きょう12月8日は、真珠湾の日。
80年前の早朝、ラジオから「臨時ニュースを申し上げます」と流れた。
「本日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」
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当時の著名な評論家や作家は、どう受け止めたか?拾ってみた。
評論家の中島健蔵は「ヨーロッパ文化というものに対する一つの戦争だと思う」
小林秀雄も戦争を肯定して言う。
「丁度いい時に始まってくれた。戦争は思想の色々無駄なものを一挙になくしてくれた」
亀井勝一郎は、もっとはっきりしていた。
「かつて、ペリーにより武力的に開国を迫られた我が国の、最初にして最後の返答であり、復讐だ。
維新以来の無念を一挙にして晴らすときが来たのである」
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高村光太郎は『真珠湾の日』と題する詩を書いた。
宣戦布告よりもさきに聞いたのは ハワイで戦があったということだ。
ついに太平洋で戦うのだ。
詔勅をきいて身ぶるいした。
天皇あやふし。 この一語が私の一切を決定した。
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八紘一宇とか大東亜共栄圏とか一億総玉砕とか当時の語彙。
国民的熱狂の危険性や抽象的観念への傾倒などなど、
私たちは教訓として、なお現在も忘れてはならない。
それにしても、日本は何とも無謀な戦争を仕掛けたものだと思いますね。
挙句の果て、最後は竹槍で本土決戦、全員玉砕ですから無茶苦茶でした。
軍部が国の舵取りを担うのは、碌な結末にはならない。
せめて満州国建国までで止めていたらと思います。
(これも良しとはしませんが・・・)
テレビなどの回顧シーンなどを見ると、偉い人達は国力の違いから負けると知りながら開戦しています。
中国からの撤退がアメリカの経済制裁回避の条件だつたとの事。
18万人もの戦死者を出している中国から退くことに躊躇したばかりに。
その後、何百万人もの犠牲者を出す羽目になりました。
例えは悪いですが、パチンコに負けている場合の止め時の決断に似ているような感じ。
ここで思い切つて損を覚悟で止めるか、ズルズルと大損する事になるのか。