The collection of MARIBAR 

マリバール 文集・ギャラリー

1 売春(ウリ)

2005-05-21 04:07:46 | 小説 フィフティーン
 玲子は1人で歩いていた。車の音と、ゲームセンターから聞こえる電子音と、人が行き交う音、スピーカーから行き交う人を追いかける声。昼間の新宿歌舞伎町を、玲子は何も考えないふりをして、1人で歩いていた。
「あっとごめんね」

 中年男の声。玲子は肩から大きな麻のバックを掛けていた。そのバックに男がぶつかったのだ。
「ずい分大きなバックだねぇ。何が入っているんだい?」
玲子は立ち止まって男の顔を見た。男は白髪で玲子の父親よりもだいぶ年上のようだ。玲子はまた歩き出した。
「新宿へは何をしに来たの。買い物。そうか、遊びに来たのか。いやおじさんもね 、こうやってよく歌舞伎町なんかを歩いているんだけどね、君、かわいいねぇ。あぁ、暑くてたまらないなぁ。そうだ、どっかそのへんの喫茶店で冷たいものでも飲まないか。おごってあげるよ」

 そう言われてみれば喉が渇いた。玲子が承知すると男は
「そうか。じゃああの店がいい、さぁ」
と言って、玲子の腰のあたりを押してきた。


 喫茶店の中は涼しかった。二人が席に着くと、化粧の濃い女(ウエイトレス)が氷の入ったグラスを2つ二人の前に置いた。男はアイスコーヒーを、玲子はアイスティーを注文した。男は、テーブルの上に両肘をおいて、身を乗り出して話を始めた。男は、白いワイシャツにグレーのネクタイをゆるめ、普通のサラリーマン風の格好だった。やさしそうな目をしているが、しわが目立つ。歯はたばこのヤニで真っ黒だ。唇の端に唾をためて話している。

「おじさんいつもこの辺で女の子ナンパしての?」
「まあ、だいたいそうだけどね、会社が近くなんだよ」
「そういえば、おじさん仕事は?」
「コンピューター関係の仕事で、別に会社にいなくてもいいんだ。ただ決まった時間に電話を入れて、何事もないか確認して、何かあったら会社に駆けつけるっていうだけでいいんだ。それでよく、この辺で女の子に声をかけて話とかしてるんだけどね」

 それから男は、自分が女の子の名前や電話番号は聞かないで自分の会社の電話番号を教えるということ、お金をあげるか、何か買ってあげるということ、ホテルに一緒に行った最年少は14歳の娘でしかもその娘は処女ではなかったこと、知り合いの娘、処女の娘、中学2年以下の娘はたとえ処女ではなくても絶対手を出さないということなどを聞きもしないのに、さも自慢げに話し続けた。

 「実はこの間、女の子が、そうだねぇ、年は君と同じぐらいかなあ、その娘がいいっていうもんだからホテルに行ったんだ。ところが、直前になってその娘が『本当のことを言うとおじさん、私、初めてなの』って言うんだよ。もうやんなっちゃったよ。仕方ないから『初めての時はずっと思い出に残るんだから、好きな子にあげなさい。』って言って1万円あげて別れたよ」

 そして男は、アイスコーヒーの最後の一口を飲み終えて言った。
「君はもう処女じゃないんだろう」
「私?私はまじめだからさ、そんなことしたこともないよ」
「またぁ。はははは。Bくらいはやったことあるんだろう」
玲子は、男とこれ以上無駄な話をするのが面倒臭くなった。男もそれに気づいたようで二人は外へ出た。
「どうする?映画でも見るかい。でもおじさん寝ちゃいそうだなあ。時間はどれぐらいあるの?」

 1時間ぐらいだと玲子が答えると男は少し考えて、よしと1人でうなずいて玲子の横に立って歩き出した。

 男は、小さな入り口の前で止まった。「恋人たちの部屋」という看板が玲子の目に入った。玲子は少し考えるふりをしたが、実際考えようとしたのだが、それも面倒になって自分から中へ入って行った。


 男はもう身支度を整えていた。玲子はストッキングのたるみを直していた。
「じゃあ、これ。送るから来なさい」
男は胸の内ポケットから財布を出して札を何枚か抜き取りテーブルに置いた。玲子は男が部屋を出てから、金をバッグに入れた。

 外に出ると、陽の光はいくらかやわらかくなっていた。
「おじさん、私こっちから行くからもういいわ」
「そうかい。会社の電話番号教えようか」
「いらない。じゃあ」

 駅へ向かう途中も何人かの男が声をかけてきたが、玲子は何も答えなかった。玲子は幸子の家に向かった。幸子はマンションに母親と二人で住んでいるのだが、母親は不在なことが多い。玲子は幸子の家で風呂を借りた。

「玲子、風呂に入って、何千回って洗い流したってその男の臭いは消えないんだよ。もう売春(ウリ)はやめときなよ」
「うん。これっきりにするよ」

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