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ラミ・デュ・ヴァン・エフ シェフのブログ ~言葉の錬金術~

フランス料理に限らず、色んな話のブログ内容です。

夏休みを取らないと、普段の休みが愛おしくなる

2014-08-20 22:24:10 | Weblog
 目を細めてしまうくらいの日差しと蝉の大合唱が「夏」である事を認識させてくれます。
 蝉は卵から孵化すると幼虫となって数年地下生活をしたのち、やっと地上へ出て羽化し、殻を破って新しい自分を形成してようやく自由を手に入れます。しかし、彼らは知っているのです、自分の命がそれほど長くはない事を。
 焼けるような日差しが本格化する頃、蝉は鳴き始めます。いや、鳴いているのではなく叫んでいるのです。命を削りながら「オレはここにいるんだ!」と叫びながら自分の儚い人生を全うしようとしているのです・・・そんな風に思うと「蝉って刹那的な奴だな・・・」と勝手に認定してしまう今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 蝉の鳴き音が激しさを増すと「夏はそろそろ終わりですよ。」と宣言されているようで寂しいような、それでいて暑さから解放されるうれしさのような、そんな相反する感情が湧き起こります。
 皆さま、夏休みは如何でしたか?遠くの山を見ながらビールを飲み、自然の中に精神の疲れを置いてきたでしょうか。夕暮れの浜辺を歩きながら夕日を見つめてビールを飲み、日ごろの疲れを捨ててきたでしょうか。川辺に座りながら周りの石が熱せられた匂いを感じてビールを飲み、先月のストレスを川に流してきたでしょうか。久しぶりに顔を合わせた級友たちとビールを飲み(しつこい!)、心の潤いを吸収してきたでしょうか。皆さま方全てが最高の夏休みで、そして、素敵な思い出を作られた事、関係ない私もうれしく思います・・・そんな夏に、乾杯!(バカ)
 「まぁ、聞いて欲しいから長々とそんな事を書いたんでしょうから一応、聞きますが、あなたの夏休みはどうだったのですか?」そのように私の思いを察して言ってくださる方がいらっしゃると、空を見上げて三好鉄生の「涙を拭いて」を歌いながら走り去ってしまいたくなりますが、当店はマネージャーの「めんどくさいから夏休みはいらない。」という一言で「夏季休暇を取らない」という事になりました。
 何が「めんどくさい」のか、めんどくさいとなぜ「夏休み」がいらなくなるのか、若干、いや、大いに疑問が残るところではありますが、その辺も少しマネージャーに聞いてみると「人が休んでいる時は仕事した方がいい」とか、「休んでも何も良い事が無い」とか、休みに恨みさえ持ってそうな意見も飛び出た為、夏休み廃止、と余儀なくされたわけです。
 ただ、普通の定休日は頂くわけですから家庭持ちであるワタクシといたしましてはその辺で「奉仕の心」を発揮したい、と思うわけです、タイムリミットは24時間しかありませんが。
 しかし、そういう時に限ってうちの奥さんの仕事が休めなかったりするわけですから私だけで子供たちをプールに連れて行くことになるのです。
 「海行けよ、海。」そのように思われる方もいらっしゃるのではないか、と思われますが、24時間しかないんですよ!休みは!とりあえずプールでいいじゃないですか!(逆ギレ)
 そんな時間が無い中で行動しようとするからでしょうか、午前中、プールに着いた時点で頭の中で、キーファー・サザーランド主演のアメリカドラマ「24(TWENTY FOUR)」ばりの「ピッコン、ピッコン・・・」というタイマー音が鳴り響いたりするわけです。
 着替えが終わりシャワーを浴びてプールにGO!「ピッコン、ピッコン・・・」、ビール1杯だけ飲んでいいですか?「ピッコン、ピッコン・・・」、結構、時間も経ったしそろそろ上がりますか「ピッコン、ピッコン・・・」、今日の夜何食べる?「ピッコン、ピッコン・・・」、あ~、ワイン飲みたい「ピッコン、ピッコン・・・」、こんな感じで一日が過ぎ去ってしまいました・・・「ピッコン、ピッコン」うるさい! 残ったのは疲れとちょっとした思い出と日焼けくらいでしょうか。
 
 よく考えたら、昨年もほとんど夏休みを取っておらず、「夏休みを取らない」のが当店のスタンダードになりつつあります・・・そういうのアリなんでしょうか・・・

 来週の月曜日は8月最後の休み、ということで「ぶらり一人旅」を敢行しようかと目論んでおります。

 その場合、ipadを携帯しての旅になると思われますから、初めての「短文記事を複数回アップ」ブログにしてみようか、なと思っている次第であります。

 しかし、それもブログの為の旅なのか、と思ってしまうと何とも言えなくなってしまいますな・・・

 それはあまり考えないようにしよう・・・

 そして、最後になりますが、8月、連日ご予約を頂けたことに感謝しております。

 そうなると、夏休み廃止か、やっぱり・・・














日本の夏は研究の夏でもあるはずだ

2014-08-13 22:54:43 | Weblog
 灼熱の日々が続いたと思ったらそれを冷却するかのような豪雨が過ぎ、そして、適度な日照と気温で過ごしやすいお盆になっている今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 街中はお盆特有の「気だるい感じ」に包まれており県外から帰省したと思われる若者の姿を見かけると、夏休み後半戦、などと勝手に思ってしまいますが、当店は本日も変わらず営業しております。
 夏休みもあと2週間ほどで終わりを迎えてしまう現実を察し、だいぶ憂鬱な気持ちに苛まれている学生さん(この場合、小学生さんも入ります)がいらっしゃると思われますが、ひと夏の思い出、は出来ましたでしょうか?(余計な心配)
 「えぇ、お陰様で彼女が出来ました。」 恋愛ですか・・・まぁ、普通「ひと夏の思い出」と言えば「恋愛」、「恋愛」と言えば「ひと夏の思い出」なんでしょうな・・・しかし、1ヶ月もある長期休暇であるならば、恋愛だけに溺れる事なく、社会的に意義のある事を掘り下げる「自由研究」という事柄に没頭するのも「ひと夏の思い出」ではないですか。(強引)
 「はっ、自由研究なんて小学生がやるものですよ・・・」そのように半笑いで反論してくる中高生の方もいらっしゃるのではないか、と思われますが、ちょっとお待ちなさい!自由勝手に研究して、しかも、それを提出すると本人得点が上がる「自由研究」をないがしろにしてはいけません。
 仮に、夏休みの宿題の中にリストオンしていなくても

「夏休みに自由研究をしなくてもよい、という教育方針は10代の人間の探究心を低下させ、ゆくゆくは国家的研究者の輩出にも影響を与える事になるのですよ!あなたにその責任が取れるというのですか?1位じゃなくてもいいじゃないですか、2位で何が悪いんですか、なんて思ってらっしゃるのではないでしょうね、先生!」

 と詰め寄るくらいでいいと思います。(無責任)

