食道がんと闘う自然爺の活動

自然の中での暮らしに憧れ、自作の山小屋を起点に自然と戯れていたが、平成21年10月、食道・胃がんが見つかり手術。

『島根県の自殺率』

2012年10月17日 17時46分02秒 | 日記

新聞の片隅に島根県の自殺率は全国6番目云々とあったが詳細に見てなかったか

ら正確なものかはっきりしない。しかし上位に位置していることは間違いない。

都道府県別の統計数値を見ると上位が常連になっている県もある。統計の取り方に

もよるのかもしれない。山梨県の富士山樹海は自殺の名所、発見された場所は山梨

県、本人は島根県、これはどこの数値に入れられるのだろうか。統計のことは別として、

私なんぞは煩悩の塊り故、当然のこと生への執着も強いから、病気になっても何とか

治そうと必死になっている。自分で自分の生命を断つのだから、私には考えられない

強い意志が働いているのだろう、としか想像できない。

この記事を見てから、自分の周りにあったことを思い返してみると、知人、友人に自殺

をした方が結構おられたのだ。同年代若しくは近くの方で6人、40代の人が1人これら

の人は知人よりも深い関係だ。この数字が高いものか低いものか知らないが、私には

高いように思われる。私の感覚では1人でも多いような気がするからだ。

自殺に至った本当の理由は分からない。何れの方々も真面目に仕事をし一生懸命に

生きておられたから、傍目から見ているだけでは重大な決意をしているようには感じら

れなかった。自殺に関する統計は警察庁、厚生省など色々なものがあり、新聞記事は

どれを使っていたのかわからないが、自殺率は10万人当たり何人が自殺をしたかを表

している。

平成23年、27.3%、24年速報値20.5%と減少傾向にあるようだ。県別による自殺事情の

違いがあるとは思えない。しかし秋田県は10数年もトップだったようで私の持つイメー

ジとは全く一致しない。行政としては原因究明、対策をと一生懸命だろうが肝心の理

由を語る人が居なくなっているから、推定の対策にならざるを得ないのでは。

5年生存率と闘っている身としては、とても残念なこととしか受け止めようがない。


『多忙な日』

2012年10月16日 20時39分44秒 | 日記

 

