月のmailbox

詩或いは雑記等/小林貞秋発信。

ひとりしゃべりの映り方

2008-07-29 23:55:23 | Weblog


外のある場所。例えば、コーヒーを飲む店。テーブルを前に、ひとり。その時に、姿の見えない何者かに向けて話し出したら、おかしいだろうか? というようなこと、普通には問うまでもなく少々頭の方がおかしな方と思われる。舞台の上でなら結構。どうぞ、存分に表現豊かに、と言わせていただきたくもある。
さる場所。そこはファーストフードの店。その三十代とおぼしい女性、見えない相手に話すのである。幾度となく見かけている。常に話し始める。煙草などを吸いながら、ひとり。午前中の時間で、いつも人は僅かなのだが周りに聴こえる声。当人、頓着しない。それは普通ではない光景である。普通ではないが、それだからどうなのか、という程度のことでもあるだろうけれども。普通でないことが周りに不安を煽る、という問題でもない限り。だが、普通ではない人がそこにいるという印象は、強い。話す相手のいない、孤独な人間であるのかもしれない。
目の前にいない相手に向けて、話すケイタイ。そうした店などでも近くに人がいようと、頓着せずに例えば仕事のことなど、傍若無人な調子で話しつづける人間がいる。話す相手は確かにいるのだから、見えなくてもおかしなことはない。だが、こちらには、妙に挑発的な人を苛立たせるものがある。人にどのように映るか、ということは、普通にはどのような場合にも考えておいたほうがいいのではないかな。その方が、姿も良く見える。
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ぶら下がっていたヴァイオリン

2008-07-27 23:44:22 | Weblog
前回触れた、買ったばかりの中古のヴァイオリンのこと。
2階もある大きな中古品の店で偶然に見つけたものなんだけれども、その店に行ったのは、ギターを見にということでだったのである。もう弾かないだろうと思って一か月くらい前だったか、処分をしてしまった。ところがそのあと、なぜかしら聴いてみたくなったGeorges Brassens の曲を見ているうち、Les passantesというのに出会って気に入り、弾きながら歌いたくなった。そのためのギター。さして良いものでなくても良い。普通に音が出れば、というところで探しに。
エレキギターが多かったが、その売り場のそばの壁にぶら下がっていたのが、このヴァイオリン。弓、ケース付きと書かれていて、おどろくほどに安い値段。どこかおかしなところでもあるのではないか、と思ったほど。その印象が強くて、店の人にも聞いてみずに、その日は帰る。
一昨日、思いついて、弾いてみてとくにおかしくないのであれば、買うことにしようと考えて出掛けた。店で弾いてみると、使っているヴァイオリンよりやわらかな音、そしてとても弾きやすい印象。問題なし。それで、買って帰ったのだが、戻って住まいで弾いてみると店で感じた印象と、またちがった。空間によって音のひびき、感触が異なったりするもののように。だがともかく弾き始めてみて、このとんでもない安さだったヴァイオリンが、私は気に入ってしまったのである。今まで使っていたものは、その次の位置に転落してしまうことになる気配。値段は、言わない方が良いのかもしれないけれども、書いておこうかな。千円札3枚。それで、100円のお釣りがくるのである。信じられない。
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ジョーはヴァイオリンケースの上

2008-07-25 23:43:22 | Weblog


だいたい夜8時頃。運動公園のトラ毛の雄猫ジョーに会いに行く。長いつき合い。
ここのところは、池そばで一緒に過ごすことにしている。だいたい一時間ほど。9時近くになると蛍の光が流れだして、9時にはジョギングコース沿いなどに立つ明かりも消されて、すっかり暗くなる。その前後まで。
上げた食べものを食べ、池の水を飲んだりしたあとは、池そばの石畳の上で毛づくろいをしたりというジョー。その脇で、こちらもついには仰向けに横になって、星空を眺めたりするようになった。ジョーとほぼ、同じ高さの目線。脇を見ると、ジョーの顔がある。夏である。昼の強い日差しの熱が石畳に残っているのを感じる。リラックスタイム。
何日か前、ジョーがこちらの腹の上に乗ってきた。そこでまた毛づくろいをしたり、ゆったりと体を沈めていたり。胸のところに顔があるので、ちょっと下側を見れば、ジョーの顔なのだ。夜の空間に、耳を澄ます風情でじっと眼を向けていたり。体が大きいのでちょっと重い。手で頭を撫でたりする。
帰るまで、ずっとそのままだったりする。起き上がろうとすると、離れまいとするのだ。いつもそこに残して帰りたくない、思いがする。だから、離れた後は、できろだけ振り向かない。
今日は、中古のものながらヴァイオリンをもうひとつ買ったので、試しに弾きたくもあって持参。だから、サンサーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」などを練習がてら。そばのベンチの上にケース。今日は、石畳の上に横にはならない日。ジョーは、ずっとヴァイオリンケースの上にいた。
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詩-Space    渦巻

2008-07-21 21:06:43 | 
    
    いかに
    あちらとこちらの
    隔たり
    大きいかを知る時がくる
    あるいはまた流れが
    ひたすらより低い方角へと
    向かうものだということだとか
    それがいずれは
    大海のような別の世界に
    交わることもあることだとか
    そうしてまた
    問いかけてみたりなど
    あそこのあの壁に描かれた
    雫のようなもの
    あれはどこかの惑星から
    夢のような通路を抜け
    滲みだしてきたものではないか
    この世の不思議に対面させるために
    どこかしらで手が打たれ
    サッサッサッと
    手際良く理由なども
    添えられるのは常のことだから
    などと
    思い切るようにして
    誰の眼にも触れないあの奥地を
    この朝
    左向きに緩やかに
    カーヴするのだそうである
    同じ方角に曲がりつづけて
    ついには渦巻のように
    この昼
    上昇していくのだそうだとか


        
             Six Poems No.9 2004    
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詩-Space その間に雲は

2008-07-20 21:38:07 | 



    蜃気楼のように
    白い壁上に
    しずかな海が見えている
    その時間
    どこかしらに向け
    進みだせないとしても
    そのまま
    そのままに
    その場所に
    とどまりつづけることも
    また良いようで
    青空を見上げながら
    なにかしら
    思い描きつづける時のように
    払い去るべき重みが
    首筋あたりにうすく留まる
    その時に
    人生はひと巡りして
    終わり始まり
    前後の記憶のないままに
    今またそこに
    振り出されるようにしている
    のかもしれない
    またその時間
    道筋を見出し泳ぎだすことか゜
    できないとしても
    時間という
    白みがかった広がりもつものに
    遍く触れることができそうな
    拡散の只中に
    吸い込まれるように
    突き入っていたりもする
    突如の弾みのようにして
    その間に
    空の雲はこの惑星を
    幾周も駆け巡り
    遂には空から逃げだす算段を
    始めているのかも
     しれない


                  Six Poems No.9 2004    
 
     
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