 では、何の「自由研究」をしたらよいのでしょうか。小学生くらいならば「昆虫系」という手もありますし、山形駅の利用者数を調べる、なんていう手もあります。
 中学生であれば、そうですねぇ、家電機器の過去5年間の主力商品の移り変わりを大手電気屋さんに調査に行く、なんてのはどうでしょうか。その時は大手電気屋さん、よろしくご協力お願いしますよ。
 小学生、中学生、とくれば、高校生も自由研究をしなければなりません。(と思います)高校生の自由研究は小中学生よりも一歩踏み込んだ題材で、しかも、先生を唸らせるような内容にしなければなりません。そうなると難しくなりますな。
 社会に出ても通用するような、あまり自由研究の題材に使われそうにないが大事なことのような、そして、先生もあまり詳しく知らなそうなこと、となればアレしかありません、「食事のマナー大研究」でしょう。(強引な流れですが、そういうブログである、とお思いご容赦ください)
 昔、高校でテーブルマナーを教える特別授業的なものがあった、と聞きますが(私は10代の頃から仕事をしていたので判りません)、現在もそれを実施している話を聞いた事がありません。
 仮にその特別授業があったとして1日2日で覚えられるものでもありませんし、まして、本人に興味が無ければすぐに忘れてしまい「そんなことあったっけな・・・」となってしまうのは関の山です。ですから、本人が研究し文章化すればそれは(食事のマナー)身に付くはずです。
 まず、マナーで一番大切なのは「自分自身がマナーを知らない」という事を知る事であります。「何となく知っている」と思ってしまうから店のスタッフに対して「今さら聞けない」と思うのであって、「知らないから間違っていたら教えてくれ」というのを最初から言ってしまえば何も怖いものなどないのです。
 ギリシャの哲学者「ソクラテス」は、「無知であるという事を知っている、という時点で相手より優れている」「真の知への探究はまず自分が無知である事を知る事から始まる」という考えの「無知の知」という概念を残しています。勿論、哲学のそれとは違うかも知れませんが、その言葉を応用する事はできるはずです。
 例えば、料亭に行ったとします。食事が始まって箸袋から箸を取り出して、この箸袋をどうしたらよいのだろう?という疑問に駆られた方もいらっしゃると思いますが、足元に置いておくのも変ですし、箸置きがあるので箸袋で箸置きを作る必要はありません。というか、料亭に行って箸袋で箸置きを作った時点でアウトであります、完全なるマナー違反と思ってください。
 そこで仲居さんに聞いてください。「邪魔ならお下げしましょうか?」と言われるかも知れません、とりあえず聞けばいいのです。しかし、考え方を変えてみましょう。
 箸袋をよく見ると店の名前と裏に電話番号が印刷しているのがお分かりになるでしょう。もしかすると住所も載っているかもしれません。という事は、これは「ショップカード」なのです。それは大事な店の情報ですからポケットにしまい、後で携帯などに登録すれば次の予約が簡単です。
 例えばフランス料理店へ行ったとします。ナイフ、フォークが並んでいて使う順番が判らない場合は先ほど書いたようにスタッフに聞けばいいのですが、料理の内容が判らない、それを聞くにはちょっと・・・とお思いでありましたら、食後にシェフを呼んでくれ、と言えばいいのです。
 料理が運ばれてすぐに、シェフを呼んでくれ、はちょっと無理かもしれませんが、食後であれば説明しに来るはずです、いや、来ます、絶対。その時に判らなかったことを聞き、名前を忘れた料理があればメモに書いてもらえばいいのです。

 そのような事柄を・・・研究してみては如何でしょうか。

 ただし、この研究にはだいぶ費用を注ぎ込む事になるかもしれません。

 なぜならお分かりのように実際に食事をしなければなりませんから・・・

「高校生がそんな金額払えるか!」

 じゃあ、夏休み期間中アルバイトして覚える、というのはどうでしょうか?

 そうなると研究できませんかねぇ。

 ただひとつ言える事は、私が自由研究に対して無知である、という事を自分自身知っている、という事でしょうか。

 それで勘弁してください・・・




















「敢えて冷やす」という料理に「冷やしの美学」は存在するのか

2014-08-02 21:51:41 | Weblog
 抜けるような青い空にクレーム・シャンティイ(泡立てた生クリーム)のようなふわふわとした雲が漂い、目を細めてしまうくらい眩しい太陽光は半袖から出ている腕をジリジリ炙っているのです。それと同時に、立ち上るアスファルトの焼けた匂いと青臭い草の香りが否が応でも「夏感」を盛り上げてる、いや、そんな回りくどい事を書かなくても十分「夏」ですよ!と叫びたくなる今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 段々暑さが本格的になり、当店近くの元祖冷たいラーメン屋さんにはお昼時、かなりの行列を成しておりましたが、その横を通りながら「冷たいラーメンを食べる前に熱中症にならないだろうか・・・」とひとり心配してしまいました。
 暑い時だから冷たいものを食べたい、その欲求は人間だれしもが持っていると思われますが、暑いからといって安易に冷たい食べ物に走ることなく、公園の池などに咲いているであろう「ハスの花」でも見ながら心を落ち着ける、というのはどうでしょうか。
 「ハスの花」つまり「芙蓉(ふよう)」の花言葉は「繊細な美」でありますから、その言葉の通り、芙蓉の繊細な美を感じ取って心に涼しい風を取り入れ、池の水面(みなも)を見ながら清涼感に耽る、というのもいいではないですか。因みに、私は今までそのような事をしたことは一度もありません、そんな事をすると涼しいかなぁ、と思い記しただけです。(無責任)
 しかし、「そんな事より、やっぱり冷たい食べ物だろ!」と玉のような汗をかきながら抗議行動に出られる方もいらっしゃるかと思われますが(いないよ)、そうなると、今日のブログは「冷たい食べ物」について考えなければならないようです。(強引にネタを作る)
 「冷たい食べ物」とひと口に言っても、「冷やしたスイカ」から「冷やしラーメン」まで幅広いですから難しいのですが、私個人の考えで「冷やしカレー」は除外します。それはただ単に「温めていない」状態の物であり、「敢えて冷やして食べる」という「冷やしの美学」の枠から外れている、と考えられるからです。
 「冷やしの美学」。どう考えても大げさだというのは書いている本人も思うところではありますが、例えば、山形名物にまで昇華してしまった「冷やしラーメン」は、暑い夏に熱いラーメンは食べたくない、だったら冷たいラーメンを作ろう、という「敢えて冷やして食べる」という気概が窺え(うかがえ)るではありませんか。
 「敢えて冷やして」の先駆けは「アイスコーヒー」ではないか、と思われますが、よく考えたら我々が普通に飲んでいる冷たい「ウーロン茶」も「敢えて冷やして」に属しますな。
 そう考えると「敢えて冷やして」なものは結構存在します。「冷たいかけそば・うどん」「冷たいスパゲティ」「冷たい煮びたし」「冷たいお茶漬け」・・・名前を挙げただけでも寒くなってきます。
 しかし、これらの食べ物には共通点がある事がお分かりでしょうか。当然なんですが「動物性油脂」が入っていないんですね。「アイスクリーム」や「ケーキ」「冷たいカルボナーラ」など生クリームを使用するものは別ですが、融点が高い「動物性油脂」は冷やしてしまうと凝固してしまうのです。
 では、「冷やしラーメン」はなぜ「ラーメン」なのに凝固した油が浮いていないのか?
 簡単に考えれば「植物性油脂」で補っている、となりますが、当店近くの元祖冷やしラーメン屋さんのチャーシューは「牛肉」を使用しています。という事は徹底的に脂を掃除した「牛骨」と昆布、煮干しなんかで出汁を取り、そこに「植物性油脂」を加えてバランスを取っている、と考えられます。
 まぁ、それはいいとして(だったら書くなよ!)、ここまで書いたら私も「敢えて冷やした食べ物」を考えなければならないのではないでしょうか。(誰もそんな事は期待していない)
 温かい料理を敢えて冷やし・・・動物性油脂を使用しないで・・・フレンチっぽい・・・そう考えるとなかなかないですな。(ちゃんと考えろよ!)
 いや、今閃きました、閃きましたよ!これはどうですか!「冷たいクラムチャウダー」。
 作り方は贅沢に行きます。まず、砂抜きしたアサリを塩で洗い、殻の表面の汚れを落としたら鍋に入れ、ひたひた位の水と一緒に弱火で10分ほど煮てから濾して出汁を取ります。
 ハマグリは水洗いしてボールに入れて白ワインを加え蒸しておきます。玉ねぎはスライスしてから外輪鍋に入れ塩と水を少々加えてオーブンに入れて45分ほど蒸し焼きにし、鍋ごと冷ましてから玉葱をミキサーにかけピュレ状にします。
 人参とセロリを1センチ角にカットしてバットに並べて蒸しておきます。バターと小麦粉でソースベシャメルを作り、牛乳で延ばしたものを冷やしておきます。
 冷やしておいた、延ばしたベシャメル、玉葱のピュレ、アサリのだし汁をホイッパーで混ぜながら少し濃度が付いてるくらいに伸ばし塩コショウで味を調え、生クリームを加えてコクを加えます。
 このスープに、冷やしておいた、アサリの身、ハマグリ、人参とセロリを加えてよく混ぜ合わせ「冷たいクラムチャウダー」の出来上がりです。仕上げにみじん切りにしたパセリを散らしましょう。

