スペインの片田舎。
薄暗い部屋の白いベッドの上で、精悍な髭親爺の苦悩する姿。
彼の懊悩はあまりにも深く、その激しさのためにベッドが黒く焦げ始める。
ベッドだと思っていたのは、実は分厚い本だった。
その黒く焦げた本の小口を削り、褐色の面が顔を出すまで削り取って磨く事でだけ、彼の苦しみは軽減されるのだというのを、なぜだか僕は直感している。
僕は、彼の傍らで一部始終を見ているようだ。
彼が表へ出て行った後、その小口をしげしげと眺め、炭化した紙の層を見て、彼の苦悩の深さを知る。
と、そのベッド(分厚い本)に寄り添うように、手のひらほどもある角型のグラスが置いてある事に気づく。
鈍色の光沢を放つグラスをなみなみと満たす澄み渡った酒。
と、手を伸ばしてそのグラスを持とうとすると、とてつもない重さである事に気づく。
全身の力を込めてグラスを持ち上げると、突如言葉が鳴り響き始める。
美しい不思議な響きの言葉だが意味は判らない。
が、深い苦悩だけが伝わってくる。
その言葉は、バスク語だった。
そのグラスを持って、部屋の入口の明るい方へ移動すると、ビクトル・エリセの映画の中にいる自分を見いだすのだった。
不意に、苦悩する髭親爺が、バスク人である事に思い当たった。