変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済
 第1章 帰還     ○(5/5)
 第2章 陰謀     未
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第1章 《帰還》  (続き 5/5)

 ルナにあてがわれた部屋は、王室のある主塔の隣に建つ副塔の中にある。部屋に戻る道すがら、王に侍る不愉快な側近達への怒りが込み上げてきていた。王も王である。人がいいのか、あの側近どもを調子付かせているのは相変わらずだ、とその怒りは王にまで向けられようとしていた。いや、王に言いくるめられた気恥ずかしさが、誰かへの八つ当たりになっているのか。そういったことを振り払うために何か他のことを考え、心を落ち着ける必要があった。これから、様々なことを考えねばならないのだ。そんなルナの心に、王家の秘蹟を受けたあの夜のことが浮かび上がって来た。今歩いている回廊が、あの時のように静まりかえっているからだろうか。少年から青年に成長しようという頃、今の王子より少しだけ年上だった時のことだ。あの時も、暗い王宮の石造りの回廊を歩いていたことを思い出す。

 老師がノックする音で、当時のルナは目を覚ました。あの老師はいずれ、今の王子も神殿に連れて行くのだろう。ルナは、そろそろ秘蹟を受ける時期に来ていることを王家の血が教えるのか、薄々感じてはいたので、今がそうなのだろうと思った。果たしてその通りであり、老師に勧められるままに着替えを済ませ、老師とともに神殿に向かった。この儀式のためだけに用意された衣装は、やけに薄く、軽く、ルナの体が透けて見えるかのようで、気恥ずかしさもあったが老師以外に誰がいるわけでもなく、気にしないことにした。冷気が立ち込める夜中に肌寒さも感じたが、それも気にする程のことでもない。回廊の所々に設置してある明かりを薄っすらと霧が覆い、幻想的な雰囲気が王宮の歴史を物語っているかのようであった。そんな薄暗い石造りの回廊を二人は一言も交わさずに歩き続けた。その間、ルナの心には喜びも恐怖もなく、他人事のように冷静な心持で今後の経緯を受け止めようとしていたものだ。程なくして達した神殿の入り口には、強面の神官が立ちはだかり、老師の入殿は頑なに拒まれた。そして、そこから祭壇があるであろう一画までは、老師に代わって強面の神官がルナを導いた。しかしながら、目的地である祭壇の区画には、その神官さえも入ることが許されていないらしく、彼は扉の前で立ち尽くしたまま動かなくなった。
 暫くすると、中から小さな声がルナを誘った。大きい割に軽い扉を開けて一人で中に入ったルナは、少しばかりがっかりしたのを覚えている。そこには、たった一人の神官、強面でもなく大柄でもない、外見上は普通の女性だけがいた。多くの召使がいるわけでもなく、彼女とルナだけの祭壇。その祭壇も小さく、暗い室内にひっそりと佇んでいるだけであった。その頂きには、絶えることのない蝋燭の炎に五つの玉石が照らし出され、僅かに振動していた。その蝋燭の揺らめく炎は、傍らの神官をも照らし出していたが、年齢は三十歳前後だろうか。ルナ同様に透けるような薄着を纏った色白の神官は、とてつもなく艶かしく、そして美しかった。主神官に選ばれてから何年たっていたかは知らないが、それ以来他人と接することを禁じられ、生娘のまま完全な孤独の中で生きて来た女。暫くは、言葉の発し方すら忘れたかのように沈黙が続いた。
 不気味で神々しい光と静かだが途切れることの無い振動音を放つ玉石は、その昔、遥か東方の大国から帝国にもたらされた。彼(カ)の国では、はるか昔に天帝から地上の統治を任せられた王が、その霊力を五種類の輝石に封印して玉石とし、後継者にその任務と霊力を五種類に分けて継がせていたと言う。
 この世の全てが己に支配されることを当然と考えていたその国に、ルナの先祖達は強い冒険心に支えられて想像を絶する苦難を乗り切って辿り着いた。香辛料や衣料といった特産を目当てに、ルナの先祖を追う商人も後を絶たなかったという。それらの交流を通じて、帝国の規模や文化レベルまでもが東方に伝わった。その結果、自ら以外は全て蛮族であると認識していたその国としては唯一の例外として、帝国を己と同等の王国として認知せしめることに成功し、対等の交易を成り立たせた。そしてその証としてその国の王は、霊山に祭られた五種類の玉石の中から各々一つづつを帝国の使者に託し、厳かにそれは持ち帰られたのである。