 暑い夏のお昼に、ほんのり温かいバケットと「冷たいクラムチャウダー」、優雅で涼しげなランチではないですか。

「それ、日曜日のランチで出せばいいじゃないですか。」

 いやいや、何と言いますか、まだ作った事もないですし、何と言いますか・・・めんどくさそうな・・・

「アンタ!料理が仕事でしょ!」

 そうなんですけど、とりあえず、ブログネタで書いただけですから・・・

 でも・・・そのうち作ってみます・・・多分・・・

 めんどくさいのが「冷やしの美学」かも知れないですからね。





























少し変わった行動をしたくなる衝動、その背後には不気味な影が見えないか。

2014-07-19 23:49:15 | Weblog
 先日の休みの日、「たまに子供たちとコミュニケーションを取らなければ・・・」と誰からも頼まれていない事を思い立ち、子供たちが学校から帰ってきて宿題を強制的に終わらせてから、たまにお邪魔する自宅近くの蕎麦屋さんへ行き、彼らに蕎麦を食べさせ、私はつまみと酒を飲んで交流を図ろうとしたのです。(自分が酒を飲みたかっただけなのではないか、というご質問にはお答えできかねます・・・)
 学校の事や友達の事などをさり気なく聞きだし、何か問題を抱えていないか、勉強はどうなのか、など一応、顔色を見ながら読み取ろうとするのですが、日本酒冷やの2合徳利2本飲み切る頃には、「問題なし!大丈夫、大丈夫、何とかなるよ!」となってしまうので、今度はワインが飲めるところがいいですな。(バカ)
 その話し合いの中で「最近、興味がある、というか、好きなのは何?」という質問に、迷う事無く答えたのは「妖怪ウォッチ、って知ってる?スゴい面白いんだよ!」という事でした。
 「妖怪ウォッチ」。全く聞いた事が無く、しかも、ゲームなのか漫画なのかも判らず「何、それ?」と聞いてみると、アニメの事でありましたが、ゲームもあるのだそうです・・・アニメとゲームの二段構えですか・・・
 その「妖怪ウォッチ」がどれだけ面白いか必死になって説明しようとしているのですが、そこは小学生ですから限界があるわけです。という事で、飲みは早々に切り上げて、帰宅して「ひかりTV(光回線映像配信サービス)」で件(くだん)の「妖怪ウォッチ」を観る事にしたのです。
 昔から妖怪を題材にしたアニメはありましたが、その代表格と言いますか、トップ・オブ・妖怪アニメは「ゲゲゲの鬼太郎(墓場の鬼太郎でも可)」でありますが、より現代的なのか、それとも、もっと違う要素が組み込まれているのか、気になるところでありました。(気にするなよ)
 そして、2~3話観た後、私的に「妖怪ウォッチ」を通して色々考えさせられてしまったのです。(普通に、大げさです)
 まず、「妖怪ウォッチ」の基本的なストーリーとしては、

「主人公の少年とちょっとコミカルな妖怪『ウィスパー』が出会い、少年は、妖怪を見る事が出来るという腕時計『妖怪ウォッチ』を手にするところから物語は始まる。その『妖怪ウォッチ』を通して友達になったネコの地縛霊『ジバニャン』らと共に人に憑りついた妖怪事を解決していくのであった。」

 という、文字に起こすと何てことない内容なんですが、猫の地縛霊の「ジバニャン」や狛犬の「コマさん」といったコミカルなキャラクターと全編コメディータッチの妖怪アニメは観ていて面白いものでした。
 しかし、私が着目したのは、妖怪の登場の仕方でありました。「ゲゲゲの鬼太郎」でも同じような描き方をされていますが、基本的に「おかしな行動を取る人には妖怪が憑りついている」というのを大前提に、妖怪ウォッチでその妖怪を発見してその妖怪と「友達になる」か「撃退する」の選択をします。
 まぁ、百歩譲ってその妖怪と友達になろうが撃退しようが作品の流れですから良しとしましょう。問題は「おかしな行動を取る人には妖怪が憑りついている」という部分です。
 作品の中では、「アレッ?あの人なんか変だな・・・よし!妖怪ウォッチで見てみよう!」となり、その腕時計型妖怪発見器を使って変な行動を取っている人を見てみると必ずと言っていいほど妖怪が憑りついているのです。
 つまり、「最初から変な人などいない。仮に変な行動を取っている人がいるとすれば、それは、妖怪の仕業です」というあくまでも「性善説」を念頭に置いたストーリーなのです。
 そんなストーリーがなぜ気になったか、と言いますと、それを現代社会に合わせて考えると全て腑に落ちる、と言いますか、納得できる、と言いますか、いや、もう、そう考えた方が人間、幸せになれるような気さえしてくるのです。
 そう言えば、最近、世の中を騒がせている人たちを見ているとどう考えても妖怪が憑りついているとしか考えられないような出来事ばかりです。

・「妖怪 ナキサケービ」

この妖怪が憑りつくと釈明会見の途中、突然、号泣し、支離滅裂な事を叫んでしまう。コップの水を飲む時、それを手で隠す仕草をしてしまう「ミズカクーシ」、手を耳に当て「何ですか?」のポージングを取ってしまう「ナンデスカマン」は「ナキサケービ」の友達であり、行動を共にするため3つの行動が一度に出る場合が多い。


・「妖怪 クスリリス」

ミュージシャンや芸能人に多く憑りつく「クスリリス」は、別名「アブリ」とも呼ばれている。ハイテンションになりろれつが回らなくなるのが特徴で、この妖怪に憑りつかれると逮捕されてしまうので非常に危険である。
「クスリリス」の親戚筋に「ダッポウ」というのがいるが、これに憑りつかれるとハイテンションで自動車事故を起こしてしまう。どちらも一度憑りつかれてしまうと取り払えないので心に隙を作らないことが肝要である。


・「妖怪 タマガワ」

この妖怪に憑りつかれるとPC遠隔操作をしてしまい、携帯を多摩川に埋めたくなる。そんな事をやりそうな顔になってしまうのもこの妖怪の特徴である。


・「妖怪 カッポウギ」

割烹着を着て研究し、研究論文をコピペしたくなるように仕向ける「妖怪 カッポウギ」に憑りつかれると、髪形がたて巻きになり、潤んだ目で訴えかけてしまう。その姿にやられてしまい、その虜になると、その背後には「妖怪 オボカタ」がいるだろう。


・「妖怪 ゴーストライター」

「妖怪」なのに「ゴーストライター」のダブルネームを持つ「妖怪 ゴーストライター」に憑りつかれてしまうと自分名義ではないクラシック音楽を作曲したくなる。そして、その「妖怪 ゴーストライター」に憑りつかれた男を利用しようとする人間は「妖怪 ナンチョウ」に憑りつかれている。
「妖怪 ナンチョウ」に憑りつかれた男が髪を切ると「妖怪 チョハッカイ」になるが、「妖怪 チョハッカイ」はただ人を笑わせるだけである。


 このように、今年前半の妖怪を軽く挙げただけでもこれだけいるのですから後半はもっと出てくるのでしょうか?

