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トロのエンジョイ! チャレンジライフ

「音楽はやめられない。あと300年は続けたいね」マイルス·デイビス

連載小説「アーノンの海」第3回

2018-07-07 19:09:49 | 小説・アーノンの海
 それから3日後の夜、勝部は敦美の家を訪ねた。
「よく来てくれたね、善さん」
 敦美の父親の紀之(のりゆき)が、勝部を迎え入れた。
 勝部は仏壇に手を合わせ、敦美のために祈った。
(ほんとうに、お別れなんだなあ、アッちゃん)
 敦美がもういない、という実感が湧いてくると、涙がこみ上げてきた。
「なにやら、わけのわからん憶測も、あるようだが」
 紀之が言った。
「それがわかったところで、敦美は帰ってこないからな。もう、交通事故にでも遭ったと思って、あきらめることにしたよ」
「そうか」
 たったひとりの娘を亡くしたのだ。そんなに簡単に割り切れるものではないことは、勝部には痛いほどわかった。
「そういえば、昼間、敦美の友達が来てくれてね」
「ほう」
「眼鏡をかけた、頭の良さそうな、なかなかの美人だったよ」
「……」
 通夜の席で見かけた、あの女だろうか?

 敦美の家からの帰り道、勝部は、敦美の死体を見つけた場所へ立ち寄った。
 誰かが、敦美のために花を供えてくれていた。
 近くには、にわか仕立ての看板があり、「水難事故に注意!」とある。
(ここだったな)
 何事もなかったように、波の音だけが響いていた。
 敦美は、なぜ海で溺れたりしたのか。
 海を身近に育った娘だ。海の恐ろしさも、よくわかっていたはずなのに……
(結局、わからんままか……)
 勝部はため息をついた。そのまま、しばらく海を見ていたが、やがて、寒さがこたえてきた。
(ここにいても、仕方ないだろうな)
 そう思って、帰ろうとしたとき……
 沖のほうで、なにかが光った。
(ん?)
 岸から10メートルほどの海面に、半径1メートルほどの、巨大な蛍のような光があった。
(なんだろう?)
 勝部は、好奇心に駆られ、浜へ下りていった。
 波打ち際までやって来ると、その光の中に、まるで映像のように、動くものがあった。
 それは、一人の女の姿だった。
(まさか……)
 間違いない。
 死んだはずの敦美が、光の中に立っていた。
(夢を見てるのか……おれは)
 あっけにとられて見ているうちに、痺れるような快感が、全身をつらぬいた。
 勝部は、自分の足が少しずつ、前に進んでいることに気づかなかった。
 光の中の敦美は、ゆっくりと、勝部に手をさしのべた。
(アッちゃん……)
 勝部がその手を取ろうとした、その時、敦美の姿は消え、今度は2人の人間が、光の中から現れた。
 それは若い頃の高道と、初めて見る女の姿だった。
(高道……!)
 女は、赤ん坊を抱いていた。
 勝部は、さらに近づこうとした……

「あぶない!」

 腕をぐいと引かれ、我に返った。
 光は消え失せていた。
 勝部はゆっくりと、後ろを振り返った。
 懐中電灯を持った誰かが、しっかりと勝部の腕をつかんでいた。
「しっかりしてください!」
 闇に、浮かび上がっていたのは……眼鏡と、長い髪。
 通夜で見かけた、あの女だった。

 気がついてみると、胸のあたりまで、海水に浸かっていた。




(つづく)



  



連載小説「アーノンの海」第2回

2018-07-06 19:10:13 | 小説・アーノンの海
 敦美の死は、またたく間に村中の知るところとなった。
 敦美のような若者が変死するというのは、この村始まって以来の、衝撃的な出来事だった。

 その日の夜、敦美の通夜が執り行われ、片桐巡査が、警察の見解を村人に報告した。
「このたびはご愁傷様です」
 集まった村人は、静まりかえって、片桐の言葉に耳を傾けた。
「えー、飯田敦美さんの死亡事案に関しましては……」
 片桐は村人を動揺させないよう、慎重に言葉を選んで、説明しているようだった。
「とりあえず、死因は溺死で、事件性はないと思われます。現在、自殺と事故の両面から、捜査を進めております」
 勝部は、なにかが妙だ、と感じていた。
 あのとき、車道に停まっていたのは、敦美が普段から乗っていた車だった。
 車をあんな所に乗り捨てて、自殺するやつがあるだろうか?
 敦美は車をいったん降りたが、また乗るつもりだったのに違いない。
「どこかのヤツに殺された、ということはないんですか」
 村人の一人が質問した。
「ない、と思われます。身体に外傷はなく、骨折もありません。それと、肺の中は海水でいっぱいで、間違いなくあの海で溺れて、亡くなられたものと思われます」
 事件性がないとなると、警察はそれほど本気では動くまい。一体なにが敦美の身に起こったのか、うやむやのまま、終わってしまうかもしれない。
 片桐の説明が終わろうというとき、勝部は、ふと、見慣れない顔に気づいた。
 敦美と同じくらいの年の女で、隅のほうに立って、じっと正面を見据えている。
 眼鏡をかけた、なかなかの美女だったが、この村の者ではなかった。
(誰だろう?)
 勝部は、なにか不思議な、説明のつかない感覚を味わった。
(あとで声をかけてみるかな)
 しかし、通夜振る舞いの席になると、その女はすでにいなかった。