今日は朝から今季初の炭窯の仕事があった。春先に最後の窯入れをし、出来上がっ

た炭がそのまま込められている窯から取り出す仕事と次に窯立てする木の伐採があっ

た。木炭は樫ばかりで約280Kg出来上がった、これは恐らくこの窯の新記録ではと大将

の言葉。昼前の休憩タイムはポカポカ陽気の下で、お茶を頂く。ついこの前までは暑く

て陽の下でお茶を飲むどころか、日陰で冷たいお茶をガブガブ飲んでいたのに、気候

の移りの早い事。この作業は夕方まであり、その後は恒例の一杯の予定だったが、夕方

からは町づくりの会議があり、それに出席のため飲み損ねた。ゆっくりと休む暇もない忙

しい日だった。


『ご臨終の土竜(もぐら)』

2012年10月15日 17時57分48秒 | 日記

私も畑をしていなかったら土竜の存在をこんなに意識することはなかったろうし、畑

をしていない人は話もすることもなかろう。私の畑だけではなく、到る所の畑で土

竜被害は出ている。田の畔に穴を開け水が抜けてしまう、作物の根を切ってしまう、

種を蒔いた所をひっくり返すなど広範囲にわたる。

メロンなどの高級品がやっと大きくなりかけた所にお出ましとなり、根をやられて即

ノックダウンは私のハウスでの恒例。ならばとトラップをかけて退治しようと試みるが、

どうも一寸したコツがあるらしく、素人の私では中々、捕る事ができない。年間、数

十匹の土竜を退治する大先生に聞いてやってみるが、年間に1匹捕れればいい

方だ。土竜にはテリトリーがある。餌となるミミズや虫類が確保できる広さの縄張りを

持ち、主が死ぬと、直ぐに別の奴がやって来る。土竜の世界も人間社会同様、縄

張り待機待ちのお方が沢山おられることだろう。土の表面近くで土を起こしている

のは、餌を探しに来たもので、縄張り内のメイン通路は10cm近く下にあるから、目

で見ても分からない。メイン通路は一日に数回の行き来があるらしい。メイン通路

に罠をかけるが、先述のようにさっぱり。

今日は晴天で畑のお隣さんはさつま芋掘りをされた。芋を掘っていたら黒いもの

が出てきた。芋にしてはと思ったら、ゴソゴソと逃げ出そうと動き出し、よく見たら土

竜だったから、クワで一撃,二撃・・・・そこら中叩いて、やっとご臨終。

私も以前、畑をしていたら土竜が出てきて、必死に穴を掘って逃げようとした。

勿論、叩かれて一貫の終わりになったが、何の用事があって地上に出て来たもの

やら。

                    身体の割には手が大きく力強い

     背中の毛は細くやわらかい,尖んがっているのは鼻


『演劇鑑賞』

2012年10月14日 18時00分21秒 | 日記

朝から晴れたり曇ったりの不安定な一日だった。今朝は妻が早くから張り切っている

なーと布団の中で思っていたら、そのはず8時から国道の草刈りの日だった。

草刈り業者が入って間もなかったため、私たちは微に入り細に入りの作業ができ、と

てもきれいに仕上がった。皆さん業者がきれいにした後、ということを知っておられる

ので参加者は少なかった。ここの作業を終えて畑に直行し、今度は畑の草取り。

午後から町内にある、しいのみシアターで初公演演目『安寿と厨子王』の初日公演

があり、それを観に行った。久々の新作は期待した通りの素晴らしいものだった。

寿と厨子王の母役は女優の草村礼子さんが演じられた。先般まで放映されていた

滅茶苦茶朝ドラ『梅ちゃん先生』で痴呆老婆を演じておられた方。

シアターの責任者、園山土筆さんと草村さんは同じ先生に弟子入りされ学ばれたそ

うだ。シアターは立ち見を合わせても130人くらいの小さな劇場だから、舞台と観客の

間が狭く演じる方によると気が抜けないそうだ。観る側からいうと、すごく迫力を感じる。

今回の演目は、どうも女性好みのようで観客の70%くらいは女性だった。有名な物語だ

から筋について云々の必要はないが、母と再会するラストシーンは涙する人が多くお

られた。私は危なくなりそうになると、別のことを考えるようにして涙を抑えていた。


『家電王子』

2012年10月13日 17時04分19秒 | 日記

日ハムの斉藤祐樹選手は甲子園で『ハンカチ王子』と呼ばれて以来、次々と新しい

ジャンルに王子様が現れてきた。その中でちょいと変わっているのが家電王子なる

人物。TV放送で観たが兎に角、家電の事が詳しい。機能性に優れているもの、新

製品と家電に関してめっぽう強い。王子様になるには家電の事がただ詳しいだけで

は駄目で、少々イケメンでなければなれない。

私たちは家電を買う時、色々な製品の機能や操作性をパンフやネットで調べ選択

する。今時は操作説明書をダウンロードできるから、内容を詳しく知ることも可能だ。

比較後は購入となり以後、他社の製品がどうであれ関心は無くなってしまう。

だから詳しくなろうにもなり得ないのだが、王子様はそこのところが違うらしい。

この私、詳しくはないが昔はクーラーまで自分で据え付け、テレビの設定やアンテナ

工事は今でも自分でやるし、全自動洗濯機の水道との接続なんかもやる。故障すれ

ば分からなくても分解してみて目視で原因が見つけられないかチェックをしてみる。

それで原因を見つけ部品を頼んで何度かは自分で修理したこともある。

先日、台所のテレビを買い替えた。いま流行の3D機能もついている。3Dで放送はし

