story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

強い女性

2023年04月15日 20時27分51秒 | 小説

仕事で訪れた長野県のとある街で、居酒屋で食事をして
多少はビールなどを呑んだ
昼間の仕事での憂さもあったのか、その日はひどく酔った

ふらふらしながらさして灯りの多くない街中を歩いて
ここ数日は宿泊しているホテルに帰る道すがら
城跡の公園そばを通りがかる

関東のナンバーをつけた黒いミニバンが停車している
エンジンはかけたままだが黒いフィルムを貼った窓から車内の様子がうかがえない
その先をほんの少し歩くと、泊まっているホテルが見えるようになる
公園とは言え、近景は真っ暗に近い

あと何日、ここに宿泊しなければならないのだろう
宿は食事を付けてくれるが、バイキングで同じものが並ぶだけなので
数日もすると飽きてしまうゆえに、外へ食事に出たというわけだ

ふっと女の悲鳴が聞こえた
「きゃあ、なんするの」
太い男の声がそれに被さる
「うるせえんだよ、じっとしてろ」
「逆らうと殺すぞ」
別の男の声もする
どうやら女は一人で男は二人いるようだ

声のする方へ走った
昼間しか開いてない土産物屋の裏手
暗がりに人の影が見える
「なに、してるんや!」
叫ぶといきなり拳骨が飛んできた
僕はそのまま倒れて上に男が乗りかかる
「じゃますんなよ!」
「ちょ、ちょっと、そん人にまでなにするん」
女が叫ぶ
「うるせえ、おまえはじっとしてろ、いい気持にさせてやっからよ」
僕はとっさにうつぶせになった
そのほうが殴られた時のダメージが少ないと思ったからだ

だが僕に乗りかかる男は僕の首を腕で締め上げてきた
「おい、おっさんよう、みせてやらぁ・・いいシーンをよ」
女を抑え込んでいる男も応じる
「へへ、レイプ映画の実演だぜ」
女が叫ぶ
「やめてよ!話がやねこくなる!」
こちら側の男が促した
「おい、さっさと女をやっちゃいな」
「おう!」
女を抑え込んでいる男が返事をした瞬間、男は宙を飛んだ
女は立ち上がり、大きな声で宣言した
「あんたたちは、襲う相手を間違えたんよ!」
すぐに女は吹っ飛んだ男が仰向けに倒れているその股間を踏みつけた
「ぎゃああ」
ぐいぐいと力を入れてパンプスで股間を踏みつける
「ぐぐぐ」
うめき声を発しながら男は俯せになる
女は男の背に乗り、首を締めあげた
「おい、そっちの人を離さんと、こがぁな首が折れるで」
女は僕などが出せないような力で男の首を締めあげているようだ
男はすでに泡を吹いている
「やめてくれ・・死ぬ」
女は力を抜かない
「じゃけヤメェゆったじゃろうがいや」
続けて言葉を浴びせる
「あんたらんような人は、汚い都会へいね!」女は手を離した
そして男から離れる
「あんたも、やられたいか!」
僕を組み敷いているいる男に叫んだ

その男はここまでの成り行きを呆然と見ているだけだった
「そん人を離せ!」
男の手が離れ、やおら男が立ち上がろうとするとき
その男も吹っ飛んだ
「手を離したじゃねえか」
半泣きのような声で叫ぶ
「煩い、あんたたちんような馬鹿もんは、二度と立てないようにしておくのが一番なんじゃあ」
そう言ってへたり込んだ男の胸倉をつかんで殴り飛ばした

女を襲っていた男は何も喋らない
ただ、俯いて唸っているだけだ
「行きましょう・・」
女が僕に声をかける
「あの男は…」
「背中に一発、かましておいたんで・・しばらくは動けんじゃろ」
女はふっと笑顔を見せた
僅かな照明に照らされる女の横顔が美しい

「警察に通報しなければ」
「朝まであそこでへたばっているでしょう、放っておきましょう」
座り込んでいる僕に女が手を差し伸べてくれた
「助けようとしてくれんさった、ありがとう」
女は僕の顔を見る
「いやいや、お恥ずかしい・・こっちのほうが助けてもらった」

だが、歩くにも無理に引き倒された膝が痛い
女がさっと僕の脇に自分の肩を入れてくれた

女のスーツは、汚れてボタンが引きちぎられ
ブラウスも破られて、下着があらわになっている
「随分、やられてしまいましたね」
「あなたもじゃわ」女は笑う
そう言われて自分を見ると、スーツは泥まみれでボタンは取れてしまっている
「言葉を聞くと、この辺りの人ではなさそう・・どちからから?」
「僕は関西です・・あなたは・・」
女の土壇場での言葉はこの辺りでは聞かぬ方言だった
「うち?今は東京で暮らしているけど、生まりやぁ広島じゃ」
「仕事でここに?」
「そう、営業で来とるんじゃが長野はなかなかお堅い人がおゆって」
「そうですよね、僕も同じです」
「うちも、えろう苦労しとるんよ」
「難儀しますやんね」
僕がそう言うと彼女はくすくすと笑った
「でね~」

「泊りはどこかの?」
「あ、あそこにみえるホテルです」
「一緒じゃあ・・」
「というかこの街、あのホテルしか、マトモな宿ないですよね」
「あるんじゃけど、どれも駅から遠いんよ」
彼女はそう答えながら嬉しそうに僕を見た
僕よりは背が低く
僕の脇に肩を入れてもらっているのがちょうどよい高さで
若いという訳ではないが、美しい女性だ

ホテルへ入る前に、見た目が哀れな二人の服装を可能な限り直すが
彼女の吹っ飛んだボタンは直せるわけもなく
スカートの中に入れてちょっときつめに締めるしかない

ホテルフロントではやや服装の崩れた二人にフロントマンがギョッとしていたが
二人が笑顔なのでそのままルームキーを渡してくれた

部屋は同じフロアでどちらもシングルだった
「荷物置きおったらこっちにきて」
女がそう言ってくれる。
「繕ってあげるけん、そんままでね」
素直に彼女の言うとおりにした。
まだ膝が痛い

さして広くないシングルルームのベッドに腰かけ
彼女は僕のスーツの破れを縫い始めた
「すごい、あんな力業があるのに裁縫もなさるんですか」
「自分こたぁ自分でせんと、高くつくんよ」
そう言って僕を見てくれる
だが彼女のブラウスは破れたままだ
「あなたの服を先に直して」
「これはもう、破れてるし・・替えもあるから」
みえたままの下着が眩しい、いや、さらにその下の白い肌がもっと眩しい
「気になるんですよ」
「なにが?」
「ブラが見えてるの」
彼女はふっと自分の体を見て、笑う
「あはは、そりゃあそうよの、これ、男性が見たらまた狼になりかねんわ」
「いや、僕はそんな大それた気はないですけど」
「うそうそ、男はみんな狼なんよ、気ぃがついとらんだけじゃ」
そう言ったかと思うとまた笑う
「でも、もし狼になってあなたに抱きついたら投げ飛ばされる」
「そりゃあ、嫌だってときに抱きついたらね‥」
「怖いですやん」
「そう?でも、惚れた男にゃあ優しいわよ」
「でも・・・」
女は繕いの手を休めて僕を見た
「ちぃと惚れたかもね」
「は・・」
「あんたに」

狭い部屋で僕は恐れと感謝と
そして始まったばかりの淡い思いとで複雑な気持ちになった

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