AWA@TELL まいにち

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出口のない海

2006年03月26日 | 趣味
「出口のない海」、という映画が今年の夏に上映されます。こっちの方が内容がもっと詳しいようです。

故郷の山口県でロケがあったようです。

第二次世界大戦末期の人間魚雷「回天」を扱った映画です。

「回天」の記念館回天特攻隊の情報もごらんになって下さい。

大学生の時にはそんなに気にしなかったんですが、最近、こういう戦争物の映画を見ていると、そこで戦っている人達の年齢をいつの間にか自分が超えていることに気づくんですよ。

言い換えれば、あの時代に自分が生きていたら、今の高校生や大学生といった自分の教えているような年齢の人に「行け」と命じる立場になっていたということに気づくんです。

昨日、学生の送別会がありましたが、その学生が日本国内をいろいろ見て回って、一番衝撃を受けたのは広島の平和記念公園だったそうです。
原子爆弾については、有名ですから、知っているわけです。でも、どんなものだったかは、実際に見て、初めて身近に感じられたようでした。
僕も最初に見た小学校3年生の時の衝撃はぬぐいきれないものがあります。広島で働いていたときにも何度か行きましたけどね、理性で理解するのと直感で理解するのとは少し違うような気がしました。

それはさておき。

元々涙腺が弱い方ですが、戦争物はだめです。「男たちの大和」は結局見に行けませんでした。「出口のない海」の方は見に行って泣いてこようかな。

戦争末期に日本軍が考えた作戦や兵器は信じられないようなものが大量にあります。それを笑い話にしてしまうのか、当時を知る手がかりにするのか、人によって対応が違うと思います。

別のサイトで「松根油」の話がありましたが、これも同じです。

あの時代を直接知っている世代は確実に減っています。
批判を受けるとは思いますが、あの時代を懐かしんだり、美談として語ったり、美化できるのは、あの時代に自分の意志で生きていた人だけだと思うんです。あの時代を知らない僕たちに許されているのは、当時の資料が散逸しないように収集、整理をすること、50年後、100年後の世代が「知りたくても分からない」という状況を出来るだけ亡くすように努力することでしょう。

戦争物の映画は、確かに美化したり、美談として扱ったりする場合もありますが、真摯な映画はそこに多くの真実が含まれていると思います。

映画を見て、「かっこいい」と感じる人もいるでしょうが、みんなが画一的なとらえ方をしないのが、画一的なとらえ方が出来ないのが健全な証拠だと思うんですが。
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