  
「お前は酒の妖怪に憑りつかれているんだろ!」

 いや~、それは耳が痛いですな。

 妖怪 アルクホーリック・・・この妖怪に憑りつかれると休みの日は昼から酒を飲みたくなる・・・

 ん~、事実の羅列して妖怪のせいにしているだけですか、これだと。

 妖怪ウォッチ、欲しいな・・・















 

料理男子増殖計画を立て実行せよ。

2014-07-17 23:23:11 | Weblog
 たまに、若い男子な方とお話しする機会があると、「料理が出来ない」というのを前提に

「料理って、出来た方がいいっスか?」

 と屈託がなく、ストレートすぎるご質問を頂く事があるのですが、その時私は、ちょっと芽生えた「イラッと感」を胸の奥底に仕舞って

「そうねぇ、出来ないよりは出来た方がいいよね、料理って・・・」

 と大人の返しをするのです、フォォオオオ、大人ぁ! すると

「でも、何作っていいか判んないスよねぇ。」

 と元も子もない返しをしてくる時がありますから胸に仕舞ったはずの「イラッと感」が甦って来るのですが、そこは大人の対応で

「味噌汁とか、野菜炒めとか、基本的な料理の方が実用的だよね・・・女の子なんかに作ってあげるとポイント高くなるだろうし。」

 と、何となくヤル気が出るようなキーワードも含みつつ答える様にしているのです、フォォオオオオ!気遣いぃ!(うるさい)
 このように答えてあげると「マジっすか?!じゃあ、やってみようかな・・・」などと前向きに考える男子も稀にいますから男というのは年齢関係なく単細胞だ、というのが判りますが、私の経験則から言わせていただければ、男性ならば早い段階から料理に興味を持ち、ある程度料理もできる方が社会適応能力が長けるのではないでしょうか。
 「料理男子」という爽やか系草食男子的言葉も一般化している昨今ならば尚更でありますが、なぜ「料理できること」が「社会適応能力に長ける」事に繋がるのか、疑問に思い「強引な話の展開だな・・・」と苦笑いしながら読まれている方もいらっしゃるのではないか、と思われますが、「料理」というのは、「一皿を作り上げる」という「目標」を立て、そこに向けての下準備や根回しをしっかりし、原価や効率の良さも考えながら食材と向き合い、そして、「食べ手(この場合、自分以外の誰かの方が深く考える事が出来る)」へのプレゼン(この場合、盛り付けや皿の選定)をどうするか、最終的に満足してもらえるようにするには何が必要か、というのをシュミレーションしながら「調理」し、提供する事の総称なのです。
 この事を若いうちに理解すれば、仮に「営業」という仕事に就いたとしても上記の事を「営業」に当てはめて考え、実行すればいいのです。

 「営業」というのは、「売上を上げる」という目標を立て、そこに向けの下準備や根回しをしっかりし、経費や効率の事も考えながら「商品(この場合、物質的商品や保険などの非物質的商品などすべての商品を意味します)」と向き合い、そして、「お客様(顧客、クライアント)」へのプレゼンをどうするか、最終的に満足してもらえるようにするには何が必要か、というのをシュミレーションしながら「対話」する事の総称なのです。

 どうですか、仕事というのは何でも一緒なんですよ、多分。(無責任)

「いや、オレは、料理男子くらいでいいんスけど・・・」

 おぉ、そうでしたか、まぁ、最初は簡単な目標でいいでしょう。君も高校生くらいならとりあえず「味噌汁」くらいは作れないといけないですよ。(相手を勝手に高校生に設定しました)
 なぜ「味噌汁」か、って?それは後で判る事ですよ、明智くん、ハッハッハッハッ!(バカ)
 かつて千昌夫も「味噌汁の歌」という曲を発表したように「味噌汁」は日本人のソウルスープ(ソウルは魂の意味で、お隣の首都の名前ではありません)なのです。しばれるねぇ、冬は寒いから味噌汁がうまいんだよねぇ・・・あの人この人大臣だって♪・・・(もうすぐ夏です。しかも、仮に相手が高校生だとしたら千昌夫も知らないでしょう)
 味噌汁の作り方の工程は簡単です。

「だしを取る→具材を投入し煮る→火を止める→味噌を入れ溶かす→葱などの香味野菜を入れる→火を付けて沸騰寸前で火を止める→完成」

 このようになります。
 昆布とかつお節でだしを取る、というのは中級クラスの調理でありますから、初級クラスの場合はまず「だしの素」で代用しましょう。

「その、だしの素を入れる量が判らないんですけど・・・」

 そうでしょう、そうでしょうとも、その辺も含めて考えてみましょうか。
 だしの素の箱には、水500㏄に対してだしの素6~8gと記載してあると思いますが(たぶん、そんな感じです)、水に対して1%強、と覚えておくといいでしょう。つまり、判らなければ水の量を測り、だしの素の量もきちんと計量して対応するほうが失敗は回避できるのです。
 「目分量で適当に・・・」というのは中級クラス以上の高度な技だと思ってもらって構いません。初級クラスは失敗率が高いため目分量などという事は禁止事項であります。(因みに、当店主催の料理教室は全て目分量であります。初心者にも目分量で教えるダブルスタンダードな料理教室です。ご興味のある方はお電話にてお問い合わせください)
 話を進めましょう。先ほど出た分量を使わせていただくと、水500㏄を鍋に入れ火を付けて沸騰させ、沸騰したら火を弱めてだしの素を入れます。
 今回は「豆腐の味噌汁」に今決定しましたから、豆腐を2~3センチ角くらいにカットし(豆腐一丁を横に半分、それを4×5の20等分にするとすべて約2~3センチになります)、それをだしの中に入れて豆腐に火を入れます。
 豆腐に火が入ったら火を止めて味噌を溶かし加えます。

「すみません・・・だし入り味噌しかないんですけど・・・」

 バカモノ!だしの中にだし入り味噌を加えてどうする!まぁ、それしかない場合は「追い鰹味噌汁」と言って相手を納得させるしかないでしょう、そういうテクニックも料理の中では磨かれるのです。(ウソ)
 味噌を溶かし加えたら味見をし、「ちょっと薄いかな・・・」と思うくらいで味噌投入は止めておきましょう。若いうちに血圧の事を考えるのも必要です・・・が、それをストレートに口に出すと笑われるので心に仕舞いましょう。
 そして、小口切りにした葱を味噌汁の中に入れたら再び火を付けて沸騰寸前まで見守ります。完全に沸騰させると味噌の風味が飛ぶ、という事も覚えておくべきです、日本人として。
 これで味噌汁は完成です。具材を変えればバリエーションが出来るので作る楽しみが増える、というものでしょう。

「で、なんで味噌汁だったんです?」

 おっ、良い質問ですな。

 味噌汁を作る工程から君は何を感じ取れるかね?

