The collection of MARIBAR 

マリバール 文集・ギャラリー

5 告白

2005-06-21 16:19:45 | 小説 フィフティーン
 8月も後半になった。今年の夏はそんなに暑くなかった。中3の夏休みなので宿題はない。玲子はこのところ毎日少しではあるが机に向かっていた。

 電話が鳴っている。幸子かもしれない。
「もしもし」
「もしもし玲子。私」
やはり幸子だ。
「今さ、暇?最近会ってないじゃない。遊びに来ない。修二さんと仁志さんも来てるし」
「また、みんなでアンパンやんの?」
「やんないよ。やらない。ね。だから来てよ」
「うん。じゃ今行くから」
「ほんと。じゃね。」
玲子はなぜだか心が躍った。

 幸子の家では、やっぱり3人とも煙草を吸っていた。灰皿には吸い殻がいっぱいだった。玲子も煙草はたまに何本か吸うが、あの煙の充満した臭いはたまらない。
「よお、久し振り」

 仁志は手を上げて人なつっこい目をして言った。仁志とも修二とも由理子の家で日会った以来だ。
「元気?」
と玲子が修二に聞くと
「お。まかしてくれ」
と修二は答えた。
「トビの仕事は?」
「秋からだよ。体力つけなくちゃなんないからアンパンもやらない」
「玲子、あたしももうやってないよ。あの時は本当に悪かったと思ってるよ」
「わかってる。由理子さんもいたしね」

 玲子は久し振りの煙草で頭がクラクラした。あまりおいしい物とは思えない。
「あたし、煙草は体に合わないのかもしれない」
と玲子が言うと
「みんな始めはそうだよ。始めは頭がクラクラするんだよ。それがしなくなるともうダメ、煙草やめられなくなるんだよな」
と仁志が言った。
「でも女はやっぱり煙草はやめといた方がいいかもな」
と修二はボソッと言った。玲子は煙草の火を消した。
「外の空気吸吸って来るね」
玲子がそう言うと、幸子は
「修二さん、たのみますよ」
と言った。
「あたし一人でいいよ。悪いから」
「いいよ。危ないから、俺ついてくよ」

 2人は幸子の家を出て、マンションの屋上に行った。まだ太陽の陽がまぶしい。ここからは玲子の家の方もよく見える。
「玲子ちゃん、好きな人いるの」
「え?私、今いないけど、どして?」
「俺とさ、付き合ってくんない?」

 玲子は、驚いた。会って2回目でそんなことを言われるとは思ってもいなかった。それに修二は、とてもそんな大胆なことをするようには見えなかった。
「えぇー!ちょっ、ちょっと待ってよ、そんな急に言われても」
「それ言いたくて来たんだよ。仁志も幸っちゃんも知ってんだよ」
「えー、だってそんなの、私困るよ」

 玲子は走り出してしまった。心臓の鼓動が自分でもびっくりするぐらい大きい。階段や壁や天井にこだましているようだ。幸子の家に着くと、玲子は顔に血が上って熱くなった。どんどん赤くなっていくのが自分でもよくわかった。
「あれ。玲子1人、修二さんは」
玲子は下を向いて顔を押さえたまま
「知らないよー」
と言った。

 幸子は仁志に「ちょっとお願い」と言って外に出ていった。
「おう、玲子ちゃん」
「私ちょっとびっくりしちゃって」
「わかった。座って落ち着こうや」
玲子はまだ顔を上げることができない。
「修二さ、玲子ちゃん初めて見たときに、惚れちゃったんだって。あいつ、ハンパじゃないしさ。無口だけど、慣れると面白くていいやつだよ。スジ通ってるしよ。アンパンももうやらねえって言ってるしよ。玲子ちゃん、あいつ嫌いじゃないだろう」
「うん」
「だったら付き合ってやってくれよ」

 幸子と修二が帰ってきた。
「仁志さんちょっと来て」
今度は仁志と幸子が出ていった。
「俺さ、しつこくするのやだからよ、もう1回だけ聞くよ。付き合ってくれる?」

 玲子はもともと目の鋭い一見怖そうな人が好みのタイプだった。修二はそれにピッタリといえばピッタリだった。断る理由はない。でも、どうしよう!と思ったが
「うん」
と口から出た。
「ほんと!ほんとかよ。ありがとう」
「でも、あたし受験があるからそんなにしょっちゅう会えないかも」
「いいんだよ。そんなことは、我慢すっからよ」
修二は目は鋭いが、笑顔は優しそうだった。

 幸子と仁志が戻ってきた。
「よ。うまくいったみたいだな。お二人さん」
幸子はいやにニヤニヤしている。
「あたしは絶対うまくいくと思ったよ。玲子の好みなんか、だいたいわかるし」

 それから4人は夜遅くまで幸子の家で遊んでいた。
「玲子、今日は泊まっていけば」
「うーん、そういうわけにもいかないから」
「そっか。じゃ、もうそろそろ帰んの?」
「うん。今日はありがとう。あとで電話するからさ」
「ホイサ」
玲子が立ち上がると修二たちも
「じゃ、俺らも行くわ。修二は玲子ちゃん送れよ」
「ホイサ」

