チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

草餅

2011年05月21日 | 菓子

曇り、26度、90%

 

 刺繍をしながら、考えるのは草餅。食べたいと思うとそのことばかり考え始めます。ひどいときは、夢にまでみます。ヨモギの乾燥したものを買ってありますが、上新粉がちょっとしかありません。車で行けば、15分くらいで日系のスーパーに行けるのに、刺繍を始めると少しの時間がもったいなくて、根っこが生えたように座っています。

 まだ、お水もあるし、そろそろ雑誌が着くからそれからにしようと、言い訳をつけながら、やはり草餅を思っています。雑誌が届きましたの電話を機に、上新粉を買いに。

 乾燥のヨモギは初めて使います。袋に書いてあるように水で戻しましたが、ちっとも匂いがしません。草餅は、あのにおいが命のはず。

  多めにヨモギを入れたらご覧の通り、地味な草餅の出来上がり。

ところが、口に入れても、あのヨモギの香りがしません。あれだけ恋いこがれた草餅。

ヨモギの袋をよく見ると、ヨモギの原産が中国です。それが香りのない理由でしょうか?

 日本にいたときは、多摩川の土手にヨモギを摘みにいきました。たくさん摘んで、湯がいてあくを取ったヨモギを、小分けにして冷凍します。好きなときに、草餅が食べられたのにと、懐かしく思います。

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半径2メートル

2011年05月20日 | 日々のこと

曇り、25度、91%

 今日でブログをはじめて一年目です。2008年に、ブログのアカウントを作りましたが、そのまま忘れていました。昨年、ホームページを作ろうと思い立ちました。ところがなかなか難しい。そこで、息子に相談したら、まず、ブログからはじめてみたらとの、アドバイス。

 ブログは日記だと解釈していました。日記は、書きたくありません。私の、身の回りのことを書いてみました。私の半径2メートル以内のことです。今、私の2メートル以内、パソコンがあって、好きな本、自分で焼いたパンが好きなお皿にのっています。そして、パグ犬モモが足元にいます。もちろん窓からは、香港島セントラルの高層ビルが見えます。

 私が、ブログをしていると知らせた人は、8人です。ところが、毎日、この半径2メートルのことを読んでくれる人がたくさんいるのに、びっくりしました。その人数の多さで、毎日毎日書いてきました。ありがとうございます。

 親しい友人が、よく毎日書くことがあるね。とか、ネタが切れないね。とかメールをくださいます。きっと呆れ顔でしょう。ただ、半径2メートルと言っても、私は動物ですから、時折移動します。目は、よく見えるのですが、何分にも視野の狭い人間です。せいぜい2メートルが自分の守備範囲です。

 ネタなんてありません。あるとしたら、話の種ぐらいです。

 半径2メートルの話に、これからもおつきあいください。

 あれ、パグ犬モモにそっぽを向かれました。

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85歳のおばあちゃん 香港

2011年05月19日 | 日々のこと

晴れ、24度、83%

 

  香港、朝の5時。場所は香港島、ボーエンドー。私が朝走る道です。

 

          

  前に小さい人影が見えます。今年86歳になる、アポ(広東語でおばあちゃん)です。アポは、毎朝こうしてこの道に散歩にやってきます。背中がしゃんとして、軽やかな足取りです。香港では、これくらいの年になると、お手伝いさんが付いて散歩をします。このアポも、住んでるところ、服装からしてかなりいいお家のアポです。でも、いつだって一人。かっこいいと思います。アポと逢ったときは、必ず立ち止まって、一言二言話します。

 今日は、パチり。 アポの背丈は、小さい私のあごくらいです。きっと私もアポの歳になったら、小さくなっているでしょう。

 去年の6月頃から、アポの姿を見かけませんでした。15年も同じ道を走っていると、毎朝逢うお年寄りが一人欠け、二人欠けしてきました。あんなに元気だったアポも病気かも、と心配でした。でも、いつも一人でやってくるアポのことを、他の人に聞いてもわかりませんでした。

