興趣つきぬ日々

僅椒亭余白 (きんしょうてい よはく) の美酒・美味探訪 & 世相観察

誰しも 見たいものしか 見ていない

2014-02-11 | 余白の創作ことわざ

「余白の創作ことわざ」です。

誰しも 見たいものしか 見ていない   だれしも みたいものしか みていない
 

<意味>
人は自分の興味、関心のあるものしか見ていないものだ。自分では物事を広く見聞きし、なんでも分かっているように思っても、実際は周囲のごく限られた範囲のものしか見ていないことが多い。何事にも謙虚に、意識して他者の意見や見方に耳を傾けることが大切である。

<ここで一言>
わたし自身の体験でいうと、昔、といっても社会人になってからですが、英語を勉強し直そうと思った時のこと、電車に乗ってもやたらに英会話スクールの壁面広告、車内吊り広告が目に飛び込んできたものです。
家を買おうと思う人なら、きっとマンションや住宅販売の広告がすぐ目に入ってくることでしょう。

またある日、通勤途上、駅から会社への毎日歩いている商店街の一軒が、建て替えのためこわされ、きれいに片づけられていたことがありました。ここにはこれまで何の店があったっけ、といくら考えても、まったく思い出せませんでした。
普段それだけ意識して見ていなかったからでしょう。

<さらに一言>
といって、普段から怠りなく周囲に目配りしておきなさい、ということではありません。関心のないものが目に入ってこないのは、誰しものことでしょう。
大切なのは、広い社会には自分の知らないこと、考えの及ばないことが必ずあるということを自覚することだと思います。これはわたし自身の自戒です。

<もう一言>
わたしの英語の勉強がその後どうなったかというと、とくに英会話スクールには行かず、NHKのラジオ講座、テレビ講座をよく聞いたものです。大きな成果が上がったとは言い難いのですが・・・。

 

*上の写真は都電荒川線(大塚駅前)。本記事とは関係ありません。



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