ラミ・デュ・ヴァン・エフ シェフのブログ ~言葉の錬金術~

フランス料理に限らず、色んな話のブログ内容です。

ドラマや映画は休みを使ってイッキに観たい派です、というかそうでしか観れない男の話

2021-09-10 21:24:00 | Weblog
 先日、ひょんな事で知ってしまったある海外ドラマを某動画配信サービスで観る事にしました。しかも休日をフルに使って。
 内容が少し屈折しているので観る人を選んでしまうよな、とは思いながらも見事なのめり込み具合で結局ラストまで一気に見てしまったその海外ドラマは「このサイテーな世界の終わり」という、ちょっと邦題は引いてしまうタイトルですが英題は「The End of the F***ing World」という、こちらもだいぶ引いてしまうタイトルです。
 一応、作品の説明には「サイコパスな少年と、人生の全てを変えたい少女が思いついたロードトリップ」とありますが、もう少し詳しくネタバレしない程度に説明すると

「主人公の少年ジェームス(17)は父親に対するモヤモヤを小動物などに八つ当たりし、いずれ人を殺すことを念頭に置いている自称サイコパス。もう1人の主人公アリッサ(17)は親が離婚し母親に付いていったら再婚したがすぐに双子の弟ができてしまっため家に居づらく、そのためにすぐにブチギレて暴言を吐いてしまうトラブルメーカー的な少女。この2人が何となく知り合って何となく付き合うような形になっていく中でジェームスはアリッサを殺そうと考えるようになります、とりあえずサイコパスなんで。そんなある日、アリッサは養父とケンカして家を飛び出てジェームスのところに向かい一緒に家出することを提案。アリッサを殺そうとしていたジェームスはいい機会だと思いその提案を受諾しジェームスの父親の車を盗んでふたりは家出を敢行します。当初は遊びの延長的な家出でしたが思いがけない出来事に巻き込まれ、遂には大変な事件を起こして逃亡することになるのですが、その結末やいかに。」

 こんな感じになります。
 最初は「やさぐれた小さな恋のメロディかな?」くらいの気持ちで観ていましたが、全く違う方向に進んでいき、それがシーズン2に繋がっていくというものでした。
 1話が30分くらいと比較的短いためスルスルと観れるのもハマる要素ですがシーズン2で完結(だと思う)してくれるのも観る側としては(私としてはですが)嬉しいところです。
 海外ドラマは得てしてシーズンが終わりそうになるととんでもない事が起きてそれが次のシーズンに繋がるとか「これで終わりかな?」と思ったら実は真の黒幕は違うヤツだったりとか話の引っ張り方が強引です。そのために何度途中下車してしまったか。全観したのは「ブレイキングバッド」くらいです。
 まぁ、それはいいとして(いいのかよ)お時間とご興味のある方は「このサイテーな世界の終わり」ご覧になってみては如何でしょうか。
 因みに、この題名の元にあるのはオールディーズの名曲、スキーター・デイビスの「The End of the World」であると思われます。(シーズン1の最終回にこの曲がかかっておりました)
 そして、このドラマを見終わった時「映画のロードトリップものっていうか逃避行ものって多いよな…」とも思ってしまうのは私だけでしょうか…
 有名どころで言えば「スタンドバイミー」、だいぶ昔で「テルマ&ルイーズ」、かなり昔で「俺たちに明日はない」、マニアックなフランス映画では「熟れた本能」などなど…ちょっと趣旨は違うかも知れませんが日本映画の「飢餓海峡」なんかもそれにカテゴライズされてもいいような気もします…

 そんな感じに先週の休みは終わってしまいました…

 ただ映画やドラマを観通すと良い事もあります。

 それは休日の酒量が増えない、という事です。

 しかし、もう観たいドラマや映画がないので今度の休みが心配で心配で…(そんなに飲むのかよ!)




 
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15年という年月は長い。しかしそれは深い、と思いたい。

2021-09-08 21:05:00 | Weblog
 「猛暑」という言葉が遠い過去のものだったような気さえしてしまうほど過ごしやすい気温を取り戻し、夜はちょっと肌寒い感さえある今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 今となってみればあの滴るような汗を連日かかなければならない状況は何だったのか、という感さえありますが(厨房仕事は尚更です)過ぎ去ってしまえば良い思い出だったような気がします、多分、何となく…
 あの暑さは何だったのか、というのを形容するのに「あんなに生ビールが飲めたのは何だったのか」みたいのがありますが、それはただ単に飲みたかっただけでしょう、生ビールを。
 それはいいとして(いいのかよ)過ぎ去って思い出に変わるのは何も暑さだけではなく当然、過去の出来事でも「あれは何だったのか?」や「そう言えばそうだったな」という出来事はたくさんある訳ですが、そんな事を不意に思ってしまったのは当ブログが開設からまもなく15年が経ってしまうからかも知れません。(強引ですが)
 昨日、何となくブログの管理画面を見たところ(最近またブログを書こうかなと思いまして)「ブログ開設から5467日」というのを目にしまして、365日で割ってみるとほぼ15年だったものですから驚愕し(大げさ)感慨深ささえ覚えたのです。(だいぶ大げさです)
 確認と言いますか、どんな事書いたんだっけな的に、たまに、ホントに稀にですが過去の記事を読み返すことがあるのですが、それこそ「あの文章は何だったのか?」と思ったりするわけで、料理の記事に関してはその考えがあってこそ今の考えが成り立っていますからほとんど読み返しませんが(おいおい)その他のどうでもいい記事(おいおい!)に関しては「何だったのか?」と思わずにはいられません。
 多分、その時に興味がある事や出来事をを何となく書いているのでしょうが、延々と飲んだ話や花笠祭りに宗教的要素を重ね合わせた話などどうしたらそんな話を膨らませたのか、というものばかり。しかし、よく考えたら先日アップした「およげ!たいやきくん」の話もその延長なのか?
 数年前からSNSばかりで全くブログを書く気が起きず、と言いますか、長くブログを書いていなかった為「文章を書けなくなったのではないか」とすら思っておりましたが(ブログを書く、という表現をしておりますがご容赦ください)最近、自分自身の勉強のために、という訳の分からない理由で少しづつ再開してみようかな、と思った次第です。
  
