くまえもんのネタ帳2

放置してたのをこちらに引っ越ししてみました。

渚にて~ただし人工の~

2007-06-25 03:58:42 | ノンジャンル

実を言うと、土曜日の午後、再びお台場に向かったのだった。
そう、もう一度見たかったって言うのもあるんだけれど、それ以上に小説の「ashes and snow」の全貌が知りたくなって、矢も盾もたまらない状態になってしまったのだった。


が、予想を遙かに超えたあまりの混雑に、ashes and snowの小説だけ買って、渚で日暮れまで過ごすことにしたのだった。
そう、向こう側の、建物の遙か後方まで続く行列はチケットを買う列。
手前は、会場に入るために並んでいる列。


すべての列をスルーして、ミュージアムショップのカウンターに直行。
「小説はありますか?」
「えぇ」
ホッとした。
いや、きっと、手に入れて読んでみたら、多少なりともガッカリするのではないかという予感はあったけれど、良いのだ。
その辺も含めて、確認したかったのだから。
原文の方も考えたけれど、そこまで語学力に自信がない。
そんな自分を、今呪ってみても始まらないしね。

誰の言葉だったか、「翻訳した作品を読むのは、たとえば豪奢なゴブラン織りを裏側から眺めるようなものだ」ってのを、今回はことさらに強く感じていたのだよね。
それでもまぁ、素材の手触りぐらいはわかるだろうからね。

それにしても、なぜそこまで訳本に期待をしなかったか?
いや、翻訳に不満があるのではなかった、きっと、装丁のどこかに不満を感じるんだろうなぁってな予感があったんだよね。
なぜって、会場で上映されていた「灰と雪」のナレーションが日本人の吹き替えになっていて、それがまた安っぽい感情移入を恥ずかしげも無くやっていて、耳障りだったりしたからなのだ。
この詩は、絶対に囁き声で淡々と読まれなければいけないはずだ。
なんでこんなのでOKが出たのか?
.....その他のことは推して知るべし。




で、先日帰ってすぐにashes and snowのサイトを検索してムービーを確認すると、やはり抑制のきいたトーンで囁きかけていたのだった。
何という心地よさ。
そりゃそうでしょ、あの映像に安っぽい激情の露呈はそぐわない。


人工の海岸線は、やはりどこかしら味わいに欠ける。
が、先日とはうってかわって、美しい夕映えに恵まれようとしていた。
ラッキ~!


太陽が厚い雲の下から顔を出すと、予想通り、雲たちは刻々とその色合いを変えていく。
ドビュッシーの「美しい夕映え」を思い出した。
そういえば、ドビュッシーが言ってたっけねぇ、「自然界には全く同じ繰り返しなど存在しない」と。
今日の日のこの時刻、この瞬間はたった一度しかない。
平凡な毎日の繰り返しなんてあり得ないのだ。
もし、毎日が平凡でつまらない繰り返しに感じるとしたら、それは自然が送り届けてくれる毎日のプレゼントを、すべて取り落としてしまっているからなんじゃないかとさえ思う。


波間はすでに金色の縫い取り。
今日、ここに来てみて良かったと思う。


ふと、隣にちょっと可愛いドイツ人がやってきて座った。
夫婦で旅行に来ているらしく、奥さんが三脚付のカメラを抱えて波打ち際へと歩いていったのを、ぼんやり眺めるともなく眺めてる。
その向こうで汽笛が鳴り、そして船は行く。
そろそろ良いかな?