ていないしBD/DVDをつなぐ気はゼロだから、この機能は不要のように思ったが数千

円の違いだったから、これにした。ネット接続は当たり前になっているが、無線LANに

接続も可能になっている。アクセスポイントはPCのものを使うから設定も同様のことが

必要になる。AOSS/WPSなどであれば簡単に設定できるが、それ以外だとSSIDや暗

号キーなどが必要になってくる。私は齧りながら何とかやっているが、大変な時代に

なったと思う。家電王子は目指せないから家電爺でも目指すとするか。


『農薬の可否』

2012年10月12日 18時01分21秒 | 日記

一寸、古い話だが当地で科学ライター松永和紀さん(http://www.foocom.net/)の講

演会が開かれ、食と農薬に関する話をされた。内容は科学者また主婦の視点から見

た演題について語られた。

特に農薬の是非については、科学者の立場、主婦の立場からすると非に力点が置か

れるのではないかと思っていた。ところが、一般論として農薬は安全性に疑問があるか

ら使用されるべきではないとの声が圧倒的に多い中、科学者らしく色々なデータを使

って噛んで含めるように説明された。農薬の勧めを説かれたのでも、危険性を説かれ

たのでもない。

話をよく聞いてみれば、農薬の害が食に出ることなどあってはならないと、日本の規制

はとても厳しい。所謂、安全基準なるものは安全とされる数値に、安全係数を上乗せし

た厳しいものになっている。

だから、農薬に関しても決められたことをきちんと守れば絶対に安全な範囲内に収まる

と言うものだ。また、有機農法は安全で万能のように持て囃されているが有機農法で作

られた作物だけに出るアレルギーも出てきているそうだ。消費者は単なる言葉に踊らさ

れることのないようにしなければならない。

さて、俄百姓のこの私も、害虫にノックアウトされ全滅したことは何度もある。寸前でくい

とめても苗は大きく育たず、いい収穫にはならない。種を蒔き本葉になった頃、虫にやら

れるのはダメージが一番大きい。また、冬になっても温度が高いのか害虫も死ななくな

り、昔とは違うと古くからのお百姓さんは言っていた。

私は限界になるまでに農薬で駆除することもある。松永先生の言によれば『上手に使用

して、効率のいい農業をすべき』

スーパーなどで売られている野菜には虫が齧った形跡はどこにもない。農薬なしにあん

な野菜ができるなら企業秘密など言わず、是非とも日本中に広めて欲しい。あんなに大

量の虫被害ゼロの収穫はあり得ないと思う。消費者はそれを理解しているのか、理解し

ないまま無農薬野菜として食べているのだろうか。


『秋なのに筍』

2012年10月11日 17時51分05秒 | 日記

筍は春になると旬のものとして重宝される。孟宗竹のような大きなものが終わると、淡

竹(はちく)と呼ばれる少々、細い筍が出回る。いずれにしても春のものされている。

所が、四方竹という竹はどうしたことか秋に芽を出す、つまり筍が出てくる。普通の竹

は丸いのに、四方つまり四角の竹だ。触ってみるとよく分かる。

人の話ではこの筍はえぐみ(渋味)が出るために、秘伝の裏技を使わないと食べられ

ない。そんな事を聞いた後、四方竹を商品にしたとTVで放送していた。えぐみを抜

くために云々という事を言っていた。こちとら、江戸っ子じゃないが筍は多少はえぐい

ものだ。そんな事をしなくても食べられるはずと試してみた。

何てことない。美味しいではないか。えぐみを取るとか何とかに関係なく食べてもおか

しな味はしないし、この時期に筍だからグルメ級だ。それから毎年、秋になると四方竹

の筍を頂いている。

四方竹は安来市にある清水寺に沢山植えてある。自然に生えたものではないと思うが

大小、沢山の竹を見ることができる。太さは10cm近くの大きなものもあり、近くの精進料

理を提供する宿では床柱に四方竹が使われていた。

相当な年数が経っていた為、見栄えはパッとしなくなっていたが、竹がしっかりしていた

頃は珍しさもあり、素敵な床の間だったと思われる。

『立ち枯れの木、退治』

松くい虫の被害に遭い、立ち枯れとなってしまった松の木は道路の4mくらい離れた小高

い場所にある。今日も午前中に近くの保育園児が散歩をしていた。何も知らない時は気

にならなかったが、あれはとても危険と分かると早く始末しなければと気が競れた。

こうした木は一寸した風が吹いてもでも、バラバラになって落ちたりするから恐ろしい。私

経験がある。枯れ木をチェーンソーで倒そうとしていたら、上の方が突然、折れて大き

な塊がドサッと落ちてきた。幸いなことに私の前方で離れていたから被害には遭わなかっ

た。もし、もしがあると生死に関わる大事故になる。

そして、遂に午後から倒すことを決心し、妻は車が来たら停止させる役目、もう一方は軽ト

ラックで道路を封鎖。木が倒れる際、近くの木に寄りかかったりすると厄介なので、いい方

向にたおれるよう、チェーンソーで切り始める。

どんぴしゃり、道路上に倒れた。倒れる途中、上の方は折れて2つに分かれて落ちた。

手早く片つけ、約10分ほどの道路封鎖で済んだ。ただし、通行車両はゼロ。

明日から子供たちも安全な道を散歩することが出来るようになった。子供も、先生もそんな

危険を知らなかったし、安全になったことも知らない。

このような場所は、数えきれないほどあるに違いないと思う。

        

