き動かすものがあったのかもしれません。
僕が被災者になったのは、中越地震と中越沖地震ですが、
あの時、上越のほうは、被害はなじでしたかね?
大自然に意思はあるのか? 神は善か? わかりませんが、
希望を持ち続けることが、ちっぽけな人間の最大の強さだと僕は思います。
ありがとうございました♪
あの時は名古屋もかなり揺れました。
あまりにあちこちで災害が起こって、その映像をテレビで繰り返し見ているうちに、疑似体験しているような気持ちになってしまいますね。
実際には被災経験が無いので、なんとも複雑な感じです。
トロさん、ひさびさの詩ーーーーーーー
まあねーー
結局
人は、自然の大きな力にはかなわないーーーー
でも、人は希望を持って、這い上がっていくんだよねーー
だから、人なんだよねーーーー