くまえもんのネタ帳2

放置してたのをこちらに引っ越ししてみました。

追憶の香り

2005-10-22 02:16:23 | ノンジャンル
それは、夜ごとに冷気を募らせ、虫たちを押し黙らせる秋雨の合間に、姿は見せず居所を知らせてくる。
それは、そう、雨傘越しに通り過ぎた人のベーラムの香りにはっとさせられるのと似ている。
ベーラムの香りか。長い不在のうちに忘れ果てたと思っていたのに、一瞬のうちにすべてを思い出す。
この匂いは誰?
この匂いは、若き日の父の匂い。

あぁ、そうではなかった。
追憶は飛躍しやすいものだ。
夜の戸口に立ち、ポケットの鍵をまさぐっているその時、今僕の鼻腔をくすぐり、遠い記憶をたぐり寄せたこの匂いは?そう、金木犀の香りだった。


それは、夜の街のどこかに佇んでいるはずだ。
普段は忘れているけれど、そう遠くないどこかに。
今はもういない父の記憶のように。

記憶は彷徨う。
学生の頃暮らしていた世田谷の砧という町で、小ぶりのオリーブのような実をたわわに着けた木を見かけた事がある。白色の花を咲かせるギンモクセイ(Osmanthus fragrans)だった。キンモクセイは、実を着けない。原産地の中国から持ち込まれたのが雄株だけで、未だに国内で流通しているものに雌株がないためなんだそうな。

 みのひとつだに なきぞかなしき

とは、実はこの金木犀のことであったか。>違うからっ!

僕の大好きな西脇順三郎に言わせると

「見よこの人を」空をみあげるとキンモクセイの黒い
大木が老人のように立っている
田園の憂鬱の源泉
サボテンのメキシコの憂鬱
ウパニシャッドの中へ香水をたらしたようだ
      西脇順三郎 「粘土」から抜粋

となる。
古代哲学の香りが夜を満たす。


ところで、僕はかつて、とっても出来の悪い生徒が集まる事で有名な某女子校の非常勤講師をした事がある。
後輩の身代わりというか、言ってみれば人身御供。
とんでもないアホ集団のまっただ中に突然投げ込まれたのだった。
それが僕の偏見から来るものでないという証拠に、そこを無事にやめて何年かしてから卒業生たちと呑む事になったとき、例えばこんな話を聞かされた。
「先生は知らなかったと思うけど、あのときアタシは●●してたのよ」
「やだっ、だいじょうぶよぉ~、すぐに●●したから」
とか、ああ、やっぱりとてもじゃないけど書けないや。

で、無難な当時の授業中のエピソードを紹介しようかと思うのだ。

「センセ~、ちょっと聞いて良い?」
「ん?なに?質問? めずらしいねぇ、良いよ!」と僕。
「あのさぁ、この頃町のあっちこっちでぇ~、トイレの臭いがするのよぉ~。あれってなんなのぉ~?」
「そうそう、くっさいのよぉ~。あれ何なの?」
「え? 汲み取りとか?」と僕。
「やだ、ちがうのぉ~。もっとねぇ、ネチョォ~っと甘ったるい臭いって言うのかなぁ。」
「そうそう、この頃急になのよ。あっちこっちで気持ちわっる~いのぉ~」
もちろん、この質問?授業の流れを全く無視している。
まぁ息抜きに良いかってんで、僕も話に乗る。
「あ、わかったよ。それ、金木犀の香りだよ。」
「へ? キンモクセイ?なにそれ?」
「木の花の香りなんだよ。」
「うっそ~、やっだ~、きも~い! それってトイレの臭いのする花なの?」
「キャァ~、信じられなぁ~い!!」
「違うってば、逆! キンモクセイの花の香りを合成してトイレの消臭剤に入れてるの!」と僕。
「ギャァ~、きっも~い!そんなの関係なぁ~い!」
「そうよそうよ。トイレの木、トイレの木!、トイレの木!きゃぁ~っっ!!」
連中、騒ぎ出すきっかけが欲しかっただけだったらしい。
やれやれ。
ピコレットっていう消臭剤が売れ始めた頃のお話し。
で、とにかく、この経験で僕が得た教訓はと言えばこうだ。

・・・キンモクセイの花の下で、恋を語ってはならない・・・・