                   四方竹の筍と断面


『立ち枯れの木』

2012年10月10日 20時51分53秒 | 日記

先日から、冬籠りの準備をしている。お隣の山の下刈りを兼ねてのものだから立木も伐

採している。昔はきれいに手入れをされていた山も、今は人手が入らないから大きな木

が枯れても、そのまま放置されたままになっている。そんな木が道路端にあってもだ。

今回、伐採した所にも大きな枯れ木が立木として残っていた。

この道路は近くの保育園の子供の散歩ルートになっているし、時折だが自動車も通る。

もし雑木を伐採しなかったら、そんな枯れ木の存在は分からないままだった。知ってしま

うと『もし風で倒れたら・・・』とか『人が通っている時に倒れたら・・・』色々と心配の種が増

えてしまった。

そんなことで、今日は一念発起の枯れ木退治。立木の枯れ木を切るのは怖い。チェーン

ソーで切っていくと、振動などにより途中からポカ折れすることがあるからだ。

生きている木はねばり、しなりがあるから途中から折れてしまうことはないが枯れ木は違う。

予測もしない所から複数に折れたりする。頭上からそうしたものが、ドサッと落ちる…ぞー

っとする。だから一念発起が必要なのだ。今日は2本倒したが、もう1本残っている松の木

は手強そうだ。 そんな木はいずれは倒れる。それが人の通らない所でも、通る所でも起こ

る。そうして雑木を伐採していくと立ち枯れの高い木が残る。

 

『闘病記』

こんな大げさな名前ではないが、自分の治療経過を記したものは、このブログにしか残っ

ていない。しかも大雑把な順番で綴ったものだから話があっちこっちに飛び飛びしてしま

った。それでも、数カ月で発症から3年までの経過を書き留めた。

日毎でテーマを纏めるため、内容は縮小せざるを得ないから、何か物足りない内容になっ

てしまう。そこで、いつもの俄か思いつきが頭をもたげてきた。

『もう少しいい形の記録にしておこうと』

まだまだ序章のところだが秋の夜長を味方に筆を進めてみようと思う。


『祝、3年経過』

2012年10月09日 18時39分44秒 | 日記

平成21年10月9日、希望に胸膨らませてルンルンとまではいかなかったが、病室から

徒歩で、いつもは使えないエレベータに乗り手術室のある2階に向かった。なんて出

だしで綴っても手術を受ける本人はこれから繰り広げられる主人公でありながら肝心

のシーンには台詞も何の所作もないのだ。

今まで辛い検査を受けてやっとの思いで、ここまでこぎ着けてきたのに、麻酔をかけら

るまでの20分くらいしか出番がない。こんな馬鹿げた不平不満を並べている場合では

なかろうに、全く。

何度も記述の如く『病気と闘う赤ちゃんの姿』これが私の味方だから、手術のことは何

も怖くないし不安もないから、記憶が無くなるまでの手術室の様子は冷静に見ることが

できた。自分で想像していたことと大体同じようなものだったから、麻酔が上手く効くの

かと要らない心配をしていた。家族は手術室近くに控室が用意されており、術中は必

ず一人は在室するように決められていた。多分、術中に容態の急変や何かトラブルの

場合、直ぐに連絡が取れるようにしておくためだと思う。

手術のために入院してから、暇な時には各階をウロウロし何がどこにあるのか、なんて

ことをチェックしていた。その時に家族控室なるものを発見した次第。

出番のない主役は、その後も暫く出番はなく3日目に麻酔が覚めて、お目覚めはICU。

手術の傷は後日のろっ骨の傷以外は一回も痛みを感じることなく、多くの方が難儀され

た話を聞くと、改めて個人差の大きさを痛感している。

この爺のための手術には麻酔科、外科の先生や看護師さん、はたまたそれを支える多

くのスタッフの皆さんの力が結集されたものだ。その後の入院生活についても同様、沢

山の人のお蔭に感謝の心を忘れたことはない。勿論の事、私の経過を心配して下さっ

た方々にもだ。その後、原因不明のことが色々と起こり、最終的に残っているのが、右手

くすり指の第2関節に痛みがあること。日常生活で多少の不便はあるが何とかできるから

了とする。

 

