壁にかけられた紅の帯
よじれている
ジャングルの枝にかかった
枯れた蔓
電線に垂れた凧の糸
天井から吊り下げられた艶めかしい
オブジェ
見えることもあるだろうね
壁の向こうに遠くの窓のあかりが
見えるみたいに
それから
床の上に置かれた
赤らみを帯びた肉のかたまりなど
彫刻の首みたいに
ある方向を向いた不動の首がある
全体に金属のようなつやを帯びている
月の光が屋根を抜けてふりかかる
思い出の中にひっそりとどまる
隠しものは転がった風船の中
近づけると恐れて逃げる生きものがいて
キッキとあたりに声を放つのである
愛人なのでございます
正体をつかまえることはできないので
至るところに眼を光らせる
泳いだ距離が問題なのではありません
やわらかな莟をこじあけている
閉じられている部屋
鍵が故障しているので電話をして下さい
もう三十年になります
人膚のにおいが壁にしみついて
跡形もなく消すことなど許さない
今日のおでかけ
手品のように姿を晦ます
どこかしらで激しい雨に打たれている
東京出版刊 「現代詩華集'91」 1991