 もう夜もだいぶ遅かった。玲子と修二は並んで歩いた。電柱の街燈には虫がたくさんたかっていた。街燈のジーという音が2人を追いかけて来る。2人は玲子の家の前まで来た。玲子が言った。
「今日はありがとう」
「じゃあ、明日また電話するから」
「バイバイ」
修二は玲子が家に入るまで、その場にいてくれた。

 玲子は母親は眠ってしまってから、幸子の家に電話した。
「幸子、私今日はびっくりしたよ」
「でもうれしいんでしょ」
「実は、そうだけどさ」
「でも修二さんて、一見強そうに見えるけど、ひょうきんらしいよ」
「ビッとしてるよね、実際」
「そういうの好きなんでしょう、玲子は」
「あー、やっぱりぃ、知ってたぁ?」
「今日は送ってもらってどうしたのよ!」
「えー、ただどーもって言っただけ」
「なーんだ。でもよかったじゃん」
「うん。ところで幸子は?本当のこと言って、いるんでしょ。誰なの、仁志さん?」
「違うさー、あの人は彼女いるって言ってたじゃん。私は、実は。先輩で鏖(みなごろし・原稿では金偏に麀)の頭やってんだよね」
「えー、そんなこと一言も言わなかったじゃないの」
「そうなんだけどさ、本気なのかわかんないんだよね。こっちとしては。自分でもエライことしてんなあって思うよ。ワッパのケツとかも1回も乗らしてくんないしね」
「そっかー。でも頑張るんでしょ」
「うん。お互い頑張ろうね」
「そうだねー。じゃまた近いうち遊ぼうね」

 玲子は電話を切った。修二の告白も、幸子の告白も、玲子にとっては衝撃的だった。

4 母

2005-06-15 02:15:44 | 小説 フィフティーン
 玲子は玄関のドアを開けた。家には誰もいない。玲子は靴を脱いで、キッチンに行った。冷蔵庫のフリーザーを開けると、アイスクリームが2つ入っていた。そのうちの1つを取り出してリビングルームのソファに、座った。アイスクリームの袋を破いてゴミ箱に袋を捨てた。テレビのスイッチをオンにした。ソファに横になってアイスクリームを食べた。

 そして駅前のデパートの袋を取って中身を出した。ちょっと変わったデザインのスーツ。襟ぐりが大きく開いていて、スカートは、横からと前からそれぞれ全く違うシルエットになる。黒だからゴールドのアクセサリーをすれば、今年流行の装いになる。玲子は全身が映る鏡の前であててみた。やはり着てみないと分からない。玲子その場で着替えた。
「うん。成功」
しかし修二はニュートラだからこの格好では合わない。
「やーだ!何考えてんだろ。考えらんないよ!」

 玄関の方で物音がした。パタパタパタ。スリッパの音。母親だ。玲子の母親は働いている。父親はいることはいるが、単身赴任で福岡の方にいるので、あまり会うことがない。母親はやはり寂しいらしいが、玲子の方は、父親が家にいた頃からうっとうしい存在だと思っていたので、寂しいとは思っていない。

「玲子、あんたの靴の脱ぎ方は汚いねえ。もっときれいに、そろえて脱ぎなさい。とても女だけの家には思えないわよ。」
玲子は黙っていた。この母親はいつも帰ってくれば「ただいま」より先に玲子に小言をいう。

「あら、あんたその服どうしたの?」
「買ったんだよ。セールやってて安かったから。69だよ 」
「へえー。69には見えないけどね」
当たり前だ。実際その服は10,000円以上する。
「あんた、昨日は幸っちゃんのところに泊まったんでしょう」
「そうだよ」

 母親は着替えて夕食の支度を始めた。2人でテレビを見ながら食事をした。
「勉強はちゃんとしてるの?」
「うん、してるよ。もう一生懸命になっちゃってる」
「高校はどこに行きたいの?お母さんとしては、なるべくなら公立に行ってほしいけど」
「うん。自分で決めるよ」
「先生の言うことも少しはきかなくちゃいけないけど、先生の言うとおりにする必要はないんだよ。先生っていうのはその人の実力より1段も2段も低い高校を受けさせるそうだから」
「知ってるよ。このところちょっぴり真剣になって考えているからさ」
「あとねぇ、私立で単願推薦とかいうのもあるらしいんだよ」
「あー、受かったら絶対その学校に入るってやつでしょう。よっぽどへましなかったら入れるってやつ」
「それもいいなぁって思うけど」
「うーんまぁ、いろいろ考えるから」
「あんたは将来何になりたいの?」
「芸能界にデビューしたい」
「真面目に考えなさい」
「でも本当に芸能関係の仕事がしたいんだよね」
「そうなの。だったらやっぱりちゃんと高校を出て、それからそれなりの専門学校に行く、とかするべきよね」
「そうだね」
最近は食事どきの話題はいつもこんなところだ。玲子は母親のことは嫌いでもない。玲子のことを信用しているし、玲子の触れないでほしいところに首を突っ込むことはしない人だからだ。