NHKがまた放送してくれた。懐かしくて何度観てもホロリとくる映画である。
キャサリン・ヘップバーンが立ったサンマルコ広場で私もツアーのフリータイムを過ごした想い出が甦る。胸の熱くなる忘れられない映画である。
〈プロローグ〉
中年のオールドミスが旅行費用を貯めて漸くヴェネツィアにきた。サンマルコ広場のカフェに陣取り、周りの景色に目を輝かせ、記念の写真を撮りまくり、取り寄せたドリンクを飲み干すとお仕舞い。周りは言葉の通じない観光客で一杯だけど、彼女には話し相手もガイドもいない一人ぼっち。
そんな彼女をイタリア紳士が見つめている。男性から優しく見つめられた事のない彼女はどう振る舞ってよいか分からず取り乱してしまう・・・この場面のキャサリンの目線の動き指先の慌てぶりは抱腹絶倒もので、私はこの場面だけでアカデミー賞を差し上げたいと思った。
〈エピローグ〉
ご存じのように二人は結ばれなかった。彼女を乗せた列車の車輪がゆっくり回り始め列車も動き出す。来る筈のない男を列車の窓から必死になって探す女、漸く男が現れた時には列車はもう人の足では追い付けない速さにスピードは上がっているのに男は手にしたクチナシを渡したくて必死に走るがあと一歩のところで力尽きる・・・男が豆粒のように小さくなるまで手を振り続けるオールドミス・・・見事なラストシーンである。
[蛇足]
◆ 女優キャサリン”ヘップバーン アカデミー賞四度受賞、ノミネートされたのは16回、授賞式には一度も現れず、最後までマスコミ嫌いを通した。カメラの前ではいつもロングスカートで通したし、この映画でもシーンごとに新しいスカートを披露した
◆男優 ロッサノ・ブラッツイ イタリアの二枚目、この映画の主題歌「サマータイム・イン・ベニス」を歌いヒットした。
◆監督 デービットリーン 英国人らしい品格のある映画を制作する。捻りの利いたユーモアと的確な台詞が楽しい。節度のあるラブシーンもいい。他作品に[戦場に架ける橋]が有名
お わ り
映画にバックグラウンドミュージック(BGM)は欠かせない。
素敵な映画には必ず良いテーマ音楽が流れる。私の思い出に残る名画・名曲を書いてみた。
映画[ベニスに死す]グスタフ・マーラー
二十世紀の初頭、病気療養の為ベニスを訪れた大学教授(原作は作曲家)が少年に惹かれ苦しむ恋物語。
BGMに用いられたのがG・マーラーの交響曲第五番・第四楽章だったが、
この上品で美しい名曲が上流社会の気だるい雰囲気に似合った。
封切り当時、ビスコンテイ監督(伯爵)と俳優アラン・ドロンとの関係が妖しいとの噂が立ち、
こちらの方でも話題になった。
映画[恋人たち]リヒャルト・ワーグナー
ヌーベルバーグの旗手と称えられたフランスのルイ・マル監督の名作。
内容のほうはすっかり失念したが、女優ジャンヌ・モローの記憶は今でも鮮明だ。
BGMに用いられたのが楽劇[トリスタンとイゾルデ]から前奏曲と愛の死。
全編を通して流れるワーグナー音楽の「聴けば聴くほどにのめり込んでいくような悪魔的な美しさ」に私は魅了された。
この映画で私はワグネリアンなった。是非もう一度観たい映画だ。
映画[七年目の浮気]ラフマニノフ
名匠ビリー・ワイルダー 監督のこの軽妙な映画を観て笑い転げた人は多いはず。
またマリリン・モンローが地下鉄の換気口の上で捲れるスカート押さえながら涼むあの名シーンは秀逸だ。
妻から解放された中年男が自室で若いマリリン・モンローを
ラフマニノフ(ピアノ協奏曲・第二番)とアルコールでもって籠絡を試みるのだが、
肝心の彼女はクラシック音痴で男の思い通りに事が運ばないところが愉快である。
お わ り
これまで藤沢周平の小説は数多く映像化されてきたが、
この山田洋次作品が傑出していると思う。
彼が初めて手掛けた時代劇で自ら脚本にも名を連ねているので
セリフの歯切れ良さとテンポに山田洋次監督が伝わってくる。
物語は下級武士の日常を淡々と描きながら武家社会の不条理を映像化している。
山田映画に出演する俳優は皆さん名演だ。
その理由は単純では無さそうだが、
山田洋次監督は役者を意のままに動かすことの出来る数少ない人であるという事であろう。
タレントはメディアによって作られた人気を実力と錯覚し勝ちであり、
それに乗ってテレビドラマの粗製乱造を助長している。
主人公の[清兵衛]
(暮らしが貧しく城が引けるたそがれ時には真っ直ぐ家に戻るからこの渾名が付いた)
がまことに名演だ。
物静かで感情を面に表すことをせず、眼差しは力強く表情豊かである。
