白隠和尚のブログ

今日より明日が幸せでありますように。好奇心旺盛な70代のブログ。

少 し 遅 め の 夏支度

2017-06-25 10:40:26 | 日記

最近の朝は大体5時頃である。東の空が白み始める頃に自然に目が醒める。
寝起きなのに目が痛い。
テレビやパソコンと向き合っている時間が過ぎるせいだと思う。
ボンヤリした頭でパソコンとテレビのスイッチを入れてから長椅子に延びて常備薬を吸引する。

〈今朝の食 テイーとパンだけのアメリカンスタイル〉


今朝はパンだけ、特に腹は空いていないがなんと無く食べる。
米は惣菜や味噌汁等、添え物を考えるのが面倒だから滅多に食べない。

時々ヨーグルトも付く。ここまでは毎朝、判コで押したように同じ、
問題はこの後どう過ごすかで一日の充実感が変わるのだ。
外に出れば出費を伴うし、お金を遣わなければ、楽しみも感動も味わえないから、
その兼ね合いが悩ましい。

今日はカーペットの洗濯を思い付いた。
居間に敷いたカーペットを剥がし、コインランドリーに持ち込み洗濯機に放り込んでいると
係の伯母さんが近づいて来て
「私が乾燥機に移し換えてあげるから、名前は?」と聞かれた。

私は「中村」と答えたが無論偽名である。
喫茶店や回転寿司の順番待ちの際も「中村さん」が便利、名前を聞き直されるのは先ずない。
稀に「中村さん」であることを忘れて失敗する事もあるが楽しい。

洗濯済みのカーペットを持ち帰ってフローリングの上を歩いたら
素足に爽やかな感触が伝わってきた。今日は32℃まで気温が上がるらしい。

よし、家中を夏支度してやると柄にもなくヤル気になって、
先ずフローリングに雑巾を掛けて、
北側の普段物置状態の日本間の引戸を一杯に開いて空気を入れ替えた。

向かえの爺さんが初めて開いた引戸を不思議そうに見ている。
シャワーのお湯の出るのを点検、クーラーも試運転も完了した。
序でに半袖シャツもタンスから取りだし、サンダルも夏用と取り換えた。

何だか、日頃の無精を忘れて意地になっている自分が可笑しいが、
遅まきながら猛暑を迎え撃つ準備は出来た気分である。

午後、宅配弁当の伯母さんが弁当を配達に来たので、
アイスキャンディで労い、それとなく私の猛暑対策を自慢した。


お わ り


不器用自慢 ~妻の思い出~

2017-06-22 07:44:11 | 日記

昔の人は立ての物を横にするのも嫌だと云う御仁を称して
「づくなし」「なまかわ」と揶揄したが、
私は若い時からその「づくなし」だった。妻は私を「三年寝太郎」と愛称した。

新婚当初から私は釘一本満足に打てぬ不器用な亭主であったが、
母が薩摩育ちであったおかげで
「妻は夫より三歩退いて歩くべし」
「男は天下国家の為に働くので妻は家庭を守るべし」と、
冗談とも本気ともつかぬ口調で話すのを
幼く世間知らずの妻は信じ?私を殿様のように扱った。

私は家事の手伝いと言えば部屋の模様替えの時にタンスに手を貸す程度で良かった。
聡明な妻はこの箸の上げ下ろしの行儀作法にも煩い
姑と巧みに折り合い、終生一番の嫁と可愛がられた。

しかし、姑が去り、子供が大きくなるにつれて私に対する風向きも変わり始めた。
有無を言わせぬ雑用も増えて私の不器用と無精が顕在化し始めた。
妻は機知とユーモアと頓知に富んだ人で、
私の普段の何気ない不器用が引き起こす不始末を見つけては楽しそうに笑った。

ある時、私の日曜大工の腕が試される事態が起きた。
植木鉢を載せる棚が欲しいと云うのである。
こんなときの妻の顔はいつも何かを期待して笑みをかみ殺しているようだった。

私の作った棚は妻の期待どうり、植木鉢の重みでくしゃんとなった。
暫く後、今度は風呂場に使う「ざら板」の注文がきた。
「今度は大丈夫だね容易いから」と念を押されたことを覚えている。
私は汚名挽回のチャンスと張り切って板にカンナを掛けて仕上げた。

その「ざら板」を一目見た妻は
子供たちを呼び集め一緒になって笑い転げた。
板が裏返しに打ち付けてあった。

その後、私に二度と日曜大工の依頼が来ることはなかった。
妻はこのざら板話が余程楽しいのだろう。
時々思い出して嫌がる私を見てまた笑った。

良く笑う女性だった、笑顔の可愛い女性だった、私には過ぎた嫁だった。


お わ り


米寿のお婆さん

2017-06-15 10:00:57 | 日記

私は退院して40日が過ぎて体力が驚く程に回復しているのを実感する毎日だ。
先日は美術館まで足を伸ばし写真展を見てきた。
毎日の散歩にも力が入り昨日は25分、今日は30分と距離を伸ばしている。
もうすぐゴルフが出来そうだ。

近頃、散歩道で見かけないお婆さんと行き交う。
私から見ると年格好は一回り程老齢だけど、子供のように小さく可愛い感じの人だ。

お婆さんは畑仕事に使う小さなスコップやら鎌等の七つ道具を入れた古い乳母車を
杖がわりに押し歩いている。
黒く日焼けした横顔から、長年農作業一筋に掛けた人の深い皺が見える。
きっと近くの農家の人であろう、

