[書籍紹介]
先日のブログ「浦安シティオーケストラ」で演奏した
カリンニコフの交響曲第1番を題材にした
倉阪鬼一郎の小説。
冒頭、1901年の
クリミアでのカリンニコフの死の床から始まる。
時代は飛んで、2009年の軽井沢。
サナトリウムで難病タビーン病の治療をしている
新進画家の緑川弦は、
慰問で訪れた
軽井沢フィルハーモニー管弦楽団の
常任指揮者である美貌の火渡樹理と
コンサートを通じて知り合う。
樹理は子供の頃からヴァイオリンを母親に仕込まれ、
天才少女としてデヴューしたが、
渡米してジュリアード音楽院に進んだ時、
指揮者に転身する。
それを支えたのが
ハルモニア化粧品の社長・本城英介で、
樹理のパトロンとして支援していた。
70歳を越えた本城は
死期の近いのを感じ、
最後の看取りを樹理に期待して求婚していた。
特別な感性を持った弦と樹理は惹き合う仲となり、
お互いの音楽と絵画に影響しあう。
軽井沢フィルのコンサートで演奏された
カリンニコフの交響曲第1番は成功を納め、
その時、弦と樹理は、喝采の中に、
あるヴァイオリン曲の旋律を聞く。
それは感性と孤独を共有する二人だけのものだった。
この現代の話に、1937年の
樹理の祖父・秋月英樹と
その教え子のヴァイオリニスト・薬師川美波の悲恋がからむ。
演奏会で失敗した美波の自殺は、
実は秋月が殺したのではないかという噂もある。
(その噂は樹理の実地検証で否定される)
秋月が残した「エレジー」という曲の楽譜に記された音楽記号と
「我 汝 転」という謎の三文字の
謎解きも並行して進む。
そして、最後の最後に、
樹理と弦の、両家を巡る深い縁(えにし)にまで話が及ぶ。
音楽の世界と美術の世界の融合、
更に、弦と同室の見崎紳司の和歌も登場するなど、
かなりハイブロウな内容。
見崎はベッド・ディテクティヴ
(安楽椅子探偵=身体的理由により、現場へ出向くことなく頭の中で推理する探偵)
として、暗号の解読を試みる。
物語の背後に流れるのが、
カリンニコフの交響曲第1番と、
ウフマニノフが採譜したという謎の曲「バラード」。
それはコンサートの時、樹理と弦が聞いた曲で、
最後は、その曲の真の作曲者はカリンニコフではないかという話まで持ち出す。
コンサートの場面で、
演奏者の中に
カリンニコフ(と思われる)奏者が混じっているシーンは、
映像にしたら、効果が出るだろう。
結果、交響曲第1番を何度も聴くはめになった。
題名にもあるとおり、
遠い旋律の中に、ロシアの草原の風を感ずるものらしい。
著者の倉阪鬼一郎は、
印刷会社勤務を経て、88年より専業作家に。
幻想小説、ホラー、ミステリを中心に書く一方、
俳人、翻訳家でもあり、本書に出て来る秋川の「エレジー」の楽譜も
倉阪の手によるものだというから、
音楽の素養もあるらしい。
中途までは、なぜこの作品が直木賞候補にならなかったのかと訝ったが、
後半、見事に崩れてしまう、残念な作品。