 今は画像の時代なので「文章で何かを伝える」というのは古いのかも知れませんが、よく考えてみるともう私も50を過ぎた古い人間。新しい何かにチャレンジしたいとは思いますがその「新しい何か」が何なのか、そのためにブログで文章と向き合っていけば何か見つかるかな、と思ったわけです、ちょっと前に思っただけなんですけど。

 人によっては不快な文章かも知れませんが、すみません、こういう文章しか書けないんです…

 ご容赦くださいね…

 また時間ができたら文章書きたいと思います。





 
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君はあの曲にどんな想いを抱くのか

2021-08-21 20:52:00 | Weblog
 湿気を纏う熱空間が身体を覆いマスクの中は高温多湿極まりない状態になって呼吸すらしたくなくなる、そんな息苦しさ全開の山形ですが、皆様如何お過ごしでしょうか。
 山形の夏は暑いです。他所からいらっしゃった方々(他県からの来県者様がそれほどいる訳ではありませんが)が言うのですからそうなのでしょう。
 なぜそれ程までに暑いかと言いますと、山形県は山々に囲まれているからか暑い夏でも風が吹かないため体感温度が上昇しっぱなしになるからではないか、と私は思っております。(結局、個人見解です)
 宮城県から来る業者さんにその事を告げると

「だからですか!山形に来ると異常に暑いな、と思っていたんですよ!」

 と嬉々として(この表現が合っているのかビミョーですが)喋り始め、最後には

「宮城も暑いですけど風が吹くんですよ!気持ちのイイ風が!」

 とプチ宮城自慢になってしまいますから「言わなきゃよかった」感が込み上げてくる、というものでしょう。
 そんな暑い夏の日に私はストーブ前(ガス台の前、という専門用語です)であくせく仕事をしているのでいつ熱中症になってもおかしくない現状ではあるのですが、よく考えると「焼き鳥屋さん」だったり「鉄板焼き屋さん」だったり「目の前が全部、しかもずっと熱源仕事」の方々は大変だなぁ、と思うわけです。
 そんな事を仕込みの際何となく思っていたところ、店のUSENから流れてきた音楽は女性グループがカバーした「およげ!たいやきくん」でした。(営業前はウチの若いスタッフの希望により「USENリクエスト」というチャンネルで最近流行っている曲を流しております。因みに、営業中はJAZZを流しておりますのでご安心を)
 何故今頃「およげ!たいやきくん」を女性グループがカバーするのか私にはちょっと分かりかねますが、私たちの年代的には「懐かしい」と思わせる曲であります。
 オリジナルは子門真人さんの曲で「むぁいにち、むぁいにち、ぶぉくらはてっぱんぬぉ〜♪」と妙に粘り気とビブラート全開の歌声が耳に残る名曲でありますが、何気に聴いていた当時(幼稚園くらいと記憶しております)からあの「歌詞」いや、あの「ストーリー」に違和感というか納得のいかない何かが私の中で存在しておりました。
 それを今回、流れてきたカバー曲で思い出し、そして、ブログに記してみようではないか、そんな気持ちにさせたのです。(大げさ)
 何がそんな気持ちにさせたのか、まずは歌詞を読みながら考えてみたいと思います。(歌詞を区切ってその状況ごとに考えたいと思います)

  およげ!たいやきくん   (提供元 Musixmatch)

「まいにち まいにち ぼくらは てっぱんの うえでやかれて いやになっちゃうよ あるあさ ぼくはみせのおじさんと けんかして うみににげこんだのさ」

 まぁ、たい焼き屋さんですから毎日毎日鉄板の上で焼かれるのは仕方のない事だとして、急に出てくる「店のおじさん」なる人物は店主、つまり「経営者」だと推測されます。
 その経営者と「ぼく=たいやき」の関係性は経営者と従業員のようなものではないか、と考えられます。しかも喧嘩をした、となると只事ではありません。大抵、経営者と喧嘩をする原因というのは金銭的な問題でしょうから、たいやきくんは朝っぱらから賃上げ要求をして「経営者=店のおじさん」と喧嘩したのではないか、と推測されます。そして、その怒りのまま突発的に海に逃げ込んだのでしょう。ヤケクソですな、たいやきくん。
 
「はじめておよいだ うみのそこ とってもきもちが いいもんだ おなかのアンコが おもいけど うみはひろいぜ
こころがはずむ ももいろサンゴが てをふって ぼくのおよぎを ながめていたよ」

 まぁ、たい焼きですから飛び込んだ瞬間、お腹の餡子の重さで海の底まで沈んでしまったのではないか、とも考えられますが、泳いだ事になっておりますからその辺はスルーしますが、桃色珊瑚は見た事のない物体が突然沈んできてビックリして凝視していただけかもしれません

「まいにち まいにち たのしいことばかり なんぱせんが ぼくのすみかさ ときどき サメにいじめられるけど そんなときゃ そうさ にげるのさ」

 たい焼きくんは今まで鉄板の上でしか生活していなかったでしょうから海の生活は楽しく毎日が刺激的でしょう。そんな中、サメに追いかけ回される場面もありますが、そんな時は歌詞の通り逃げてください。変な男気出して戦っても良い事ありません。
 そしてこの部分の謎が「難破船」であります。難破船が容易に見つかる海とはどの辺なのでしょうか?しかも今までの歌詞を振り返ると店の店主と喧嘩してすぐに海に飛び込める環境のたい焼き屋さんって…珊瑚もあるし沖縄あたりなのか…しかし難破船がすぐに見つかる海…難しいです…

「いちにちおよげば ハラペコさ めだまもクルクルまわっちゃう たまにはエビでも くわなけりゃ しおみずばかりじゃ ふやけてしまう いわばのかげから くいつけば それは ちいさなつりばりだった」

 目玉がクルクル回りたまに海老をバリバリ食うたい焼き、それそれで怖いです。そしてここから物語は終盤を迎えようとするのです。

「どんなに どんなに もがいても ハリが のどからとれないよ はまべで みしらぬおじさんが ぼくをつりあげ びっくりしてた」

 どんなにどんなにもがいても針が喉から取れない状況は聴いていて辛いものがあります。この状況に「およげ!たいやきくん」の音楽が付いているでしょうから無粋な提案ですが、喉から針が取れずにもがき苦しんでいる状況なら「アルビノーニのアダージョ」くらい重い音楽の方がいいのではないか、と思ってしまうくらいです。
 そんな状況を知らない「みしらぬおじさん」は釣り上げたのが「たい焼き」だったためビックリしてしまいます。まぁ、そりゃあそうでしょうね、魚、いや、具体的には鯛だと思って釣り上げたら「たい焼き」だったんですから。