いつも私が追いつき追い越して行く形になる。
そんな時私は「こんにちは」と親しみを込めて声を掛けるが、いつも返事はない。
次に出会った時もやはり同じだった。
お婆さんはまるで私の声が聞こえない人のように真っ直ぐ前を見て歩くのを止めない。

2.3日経ったある日、何時もの道端に見覚えのある乳母車が停まっていた。
近づくと木陰からお婆さんがカステラを一切れ持って現れ私に受け取るように差し出した。
私は思わぬ贈り物に声を出して礼をいった。
私がカステラを受け取るとお婆さんは何事も無かったように乳母車を押して歩き出した。

明くる日、私はカステラの礼をしたくて昨日の場所でお婆さんを待ったが現れなかった。
変だな?!と思いつつ、そのまた明くる日も待ったがやはり現れなかった。

一体何が起きたのか、もし、私の声掛けがお婆さんのストレスになったなら申し訳ないし、
カステラのことで家人から責められたりしていないかと心配でもある。

もう一度会ってみたい、出来れば一声聞かせて欲しいと思うのだが、
今日もお婆さんとの再会を果たしていない。


お わ り


新 し い 碁 友

2017-06-11 09:21:27 | 日記

隣町に住むT氏を名乗る人から電話が掛かってきた。
旧い碁仇のO氏の紹介だというが、面識のない人である。
用件を尋ねると自分は近く碁席を開く、先生(私の事)の事はO氏から聞いている、
是非来て欲しい、ご指導をお願いしたいと持ち上げてきた。
どうやら私をパンダ代わりに客を呼び込む作戦と読んだ。

私は囲碁は趣味だが人に教えるのは苦手であるから返事を濁しているとT氏は、
私がギャラを要求していると誤解されたか授業料を出しますと言い出したので驚いた。
私は後日遊びに寄りますということにしてその日は収まった。
なお、私はインターネットの「幽玄の間」において七段格である。

そして昨日碁席に行ってみた。
初めて碁席に入る時は大げさに言えば時代小説で町道場の門を叩き
他流試合を申し込む侍になったような気分である。
土曜日なのでそこそこの客の入りだった。目で席主を探すと直ぐに分かった。
席主が大げさに私を先客に紹介したので対局開始と共に周りに小さな人垣ができた。

囲碁というゲームは数十手位打進めると彼我の実力が見えてくる。
最初の相手は私よりも大分弱かった。
私は相手の気分を害さないように僅差になるように打ち、終局した。
敗者への労りも棋道である。
対局が終わると殆どの人が聞いてくる 「何か強くなる法はないか、あんたはどうやって強くなった?」等々。
私は思う。

囲碁も将棋も記憶のゲームだ。
対戦相手より記憶量に勝り、多少のツキに恵まれた側が勝つと思う。
AIという人工知能が強くなったのは、記憶した量の多さと、
それを演算する速度で人間を超えたからに違いない。もう人間はAIに勝てない時代に入ったようだ。

先日AIと対戦した中国のトップ棋士が3連敗した後、述懐している。
「神と戦っているようだ」と。今、世界中でAIの打ち碁が研究がされ、流行りもしている、
人間が開発した機械に人間が振り回される時代が始まった予感がする。

また、Googleの開発者は今後AIは公式戦には参加しないと宣言もしている。
AIは完全に人間を超えたのである。

席主がこれからも是非にと誘ってくれたので、私も勿論と応じた。
新しい碁友が出来たのである。


お わ り


優 柔 不 断

2017-06-08 08:08:06 | 日記

「宅配弁当がどうも美味しくない」と娘にこぼしたら新しい弁当屋を見つけて来てくれた。
そこは市内に有って、ご主人が目の前で作っているから美味しいかも、
配達もしてくれるらしい。
私は既にA社から弁当を取っているので二つになってしまうが、
まあいいか、食べ比べて美味しい方にすればよいと早速、
娘が探してきたB店にも出前を頼んだ。

新しい弁当が届いた。綺麗なお母さんだった。
美しいソプラノで丁寧に挨拶をされてうっとりした。
ほっそりして様子もいいし、つまるところ私のタイプである。

さて、A店は昼に、B社は夕方にと配達人が鉢合わせしないように振り分けて、
数日の間、弁当の 食べ比べをしたものの甲乙付けがたし。
どちらも似たような具材と調理法、おまけにヘルシー味も共通だった。
率直に言って私にはコンビニのほうが美味しいのである。

「そうだ、自炊にすればいい」と決心した。
自炊に戻れば好きなお惣菜を好きなだけ食べられる。
早速炊飯器を買いに走った。
新しい炊飯器はご飯が美味しく炊けるだけでなく
パンも焼けるという優れものである(まだ焼いた事はないが)。

次なる課題は出前の中止を二人の女性に宣言する事だ。
相手が男なら「叔父さん今日で止めるわ」で済んでしまうが、
あの素敵なお母さんに「今日で御仕舞い」と新聞を断るような調子にはいかないのだ。

それでもある日、私はお母さんに詫びるように出前の中止を言った。
お母さんは一瞬目を見開いたが直ぐに立ち直り
「また機会が御座いましたら・・」と帰っていった。
私は大仕事をした後のようにホッとした。

次は古参の「ガハハ伯母さん」に断りを入れる番だ。
此方は三年以上のお付き合いで
日頃から身内のように屈託なく付き合ってるからさらに話しを切り出し難い。
最近は私の入院中に病室まで見舞いに来てくれたばかりだ。

もし、私が「明日から止める」と言っても
「何いっとるの顔見る早々、冗談ばかり言って」笑い飛ばされそうだ。
まあそれでもいいか。


お わ り