laisser faire,laisser passer

人生は壮大なヒマつぶし。
楽しく気楽につぶして生きてます。

オンライン試写会

2006-09-13 | cinema

…なるものがあるのを初めて知った。

たとえただでも、会場に赴く交通費すら惜しい程度の映画にはいいかもしれない。

まさにあたしにとって「その程度の映画」である『出口のない海』のyahooオンライン試写会、限定1000名ってのに応募したら当たっちゃった。たぶん全員当選じゃなかろうか。

きょうの0時から24時間オンデマンド方式で見られる。GYAOなんぞと違ってCMもなければ途中で停止や巻き戻しも自由自在。こりゃあいいや

今日は水曜日だから、本当は『ゆれる』を観にいくつもりだったんだけど、雨だし、寒いし、自宅映画鑑賞に切り替えました。

うーーーん。
なんだかなぁ。
ものっそい、地味な映画だった。悪い意味で。
すっげー!と褒めたくなるにしても、死ね!と貶したくなるにしても、なんらかの感情を揺さぶられる映画が後に残る作品だとしたら、これはもう、まったく後あと残らない、消化されて出たらおしまい、みたいな水のような作品ですね。

主演の海老蔵が、これまた地味。びっくりするほど下手なのか、好きになっちゃうほど魅力的なのか、と思っていたらどっちでもない。中途半端に若者軍団に埋もれていて、ワル目立ちはしてないんだが、逆に言えばまったく「華」を感じさせない
海老のダシガラみたいな感じ。
海老蔵と伊勢谷の二人の関係や、野球をあきらめるまでの海老蔵演じる並木の心理がきちんと描かれていない(二人の演技力に問題があるのかもしれないが)ので、主人公並木が回天乗務を志願するまでの心の綾が見えてこない。ヒロインの上野樹里がまったく魅力的じゃないのも、海老蔵と似合っていない(二人で歩いているところは親子のようだった)のも映画の魅力を半減させている。
脇役で三浦友和、香川照之、塩谷瞬がいい味を見せていたが、いかんせん数人の役者の力だけでは映画は魅力的にはなりえない。

海老蔵演じる主人公の台詞に
「オレは回天という存在を歴史に残し、後世に伝えるために死ぬんだ。それだけでいいんだ」
みたいなのがあったんだが、佐々部監督も
「この映画は、回天という存在を世間に知らしめるために作ったんだ。それだけでいいんだ」
というのだろうか。
少なくともあたしには、それ以上の存在意義がこの映画にあるとは思えなかった。

厖大な制作費と宣伝費を費やして、こんな地味でスケールが小さくて娯楽性のない(良心的だけがとりえのような)映画を作り上げた松竹さんになま温かく笑ってこういわせていただきます。
ヴォランティアかよ。

ただだから怒らないけどね。つか怒るほどの感情の起伏も得られなかったよ・・・

本日のベストショット

貶しっぱなしでもなんなので、唯一ほんのちょっと心を揺さぶられたシーン。
初めて訓練で回天に乗りこんだときの海老蔵の目の動きと、ボレロを口ずさむシーン。一瞬霊性みたいなものを感じさせた。
そのあと、操縦シーンになったら、引きこもりニートが、自分の部屋で戦闘ゲームやってる、みたいにしか見えなくなっちゃったんだけど・・・