紙袋から本を出して、ふと思って砂の上に置いてみた。
......さて、ページをめくると、やっぱり軽い幻滅。
先日買った写真集の装丁の方が、比べようもなくきちんとしている。
なんでこんな所で妙な手抜きをするかなぁ。
......まぁいいや。


数ページ読み進めて、順に読んでいくのをやめた。
やはり、小説仕立ての部分がどうも僕の中に入ってこない。
で、気に入った詩文だけ拾い読みする。
まぁ、また後でちゃんと読めばいいしね。

先日、たまたまWebで拾い読みしたのがいけなかったかもね。
あの時、てっきり詩集だと思って読んでいたのに、「小説」とあったんで、きっと手にしたときに違和感をおぼえるだろうとは思っていたんだよね。

もちろん、僕のこんな自分勝手な読み方は、作者の意図にはそぐわない。
勝手な言いぐさなのだ。

それでも、こうも思うのだ。
井伏鱒二も言っているではないか。
「小さな窓からのぞき見る以上に、世界を良く眺められることはない」ってね。
先日、勝手に拾い読みして、勝手にふくらませてしまった僕のイメージ。
それは、彼のメッセージに僕の世界を接ぎ木して伸びた、別の世界なのだ。
その方が僕にはぴったりしていると感じること、それは仕方がないことだよね。

作品って、どう読まれるかなんてことまでは作者は予測できないし、どう読まなければいけないなんて事も強制したりしていない。
それでも、誤解したり曲解したりしながらも、きっと何かのメッセージが伝わってくる。

それも作品の生命なんだと思う。


僕は本を閉じて、夕映えを眺めることにした。
この美しい瞬間は、今日のこの一時、たった一度きりのものだから。
そして、彼の作品は、この素晴らしい世界の移ろいゆく瞬間を愛しなさいと言っているのだから。


  羽は火に
  火は血に
  血は骨に
  骨は髄に
  髄は灰に
  灰は雪に

そして、こう続けよう

  雪は沈黙に
  沈黙は愛に








362番目の手紙

2007-06-22 15:32:54 | ノンジャンル


  羽は火に
  火は血に
  血は骨に
  骨は髄に
  髄は灰に
  灰は雪に

362番目の手紙から

買いそびれてしまった本なので、何ともその全貌はわかりませんが、映画の中でささやかれ、タイトルにもなっている言葉「 灰は雪に」は、手紙の形をとった小説の一部なのだね。
彼の作品を紹介しているWEBから、もう少し抜粋してみようかな。


10番目の手紙 
横になって眠っていると、夢のなかでモンテスマが、ぼくといっしょにタンガニーカ川の岸辺を歩いていた。「夢のなかでの川歩きは、眠りのなかに落ちてくる果実だ」と王は言った。「毎朝拾い集めて、ながめて、磨いて、においをかいで、皮をむいて、切り分けて、味わって、それから自分の感じたものを蒸留して言葉にするのだ」


86番目の手紙

 ぼくの思い描く楽園には言葉はない。
 映像は、言葉とちがって、沈黙をやぶらずに沈黙について語ることができる。




ashes and snow
6月24日まで。
危うく行きそびれるところでした。
http://www.ashesandsnow.org/jp/index.php?page=/vision/index.php

ノマディック美術館は、貨物用コンテナを積み重ねた仮設ホールで、昼時は地獄の暑さ。
夕方がお薦めだけれど、混みそうですねぇ。
小説だけでも買いに、もう一度行ってこようかなぁ。


獣たちの優しい眼差し。
上映されている3本の映画をそれぞれ2回と少しずつ見て、宇宙の囁きを聞き、楽園の追憶に浸りました。
それにしても、これから先の自分の生涯の中でもおそらく経験できないであろう風景を見ながら、かつて暮らした世界のように懐かしく感じるのは、なぜ?

そしてこんな詩の一節を思い出した。


  一粒の砂にも世界を
  一輪の花にも天国を見、
  君の掌のうちに無限を
  一時のうちに永遠を見る

  「対訳ブレイク詩集」から

空耳アワ~?