「全然、見当のつかないッス。」

 そうでしょうな、そうでしょうともよ。味噌汁を作る工程というのは、カレーを作る工程に似ているとは思わないか?それは、日本のカレールーというのは、味噌汁の味噌を溶かし入れるところから着想したからだよ。
 具材を煮て火を止め、その中にカレールーを溶かし加えてから再沸騰させて味をなじませる、というのは「味噌汁」から来ている日本独特の調理工程なのだよ。
 判ったかね、小林少年よ!

「さっきは、明智くん、でしたけど・・・」

 そんなのどうだっていいんだよ・・・

「さっきの話も、仮に営業の仕事に就いたら役に立ちますかね?」

 当然ですよ、そういう雑談で相手の心をかき乱す、というのは大事な事ですよ。

「それじゃ、マズいッスよね・・・仕事的に・・・」

 いいんだよ、適当にやれば。考えすぎんな、若者よ! 



 ん~、シュミレーションすると自分自身、若者に教えてはいけないような気がしてきたな・・・















「YDC」の矢は放たれた。あとは人々をもてなすだけだろう。

2014-07-16 22:54:23 | Weblog
 昨日までの夏日を髣髴させる晴天から一転、灰色の空に時折降る雨を見てしまうと「あぁ、まだ梅雨から抜けていないんだな」と実感させられます。それは、気になる女の子から話しかけられたと思ったら彼氏の自慢をされてしまった時のような、いや、美味いワインだと思って開けて飲んでみたら期待外れの味だった時のような、いや、ネットで取り寄せたCDを見てみたら実は持っているヤツだった時のような、そんな、明るい気持ちが「ガクリ!」とうな垂れてしまうのに似ています。それを踏まえて、早く梅雨明けして欲しいものですな、と願いながらビールを口にしてしまう今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 山形県内では、先日の台風で浸水被害が深刻になっている地区もあるくらい大変な降水量だったわけですが、私の実家の近くの川もプチ氾濫し、私の実家の対岸の施設は浸水被害に遭ったそうであります、他人事ではありませんな。今回の台風被害に遭われた地域の一日も早い復旧をお祈りいたします。
 とりあえず大規模な台風は過ぎ去ったので一安心でありますが、これから梅雨明けになり、本格的な夏に突入するにあたって山形県人として考えなければならないのは「山形デスティネーションキャンペーン」の事ではないでしょうか。(勿論、大げさ)
 沢山の方々に来県していただき、山形とはどういう所なのか、山形の特産品とは何か、そして、メインキャラクターである「きてけろ君」はなぜあんな形なのか、という事を知っていただきたい、そのように思うわけです。(知っていただきたい最後の項目は、ご愛嬌、という事で)
 先日、当店にも「旅の者」と思しき女性二人組の方がご来店いただきまして、こちらといたしましても有難く思いましたので「庄内の魚」「平田牧場三元豚」「山形の野菜」というご当地アイテムをふんだんに使用しておもてなしいたしました、そして、マネージャーも過度な説明を施しておりました。
 このように、当店にも「山形デスティネーションキャンペーン(以下「YDC」と略)」効果と思しきお客様がいらしてくださったのですから、予想以上の方々が来県しているのではないか、と勝手に推測してしまいますが、ここで「山形の良さ」というものをもう一度考えてみましょう。
 一口に「山形の良さ」と言っても各個人によってその「良さ」は違いますし、ましてや県外の方が思う「山形の良さ」は山形県人の思うそれとは全く違う、と考えていいでしょう。
 まず第一に挙げられる「山形の良さ」は「非の打ちどころがないほどの田舎である」という事ではないでしょうか。
 「おいおい!それのどこが良さなんだよ!自虐的過ぎるだろ!」そのように恫喝的言動で詰め寄ってこられる御仁がいらっしゃるかもしれませんが、いや、ちょっと待ってください、これは紛れもない事実ではないですか。
 私は何も「田舎=ダメな所」とは考えていません。むしろ田舎だからこそ「デスティネーションキャンペーン」に打って付けなのではないですか。
 田舎住む人間が東京を感じる為の切符「TYO」があるように、東京の人間が骨休めに田舎に来る「YDC」でいいではないですか、いや、むしろそのトレードが正常です。
 日本中が発展した都市だったら大変な事になるのは誰でも理解できることで、中央と地方では果たす役割が違うのです。ですから、自分が住んでいる所を「田舎である」と認識し、その「田舎である」事に誇りを持つべきなのです。
 しかし卑屈になってはいけません。以前、当店に短パン、サンダル履きで来店なされた50代後半と思しきお客様(予約なしのフリー)をやんわりとお断りしたら「山形の店はどこでもサンダル履きで入れるんだ!カッコつけんな!」と怒られてしまいました。
 その方の言葉をお借りすれば「サンダル履きでどんな店にも気軽に入れるのが山形スタンダードなのだ。だからフランス料理でもサンダル履きでOKなんだ、なぜならここは山形だから。」となるのではないでしょうか。
 しかし、その考え方は物凄く個人的な考え方で「オレがそう思うから山形はそうなの!」というジャイアン的思想で満ちています。その考えでは「卑屈な田舎者」というジャンルにカテゴライズされてしまいますから気を付けたいものです。
 「だったら、卑屈じゃない田舎者ってどんな人ですか!」そのように詰め寄られると、手を後ろ手で組みながら体をクネクネさせて口笛を吹いて一定以上の距離を保ちながら笑顔を見せてダッシュで逃げてしまいますが、「卑屈でない田舎者」は私見で言わせていただきますと

「山形という地方都市が好きでそこに定住し、権威主義ではなく、知識と見識を磨こうと努力をし、他人の不幸を笑わず、山形県のみならず他県の特産物への興味も忘れず、芋煮が好きで、時々ラーメンを食らい、夏に暑いと思へば冷やしラーメンを食べ、冬に寒いと思えば納豆汁をすする、県産の日本酒とワインを愛し、民謡に心打たれ、民話に涙し、春には山菜を、秋にはキノコに想いを馳せ、もらい物のさくらんぼを食べすぎて下痢をし、小国川のダム問題を熱く語り、いまだにモンテディオ山形の降格は山形県の財政的政治判断だと言い張り、山形鋳物のすき焼き鍋を欲しがり、オリエンタルカーペットの絨毯も欲しがり、だだちゃ豆が好きで、ずんだ餅も好き、しっぽこについてポツリと語り、藤木まりを一度見かけた事があり、カラオケで「酒もってこい」を歌う・・・そんなものに私はなりたい・・・」

 といったところでしょうか。

 「だいぶ、個人的な意見が反映されてるな」そのように言われてしまうと「まぁ私見ですから・・・お願いします」と訳の分からないお願いをしてしまいますが、これくらい山形を愛せ、という事ですよ、強引ですけど。

 これから益々、「YDC」の影響で他県から山形へ来県する方が増えると予想されます。

 もし、私の知り合いが来県した暁には「眠らない街、山形」と題して朝まで引っ張り回して飲み歩きたいと思います。

 えっ?、それで山形を嫌いになったらどうする、って?