 今年3月、寒かった香港も春らしくなった日に、アポが、ボーエンドーに戻ってきました。

大喜びで、手を取って、「心配していたよ。元気だった?」と聞く私。

アポは、何も答えませんが、涙ぐんでいます。アポも、この道に戻って来れて、うれしいのです。ほかの毎朝会う人たちも、アポを取り囲んで喜んでいました。今までと違って、少しゆっくりとした足取りです。きっと、具合を悪くして、出て来れなかったに違いありません。

 それから2ヶ月、5月に入ったら、アポの歩みが以前の様になってきました。軽やかで、歌でも歌っているような歩みです。

 さて、Uターンして戻ってきた私、香港、朝の6時前。

 もう一枚、明るい日の中でアポをパチリ。

 私は、あこがれのおばあちゃんが4人います。みんな、有名な人ではありません。市井の人です。もちろん、このアポも、私のあこがれのおばあちゃんの一人です。

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地球と握手するように

2011年05月18日 | 日々のこと

晴れ、22度、75%

 

   「地球と握手するように走る。」これは、元マラソンオリンピック代表増田明美さんの言葉です。私にとって、増田さんはそんなに印象のある選手という訳ではありません。でもこの言葉、大好きです。 

 朝早くに走るようになって15年になります。仕事柄、1.2月に風邪や体調を壊せません。風邪を引かないために、走り始めました。走るのは、得意です。といっても短距離は。長い距離は、自分には無理と思っていました。学生時代の冬のマラソンは、大嫌いでした。

 家人が、香港100キロトレールに参加していた頃があります。夏場から、徐々に体を鍛えていきます。この暑い香港で、昼間でもかなりの距離を走るのを見ていました。うらやましいと心底思っては見るものの、自分は無理、そう思っていた私です。

 15年同じ道を走っています。ボーエンドー、香港島のジョギングする人のとっては、有名な道です。片道4キロ。走る人、散歩する人、太極拳をする人、朝早くから、夜遅くまで人々に愛されている道です。

 私の足は、土踏まずが高くあがっています。足の裏が土に付く面積が狭いのです。こういう足の人は、長く走ると、足の故障が来るそうです。外に力がかかりすぎます。私が、故障せずに走っていられるのは、増田さんの言葉、地球と握手、を心に留めているからです。高い土踏まずを地球にぐっと押し付けるような感じで走っています。忘れて走っていると、数日後どこかに違和感がでます。それほど、私にとってこの言葉は、大切なおまじない。

 雨が降っていない限り、朝のパグ犬モモの散歩が終わると、飛び出していきます。今朝も、もう走ってきました。今では、風邪を引かないためではなくて、すっかり私の一部になっている、早朝の走りです。

  3月の誕生日におろした、新しいシューズも、だんだん馴染んできています。

 

 

 


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デンマークのクロスステッチ

2011年05月17日 | クロスステッチ

 曇り、22度、88%

 

 先週の火曜日に刺し始めた、菊のステッチ。それに続いて、スノードロップも刺し終えました。クリスマスローズと合わせて、3つ。直径15センチほどです。小さな額に仕立てるか、マットを入れてもらって大きく仕立てるか、ただ今思案中です。祭日が多かったので、ゆっくりと時間が取れました。それに刺していると、次々に、刺したいものがでてきます。

 私が刺繍をしている間、 こうして、膝の横で休んでいるパグ犬モモです。このソファーに4つ、インドで刺繍されたクッションがあります。

          

         

 どれも見事なフランス刺しゅうです。イギリスのお店が、インドで作らせている品です。この中の二つがシルクでできています。パグ犬モモのガリガリにあったのか、痛み始めています。それではと、キノコの柄のクッションを次は刺すことにしました。

 もちろん、デンマークのゲルダさんの図案です。今回は、この小さなキノコを、私なりに配置して刺してみます。35センチ四方ぐらいなので、大きな刺繍台を使います。クッション以外にも、クリスマスのプレゼント用のものなどを刺す予定です。今から、準備しないと、布や、糸がそろいません。