「やっぱりぼくはたいやきさ すこしこげある たいやきさ おじさんつばをのみこんで ぼくを うまそに たべたのさ」

 「食うんかい!」お笑いの世界ならそんなツッコミが即座に出るでしょうが、この曲最大の謎は海水まみれで、なんならふやけまくっているたい焼きを釣り上げてビックリしていたおじさんがそれを美味そうに食べる、というハンニバル的終焉で幕を閉じてしまう事です。
 幼稚園(正確には保育園でした)当時、この終わり方が無性に悲しく、束の間の自由を手にしても結局殺されてしまう「大脱走」的エンディングに似たものを連想させたのです。
 いつも同じ仕事の繰り返しに嫌気がさし経営者と喧嘩して「オレはこじんまりした人生なんかまっぴらゴメンなんだよ!」と威勢よく世の中の海原に飛び出してみたもののサメみたいなヤツに目を付けられたり日銭がなく目玉がクルクル回るくらいの空腹感と疲労に悩まされながら一発逆転を夢見て手を貸した仕事がオレオレ詐欺の受け子の役で結局捕まってしまった、みたいな、そんな悲哀に満ちた歌に感じてしまうのです、「およげ!たいやきくん」は。
 当時どういう意図を持ってこの曲が作成されたのか気になるところですが、子供に聞かせる曲にしては少々考えさせられるな、と今でも思ってしまいます。
 しかし、そんな思いとは裏腹に当時「およげ!たいやきくん」と鯛版人形焼とも言える「たい焼き」は大ヒット!たい焼きは頭から食べるか尻尾から食べるか論争なるものまで出て「たい焼き」は一躍市民権を得るのです。それはそれでサクセスストーリーなのか。
 
 たい焼きは今でもおやつ界ではメジャーなものになっていて「タピオカ」や「マリトッツォ」などの一時的おやつとは一線を画しております。

 こんな話を書いといといて何ですが、書いていると食べたくなりますな、たい焼き。

 やっぱり刷り込まれている世代なんですよ、「およげ!たいやきくん」のメロディーが頭の中に流れるとたい焼きを食べたくなるのは。

 まぁ、それはそれでいいのかな。
 
 
 
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寒い日のひとり酒。その時に飲む酒は何か、そして音楽は何か、

2021-01-26 17:17:43 | Weblog
 鼻から息を吸い込むと鼻の奥がツーンとした爽快感とも冷刺激とも言えぬ独特な感覚に見舞われ、口から吐く息は思ったよりも白く煙り、夜空を見上げるといつもより綺麗に見える星空に「あぁ、大気が乾燥していて透明度が上がっているのだろうか・・・」と夜の帰宅途中に何となく得したような気持ちにさせられるそんな今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 寒いです、とにかく。外はもちろんの事、家の廊下や風呂場はともかく厨房までもやけに寒いです。そんな寒い厨房なのにTシャツ一枚にエプロンで仕込みをしているので(勿論ですが、下はパンツ等を履いてます。営業時間になる前にコックコートを着ます)業者さんらが品物を持って来てくれると驚きを隠しながらも「元気ですね」や「若いですね」と声を掛けてくれるのですが、実際、元気も若さもありません、ただこの格好の方が仕込みするのに都合が良いからそうしているだけで魚の下処理をしている時は寒さに打ち震えながら涙目で作業をしているのです。(ちょっとだけ大げさですがあながち間違いではありません)
 時々、「暑い夏と寒い冬、どっちが好き?」などと訳の分からない二者択一の質問をしてくる御仁がいらっしゃいますが、ハッキリ言いましょう、どっちもイヤです。敢えて言うなら「それを聞いて誰がどんな得をするのか?」逆にそう問いたいものです。
 しかし私もいい歳の大人、例え話に逆ギレするようなそんな人間ではありません。そんな時はこう答えます。

「そうですねぇ、私は8月の真夏生まれですから、どちらかと言うと寒い冬の方が許せるかも知れません。」

 全く答えになっておらず、ややもすれば「何言ってんの・・・」と呆れられるでしょう。しかしながら真夏生まれだからといって暑さに強いわけではなく、全身汗だくでいるよりは「お〜、寒い寒い・・・」と言っている方がまだ許せるのかな、と思っただけであります。だからと言って極寒が好きなわけではありません、全く。
 ただちょっとだけ冬の寒さを許せるとしたら寒い日に飲む燗酒がやけに旨く感じることでしょうか。(その反対は暑い日に飲むキンキンに冷えた生ビールが挙げられます)
 燗酒を熱めに注文しお猪口に注いで口に近づけただけで冬感は爆発的に増し、ちょっと飲んでみて「熱っ!」と独り言のように呟いた時の風情は完全にドラマの一場面の様相を呈します、何のドラマか知りませんが。(無責任)
 その時のつまみは「炙った烏賊」だったり「烏賊の塩辛」だったり渋い烏賊関係でもいいのですが、焼き魚や煮魚でもいいと思うのですよ、「舟唄」じゃないんですから。
 私的には「お浸し」のような野菜ものと燗酒が抜群なマリアージュだと思っております。日本酒には野菜というのが私の持論です。
 まぁ、日本酒のつまみは考えればキリがありませんが、ではそのシチュエーション(寒い日に燗酒を飲む、というシチュエーション)にはどんな音楽が合うでしょうか?
 勿論「無音」というのもアリなのでしょうがこの場合は「ひとり酒」であるのが絶対条件です。(突然ひとり酒縛り)そんな中で「無音」でひとり燗酒を煽るような飲み方をしてしまってはイヤな出来事しか思い出さずすぐにベロベロに酔っ払ってしまいます、気をつけたいものですな・・・
 寒い日、しかも夜、一人で燗酒を飲んでいる、そんなシチュエーションには演歌しか合わないのは誰しもが分かっている事なのですが、もっと変化球的な音楽は合わないのでしょうか?
 考えるにそのシチュエーション(もうお分かりですよね)に「演歌が合う」と思ってしまうのは日本人の根底に刷り込まれたサブリミナル効果のようなもので、まさにドラマなどで観た場面とその時の音楽が一体となって潜在意識にブチ込まれているからだと思うわけで、それらがワンセットという意識が日本人にはあるわけです。
 そこに変化をもたらしたい、そんな自分勝手な事を私は考えたのですが、だからと言ってそこに無理矢理サンバなどを持って来ても違和感しかないわけです。そこで「寒い日」「夜」「燗酒」「ひとり酒」「塩味の濃いつまみ」に合う音楽、しかも「演歌以外の音楽」を考えた時に必要な要素は「悲しさ」だと私は考えました。(これは完全に私個人の考えですのでご了承ください)
 先に述べました「サンバ」に違和感を覚えてしまうのはそこに「悲しさ」が存在しないからだと思うのです。やけに明るく「コンコンココンコンコンココン!」と乾いたようなリズム、「ピーピーピーピ、ピーピーピピー!」甲高いホイッスル、日本酒には合いませんな、「寒い日」と「夜」のキーワードにも合っていません。
 クラシック音楽という手もありますが曲によっては荘厳すぎて酒を飲みながら自戒してしまうではないですか、それでは。しかも、クラシック音楽だったらやっぱりワインでしょう、そういう時は当店でお願いします。(軽く宣伝)
 