2007-06-21 01:27:26 | ノンジャンル

新宿高島屋が出来て、もうかれこれ10年は経つよねぇ?
いえね、今日初めて、高島屋の地下に食料品フロアがあるって知りましてね(普通あるって?)。
んで、何かめずらしい酒はないかなって物色してたんですよ。
で、最初に目にとまったのは「アダン」ってお酒。
おぉ~っ、なんて南国っぽい名前なんでしょ!ってね。


が、それと同時に、何かとても似つかわしくない物が視界に入った気がして、思わず凝視してしまいました。
えぇっ?!「まんこ」?
あ、違った、「まんこい」???
なんつ~名前や?
「めんこいマンコ」って言う意味かなぁ?
およそデパートの売り場にそぐわない....まぁ、そんな意味な訳はないんだろうけど気になるわぁ.....

そういえば、昔聞いた話しが。
確か沖縄には「まんこ」って言う湖があって、汚染が進んできたんで、臭くなってきたんだそうな。
「まんこがくさい」?大変だ!
そこで、何とかしようってんで、公園内では女性の声で「まんこが汚れています!」って言うアナウンスを連呼してるってな事、誰かが言ってたよなぁ。
まんこを連呼かぁ~....。
なんて、アホなノンケよろしく考え込んでいたら、不意に後ろで声がする。

「あぁっ!おねぇさん、下品~!」
え"っ?
心を見透かされた気がして振り返るとそこには.....

おねさげひん」の商品が!
あぁ、なぁ~んだ、「おねぇさん、下品」って聞こえたけど、違ったんだね。
アタシの事じゃなかったんだわ。
ほっ!
んも~ビックリさせないでほしいわぁ。

ところで、帰ってから「まんこい」を調べてみたら、あった。
[「まんこい」とは先客万来を意味します....]
まぁ、妥当なところですよね>何が?
黒糖焼酎なんだねぇ。


さて、それこそ5年ぶりぐらいに、高島屋のテラスに出てみたら、あらぁ~なかなか綺麗なお庭になってるじゃあ~りませんかっ!
出来たばっかの頃は、何だかしょぼかったんでそれ以来すっかり忘れてたんだよね。


でも、今ではオリーブの木も見事に育って、美しい銀色の葉裏をガーデンランプに照り輝かせていました。
夜風が気持ちいいねぇ......。


帰りしな、お気に入りスポットの花屋さんを覗いて、何となくご満悦な僕でした。




はなざんまい

2007-06-19 09:42:18 | ノンジャンル

昨日から佐久平に来ています。
もうね、この季節、暑すぎるって訳でもなく快適って言えば快適ですよね。
えぇ、晴れてればね。
で、良い天気(薄曇りでちょっと風あり)だったんで、お散歩してました。
綺麗に咲いてるでしょう?


花壇には、モンキチョウやモンシロチョウ、スジグロシロチョウ、ヒョウモンチョウ、キアゲハ、セセリチョウなどなど、気ぜわしげに花から花へと蜜を吸いに来ていました。




せっかくだから、もっと上まで行ってみましょうかね。
で、小道を登り始めると、まずはフランスギク(オックスアイデージー)がお出迎え。


これはラッセルルピナス。
やっぱ、良い花だよねぇ。
後ろに咲いてる白い花は、シロツメクサ。
蜜の香りが、もうホントにすごいんだ。


どう?
まだ背丈はそんなでもないけど、結構良い感じじゃないかなぁ?
ガウラとかペンステモンが咲いてます。
散策路のあちこちにはハーブが植えられていて、親子連れが香りを楽しみながら花畑の中を散歩していました。


結構にぎやかでしょ?


手前のブルーはロシアンセージ。シルバーリーフとしても楽しめます。
黄色いのはルドベキア。


手前のピンクは、ヒルザキツキミソウ。
左側の紫のモヤはブロンズフェンネルです。


これもペンステモン。
と言うわけで、今はまだ地味な色彩だけれど、来月にはジキタリスやスカシユリなんかも咲き始めて、もっと華やかな彩りになるんでしょうね。
楽しみ~!


げげげ、現代アート?

2007-06-11 01:09:51 | ノンジャンル


さて、先日の話題の続きから。
台南の山間で見かけたところの、このけったいな造形物は、はたまたいったい何であるか?