 針を持っている間は、不思議と穏やかになれます。ずっと刺していたいのですが、掃除も買い物も、仕事にだって行かなくてはなりません。本を読む時間が減ってしまいました。

   昨日刺し終えたスノードロップです。ゲルダさんの図案が好きな人は、この派手でない様子が好きなのでしょうね。もちろん私もです。

 今日中に、布を刺繍台にはって、刺し始めます。

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猫と寝る

2011年05月16日 | 

曇り、24度、94%

 

 先週、東京にいる息子が子猫の里親を捜していると、twitterに書き込んでいます。知人の会社の庭に捨てられていたそうです。週末までに、3匹とも、引き取られていったそうです。この子猫の写真を見ながら、私が3.4歳のときに起きた、あることを思い出しました。

 もう半世紀も前になります。冷蔵庫の裏面は、今のようにすっきりとしてなくて、放熱版が10センチほど後ろにでていました。冷蔵庫の後ろは暖かく、猫たちの寒い時期の絶好の寝床でした。きっとその頃、私は毎晩猫と寝ていたのでしょう。その日も、猫を冷蔵庫の後ろからベットに連れてきて、一緒に寝ました。

 朝起きて、ご飯を食べていると、母とお手伝いさんが猫を探しています。誰が見つけたか覚えていませんが、私のベットの私が寝ていたくぼみに、探していた猫がまるで寝ているように、横になっていました。けど、死んでいたのです。血も何も出ていませんでした。小さな私が、寝返りをしたときに下敷きにしてしまったのか、窒息死です。まだ、温かでした。

 次に覚えていることが、母がその猫を箱にいれ、花を猫の上にのせていました。そして、お手伝いさんと私と母と3人は、その箱を持って、川に行きました。どこの川か覚えていません。どちらかというと小さい川でした。橋の上から落としたその箱が、水に流されていくのを覚えています。

 断片的な記憶です。子猫だったと思っています。私が、死に初めて向き合ったのもこのときです。それからも、猫を飼っていました。結婚して、私も猫を飼いました。いつも、猫たちと私は一緒に寝ます。そのとき、小さい頃のあの記憶が、胸によぎります。

 もうずいぶん、猫と一緒に生活していなかったので、忘れかけていました。

 息子のtwitterの写真の猫が、昔の記憶を呼び戻してくれました。

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タイのかご

2011年05月15日 | 身の回りのもの

曇り、24度、95%

 

 25年ほど前、タイのプーケットに行きました。香港からですら、まだ直行便がない頃です。国際空港なのに空港ビルの中で汗をかくような、古いバンコクの空港経由でした。小学生の息子と家人との3人の旅行です。プーケット、2004年の地震の前から既に日本人も住む、リゾート地になっています。25年前、日本人なんて観光客を含めても,ほとんどいなかったのではないでしょうか。

 香港を発つ前から、飛行機の出発が遅れたり、帰るときはパスポートをホテルに忘れてきたりとアクシデントの連続でした。エスニック料理なんて、今のように流行する以前の話です。世界三大スープの一つがトムヤンクン、それくらいの知識しか持ち合わせていなかったように思います。シェラトンホテルのロービーですら、壁がなく藁葺きの屋根だけでした。

 プーケットの地元の市場の雑貨屋で買い求めたのが、このかごです。

  もう一つのかごとヤシの実を使ったお玉を買いました。もう一つのかごからは持ち帰ってしばらくすると、虫がでてきて捨てました。ヤシのお玉は、大きすぎて使いようがありません。これも度重なる引っ越しで、捨てました。私が、タイ料理に興味を持ち始めたのが1990年頃、そのとき、このかごも、捨ててしまったかごも実は,タイの人がご飯を蒸すのに使うかごだと知りました。もう時既に遅し、かごは化粧品入れに使っていたのです。