 では何が?
 
 私個人の考えですが(ずっと言ってます)「アルゼンチンタンゴ」なんてどうでしょうか?

 ちょっと悲しみを帯びたマイナーなメロディー、なぜか心に染みるアコーディオンオルガンの扇情的なソロ、哀愁のある女性ボーカリストのボーカルヴィブラート、ひとり酒にはもってこいの音楽だと思うのですが、ねぇ。

 ただ、やっぱりこれもワインの方がよろしいのかな、と。

 ここまで考えながら文章を書いていたのですが、燗酒飲む時に演歌以外の音楽を探す事自体意味があるのかな?と思い始めている自分もいるわけですよ。(コラ!)

 「寒い日」「夜」「燗酒」「ひとり酒」というシチュエーションには「演歌」が最強、という事ですな・・・

 散々書いといてこうなっちゃいました・・・すみません、くだらない話で。

 とりあえずこんなブログですが、今年もよろしくお願いします、という事で。

 気が向いたら更新しようと思いますので。





 
 
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料理は文章のみより画像をつけた方が良いのか、という忖度

2020-12-02 19:17:00 | Weblog
 寒い風や雪と共にその季節がやって来る事を覚悟しているのに全くその気配がない冬の様相は盛り上がりに欠けるパーティーのようであり、イタズラが見つかり叱られると思い身を屈めて叱責を待っていると優しく抱擁されて戸惑う子供のようである、そんな12月、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 「今年も」と先に付けたくなるくらい雪の降らない12月を迎えたわけですが、生活するには快適で文句の言いようがなく、出来れば冬はずっとこの感じでお願いしたいものなのですが地球規模での気候を考えると不安が頭を過ったり(よぎったり)するわけです。
 「冬は過ごしやすく夏は地獄のような暑さ...大丈夫なのか、地球よ...」いつか日本から「冬」という季節が無くなり「春・夏・夏・秋」という変則四季に変わってしまうのではないか、そんな極端な考えすら浮かんでくるというもの。地球温暖化に歯止めを掛けるような何かを個人でできる事は、と考えてはいつか忘れ、考えてはいつか忘れの繰り返しであります・・・。とりあえずワインを飲んで酔っ払って車に乗らない、くらいしか出来ていません。(全く歯止めがかからないレベル)これから本格的に実行するように努力致しますのでご容赦を。(一応、エアコンは最新式に変えました)
 さて、話は変わりますが(ガラッと)、全く更新していない当ブログでありますがなぜか今日は「たまにちょっとブログでも・・・」という気持ちになりましたのでキーボードに向かった次第です。
 当ブログも開始から14年以上も経ってしまい開始から8年くらいは精力的に活動していたのですが(表現が大げさです)、10年以上も経つと書くことが無くなる、というのが正直なところです。
 昔は料理の事を長々とブログに綴ったものですが(料理以外のことも長々と綴りました。むしろそっちの方が長いかも)、今は「文章よりも画像で」という時代でしょうから(だいぶ昔からですが)、最近の料理画像と共に料理解説をしていこうかな、と思ってみました。

まずは「カリフラワーのムースとボタン海老のクリュ オマール海老のコンソメジュレのせ」です。



 この料理はカリフラワーのクリーミーさとボタン海老の食感、そして海老の香りが広がるコンソメジュレが口の中で一体となるアミューズ(先付け)であります。
 海老の香りが広がるコンソメジュレはオマール海老の頭を使って「フォン・ド・オマール」を取り、それに卵白、香味野菜、白身魚の身を叩いたものなどを加えて加熱し澄まして海老風味のコンソメにしてゼラチンでジュレにする、という文章にするとなんだかよく分からないような工程を踏んだ料理でありますが、「オマール海老のコンソメ」自体はだいぶクラシックな料理でありますから作っていて楽しいですし、コンソメジュレなのにソースアメリケーヌの風味がする、という面白いものです。
 一方「カリフラワーのムース」はカリフラワーを房に分けて掃除し水洗いしてから鍋に入れて少量の水と塩を加えて蓋をして弱火で蒸し煮してからミキサーにかけゼラチンを加えて冷やして六分立てした生クリームと合わせるシンプルな調理であります。
 カリフラワーは鮮度が良いものを探すのが大変でたまに車で40分くらいにある自分の実家近くの産直まで買いに行くことがありますが(良いのがあるんですよ)、無い場合は実家に顔を出して一人暮らしの母の様子を見に行きカリフラワーが無かったショックを忘れる術も覚えました。(実家に顔を出してすぐ違う産直に行くのですが)
 