まだある。侍らしく腰に力を込めて歩く姿、
この姿勢こそが時代劇に登場する役者に肝要。竹刀を刀に見せられるか否かの分かれ目である。
私が最も感銘を受けた場面は
祿高を増やす事を条件に藩内の謀反者を成敗せよと家老から命じられるシーンだ。
清兵衛は何の遺恨もない同輩との決闘を承諾すべきか・・・、
定点カメラの前で清兵衛は10数秒思案するのだが、
その進退極まった男の表情は見事としか言いようがない。
芝居で役を一言も言葉を発せず演技することは至難のことである。
役者を目指すものはこれを修練して漸くタレントから俳優に脱皮する。
力み返り大声を張り上げ、
過剰な涙を流すことを演技と心得ているうちはまだまだ、
真田広之はその陷穽を避けて見事である。
過日、東京葛飾にある[山田洋次記念館](渥美清記念館の向かい)を
娘と共に訪れた。曾て監督が制作した映画の小道具が多数並べてあったが、
何れも意外に質素なもので山田洋次監督の飾らない人柄が伝わってくるようだった。
本日も平穏なり
〈ベロニカとの記憶のチラシ〉
映画を観たくなって映画館まで走った。車で40分の距離。
早く着きすぎてまだ入口のシャッターが閉まっているので、
真向かいのデパートのショーウインドを見たらこちらも開店前。
警備員らしき人が開店時間を教えてくれた。
シャッターが開いてエレベーターで映画館のフロアに上がる。
今日も歳を聞かれた。判ってて聞くのだあの娘は、嫌みだね。
シニア料金900円と駐車券にスタンプを押してもらい
今日も一番乗り、誰も居ない薄暗いホールの中は不気味だ。
自販機でジュースを買いお釣りを取ったまでは良かったが
座席に座ってからジュースを取り忘れた事に気付く。
慌てて取りに戻ったが時既に遅し「やられた」。
僅か5分間のうっかりミス。ホールでは誰も見かけなかったのに・・・不思議だ、犯人は誰だ。
映画が始まったのに観客は私を入れて3人だけ、よくやっていけるものと感心する。
映画は[ベロニカとの記憶]という英国BBC制作の堅い物。
ストーリーは難解で回想場面も繰り返しあって、
字幕を読んでいる内に俳優の顔が変わって居たりして頭が混乱した。
歳のせいで字幕を読むのは遅いし覚えはわるいしで、
役者が皆同じ顔に見えてくるのもいかん。
だけど私は外国映画が好きだからこれからも通うよ。きっと
それにしても最近の映画は長過ぎないか?!トイレに抜けにくいよ。
昔、トイレを便所と呼んだ頃は2本立で3時間位が普通だった。悪臭も酷かったね。
鼻を摘まんで用を足した事もあったっけ。
帰りに床屋に入った。今年二度目。
相変わらずの盛況で待ち時間50分、調髪は15分というのは当たり前。
長髪の人も十姉妹頭の人も15分以内で仕上げる床屋の技術はすごいと思う。料金が同じというのも良いね。
惣菜コーナーに寄って好物の小エビの唐揚げと若干の惣菜を買った。
久し振りに都会の刺激を堪能した一日だった。
本日も平穏なり
久し振りに映画を観に街に出る。
正午から部、何時もの映画館で何時もの伯母さんなのに、
今日もシニアの証明書見せろという。
分かっているくせに嫌な女だ。観客八人で映画は始まった。
アルゼンチン映画。物語はノーベル賞を受賞した男性作家が故郷に帰郷したところから始まる。
待っていたのは懐かしい友との再会、甘酸っぱい青春の想いでの筈だったが・・・
暫くすると作家の資産と名声を当て込んだ周囲の人々の思惑に翻弄され始める。
映画のタイトルから明るいコメディを連想してしまうが、
どっこいシリアスな映画だった。
この映画の一番の素晴らしさは修練されたシナリオだろう。
スペイン語の台本を時間を掛けて
入念に推敲を重ねられた様子が登場人物の対話から伝わって来る。
主人公の作家像もまた十分に癖のある人物で、
イギリス風のインテリで少し意地悪、皮肉屋でヘソ曲がりのところもあって
観客が単純に同情出来かねるところが可笑しい。
また最近の映画には珍しくラブシーンが少なく淡白なのも良い。
主演した俳優はベネチア国際映画祭で主演男優賞を受賞したらしい。
南米は遠いせいかその文化に触れることは少ない。
ブラジル映画の名作「中央駅」ノーベル賞作家ガルシア・マルコスの小説「百年の孤独」
チェ・ゲバラやF・カストロの演説等、私はそれくらいしか接したことはないが、
独断と偏見を恐れず申し上げれば、
南アメリカにはアメリカやヨーロッパとはまた違う土壌に育まれた独特の文化を感じる。
この[笑う故郷]にもそれを感じた。
もう一度見たい映画の一本である。
本日も平穏なり