 目出度さも

  中ぐらいかな

   おらが春 

    

小林一茶が正月を詠んだ俳句だ。私も術後3年を経過して中ぐらいの秋を迎え、

希望を持って力まず軽やかに前進だー!。

                  薪割りは順調


『円形脱毛症』

2012年10月08日 18時01分24秒 | 日記

先日、ふと目にした先に見事な円形脱毛症の人の頭があった。大体に、そうした頭

を見ることはないから私にとっては珍しい光景だったし、何か親しみを感じるようでも

あった。実は、この私も5~6年前に円形脱毛症に襲われたのだ。

巷の話によると原因はストレスが溜まってのこと、これが相場になっており、私なども

円形脱毛症と聞けば俄ドクターになり『ストレス』と言ってしまう。所が何故この私が円

形脱毛症になったのか全く心当たりがないのだ。その頃に直接、私に係る事ではな

かったが問題を抱えていた。その問題はストレスの溜まるようなものではなかったし、

第一それを私が悩まなければならない問題ではなかった。

この程度のことで円形脱毛症になっていたら、在職中はストレスだらけで全体脱毛症

になっていなければならなかったろう。円形脱毛症が完成する過程は分からないが、

多分少しずつ抜けていくのだと思う。自分では見えないから全く気付かず、人目など

気にすることもない。何処に出かけても、美女と出会っていたとしても丸い禿を気にす

ることはない。私は髪が多い方だから最初は隠れていて分からなかったが、この禿を

妻が発見した。言われて、触ってみるが成程、ツルツルしていて500円硬貨くらいの大

きさ。しかし、ちょいと横から髪をずらすと隠れてしまうから何とかなりそう。

分かってしまうと人前に出る時は気になる。気を許していると『おい、禿とる』人前はば

からず教えてくれる友あり。

妻の妹は面白がって『お義兄さん写真撮らせて』と携帯でパチリ、見せて貰うと本当に

きれいな円形の禿だった。

原因はわからないまま、日にち薬で時間と共に元に戻っていった。

 

『本日の仕事ぶり』

・冬籠りの支度で薪の用意、伐採した木や枝をストーブの大きさに合わせて切り揃える。

・茄子、オクラの収穫。サツマイモの試掘、

・栗拾い

・ハウスの修理、苗にみずやり


『ブログ・アクセス・カウンター』

2012年10月07日 18時01分24秒 | 日記

ブログの種類や目的によってアクセス数は最重要だったり、私のようなブログでは病

気で悩んでおられる方が、見つけて頂き何かの参考やヒントになればいいから、アク

セス数は重要ではない。しかし、誰にも見て貰えないようでは続ける元気も失せてくる

から、多い方がいいのに決まっている。

昨年末、急に始めてから9か月ちょっと過ぎたが、9/30にアクセス数40,000件を10/1に

アクセス者20,000人に達した。アクセス者と表現しているが正確にはアクセスしたPCの

URLといった方がいいと思う。同じ人が1日に数回アクセスしてもその日のアクセス者は

1回となるがアクセス数は全てのアクセスをカウントする。

。以前、ブログのテンプレートを変更したら、行あたりの文字数が変わり、へんてこな形

になったので一生懸命に修正した。後で分かったことだったが、ある日を境に暫くの間

異常にアクセス数が増加していた。修正、確認のためのアクセスで数百件ものアクセス

数になっていたがアクセス者はいつもと変わらない80件くらいだった。

総アクセス数40000/アクセス者20000=2回ということになり、私のブログは一人の人が2

回アクセスしておられるという結果だ。病気と闘いながら苦しい中ブログを発信しておら

れる方、闘病ノウハウを発信しておられる方、様々な形のものがあろう。私は予想外の多

重癌(食道がんだけのつもりだったのに)ながら5年生存率に向けて、自然の中での日々

の生活を紹介している。癌に打ち勝つ、仕方なく癌と共生する、何れも自分の意志で選

択できるものでは無い。ただ、癌には負けないと自分のNK細胞を信じながら・・・・


『回顧、きょうは入院日』

2012年10月06日 18時02分01秒 | 入院回顧

 