 今のところコース料理のアミューズで出る確率の高い一品ですから海老アレルギーなどお持ちの方は是非ともご予約の際、お知らせください。危ないですからね。

 今日は久々に文章責めで、と思ったのですが何となく料理画像を出してしまったので料理解説で終わりそうです。

 まぁ、ゆっくりと、慣らしながらまたブログをやっていければと思っています。

 以前のような頻度にはならないと思いますが・・・






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雨の湿気に誘われてキーボードを打つ

2020-07-07 20:28:00 | Weblog
 肌にネットリと張り付くような湿気と微妙な暑さに呼吸さえも生温く感じてしまう今日この頃、皆さま、如何お過ごしでしょうか。
 九州各地で大雨による災害で大変なことになっておりますが被害に遭われた方には心よりお見舞い申し上げます。まだ大雨が続くとの事ですのでくれぐれもご注意下さい。
 さて、話は変わりますが、半年以上ぶりにブログを更新してみようかと思い立ち、今まさにカタカタとキーボードを叩いているところなのですが、ついでに今までの「マチルダベイ シェフのブログ〜言葉の錬金術〜」というタイトルから「ラミ・デュ・ヴァン・エフ シェフのブログ〜言葉の錬金術〜」に変えてみました。(まぁ、店名を変えただけなんですが…)
 ブログタイトルの店名を変えてみると以前のようにブログを頻繁に更新する気力が出るかな、というどうでもいい理由ではあるのですが、随分このブログもほったらかしにしてきたので自戒の念も込めてであります。(大げさ)
 当ブログを立ち上げてから10年以上、正確に言うならばブログ開設から「5040日」(管理画面に日数が出てきます)、365日で割ると13年と8ヶ月経ったわけですからブログのやる気も失せる訳ですよ。(日数にかこつけた言い訳)
 13年と8ヶ月と言いますと約14年でありますから私もまだ若かったのですが、「でも見てよ今の僕を、クズになった僕を…」と今流行の瑛人「香水」の歌詞の引用して歳取ったアピールせざるを得ません。(いや、だからと言ってクズになったわけではありません。因みに、店ではオープン前に現ホールマネージャー小柴くんの希望によりユーセンの「最新Jポップ リクエスト」(だと思う)が延々流されるので否応なしに流行りの曲を覚えることができます)
 約14年前と言いますと2006年でありますが、その頃何があったのか調べてみましたら「紀子さま男児出産」「日銀が量的緩和解除、ゼロ金利解除」「安倍政権発足」「ライブドア堀江前社長、村上ファンド村上前代表を逮捕」とありました、懐かしいですな…(時事ドットコムより引用)
 まぁ、それくらい年月が過ぎたわけですが、最近ブログのやる気が失せた理由を自分なりに考え、そしてまとめてみると「老い」なのではないか、と、そんな絶望的な答えが浮かんでくるわけですよ。
 しかし、その「老い」、悪い事ばかりではないような気がしています、いや、自分にそう言い聞かせているだけなのか?
 その「老い」の「悪い事ばかりではない」事例はもちろん今の仕事であります「料理」にだいぶ反映されていると思われるのですが、そのひとつが「料理を軽くするには」と言うものです。
 フランス料理を軽くする、と言うのはヌーベルキュイジーヌ以降(*)フランス料理に携わる者ならば必ず考える事ではありますが、どこまで軽くするのか、と言うところで壁にぶつかってしまうように思われます。(ヌーベルキュイジーヌとは「新しい料理」を意味する調理法やスタイルのことを指します)
 主食材を火入れして塩とオリーブオイルだけ、というシンプルな調理法もあるでしょうが、それではフランス料理として成り立たないように思えます。
 最近のフランス料理は小ポーション多皿というスタイルが定着してきましたが、そのスタイルの料理は「現代フレンチ」というジャンルで区分けされる事が多く「フレンチ」「現代フレンチ」では微妙に料理が違うのです。
 さて自分の話になりますが、私の考える「料理を軽くするには」は、クラシックな料理を踏襲しながらも味やポーションを抑える、という何の変哲もない事なのですが、バターやクリームを使いながらも重さを感じなくさせるためには何をするべきなのか、というのを日々考えながら調理すると料理がスッと入ると思うのです。
 言葉にすると凡庸なのですが、なんて言うんですかね、ちょっとした事なんですよね。やってることはそれほど変わらないんですが確実に違うんですよ、料理に対する考え方や感じ方が10年前と。
  
 まぁ、これからそんなことをブログに書いていければなぁ、と思っております。

 あいも変わらず長文で回りくどいブログですが暇なときに読んで頂けたら幸いです。

 今日はこの辺で。と言いつつ1900字超え。400字詰め原稿用紙だったら約5枚分ですな…





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歳を重ねて体感時間が早くなると秋の夜長を感じれなくなるのかもしれない

2019-10-18 21:30:29 | Weblog
 ビルの2階にあります当店「ラミ・デュ・ヴァン・エフ」の厨房からは外が見えるようになっているのですが、日が落ちるのが早くなっているのを目の当たりにしますと「秋の日は釣瓶落とし」という言葉が浮かび(秋の日の急速に日が暮れるさまの形容)「このまま秋の夜長に突入するのですね」とひとり物悲しくなってしまう今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 「秋の夜長」と聞くとゆっくりした時間の流れみたいなものをイメージしますが私たち飲食店に従事する者は夜の営業が始まってしまえば時間の流れは速く、そして、気が付いたら閉店時間になっているという事がほとんどです。
 「歳のせいで時間経過が早く感じるだけなんじゃないですか?」などと元も子もないことを言われてしまうと頼まれてもいないのにバケツに氷水を用意し自ら被って「アイスバケツチャレンジ」をし(古っ!)雄たけびを上げながら泣き濡れたくなるものですが、確かに歳を重ねていくと時間経過が早く感じます。
 自分では変わらずに若いままだと思っていても否が応でもその「戻れない、戻せない歳」を痛感するのは若者と話をした時などであります。
 当店のホールマネージャーは以前の「マネージャー佐藤」ではなく(マネージャー佐藤氏は「ドンキー佐藤」で放送関係で活躍する傍ら某イタリアンでサービスをしています)若き「コシバくん」になりました。
 「コシバくん」はまだ「30歳」になったばかりで、20代の若者よりイっていると言えばそうなのですが私とはひと回り以上も離れている事になりますから「若い」と言っても差し支えないでしょう。
 彼はまだ私に話を合わせてくれるからいいのですが、今度忙しい時にスポットで入ってくれるアルバイトの人はまだ「19歳」。何を話せばいいのか?そんな時に「歳」を感じるわけです。
 試しに彼の父親の年齢を聞いてみたところ、予想はしていましたが私より年下でした・・・変わらずに若いと思っている自分を全否定されたような気になります。
 しかし、そうなるであろう事(歳の差問題)は致し方ない事です、仕方ないんです!(涙)
 彼(19歳)が私に話を合わせるという事は難しいでしょうから、私の方から彼に歩み寄る努力をしなければならない、と考え、仕込みの時は「JポップUSEN(ユーセン)ヒットチャート」という音楽をかけて最近の音楽事情を勉強する事にしたのです。(仕込みが忙し時はイライラするので全く聞いてません)
 例えば彼(19歳)に