何?
水牛の群れ??
いや、もっとでっかいぞ。
山岳民族の居住区?
呪術的なにか?
何?何?
なになになに?

ましてこんな山の中、わざわざAndy Goldsworthy(アンディー・ゴールズワージー)風の現代アートなんか造る暇人も居ないだろうしね。

折しも激しい雷雨の中、谷間の向こうになにやら妖しげな隊列が、のろのろ走る車の窓から木の間がくれに見え隠れし始めたときの妙な感動は、何とも筆舌に尽くしがたいものでありました。
なんてね。
A(^_^;


で、まぁ、通訳君に聞いてみると、こんな答えが。



「真っ暗にすると、木が死にそうになったと思ってあわてて花を着けるんデス。」
レンブって言う果樹ですよ。」


あ、なるほど、レンブの促成栽培なのね。
いわゆる短日処理ってヤツね。
んでもさぁ、このくっそ暑い中、黒いビニールシートで木を丸ごと包んじゃうなんて、荒っぽいやり方だねぇ。
「暑さで木が蒸れて痛んだりしないの?」と僕。
「いいえ、案外平気みたいですよ。このあたりはレンブの名産地なんですけど、よく見かける風景なんです。」
ふぅ~ん。
なんか、ダイナミックってか、乱暴ってか、まぁ、手軽で良い方法なんだろうね。
A(^_^;



こちらは店頭に並べられた食べ頃のレンブ。
シャリシャリした食感で、ほんのり甘い。
なんか、酸味のないリンゴみたいと言えば、まぁそんな感じの味かな。



さて、クイズを出したら、玉露みたいなお茶の作り方のバリエーションなんじゃないかって意見もあったんで、一昨年、台中地方のお茶畑を見学したときの写真をご参考までにお目にかけようかと思います。
えぇ、お茶の木にしてはデカすぎるんですが、そこはホレ、写真だと実際のスケール感が曖昧に成っちゃうから無理もないことなんですよね。


むこうの石垣に並んで植えられてるのがお茶です。
てまえのモコモコは柑橘類。
オレンジか何かですね。
せっかくだから、もっと近くで見てみましょう。


手前の根本に生えている赤っぽい花を着けた草は、日本でもお馴染みのインパティエンス(アフリカホウセンカ)です。
台湾ではこの花は冬の花なんです。
夏は暑すぎるんですね。

それから、背の高い椰子の木は、ビンロウジュで、こちらの肉体労働者は、頻繁にこの実を咬んでいますね。
ビンナンとか呼んでいて、車道脇にお姉ちゃんがきわどい格好で小さなショップを構えていて、この実(檳榔子)に石灰をまぶしたものをキンマの葉で巻いて売ってるんです。オッチャンやらアンチャンやらが、お気に入りのお姉ちゃんの店に立ち寄っては、コイツを買い求める。
若干の依存性を持ち、常習すると軽い禁断症状があらわれるそうで、おじちゃん達、何というか血走った目でこれを咬んでは、口の中でまっ赤に変色した唾液を辺り構わずぺっぺと吐き出します。
これがまぁ、何ともおぞましい光景でねぇ。

初めて台湾を訪れたヨーロッパ人が、この光景を見て、台湾人にはなんてまぁ結核患者が多いんだろうって驚いたんだなんて話しも聞かされましたが、なんて~か、笑えませんでしたねぇ。
発癌性物質を含んでいるとかで、台湾の舌癌発生率はコイツのおかげでバカ高いんだそうですね。
まぁ、タバコの代わりというか、金になる代物なんですね、この作物。
で、これがお茶の木に木陰を提供してると。
まぁよく考えられていますなぁ。

そうそう、茶畑に霧がかかってるのは、この一帯はちょうど雲霧帯と言われる、いわゆる山の中腹あたりの霧や雲が発生しやすい場所なんです。
日差しが遮られがちで、柔らかで丸みのある味わいのお茶が採れるというわけ。
台湾の烏龍茶が薫り高くおいしいのも頷けますね。