 帝国ではかつて、幾つかの例外を除いて能力と運で皇帝が選ばれていた。支持者は、軍団であったり、市民会であったり、あるいは元老院であったりと様々だったが、あくまで民に選ばれた皇帝であったのだ。しかし、千五百年前に、この玉石の来朝とともに血族による世襲に変わっていったと聞く。後年、理想的なモデルとして崇められた民選前提の能力主義による皇帝輩出システムは、派閥の形成とそれらの勢力抗争に繋がり、更に勢力分布の細分化と抗争の頻発を経て、統治者を排出する制度としての限界を露呈していたのである。その数百年前に流行ったオリエントを起源とする古代宗教から分岐した新興の一神教の結末に似て、理想の現実への投影は人それぞれであるという人間の性(サガ)故に、皇帝制や神の唯一性といった根本的な形式を維持するためには、その運営方法を変えて行かざるを得なかったのだ。以来、皇族の血統は守られており、その末裔にルナがいた。しかし、近年のブリテン王国と南方帝国の並立によって、皇統は分裂状態に陥っている。
 この秘蹟を受けることで玉石の持つ五種類の霊力を体内に宿すことができるが、その実体は、五つの玉石が五感の一つ一つを研ぎ澄まし、それらの集大成として得られる第六感によって、常人を遥かに超える予想能力 ~常人には予知として受け止められる~ が得られる。古(イニシエ)の人々は、自然と会話する力、あるいは自然を操作する力を持つ者として、王族を崇めたという。なぜなら、秘蹟は誰にでも有効なのではなく、王族の後継者だけにその能力をもたらしたからだ。その理由を追求しようという者も当然いたし、今でもいないわけではない。未だ解明されたわけではないが、生態科学や遺伝子工学の分野で王国が他国から抜きん出ているという事実は、王族だけに『秘蹟』が具現化するという現象から導き出される好奇心に応じた、当然の帰結と言えるだろう。しかしながら、あらゆる因果を解き放つことが必ずしも良策とは限らない。結果を受け入れることで成り立ってきた歴史は、原因を突き止めることで覆される可能性を秘めており、それなりの危険を伴うものなのだ。それは、研究者のみならず、人類としてその結果を受け止める覚悟が必要、ということを意味する。それを知ってか、今でもそれは『秘蹟』として受け継がれている。
 やや神秘的な要素として畏怖されていたこの能力は、航空機が登場するに至って驚異的な操縦能力として開花した。航空機を操るにあたって、視覚だけでは捉えられない自然の息吹を捉えられる力を得た者は、人の限界を超えた存在と成り得たのだ。そして、何らかのイベントや王室のアピールの度に、航空機によるパレードが催され、王族が驚くべき曲芸飛行を先導することで、その能力は人々に示されて来た。そんな王国にあって、どこよりも航空兵力の整備が遅れたというのは、どういった歴史の悪戯か。
 五つの玉石を神官と交互に体内に抱くことから儀式は始まった。それに続く様々な行ないは、恐らくは不要なものが殆どなのだろう。神官につられるように全裸になったルナは、それから丸々三日間に渡って密室での体力の限界と対峙し続けることになった。男であることを思い知る儀式と、それを忘れさせるような儀式の果てし無い繰り返し。秘伝を凝らした毒々しい飲み物と、ルナと神官から絶えず零れ落ちる体液の匂いが神殿を満たし、そして絶頂の度に腹から搾り出される声が反響する。頽廃的であり淫靡に過ぎる行ないが続いたが、それらを無駄と決め付けるには伝統の力は重過ぎ、神官とルナの間を行き来する濡れた玉石が無言の内に行為の継続を強要した。そして、耐えに耐えた結果、それは来た。傍らの神官は、玉石とルナが出入りする度に霊力を吸い取られていたのだろうか、既に力尽きて横たわっている。もう生娘ではなくなってはいたが、滑るような木目細かな素肌をまさぐりながら、ルナは開眼した。あの時の感覚は、どう言い現せばいいのだろう。色々なことが分かるようになったとしか言いようがない。空気の流れからさえ意思を感じるといったもの。その能力の使い方もわからないまま、妙に嬉しさと地の底から湧きあがるような力がこみ上げたのを覚えている。あの時はそれ以上のことを考えはしなかった。玉石には、王族を目覚めさせる以外にも強大な力が備わっていることに気付くには、未だ暫くの歳月を要した。そしてこの数年後に玉石が一旦停止してしまい、それを再び発動させるのがルナであるということは、この時のルナが知る由も無かった。

 思いに耽っていたルナは、そこで自室の前に辿り着いた。その時には王の側近への苛立ちも収まり、心は平静を取り戻していた。そろそろこれからのことに気持ちを切り替える時だ。

 ルナは軽く深呼吸をして、力強くドアを開け、毅然とした表情で誰もいない部屋に入った。

<第1章終わり、第2章に続きます>


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