「藤原さんってどういう音楽を聴くんですか?」

と話を振られた際にも

「まぁ、いろいろ聞くけど最近は〝あいみょん”かな・・・」

というようにです。(痛いですね、などと言わないように)しかしその流れで

「へぇ、ちなみにあいみょんの曲でマリーゴールド以外に好きな曲は何ですか?」

などとイジワルな質問をされてしまうとそのまままた自分に「アイスバケツチャレンジ」をかましてから寝たふりをしなければならないのでしょうが(別にアイスバケツチャレンジが好きなわけではありません)とりあえず掴みは何とかなりそうです。(この場合、米津玄師やOfiicial髭男dismでも可。だと思います)
 ただ、彼(19歳)は独特なファッションを着こなす(着こなしているか判断不能)男の子ですのでその話を振られたら完全に寝たふりをしなければならないでしょう、その前にワイン一本グイっと飲んで。

 そんな事を考えながらその事を「コシバくん」に相談してみると

「オレも何の話題振ろうかな、と思って・・・」

 との事でした。

 そうだよね、そうだよね。

 そんな事を考えたとき思ったのです。

 仕事の話すればいいんだよな、と。

 仕事の話がみんな共通の話題ではないか、と。

 その話でも合わなかったら・・・寝たふりします、ワイン一気飲みして。

(因みに、彼(19歳)は明るく性格も良いのでこちらに話を合わせてくれると思います。一応ネタとしてのこの話ですから)









 
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文章を長文化しようとするのは3年ぶりだからだろうか

2019-10-17 22:27:45 | Weblog
 いつの間にか「気温的に過ごしやすい季節」から「肌寒い季節」に移行し、その先にある「年末」が肩を叩こうとしている、そんな気にさせるのはこのところの寒さのせいなのかと思ってしまう今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 このブログをほったらかしにして3年ほど経ちましたが、先日久々に管理画面を開けてみたところ閲覧数がそれほど下がっておらず「こんなブログでも読んでいてくれる方がいらっしゃるのだな・・・」と万感の思いに浸り、そして、ブログをほったらかしにしていた自分を責め(大げさ)「少しづつでもまたブログ始めようかな・・・」そのように考えた次第でありました。
 「フランス料理 マチルダベイ」を閉店してから3年ちょっとが経過し、その間、実家の事、家族の事、自分の事を考えて山形駅前の某イタリアンレストランの料理長として仕事をさせていただきましたが、小さくてもいいからまた自分で店をやりたい、と考え、色んなところに相談したところ(色んなところとは公的機関だったりです)何となくその流れになり、業者さんの協力も頂いて新たな店「ラミ・デュ・ヴァン・エフ」を今年4月にオープンすることができました。協力していただいた方々には本当に感謝しております、ありがとうございました。
 「店名が覚えづらい」「店の名前を覚えるのがめんどくさい」「なぜマチルダベイにしなかったのか?」など色々お言葉を頂戴いたしますが、諸事情で突然提出書類に「新しい店名を書き込んでください」と言われ「えぇ!!」と思いながらも「どうせ後で、やっぱりこっちにします、的に変更できるかな?」などと軽く考えて昔から好きだった「L'ami du van(ラミ・デュ・ヴァン。ワインの友達という意。東京にある「ラミ・デュ・ヴァン・エノ」さんの店名と意味に感銘を受けておりました)」を頂戴し、そこに自分の名前をプラスしようと思ったのですが「フジ」ではカッコつかないよな、などその一瞬で考えて(公的機関の方が目の前におり「早く書け」オーラが凄かったもので・・・)とりあえず自分の名前の頭文字「F(エフ)」を付けてその場を収めました、が、やはり変更はできず、というか、もうそれで申請出してしまったのでこの店名になりますよね、普通。そしてこの店名になりました。(後戻りできません)
 今度オープンした店は「コース縛りのガチガチのフレンチ」というよりも「カジュアルに」というのを念頭に置いており、アラカルトを中心にしてますので(勿論、コースもご用意します)前菜一皿とワイン1杯、という使い方でも構いません。なんならワインだけでも構いませんけどね。自由に使ってやってください。
 そんなワタクシの新しい店「ラミ・デュ・ヴァン・エフ」よろしくお願いいたします。(覚えづらい場合「エフ」だけでいいですよ)
 ただ、またブログはこちらでやらせて頂こうかな、と思います。「マチルダベイ」にも思い入れはありますし、マチルダベイ時代のお客様も多いことですので、前のように頻繁には更新できないと思いますがお読みいただければ幸いです。