 大丈夫ですよ、行く店行く店、優しい人ばかりですから。

 山形ってそういう所なんです。

 

 たぶん・・・




















悲しき雨音を聞きながら料理を作る。

2014-07-04 20:37:17 | Weblog
 目が覚めるくらいカラフルでコケティッシュな花「紫陽花(あじさい)」は、雨に濡れると美しさの中にも憂いや哀しみを抱いているように見え、見る者を引き付けるように思われます。それはまるで悲しい過去を背負いながらも気丈に生きている女性のようで、見ていて胸が締め付けられる感情が湧き上がってくるのです・・・雨粒の反射作用はこんな事を思わせるのね、と雨に濡れた紫陽花を見ながら思ってしまう今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 なぜ、雨が降ると世の中が悲しげに思えてしまうのでしょうか?それは、黒と白の中間色の雨空、不規則なリズムを刻む雨音、肌に張り付くような湿気、そして、外に出ると無条件で濡れてしまう衣類への不快感がそう思わせるのでしょう。
 仮に、大雨でも青空だったら、ファンキーなグルーヴを刻む雨音だったら、爽快感のある湿気だったら、濡れてもいい、いや、濡れる事を大前提にした服装だったら、雨を悲しげに思う事はないでしょう。実際、南国はこんな感じじゃないですか!いや、こんな感じですよ、そうそう、こんな感じ!(ウルサイ)
 しかし、私は雨が降って「ウヒョー!サイコー!気持ちイイ~!」という気分になるよりも、「雨かよ・・・」とうな垂れる方が何となく好きです。(雨が好き、という意味ではありません)
 雨の時は気分的にネガティブになる方が晴れている時の精神状態よりも料理や仕事、という事を深く考える事が出来るからです。
 晴れている時の気持ちは、所詮、勢いです。「よっしゃ~、ガンガン行きますよ!」というのが仕事にも表れ、何かを見落としてしまう、そんな危険性をはらんでいます。
 しかし、雨の日は、「雨の日だから」という訳の分からない理由で仕事や行動も慎重になり、且つ、どこかポエムティックな思考が働き、イヤな事が起きても諦めがつく、というものです。
 もし、雨の日に歩いていて側を通った車に水をひっかけられても「バカヤロー!ナメんなよ!」などと怒ってはいけません、雨の日なのですから。
 そんな時はこんな風に思ってみたらどうでしょう。

 「雨は色んな事を話しかけてくれる。雨空を覗いて見ると無数に降りかかる雨が、ガンバレ、と言っているようだ。側を通る車でさえ肩を叩いて応援するようにアスファルトの雨水を掛けてくれた・・・ボクは大丈夫だよ、頑張るから。あの車にお礼を言わなくちゃ。何て言おうか・・・そうだ!エロイムエッサイム、エロイムエッサイム・・・我に降りかかった雨以上の苦しみをあの車に与え給え・・・与えたもう!」

 こう思えば清々しい気持ちで雨の日を過ごせるのではないでしょうか。(過ごせねーよ)

 まぁ、それはいいとして(いいのかよ)、以前、「梅雨の時食べたい物」をネタにしてブログ記事を書いた事がありましたが、今回は「雨の日に作りたい料理」とは何か、というのを考えてみたいと思います。
 「雨の日に作りたい料理」、漠然としすぎてすぐにでも止めてしまいたいネタでありますが(だったら書くなよ)、気分的にネガティブになりがちな雨の日にこそ作りたい料理、というのはあるはずです。
 「そうめん、とか、冷やし中華、とかでいいんじゃないの?」そのように言われてしまうと、「冷静な対応でお願いします」と前置きしておきながら説明している途中で無駄な感情を高ぶらせながら泣きわめき、そして、最後には何事もなかったようにその場を後にしたくなるものですが、もう少し考えましょうぜ!この世の中をおおおお、この世の中をうおおおおおおおおうううう・・・失礼しました・・・冷たい麺物ではなく、何と言いますか、もっと雨の日にこそ作りたくなるような、この日本を、この日本を!!あああああああああ・・・失礼しました、いや、そんな雨の日料理を考えてみましょう。
 まずは、この微妙に暑く湿気の多い時には「アッサリしたものが食べたい」と思うのは誰しも同じだと思いますが、アッサリした食べ物=冷たい食べ物、というのはあまりにも短絡過ぎます。
 こういう場合、作りたい料理を「x」に置き換え、数式的に割り出してみる方が確実かも知れません。(お分かりだと思いますが、ネタです)

 この数式を求めよ。

「x=(炭水化物+野菜)÷(あっさり+サッパリ)×Σ×(酸味+コク)」

 このようになります。

 こう考えると答えは・・・「x=骨付き鶏肉と夏野菜のフリカッセ バターライス添え」になるはずです。(強引)  

 作り方は意外と簡単です。

 骨付き鶏肉(手羽元)は出来れば半分にカットしたいものです。骨を持ってかぶりつく、というのは雨の日に似合いません。
 カットした手羽元に軽く塩コショウを振り、小麦粉(薄力粉)を塗しておきます。香味野菜と夏野菜(玉葱、人参、セロリは香味野菜。茄子、ズッキーニなどは夏野菜)は2センチ角にカットしておきます。トマトは横半分にし皮と種付きで同じように角切りにしてきます。
 厚手の鍋(琺瑯鍋(ほうろうなべ)がベストですが普通の鍋でも構いません)に潰して芯を取り出したニンニクをいれオリーブオイルも入れて点火します。油が温まってからニンニクを入れると先に焦げてしまいオリーブオイルに香りを移せません。
 ニンニクの香りが出たら取り出して、先の手羽元を入れて炒めます。炒める、というよりはソテーする、というイメージでしょうか。
 軽く色が付いたら鶏肉を取出し、香味野菜を加えます。この時の火加減は最初から一貫して中火でお願いします。
 香味野菜がしんなりしたら夏野菜を加え野菜類にある程度火を通します。火が通ったら白ワイン、白ワインヴィネガーを加えて鍋底のこびりついたものをこそげ落としながら煮詰め、角切りにしたトマトを加えます。
 ざっくりと混ぜたら取り出した鶏肉をジュごと鍋に加え(取り出して置いておくと必ず鶏肉は肉汁が出ますので捨てないでください)、軽く塩を加えて蓋をして弱火にし、鶏肉がある程度柔らかくなるまで蒸し煮します。
 その間に、米をコップ一杯量り、バターを溶かした鍋に米を入れて中火で炒め、同じコップ一杯の水を加えて沸騰させ蓋をして超弱火にし約10分、バターライスを炊きます。10分経ったら火を止めてそのまま温かい所に20分放置します。これでバターライスは炊けるのです。
 バターライスが炊き上がった時間に、骨付き鶏肉と夏野菜のフリカッセの煮込みも終了です。最後にフリカッセの鍋にバターを投入し混ぜ込みます。
 測ったかのような同時間調理終了に雨の事は忘れてしまうでしょう。

 ホールトマトなど余計なトマト味が付いていないフリカッセは夏野菜本来の味を壊さず、しかし、バターでまろやかになった酸味と鶏肉のコクが雨音さえも楽しくさせるはずです。

 いや~、調子に乗って書いていたら大変な文字数になってしまいました。

 雨の日は・・・キーボードも軽くなっていけませんな。


















 