 25年も経ちました。後ろの部分が痛み始めています。我家のお手伝いさんは、タイのチェンマイの出身です。4月に正月を迎えるために、ひと月休んで里帰りをしていました。彼女に、このかごを買ってきてくれるように頼みました。日用品です、高くないだろうしかごだからかさばるけど重くありません。15センチ四方の大きさです。

 チェンマイは、タイの東北にある町です。バンコクなどと違って、お米ではなく餅米が主食の町です。このかごは、餅米を蒸すのに使うとのこと。

  新しいかごに、化粧品を入れ変えようとと思ったのですが、25年の艶が違います。しばらくは古いのを使うつもりです。もう一つ、やはり餅米を蒸すかごを買ってきてくれました。

  これは一人用の小さいものです。ちゃんと目的を持ったかごは大好きです。その土地その土地の人が、長年使いやすく育てたかご。そのままの使い方をしないこともありますが、タイの町、タイの人を感じます。

 


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バジル

2011年05月14日 | 日々のこと

雨、24度、84%

 おとといは34度まで気温が上がった香港です。過去11年で5月にしては、最高気温だったそうです。もちろん、湿度も並ではありません。夕方にさっと雨が降っても、焼け石に水の状況で、足元から蒸気が立っているように感じます。

 天気予報で、昨日から一週間は雨の日が続くと聞いた私は、早速バジルの定植をしました。まだ、本葉が4枚ほどです、ちょっと早いかなと心配ですが、暑くなると、コンクリートの照り返しで、うまく根付かないことがあります。

 50本ほど芽が出ています。間引きをします。間引きという言葉、あまり好きではありません。芽を出したものを、私が選択して、残すかどうかきめるのですから。

 

 それで、 間引いた芽は、スープやサンドイッチにはさんで食べます。こんな小さな芽も、バジルの香りがいっぱいです。

 全部で16本残しました。

 以前は、プランターを使っていましたが、台風のとき、部屋に入れるのに一苦労。そこで、鉢植えにしています。6月は、我家の出窓は痛いほど日が射します。水を与えても、日中葉っぱたちが萎れていることがあります。イチジクの大きな緑の木陰に、鉢をおきました。

 バジルの目の高さから見たら、こんな具合です。


 そうそう、今年は付きがよくないと心配したイチジク、数を増やし始めました。

  おいしいバジルがたくさんとれますように。

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乳がん

2011年05月13日 | 日々のこと

曇り、28度、85%

 

 三月の初めに健康診断を受けました。基本のコース以外にマンモグラフィーを受けることにしました。特別胸にしこりがあるからという訳ではありません。周囲の人が、よくそのことを話題にしているので、ちょっと受けてみることにしました。

マンモグラフィーは、レントゲンを撮る際に、乳房をぺちゃんこにして撮ります。痛いという訳ではありませんが、あまり気持ちのいいものではありません。三週間後、結果が戻ってきました。特記事項に、左乳房に影があるので、超音波の検査を受けるようにとのことです。でも、当日の先生の触診は、しこりがないとの記述です。

 春先には、もう一つ保険の健康診断があります。そのときでいいと思い、実際に超音波検査を受けたのが今週の月曜日でした。香港の医療体制が、若干、日本のそれとは違います。私が、保険会社の指定のクリニックに行きます。この先生は、婦人科が専門です。その先生に超音波検査を受けたいと言えば、放射線科のクリニックを紹介してくれます。香港では、こうした事情なので、クリニックばかり入っているビルがあります。、今回は、運良く同じビルにある放射線科を紹介してもらいました。もちろん総合の病院に行けば、日本の病院とあまり変わりがありません。

 放射線科の先生とは、病状の話もないまま検査に入りました。薄暗くした部屋で、異常のない右胸から検査です。画面をじっと見つめる先生が、右胸を撮り終えたとき、異常はありません。と一言。続いて左胸です。私の気のせいではなく、右より長い時間をかけて映像を撮っています。そして、撮り終えるなり先生は何も言わずに、部屋から出て行きました。残った看護婦さんが、2.3日うちに婦人科の先生から連絡があります。と教えてくれただけでした。