 さて話は変わりますが(ここからが本編です)、今回新店オープンに際し店づくりの中でも一番考えたのは当然でありますが「厨房」でありました。店舗面積がそれほど大きくないというのもありますが、給排水位置の関係上店のエントランス脇に厨房を配してオープンキッチンにしたので厨房内が丸見えです。(マチルダベイもそんな感じでしたが)
 ホールの客席数を優先的に考慮して厨房を考えると面積的に広くは取れないので厨房自体は狭いのです。ただ、一人仕事ですので厨房機器を充実させることによって仕込みのスムーズさと的確さが得られるのかな、と考え、以前から欲しかった「真空包装機」を導入し、プラス「ウォーターバス」つまり低温調理器(恒温水槽。一定の温度を保つお湯の中で間接的に加熱する調理器具)も導入しました。
 「真空包装機」と「ウォータバス」はワンセットと言いましょうか、真空包装した食材をウォーターバスの中で低温調理する、という一連の流れになるわけです。
 例えば、パサつきがちな鶏胸肉を調理する場合、鶏胸肉に下味をつけて真空包装し60℃のウォーターバスで30分低温調理をするとしっとり仕上がる、という感じであります。
 これは豚肉だろうが牛肉だろうが加熱温度と時間のデータを取れば比較的簡単にできる所謂「真空調理」というものです。このやり方を応用すれば他の調理にも応用できると考えたのですが意外とそうでもない、と言いますか、壁にぶち当たったりするものです。
 以前、白身魚のムースをラップで巻いて棒状にし、それを真空包装し低温調理すれば、と考え実践してみたのですが、真空包装での減圧する過程で白身魚のムース自体が膨張してしまう事が判明しました。しかも、減圧する真空度を下げたところで潰れてしまうことも分かりムースリーヌ(魚やホタテなどをすり身にして卵白や生クリーム、バターを加えて加熱する料理)物は無理なのか、と諦めておりましたが、ふとした時に「真空包装にしようとするから膨張するわけで違う方法で脱気すればいいのではないか」と思い、実家に置いてきた脱気包装機(ショップジャパンなどでお馴染みのアレです)を持ってきて再度チャレンジしたのです。(諦めの悪い男)
 以前と同じように白身魚のムースを作りラップで巻いて棒状に整形し脱気包装機でラッピングしてみるとやはり潰れることなく、いや、棒状を保ったまま包装されました。あとはウォーターバスに入れ68℃で1時間半加熱し(加熱時間は形状の大きさによって変わります)氷水に入れて急冷します。
 元々白身魚のムースなどはテリーヌ型に入れてオーブンで加熱するかラップで巻いてお湯の中で加熱するかなので「大発見!」というわけでもないのですがガスレンジでお湯を沸かし80℃キープで加熱するよりウォーターバスの方が低温でしっとり火が入るように感じますし簡単であります。
 
 そんな感じで現在は仕事を頑張っていきたいな、と思い、そして、またもやブログが長くなってしまったな、とも思うわけです。

 久々に、本当に久々にブログを書いてみました。(3年ちょっとぶり)

 「マチルダベイ」という店はもうありませんが、このブログの中に「マチルダベイ」が存在していてもいいのかな、と思いブログを更新する事にしました。

 でも、現実的には「ラミ・デュ・ヴァン・エフ」をよろしくお願いしますね。







 
 
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雨の降らない梅雨にはどうでもよい話が似合う。それは湿気のせいだろう

2016-06-16 17:01:34 | Weblog
 時折見せる鈍色(にびいろ)の空に「おっ、そろそろ本格的に梅雨入りですか?」などと思っていると普通に晴れてしまい、喜んで良いのか悪いのか一瞬戸惑いながらも肌に感じる湿気だけは梅雨の香りという今日この頃、皆様、如何お過ごしでしょうか。
 PCキーボードの叩き方を忘れそうなくらい久々なブログ更新でありますが、ここ最近世の中の関心を最も集めたのは「アノ方」の問題ではないでしょうか。
 「厳正なる第三者」「ホテル三日月」などは今年の流行語大賞に出てくること間違いないと思われる「アノ方」の問題は、連日の袋叩き的報道を見ているうちに白いタオルをテレビに投げ込みたくなるくらいでありました。
 しかも「もっと俺に突っ込んでくれ!」と言わんばかりの「アノ方」の受け答えの連続に「実はみんなを笑わせるために・・・」と余計な事さえ思わせるフシがありました。(本人はマジメだったんでしょうけど・・・)
 あの一連の問題の中で一番気になったフレーズは「違法ではないが不適切」という表現だったのではないでしょうか。「法を犯してはいないけれど適切ではなかった」。これは何回聞いても「悪い事とは言い切れない」と捉えられ、最後には「悪い事ではない」とも思えてしまう最強のフレーズであると考えられます。
 このフレーズが一般化してしまうと危険です。仮に飲食店従業員のマニュアルに組み込まれたら大変な事態を招いてしまうでしょう。

「ちょっと!この魚生焼けなんですけど!」

「大変申し訳ございません。違法ではありませんが不適切な調理でした。」

 こんな返答をされたらどうですか。何となく言い返しづらくなります。会話はまだ続きます。

「こんな生焼けの魚食べれないんで新しく魚焼いてください!」

「大変申し訳ありませんお客様、不適切な調理ではありましたが違法ではございません。」

 こう返されたらどうですか。謝罪しているのにも関わらず法律を盾にしてくる・・・しかも何となく生焼けの魚を正当化してそうな・・・。会話は続きます。

「あなたのお店では違法でなければ生焼けの魚を出しても良い、という事なの?!」

「いえ、えぇ・・・と、この魚が生焼けかどうか・・・」

「どう考えても生焼けでしょう!コレは!」

「生焼けかどうか厳正なる第三者の目で厳しく判断していただいてから・・・」

 もうこうなったらどうしようもありません。どう考えても引くつもりがないのですから何を言っても仕方がない、そう諦めてその店に2度と行かない決意をしましょう。
 しかし、この逆バージョンというのはどうでしょう。これは許せる、いや、もっと限定的に言わせていただければ、オヤジならば大幅に許せる問題です。

「おい、ちょっと、このレバー生焼けだぞ。」

「お客様、違法ですが適切な調理ですよ。」

「だよな!これ、もうひとつと熱燗2合ね。」

 このようにオヤジは納得したほかに追加注文までしてしまいますから簡単であります。
 こういう場合もあるでしょう。仮に中華料理を食べに行き、最後の会計を見て不可解な金額がプラスされている事に気づき指摘してみると・・・

「すみません。」

「はい。」

「これって、何の料金ですか?」

「違法ではありませんが・・・」

「いやいや、食べてもいないものを加算したら違法だろ!」

「不適切でした?」

「不適切だよ!どう考えても!だからこれ、何の値段なんだよ!」

「それは・・・特別、と言いましょうか・・・」

「特別とか頼んでないよ!」

「実は、料理人が鍋を振りやすいように中国服に着替えまして・・・」

「そんなの知らねーよ!」

「腕の滑りが良くなる、と言いましょうか、柔道してたもので腕が引っかかる、と言いましょうか・・・」

「知らねーよ!」

 まぁ、今だけのネタではありますが、次にその立場になられる方は一応、堂々として説明できる方がよろしいかと・・・

 次の候補者として「アノ女性」が取り沙汰されておりますが、東京オリンピックも絡んできますから

「1番でなきゃダメなんですか?」

 なんて発言しそうな方は少し考えたほうがよろしいのではないでしょうか。

 











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半年という時間は、ガラリと状況を変えるのに十分な時間である   後編