 そして、葬儀の翌日……

 勝部は、何も手につかず、午前中から酒をあおってみるが酔いもせず、ただ、時間をもてあましていた。
 敦美の両親の泣き崩れる姿が、眼に焼き付いて離れない。
 誰を恨むわけにもいかないが、あまりに、理不尽といえば理不尽だった。
 せめて、なぜ死ぬことになったのか、それだけでもはっきりさせてやりたい。
「あんた、飲んでるのかい」
 繁子がいつの間にか近くにいた。
「……ふん」
「これだから、男ってやつは……」
「……」
「アッちゃんが泣くよ。情けないねえ」
 その時、電話が鳴った。
 繁子は電話に出ると、深刻な顔をして、
「あんた……電話。高道(たかみち)からだよ」
 なんだって?
「オレオレ詐欺だろう。とっとと切っちまえ」
「馬鹿いうんじゃないよ。母親のあたしが、聞き間違うもんかね」
 なに……本当なのか。
 勝部はがばっと身を起こすと、受話器を受け取った。
 太い声が聞こえてきた。
「……親父か?」
「ああ、そうだ。高道」
「ひさしぶりだな」
「ああ、ひさしぶりだ」
 ひさしぶりの親子の会話は、ぎこちない。
「なんで急に電話してきた。飯でもおごってくれるのか」
「勘違いするな」
 悪い父親だった、と思う。
 息子の人生を、親の目線でしか見ようとしなかった。
 結果、高道はこの家での居場所を失ったのだろう。大学を中退して、デザイナーとやらになるんだと言って、家を飛び出してしまった。
 それ以来、ほとんど会っていない。
「敦美が死んだそうだな」
「ああ」
「妙なことに、首を突っ込むなよ」
 電話は切れた。
 それでも、心配してくれた、ということか。
(大人になったもんだ)




(つづく)
  

 

連載小説「アーノンの海」第1回

2018-07-05 18:55:04 | 小説・アーノンの海
 勝部善一(かつべぜんいち)は、潮の匂いのする空気の中を歩いていた。
 海岸沿いに、曲がりくねった道が続いている。
 波の音とともに、浜風が運んでくる冷気は、もっと温暖な季節なら、心地よかったかもしれない。
 しかし、今は11月。古希を過ぎた身体には、少々こたえた。
 勝部は歩道を歩きながら、もっと厚手のものを羽織ってこなかったことを後悔していた。
(おお、寒いな)
 村の診療所で血糖値が少しばかり高いと言われ、運動のためにこの道を歩くことを始めたが、無理をすると風邪を引きそうだった。
(引き返すか)
 そう思ったとき、遠くに、軽自動車が停めてあるのに気づいた。
(お? こんな朝早くから、釣りでもしているのか)
 釣り人と、夏の海水浴客は、村の重要な収入源だった。勝部は、遠くの海岸のほうを見やった。
(誰も、いないな)
 釣りでないとすると、あれか……と勝部は思った。このあたりは深夜から早朝にはほとんど人通りはないので、車の中で乳繰り合うために、アベックがよくやって来るのは知っていた。
(よくやるもんだね、狭かろうに)
 勝部は、邪魔をしてはまずかろうと、車には近寄らず、来た道を引き返そうとした。
 その時、奇妙なものに気がついた。
 何気なく遠くを見たときは、わからなかったが、近くの波打ち際に、マネキンのようなものが横たわり、波にもまれている。
(あれは……)
 よく見ると、それは、マネキンではないことがわかった。
(まさか!)
 勝部は、寒さも、自分の年も忘れて、砂浜に駆け下りた。
 近寄ってみると、それは若い女、いや、若い女だったものだった。
 長い黒髪と、白いワンピースは、海水と砂にまみれ、眼と口は半開きで、もはや生命の息吹は消え去っていた。
 しかし、勝部には、それが誰だか、すぐにわかった。
「アッちゃん!」 

 顔なじみの片桐巡査が、肩にコートを掛けてくれた。
 片桐は、パトカーの無線で、どこかと連絡をとっていたようだった。
 勝部は、力が抜けたように、砂浜に座り込んだ。
「善さん、あんた……」
 片桐は、勝部の肩を叩いた。
「これから、刑事さんたちが来るからの。しっかりしんきゃ駄目だよ」
 片桐は洟をすすった。
「アッちゃんが死んだなんて、おらもまだ、信じられねえども……」

「亡くなられたのは、飯田敦美(いいだあつみ)さんですね?」
「はい……」
「お知り合いでいらっしゃったのですか」
「こんな小さな村です。みんな、家族みたいなもんです」
「今日はどちらへ行かれるご予定でしたか」
「あの、散歩を……」
「勝部さん、ご職業を、伺ってよろしいですか」
「仕事は、その……定年で」
 刑事の問いかけは、あくまで丁寧で、事務的だった。
 アッちゃんは、ブルーシートにくるまれ、担架に乗せられて、運ばれていった。
 知り合いの死なら、何度も経験してきた。
 自分の死も、そう遠い未来ではないことも、自覚している。
 しかし、これは……
(アッちゃんが死ぬなんて)
 勝部は放心して、妻の繁子が迎えに来たのにも、気づかないでいた。




(つづく)




連載開始です

2018-07-05 02:40:27 | 小説・アーノンの海
「あなたの騎士(ナイト)になりたい」から、約2週間経ちましたが……

さて、そろそろ、2作目の連載を、開始したいと思います。

日程としては、今日の午後7時ころ、第1回の投稿を行います。

そのまま順調にいけば、10回~12回ほどで、完結の予定です。

前作は15回完結でしたが、1回ごとの量が多かったり、少なかったりしているので、

今回は、分量ではだいたい前作と同じになる、と思います。

タイトルは、「アーノンの海」です!

いよいよ始まります。僕自身が一番楽しみにしてるかも。