記録によると平成21年10月7日、今日が手術のための入院日だ。そのちょっと前の9

月14日から29日までの2週間ほどは術前の抗がん剤治療で入院していたから、退院

後1週間ほど自宅で休養し、また入院ということになる。

入院手続きは『がん相談窓口』と隣り合わせのような所で行う。余り間のない入院だか

ら慣れたもので、余裕をかました牢名主のような気位で行った。元来の寝つき不良、人

のイビキ寝言にはとても敏感なので、ゆっくりできる個室をお願いした。普通個室は42

00円/日、ランクが上の個室は8400円/日と倍の値段だが、大きなソファーもあり見舞い

客が来てもゆったりできそう、また家族が泊まることが出来るのではないかと思うほど。

この部屋の何よりも魅力的だったのはLANが設置されていることだ。ネットがつながれ

入院中の退屈凌ぎや、色々な調べごとに便利だったと思う。術後の最後の頃は余

りにも退屈でLANのある部屋に代えて欲しいと申し出たら、退院間近で叶わなかった。

この度の入院は翌々日の一大イベント、食道と胃の噴門部の摘出手術のためで、明

日は手術の準備で忙しいから、本当にくつろげるのは今日だけだった。抗がん剤治

療で癌の硬化縮小が見られたものの、最初に自覚症状が出た7月中過ぎごろと比べ

ると、状況はかなり悪化してきており、このまま放置していたら、あと数週間で食べ物

が通らなくなりそうとの予測は簡単にできた。

しかし、食べる時に注意深く、注意深く食べれば詰まりを避けることもできたし、それ

以外に何の症状も無かったので、傍から見れば病人らしからぬ振る舞いをしていた。

食べ物が詰まる、この苦しみから解放される手術だから、ジャンヌダルクに出会った

ような、『いざ、いざ参ろう』、こんな気分だった。

難病や、手術に耐える健気な赤子の姿は私の勇気の源になり、手術の不安は金輪

際なし、むしろ待ち遠しいくらいだった。


『冬籠りの準備開始』

2012年10月05日 20時57分36秒 | 日記

冬になると朝食後に山小屋へ出勤となり、昼食も持参した冷凍のうどんやラーメンを

たりして食べることが多くなる。山小屋の暖房は薪ストーブだから、一冬分の薪を用意

する必要がある。知り合いの大工さんに頼めば、大きな桁や柱の切れ端を貰うこともで

きるが山でのストーブはやはり薪を用意したい。

今年は少し早いが薪の準備を始めた。夏に伐採したものや、昨年の残り物を集めて

る段階だ。これから雑木を伐採して薪にしていくが、時期が遅れると乾燥不足になり、火

のつきが悪くなる。ストーブでも何でも同じだが、生木でも火がついてしまうと乾燥した木

と同じように燃える。火の付き具合が極端に悪いだけだ。

しかしストーブには生の薪は使わないよう注意書きがあり、できるだけ乾燥したものを準備

したいから、やっと夏が終わりかけたら冬籠りの準備となる。薪にいいのは当地では『薪の

木』と呼ぶドングリ系の木だ。木炭に、シイタケの原木にも重宝されるので、薪にして燃やし

てしまうのは惜しい。

根元の太い部分は木炭用にし、直径が10cm位のところはシイタケに、残りの枝はストー

ブや木炭の薪炭にしたりする。

木の種類によってはストーブに不向きのものがある。脂(やに)を多く含んでいる松は燃え

やすく火力は強いが、煤が多く出るため煙突が直ぐに詰まってしまい頻繁に煙突掃除が

必要になる。正式名は知らないが当地でカーカという木は、スカスカしたような木で火力

が弱いし火持ちも悪い。

町内でも厄介者になりつつある孟宗竹は竹炭にもなる、当然の事ストーブにも使えるが

火力が強過ぎるきらいがあり、焚き付けに使うくらいにしか使わない。

ところで、この薪ストーブはもう10年以上前に購入したものだ。鋳物製で40Kg近くあるが

安価なもの。サブの空気調整口が錆びついて使えなくなったが、それ以外に不具合は

なく、まだまだ使えそうだ。今年の冬を快適に過ごすためには、もう一頑張りも二頑張りも

しなければ。


『アウトレット果物』

