月のmailbox

詩或いは雑記等/小林貞秋発信。

あそこまで行ければ、という「あそこ」  4

2007-10-24 23:04:38 | Weblog
今の時期、夕方の5時半位になると、もう暗くなる。その前後の時間に、毎日ウォーキングに出る。目下のところ、行き先は常に近くの運動公園。その表側の入口は車道に面していて、車の通りなども多いのであるが、裏側に回るとその道の脇は田畑。すぐ近辺には殆ど家も見えない、ここが街の中とも思えないような自然の風景しかないような一帯。その裏手の道を通って奥側から運動公園に入ることもある。
その時にも、薄暗い中、その道を歩いていたのである。イアフォーンでラジオをきいていた。聞こえてきていたのが、仏教典のことを話す学者と思しい人の声。なにかいかにもそれらしき沈着冷静、俗世向きではないような性向を感じさせる声音で、経典を読み、また仏典に用いられたパーリ語の原文も紹介し、それについて解説をするのである。誰にも分かるはずのないパーリ語の原文など、聞かされても仕方がないではないか、などと思いつつこちらは暗がりの中を歩いていた。時に車の通ることがある。狭い道なので、脇の草叢に立って避けなければならないほど。いつやってくるか分からないそんな車のことなども、気にしながら。
ラジオの声は、言葉として耳には入ってきたが、こちらは理解をしたいと思って聞いていたわけではない。要するに仏の教えのあれこれである。言わずとも知れてい
るような、帰依する者の行なうべき正しいことのあれこれと感じつつ、殆ど聞き流していたようなわけである。私の関心、たまたまそれを聞いていて持ったとすれば、解説をしているそうした多くの知識を備えた彼の、じっいの人間性のようなものの方のこと。それらの教えは、彼の中で、日常の中で生かされているのだろう。姿勢を律する規範のようなものが与えられているのに違いない。その冷静沈着、俗世に馴染まない印象を与える声からの感じ、その彼として生きている上での。方向が、はっきりと見えている心をもって、日々を送っている人であろうということは想像するに難しくない、などということ。だが、目指す場所までは、容易に行くことができない。そうした変わらない現実の中に常にある、ということだろう、などということを漠然と思ったりなどもしていたのである。
そんなことのあった数日後、比叡山中で9日間にわたり、断食、断水、不眠、不臥で不動真言を唱え続けるという難行「堂入り」に挑んだ僧が、それを成就したということを知った。その肉体を限界、更にその先へと追い込むことによって開こうとする、無我のかなたの扉。それだけの力を与えるものがその教えにはあるということ。究極の実践、その達成を見せてもらえたのかもしれない。

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