story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

絶頂で見えるもの

2022年11月03日 20時23分49秒 | 小説

 

 

まだ僕たちが若くて、籍も入れずに付き合っていた頃

君はセックスの際に絶頂に達するとなんとも言えず

嬉しそうな表情をしてくれたものだ

 

二年の付き合いのあと正式に結婚し

その頃も君は絶頂になると嬉しそうな表情をしてくれていた

 

子供が二人出来

僕たちは世間では倦怠期と言われる年頃でも

仲が良いと言って良いのか

週に二度はセックスをしていた

 

あるころ、そう五年ほど前からだろうか

セックスのあと、君が不安な表情を見せるようになっていた

それも、日を経るごとに君の不安は大きくなるようで

だからと言ってセックスを断ったりはしない

いやむしろ、これまでよりずっと積極的に僕を求めてくる

 

君の不安はどんどん大きくなるようで

ある時から君が、セックスのあとは泣き出すようになっていた

もう齢五十に近く

まさかいまの君が処女の頃の涙を見せるはずなんてないのだが

 

ある夜の君は不安が殊更に大きかったようで

絶頂に達して叫んだあと

大声で泣きだした

「なにがあったの、この頃不安定にみえるけど」

僕の問いに君は「なんでもないの」と呟く

けれど、その夜の君の身体はいつまでも震えが止まらず

僕はずっと君の肌をさすっている

 

数日後、同じ布団に入ると君が求めてきた

そして僕が愛撫を始めると

突然、「怖い」と言い出した

「何が怖いの?僕?」

そう尋ねると首を大きく振る

「見えるの・・見えるの」

「何が見えるの?」

すると君はさらに身体を震わせ、僕を求めてくる

 

終わった後、やはり体を震わせて泣いている

「ね、なにがあるの?一度精神科医に診てもらおうか」と僕は勧めた

「違うの、違うの」

君は言う

もう十分に世間を知っているはずの君は

まるで少女のように僕の胸で泣く

「何が違うの?不安神経症ってあるじゃない、あれではないのかな」

「違うの、見えているの」

君はそう言って泣きじゃくる

「せめて僕には、なにが君にみえているか教えて欲しい、もう何年もこの状態だし、それもどんどん酷くなるし」

君はいったん僕から離れた

そしてゆっくりと小さな声で語り始める

 

「わたし、不思議なことに絶頂に達するとそれから3~4年後の未来が見えてしまうの」

「未来が見える?」

「そう、だから、昔はあなたと結婚出来るとか、娘と息子が生まれるとか予想できたの」

「じゃ、本当に見えているのなら僕たちの哀しい未来なのか」

君の答えはない

「それがたとえ哀しいことであっても僕は知りたい、君を苦しめる未来を」

君は涙を流しながら僕の目を見て首を横に振る

「わたしたちの事だけなんかではないわ」

「どういうことだ」

「今見えているのは、何年先のことか知らないけれど・・」

「ああ・・言ってくれよ」

僕が早死にするという事だろうか・・それならば覚悟を決めねばならない

「あなたのことじゃない、あなたにとっても関係あるけど、もはやそんなことではないの」

「じゃ、なんなのだ・・」

君は僕を見つめて大きく息を吸う

布団を半分下げて、歳を経ても良い形のままの胸をさらけ出す

「ね、これ聞いてもどうにもならないから・・」

「いいよ、言ってくれよ」

「わたしも貴方も、いいえ、息子も娘も隣の夫婦も、いつもの店の人たちも」

「どうなるんだ」

「隣家のワンちゃんもバス停でバスを待っているあのひとだって、電車に乗っている人たちだって」

「だからどうなるんだ」

「誰もいなくなるの」

「どういうことだ?」

僕は君が何を見ているのか、知ってはいけない気がしてきた

だが、もはや君の話を止められない

「空虚なの、風が吹いているの、オレンジの空、崩れた建物」

そして続ける

「誰も生きていない、風が吹いて地面はコンクリートの残骸だらけで」

「それは世紀末SF映画の世界観みたいだ」

「そんな生易しいものではないの、熱い風が吹いて水が一滴もない世界」

「どういうことだ」

「三年から四年後の世界・・」

「つまり僕たちは・・いや日本は・・」

「日本なんてものじゃなくて・・・」

「世界が‥」

 

そんなことを信じることが出来ようか…

僕たちの世界が数年後になくなるってことを君は言う

「ありがとう、貴方のおかげで腹が決まったわ」

「どんなふうに?」

「この世の最後を見届けてやるって」

君は僕の顔を君の胸で包んでくれた

 

数年後のオレンジの空、そしてその時は死に絶えて誰もないこの星

僕の心は一気に空虚になり

今度は僕が君の豊かな胸で泣きじゃくるしかなかった

 

翌朝のニュースで、某国が隣国への攻撃に核を使ったと報道された

 

         


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