2016-05-18 14:54:01 | Weblog
 父の母、つまり、私の祖母も認知症でした。私が中学生の頃はその認知症ぶりがグレードアップしており、ほぼ誰の事も判らず、徘徊や遠出といった事も度々ありました。因みに、「徘徊」と言うとなんだかダークなイメージがあるので「ウォーキング・アラウンド」と言い換えるとポップな感じになると思われます。(本当は「wander around」だそうです)
 とりあえずの余談を前置きとして、昨日の続きになります。

 店を閉めて両親の傍にいようと決意したのですが、色々と問題は山積するわけです。お客様にどう伝えるのか?マネージャーはどうするのか?自分の仕事はどうするのか?自分の家族を養えるのか?店の処理をどうするのか?等々、考えたらキリがありません。しかも、時は11月、年末に向けて世の中忙しくなり始めた頃であります。
 それらの問題をひとつづつ解決するのは難しいものでした。まずはマネージャーに状況を説明して閉店への理解をしてもらい、うちの奥さんに説明して理解してもらい、それで、自分の中で決定してから、いつも来てくださるお客様には直接連絡して理解していただき、その後、フェイスブックにて友人知人、お客様にお知らせし、来店くださったお客様へご報告してご理解を求め、と謝罪行脚のようでした。
 しかし、有難い事に皆様に納得していただき2016年春ごろの閉店が決定したのです。
 しかも、大変だったのが介護鬱になった母の入院と並行して行わなければならなかったからです。
 もっと問題だったのが!(うるさいな)、母を入院させる、という事は、認知症の父をどうするか、という問題もワンセットなわけです。その辺はやはり、夫婦仲良く、というで一緒に入院してもらう事にしました。(勿論、別々に)
 母は問題なく入院手続きが取れたのですが、父の場合、認知症で、介護レベル的には「4」というハイクラスな数字を叩き出しておりましたから安心しておりましたら、それでは入院理由にならないかも、と微妙な言い回しをされてしまったのです。
 すぐに色んな根回し(知り合いのドクターにお願いしました)をし、即入院となり一安心と思いきや、今度は父本人を説得する事に。
 「オレはどこも悪くない!」を主張する父。(その主張がすでに病気です)と思いながらも「いや~、その“どこも悪くない”っていうのを証明するために検査入院してください、っていうやつだから。まぁ、別荘暮らしだと思って、ね、ここはひとつ。」と丸め込もうとする私。これはこれで楽しいのですが、正直、息子としては辛いものです。
 そんな話も交えつつ父に状況を説明すると、自分が入院することで良い方向に進むなら、とその時は正気になり、すんなり入院に承諾してくれたのです。
 入院手続きをし、父を病室に送ると「それほど悪い部屋じゃないな」と一言呟きました。「オレん家よりは綺麗だよ」と冗談を言うと大声で笑い、安心したようなので病院を後にし、病室で使用するものなどを買い物に出かけ実家に向かおうとする時、病院から電話が来て「お父さんが大変なんで来てください!」という緊急情報がありました。すぐに病院に戻ってみると、父は「家に帰る!」と言い張って大騒ぎしていたのです。
 病院スタッフの方が興奮気味に「急に帰るって言いだして暴力的になったので電話したんです!」となんだか怒りは私に向けられたように言い放ちました。
 「おいおい、ちょっと待てよ、それが認知症の人でしょ」そんな風に突っ込みを入れたくなったのですが、なにぶんこちらの立場が弱いもので深々と謝罪して私が説得する事にしました。
 父に話を聞いてみると、「自分の家があるのになぜここにいなければならないのか」「みんな自分の事を病人扱いする」「家の人間が心配する」というものでした。
 話を聞いた私は「とりあえず今日だけ我慢してくれ」とお願いし、そこは何とかなったのですが、認知症の人に今日と明日の区別などないありません。そうやってある意味、架空の、と言ったら変ですが、支離滅裂な話に耳を傾け「そりゃそうだ」といってこっちのいいように持っていくしかありません。
 それから両親の入院生活が始まりました。父は暴れた罰として(ウソです)隔離病棟入りになりましたが、週に一回会いに行くと嬉しそうに、母の事や私の仕事の事などを何度も何度も、何度も何度も聞くのでした、まぁ、認知症ですからね。
 そんな生活が3か月ほど続き、店は閉店特需で忙しさを極め、母は精神的に回復をして退院のめどが立ち、今度は父を施設に入れるための算段をしなければならなくなりました。
 そして、奇跡的に店を居抜きで入ってくれる方も見つかり、すぐに店の撤退作業を始め、すべて撤退した4月半ば、母から電話がありました。
 「父が急に具合が悪くなり今日明日がヤマだ」という事で急いで病院に駆けつけるとドラマで見るような酸素吸入器を付けられた父がベッドに横たわっており、どう考えても最悪な状況になっていたのです。
 話を聞けば「腎臓が悪い」との事でしたが、認知症の薬は腎臓に負担をかける、との話を聞いておりましたので不思議ではありませんでした。
 急いで私の子供たち、父の孫たちを呼び寄せて合わせると意識不明だった父が目を開け、孫の名前、私の名前を呼び始めたのです。
 「意外と、これで大回復?」などと楽観的になった自分は本当に楽観主義だと今回思いました。それから4日後の深夜、父は帰らぬ人となりました。

 現在母は、父の介護という任務から解かれたからか以前のように明るく暮らしています。

 葬儀後も心配だったので私はずっと実家にいたのですが、母から遠まわしに「別に実家に帰ってこなくてもいいよ」と言われてしまったので、私は現在、自宅で家事をしながらたまに入る料理教室で料理を教えに行っております、ホントにたまにですが。そして、マネージャーともたまに会ってワインを一緒に飲んでおります。ホントにたまにですが。

 今となっては「店を閉める必要があったのか?」と思う時がありますし、時々人からも言われますが、父の事を思えば、閉める必要があったんだと思います。

 それと、よく「これからどうするんですか?」と聞かれますが、いつもこう答えます。

「とりあえず、フリーの料理人で頑張ります。仕事無いですけど。」

 因みに、先日、フリーの料理人としてハローワークに行ってきましたけど、何がしたいんだか判らなくなってきました。

 そんな、悩み多き、フリーの料理人。

 いずれ認められる時が来るでしょうか?

 来ないでしょうな・・・













 
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