 今までの経験から、私に診断の結果を話すことができるのは、放射線の医師ではなく、婦人科の医師だとは理解しています。それでも、左胸をみて、無言の放射線の医師の様子から、これは間違いなく異常があったのだと思いました。

 父を40年前にがんでなくしています。体質が私は父に似ています。来るべきものが来たのかしら、複雑な思いでした。

 今週の火曜日は、香港は仏誕節で祭日でした。天気のいいその一日、家からでる気もなく考えることばかり。家人も私にかける言葉を選んでいます。東京の息子にも、もしかしたらと電話しました。

 次の水曜日、いざのとき、しなくてはならないことなどを書き出してみました。がん治療の流れは、それとなく理解しているつもりです。私は一人っ子で、80をすぎた母がいます。そのことが大きな気がかりでした。家人、息子に迷惑をかけられません。

午後仕事に出かけました。祭日を挟んでいるので、結果がでるのはまだだと思いながらも、携帯が鳴るたびに緊張します。仕事を終えて、ミニバスのバス停に向かっていました。携帯が知らない電話番号を受信しています。取ると、婦人科の先生でした。

 全然異常ないよ。早く伝えようと思って。とのことでした。

この先生とは三年前からのおつきあいです。同じ女性として、気遣ってくれたのでしょう。この電話を受けるまで、丸二日。ほんとにたくさんのことを考えました。

 当たり前ですが、健康であることのありがたさ。家人、息子、パグ犬モモがいてくれるありがたさ。

 いつ病気がきたもおかしくない年齢になっています。この二日考えたことで、自分の身の回りを、もっと軽やかにしようと思いました。何が必要で、何が不要か。自分が見えるいい機会でした。先生からの電話の後、家人、息子にすぐ知らせました。ガチガチに固まっていたからだと心が、少しずつほぐれていきました。

 超音波の検査の後、よほど気落ちしたのでしょう、ロッカーの鍵を、帰宅したらバックに見つけました。昨日、結果を受け取りにいくとき戻してきました。

 しこりがなくても、乳がんの可能性はあるそうです。今まで以上に、毎日を大切に過ごしてみようと思っています。

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水君子の花

2011年05月12日 | 

晴れ、28度、84%

 香港は、亜熱帯です。そのせいで、蔦科の植物の種類が多いそうです。山を見て、木の葉だと思うものは、木の上を這っている蔦科の植物の葉であることが多いのです。

 

 水君子と、香港で呼ばれているこの蔦、この季節花をつけます。

  花は、上の方に付いているので下から見上げても見えません。

 

  五弁の直径1センチ足らずの花です。この花実は、とてもいいにおいです。いいにおいというか、清々しいというにおいです。香港で、お茶の香りをほめるとき、清香という表現があります。私、この花の匂いを嗅ぐと、その言葉が頭に浮かびます。

 花をすぐそばでにおわないと、その香りはわかりません。木下を通ったぐらいではちっともにおわない花です。

この花には、思い出があります。香港からフェリーで1時間。シンセンの蛇口というところがあります。今ではシンセン日本人学校があるところです。以前から、外人の多い居住地でした。海が引くと、海ノ中道ができて散歩する人も見られました。そこに大きなゴルフの練習場がありました。あんな緑のネットなんて張ってありません。本物の芝が続きます。小さなゴルフ場のようです。私が、水君子を初めて見たのはこのゴルフ練習場。花を見るとすぐに匂いを嗅ぐ私です。

 クラブハウスには、上海料理のレストランが入っていました。おいしいお店でした。私の好物の湯葉を金華ハムと炊いた料理があります。優しい味の料理です。ちょうどこの季節だったのでしょう、出されたこの料理の皿に、水君子の花が散らしてありました。前にも後にもこの一度だけでした。庭に咲く花を摘んで、料理の皿の散らしてくれた、顔も知らない料理人さんのことを、この花を見るたび思います。

  今は、蛇口すっかり埋め立てられ、きれいな緑を持ったゴルフ練習場も壊されていました。10年以上前の思い出です。

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