さる日ーーー。
教室に入ると、事務室の職員とおぼしい女性がすぐ右側に立っていて、小さなアルミ銀の受け皿に何やら小粒の甘納豆めいたものの載ったものを、渡してくれる。んん? と思いつつも、訳良く分からず、瞬間こちらの思ったことを言ったのだけれども、相手には通じない。じつは、その直前の同じ教室の講義にも私は出席していて(同じ教室で続けてその別講義を受けているのは、私のみ)、その2カ月ほど前、むろん担当教授が一緒の親睦を兼ねたような勉強旅行をクラス希望者でやっていたんですね。私は参加をしなかったんだけれども、そのお土産か何かがそこに出てきたのか、とで咄嗟に思ったわけなんです。ほんの一口だけの何かしら、というように。他に思い当たることがなかったものだから。
そんなわけで、その女性とちょっとだけおかしなやりとりをしてしまうことになったんですが、ともかく・・・。その小さなアルミの受け皿に載っていたのは、良く見ると、レーズン。僅か、4粒ほど。
その日以前に、心理学専門の名誉教授であるH先生から、体験していただきたいことがある旨、言われていたこともあり、それが始められることは分かっていたわけですが、そのレーズンがそれとどのように結びつくのか、こちらは皆目分からない。まるで知識なしで、そこにいたというわけですね。
そのレーズンを受け取った時に、テーブル上に置かれたその日の資料も手にしていたわけですが、「「マインドフルネスに基ずくストレス低減プログラム」の健康心理学への応用」というタイトルが、そこに見える。そのプログラム、アメリカのjon Kabat-Zinnが開発したもの、ということなどは彼の経歴的なことと共に教えられて、その授業の性格柄、向かう方向は呑み込んでいたわけではあるのですが、さて、先生がこちらにしてもらいたいというものは、どういうことなのか?
A4サイズのアンケートファイルが配られる。8ページほど。ページには質問が並ぶ。5つの中からひとつを選ぶ。例えばの質問。「一つのことをやりながら、他のことへの注意を向けることができる」、というようなものに対して、「充分にできる」から「全くできない」というところまで、5つの返答内容が分かれているという具合になっているわけです。びっしりと質問が並んでいて、前半4ページほどの質問にすべて答える、ということに先ずはなりました。
そのあとで、レーズン登場、ということになったという次第で。
H先生。「先ず、レーズンを一粒、口にして下さい」と始めて、こちらに口にした後、瞑目することを要求する。それを口にした時に波及的になにか体内に起きたことがあったか。その味、あるいは感覚、何であれなにか覚えたことがあったか否か、追ってみてもらいたいと先生は、言っている。なにも感じなければ、それはそれでいいですよ、とも。更にまた、一粒。すぐに呑み込まないで、口中に留めたままにしてておくことを求められる。なにか、覚えてくるものはあるか。また、呑み込む。体の内に、なにか感じる変化があったか。覚える感覚があったか。先生は、言葉にする。また、感じることがなければ、それはそれで良いと。更に、一粒・・・・・。
ひと通り終えた後で、次にアンケートファイルの後半の質問に答え、最終ページのいくつかの項目の質問への、こちらは言葉で答える形での記述で、終了。
プログラムの中の、「咀嚼瞑想」というものだったんですね。
「訓練の最初の日には必ず咀嚼瞑想といって、レーズンをゆっくり食べることをやる。この目的は日常食べる時には、無意識に咀嚼したり、話をしながら、あるいは新聞を見ながら食べたりしているが、そうではなくて食べることに注意を集中することで、味わいを感じてみるのである。この訓練は今行っていることに注意を集中し、そこで起こっていることを意識するという瞑想の基本を知ってもらうために行うのである」、ということのようで。
後日、「レーズンエクササイズにおける結果報告」というのをいただいて、その結果を興味深く拝見したわけですけれどもね。
「エクササイズ前後の集中力の変化」については、
クラス平均は、得点63から64程度に、僅かながら上昇しているのに対し、私は70から、54と急落模様。
どうも、私は、レーズンを口の中に留めてくように言われた時に、多少苛々したところがあったようです。早く呑み込んでしまいたいくなっていたんですね。その記憶と、この結果に結びつくものを感じなくもないのです。
「あなたとクラス平均の気分の変化」ということについては、
私の場合、「安定度は落ち着いた状態」、更に「活性度は生き生きした状態」
との結果。
この結果を見た時に、エクササイズ前と後の自身の変化の大きさに、可笑しさを感じてしまったというようなことはあったけれども、こうした注意の集中、意義の先にあるものには、関心を覚えるようになりましたね。