2012年10月04日 18時01分55秒 | 日記

最近はネットで『アウトレット』『訳あり商品』この二つの言葉が同列で使われており、

意味は分からないでも何となく、あーそー言う商品だと、感覚的に分かる。アウトレッ

トとは水や空気などの排気口の事を言う。工場からメーカー品が直接、店に出荷さ

れ販売される場所が、アウトレットモールの始まりでアメリカ生まれのシステム。

ネット通販の常連だから、よくこの手の商品を探し出す。明太子、生ハムの切落し、

スイーツ、果物などの履歴がある。値段は安いし品物は悪くない。

ただスイーツのようなものは賞味期限が極端に短いものがあるので購入時には、注

意書きをよくチェックする必要がある。その分だけ割安になるわけだが、1ケ買う場合

は送料の方が高くなることもあり、知り合いと共同で買い分けるのがいい。

先日、ラフランスを購入した。10Kgで1980円という破格値。実は、この商品は昨年に

購入し、好評だったからリピートしたもの。形や色は劣るが味は変わりないから、デザ

ートに、おやつに惜しげもなくパクパクと食べられる。

スーパーなどで買えば高価で、とてもパクパクとはいかない。ただ、こうした商品は落

果したものや、規格外品などもあり打身になった部分から腐ったりするものも多くあり、

購入したらひっくり返してチェックしておくといい。

柑橘類も高級なものが安価で買えるので、うまくすると年間を通してフルーツ三昧も

可能だ。普通のミカンはこの辺のスーパーで買っても、そう高くないが『清美タンゴー

ル』などはいい値段だが、ラフランス同様に安く買える。

山陰の名産『二十世紀なし』これも、米子に行く途中にある農家のガレージで販売し

ているアウトレット品を買う。味に大差がある訳でもなく『アウトレット万歳』だ。


『ザーサイの栽培』

2012年10月03日 18時29分20秒 | 日記

野菜苗のカタログを見いてたら、ザーサイの種が出ていた。十数年、見ているが初め

てのことだ。中国野菜と言えばターサイ、青梗菜が相場となっている。中華料理は好

きだが、この野菜を使った料理だから好きというものはない。だから、これらの種は売

っていたが栽培してみようとは思わなかった。

ザーサイは漬物風に加工した桃屋の商品が有名で、漬けただけの商品は少し専門

性の高い店でお目にかかる。塊が真空パックに詰められたものが一般的だが、私の

良く行く所では缶詰を売っており、これを買う。直径10㎝、高さ15㎝くらいの缶に、赤

い唐辛子の粉と一緒に漬けられたものがビッシリと入っている。

ザーサイはよく水洗いをして、薄切りにした後、塩抜きをする。塩抜きをしないでその

まま食べるとかなり塩辛いが、少しづつ食べるとご飯が進む。適度の塩加減にして漬

物として、チャーハンに入れたり、豚肉と一緒に炒め物にしたりとバリエーションは広

い。馴染のあるザーサイだが、栽培となると、こちらの気候と合うのかも分からないし、

育て方もサッパリだから、積極的にやろうとは思わなかった。

ところが、カタログによると栽培できるらしい。

困った時のネット頼みで調査してみると、特別なことは何もなく兎に角作ればいいの

だ。私たちが食べているのは根に当たる部分かと思っていたが、茎が太くなった物ら

しい。栽培過程で軟らかい葉、茎はサラダなどにもできると紹介されていた。

年が明け茎が大きくなったら、塩漬けにすると一年後くらいに、市販品のような色に

なる。

当然のことだが、最初は緑色だから、本当にザーサイ?と疑問符をつけたくなる。

種をまき、毎日ながめている内に芽が出てきた。子葉は小さい小さいもの、本葉が出

てきたものの未だ、あの大きなザーサイの苗には見えない可愛らしいものだ。

成長すると、一見してセロリのような姿になる。

ポット苗から畑に移殖にはもう少しかかりそうだが、生育が楽しみだ。


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