10年前のメニューを読み返し、自分自身を知る事で得る事もあるだろう

2014-07-02 20:20:12 | Weblog
 新緑の香りは雷雨に掻き消され、大地から湧き上がるような熱と共に気だるい湿度感を生み出します。それは恰も(あたかも)冷やしておいたシャンパンがぬるくなった様な感じに似ていてちょっとだけ不愉快な気分させるのです。しかし、ぬるくなったシャンパンもしっかり味わうと葡萄の香りを感じる事が出来、シャンパンの違った一面を垣間見たような、新たな一面を発見したような、そんな気持ちにさせられます。梅雨もそうやって乗り越えるといいのでしょうか?と空を見上げながら問い掛けたくなる今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 かなり久しぶりの更新になってしまいましたが、思い起こしてみると6月は3回くらいしか更新してないんですね、当ブログ。
 フェイスブックはそれなりの頻度でアップしておりますので自分の中では「何となく更新している」感があり、ちょっとだけブログを離れていたのかもしれません。でも、一応、止めるつもりはありませんからよろしくお願いしますね、当ブログも。
 「フェイスブックを見れない人たちの為にもブログの更新は必要でしょう!まずは自分が結婚しろよ!」と都議会野次ばりのお言葉を頂戴すると、最初は少し笑い、その後で涙を流したくなるものですが、すみません、フェイスブックの方が更新しやすいんです・・・
 まぁ、そんな話はいいとして(いいのかよ)、当店「フランス料理 マチルダベイ」は先月の28日をもちまして10周年を迎える事が出来ました。これもひとえにご来店いただきましたお客様、支えてくれた友人、家族、そして、マネージャー佐藤のお蔭であると、深く感謝いたしております。
 これからも奢ることなく「お客様にとって良いレストランとは何か」というのを追求し、そして、実践できれば、と考えております。開店して11年目となりましたが、開店初年度と変わらぬ気持ちで邁進していきたいと思いますので、これからも「フランス料理 マチルダベイ」、よろしくお願い致します。
 「開店初年度と変わらぬ気持ち」と書きましたが、よく考えると開店初年度の気持ちがどんなものだったのか覚えていません。(コラッ!)
 その気持ちを思い出すべく当時のメニューを10年ぶりに引っ張り出してみました。若い頃の写真を公開するようで気恥ずかしい思いはありますが、そのメニューを公開し「開店当初と変わらぬ気持ち」を取り戻したいと思います。


        2004 7・31   ○○様 2名  ¥7000


     アミューズ

・縞(しま)海老のタルタル


     冷たい前菜

・雲丹と人参のムース コンソメジュレ添え


     温かい前菜

・岩牡蠣と鮑のソテー

     
     魚料理

・尼鯛のうろこ焼き 松茸添え


・フランボワーズのシャーベット


     肉料理

・和牛フィレ肉のポワレ フォワグラ乗せ


・デセール  キャフェ


 開店から1ヶ月ちょっとに頂いたご予約でありますが、開店当初はアラカルトを中心に楽しんでいただく店を思い描いておりました。しかし、コース料理のオーダーが多く、当時から¥6000~¥8000という価格帯のご予約を頂いたように記憶しております。
 このメニュー、うまくまとまっているように思いますが、無難な皿で構成されており、且つ、「鮑」「松茸」「和牛フィレ」「フォワグラ」といった高級感を連想させる食材で自信の無さをカバーしようとしているのが汲み取れます。
 しかも、まだ7月後半なのに「松茸」って、どうやって入手したのでしょうか?多分、市場で出始めの品をゲットしたのではないか、と考えられます。そして、口直しのシャーベットでフランボワーズ、香りがきつすぎて合わないはずです。当時のお客様、本当に申し訳ございませんでした。まだ33歳ですのでご勘弁を。
 では次を見てみましょう。


        2004 11・27   ○○○様  6名

     アミューズ

・アンチョビの入ったクロワッサン


     冷たい前菜

・庄内産車海老と村山産紅心大根のサラダ


     温かい前菜

・蕪のポタージュ フォワグラのソテー添え


     魚料理

・舌平目と鱈白子のロールキャベツ 鮑のリゾット添え


     肉料理

・鹿のロースト ソースペリグー


     デセール

・チョコレートのタルト


     キャフェ



 メニュー的に「慣れてきた感」を汲み取れます。価格を記載していないのは確か「値段もお任せします」というトゥーマッチなプレッシャーも頂いたからだと記憶しております。
 確か「¥7000」のコースでメニューを組んだと思われます。そして、この頃から漠然と「県産食材と向き合う」のを考え出したような気がします。
 県産食材を使用すると店の宣伝になるから、という想いではなく、手に届く範囲に良い食材があるから、という実に単純な気持ちであります。

「結局、当時のメニューから、開店当初と変わらぬ気持ち、は判ったの!?」

 判りました、何となく。

 当時は、料理もサービスもおぼつかない状態でした。しかし、それでもベストを尽くすため努力していたように思います。その気持ちを忘れず、そして、奢ることなく営業し続ける事が「開店当初と変わらぬ気持ち」なのではないでしょうか。

 料理を極める事など不可能である、と私は思いますが、極めようと努力する事は出来ます。

 10年経ってメニューを読み返した自分に贈る言葉は

「汝自身を知れ」

 であります。

 自分が無知である事を自覚し、その自覚に立って真の知を得、正しく行為せよ、という意味でありますが、自分の無知を自覚すれば他人に優しくでき、そして、他人を理解しようとするはずです。

 その考えを少しでも店に反映できればいいかな、と今は思います。

 少しでも反映でき、お客様に喜んでいただければ、その時は・・・

 ワイン飲みます、いつも以上に。















擬音やフィーリングを尊重したメニューは食べ手の想像を膨らませる事が出来るのか

2014-06-12 22:45:19 | Weblog
 「ザーザー」「シトシト」「パラパラ」「ポツポツ」・・・雨音の表現語は色々ありますが、それらの言葉が頭の中に思い浮かんでくる梅雨の季節は、その手の音に対して敏感になるのではないでしょうか。傘を仕舞う時に雨水を落とす時の「バサバサ」、小さな水たまりを歩く時の「バシャバシャ」、服に付いた雨を払う時の「サッサッ」、など・・・梅雨は音の季節でもあるのですよ、と言い聞かせたくなる今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 子供の頃なら「ピッチピッチ、チャップチャップ、ランランラン♪」と雨の日も楽しく過ごせたのですが、雨が鬱陶しい(うっとうしい)と思うような大人になってしまうと、少しでもその鬱陶しさを軽減するためにその雨音を聞いて楽しむ事が必要になってきます。
 雨音がショパンの調べに聞こえてくるようになればだいぶ大人なのでしょうが、まだその域に達していない私は梅雨時の擬音をブログのネタにして字数を稼ぎながら湿気を吹き飛ばそうと考えるのが関の山であります。
 しかし、擬音というのは雨音もさることながら、調理法又は食感を助長させるために料理メニューで使用しているお店もありますから大事であり、且つ、センスが問われる表現法と言えるでしょう。
 例えば「~のカリカリ揚げ」。食感的にクリスピーに揚げている事がこのメニューで理解できますが、ソフトに揚げているのは「フニャフニャ揚げ」という表現になってしまうのでしょうか?深読みしてしまいますな。
 例えば「~のサクッと揚げ」。パン粉の衣をつけてカラッと揚げている事がこのメニューで理解できますが、よく考えると「サクッと」揚がっていないフライは食べたくありませんな、むしろ「サクッと」しないといけないでしょう、フライ物ならば。
 このようにメニューに擬音が使われることが珍しくなくなりましたが、どうせなら主食材や料理名を明かさず、その調理法や食感、自分のフィーリングをメニューに付ける店があったらどうでしょうか。注文するのに躊躇してしまいますが想像力が膨らみ、料理到着までの時間、色々想いを張り巡らせられると思われます。
 前々から気になっていた店の扉を開け、店員に誘導されるがまま着席した「あなた(この場合の「あなた」はこれを読まれているあなたと仮定してください)」は手渡されたメニューを開きました。すると、こんな文字が羅列しているではありませんか。

『カラッと揚げたものをサクサクッとカットしてグツグツっと軽く煮込んでとろーり仕上げたものを乗せました(涎)』

 「バカか、バカなのか?このメニュー・・・」すぐに心の中でそう思った「あなた」は最後の「(涎)」も気になりました。
 「これ、何て読むんだ?・・・“よだれ”じゃねーかよ!これって、(笑)や(泣)と同じレベルで、よだれが出るほどおいしいです、って主張しているのか・・・」そう気づいた「あなた」は、改めて先ほどのメニューを読み返しました。
 「カラッと揚げたものをサクサクッとカットして・・・もしかして!これは“とんかつ”を意味しているのか!という事は、グツグツ軽く煮込んでとろーり仕上げたものを・・・カツ丼か!」そう理解した「あなた」は、他のメニューも読んでみました。

『母をたずねて三千里、のラストシーンで出会う様よ!ふたりが抱き合うシーンを思い浮かべながらババッとまとめて乗せました(泣)』

 「だいぶ・・・バカだな・・・しかし、これは・・・親子丼、という事なんだろうな・・・」何となくメニューの法則を理解した「あなた」は続けて読んでみます。

『ググッと練って伸ばして細切りに。茶色の液体に浮かぶスライス物が表面を覆ってます(笑)』

 「これは・・・チャーシューメンか・・・どうでもいいけど文末に付いている、(笑)(泣)(涎)といった文字、何とかなんねーのかよ。」そんな事を思いながらも「あなた」はメニューを読むのが楽しくなっているのです。

『ぶつ切りにしたものをギュギュっと揉みながら漬け込み、片栗粉を付けて揚げてあります。ご飯がすすみますよ(爆)』(から揚げ定食)

『トントントーンと黄色いフットボール型に仕上げたものの中には赤いものが隠れているのであった・・・(困)』(オムライス)

『みんな好きな香りをドロドロっと乗せました(印)』(カレーライス)

 どうでもいいような、しかも、めんどくさいメニューを読んでいると、店員さんがオーダーを取りに来ました。

「お客様、お決まりでしょうか?」

「じゃあ、せっかくだから・・・最初に読んでしまった、コレ、お願いします。」

 読むのがめんどくさくなった「あなた」は指をさして注文を促すと、

「申し訳ございません、声に出して注文して頂かないと判りませんので、もう一度お願いします。」

 ナニ~!・・・ちょっとイラッときましたが、そこは大人な「あなた」。イライラを抑えて声に出して注文してみました。

「じゃあ、この、カラッと揚げたものをサクサクッとカットしてグツグツっと軽く煮込んでとろーり仕上げたものを乗せました、お願いします・・・」

「かしこまりました、カツ丼ですね。」

 オーダーを取ってスタスタ厨房に向かうスタッフの後姿を見つめ「最初からそう書けよ!」と心の中で叫んだ「あなた」はこう思ったのです。

「擬音やフィーリングメニュー、やめろよ・・・」

 

 やっぱり・・・メニューは、普通が良いですな。























とある日のコース料理を振り返ってみると見えてくるものがあるのではないか

2014-06-11 22:43:07 | Weblog
 乾いたアスファルトが雨に濡れた時に発する香りは、切なさと刹那さの相反するふたつの感情が同居したような、そんな気持ちにさせられます。それは恰も(あたかも)、告白して失恋はしたが、同時に気持ちのモヤモヤが吹っ切れたような感じに似ており、悲哀と達成感がそれぞれ襲ってくるのです、というような事を書きたくなるくらい湿度が高くなっている今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 東北地方もやっと梅雨入りしたようですが、梅雨入りする一週間ほど前、ひと月以上前からご予約を頂いておりました団体様がご来店くださったのです。
 「出来れば、他の方が入店できないようにして欲しい。」と制約を付けてのご予約だったのには理由があったのです。その中のおひとりが「アンジェラ・アキ」さんだったからです。
 「本当は、あき竹城、だったんじゃないの?」そのように懐疑的に思われる方もいらっしゃると思われますが、確かに・・・山形繋がりですからな(あき竹城さんは米沢出身です)・・・そう思われても致し方ありませんが、「アキ」しか合ってませんよ、本当に「アンジェラ・アキ」さんでした。
 ご予約を頂いた時は「オォ!スゴイ!」と、マネージャーと二人で歓喜に沸いたのですが、その後に「でも・・・アンジェラ・アキさんの歌、ほとんど知らない・・・」と顔を見合わせてしまったのです。(アンジェラファンの方、すみません)
 来店いただき、会食が始まってしばらくしてからアンジェラさん本人が厨房に顔を出してくださって「美味しいです!」の言葉を頂き、ちょっとだけ会話させてもらったので、私の中では「アンジェラ」から「アンジー」に変わり、ちょっとだけ近い感じです、勝手に。
 今回はネタ不足解消の為、「アンジェラ・アキ」嬢グループにお出しした料理画像を載せつつ、料理の解説をいたしたいと思います。

 まずはじめに、「山形産カリフラワーのムースと帆立」



 このカリフラワーは房の色が黄色みがかっている為、ムースにしても薄黄色になってしまいます。
 カリフラワーの房を外し、水洗いしてから小さめの鍋にギュウギュウ詰めに入れて、塩、グラニュー糖、水を加え、蓋をして蒸し煮するように加熱します。
 粗熱が取れたら牛乳少々と共にミキサーにかけ、最後に生クリームを加えて滑らかにします。帆立はテフロンフライパンでじっくり表面だけ焼き、ミキュイ(半生の状態)に仕上げます。
 グラスにカリフラワーのムースを盛り、帆立を手で割いて盛り付けます。


 続いて、「トマトとズワイ蟹のコンポジション 熊谷農場のアスパラガスとキジハタの軽いグリエ」



 トマトはヘタを取り直火で炙って皮を剥きます。横半分にカットして種を取ります。トマトを塩、グラニュー糖で30分マリネし脱水します。中の果肉をくり抜き、表面の果肉と中の果肉に分けます。中の果肉を刻みズワイガニと合わせ、水で戻して溶かしたゼラチンを加えます。
 四角いセルクル型に溶かした豚足のキュイッソンを流し、表面の果肉を敷き詰め、中の果肉とズワイガニを合わせたものを流し、表面の果肉でサンドして豚足のキュイッソンを流し冷蔵庫で冷やし固めます。
 キジハタは三枚におろし、中骨を抜いて皮を引きます。塩をして1時間置き表面だけ軽くグリエします。アスパラガスは根元の皮を剥き、皮を加えて煮立てたお湯で1分茹で、30秒休ませてから氷水で色止めします。
 それぞれをカットし、トマトのソース、キュウリのソースを敷いて盛り付けます。

 続いて、「サーモンの瞬間スモーク サラダ仕立て」



 サーモンは塩とグラニュー糖でマリネし、40秒ほど強いスモークを掛けます。カットして盛り付けサラダ仕立てにします。

 続いて、「メバルのポワレ シェリーヴィネガー風味のブールブラン 地物のベビーコーン、ズッキーニ添え」



 まぁ、見たまんまですな。(コラコラ!)

 続いて、「蝦夷鹿のロティ コニャックと赤ワインのソース 舞茸のピュレ添え」



 蝦夷鹿は塩をして表面を焼いてから100℃のオーブンで一時間半ローストします。
 舞茸をスライスし、玉葱のスライスと共にバターでソテーしてドイツの甘口ワインと共に煮込みます。粗熱が取れたらミキサーにかけピュレにします。
 赤ワインとポルト酒を煮詰め、フォン・ド・ヴォーを加えて更に煮詰め、塩こしょうで味を調えたらコニャックで風味づけしてソースとします。
 

 残念ながらデセールの画像は撮り忘れましたが、ガトーショコラでした、本人がお好きなようで。


 今回は画像を多用してネタ不足を解消したわけですが、次からはまた文章攻めにさせていただきます。

 今回の内容も文字数は多いんですけどね。

 そして、アンジー!(勝手に)youtubeで色んな曲聞きました!

 またコンサートで山形へ来た際にはまたのご来店を!・・・お願いしますね。